上 下
31 / 41
心象世界

廃墟の上で Ⅲ

しおりを挟む
予想外の質問だった。その言葉に、自分の顔が赤くなっていくのが分かる。

「な、何よ、私のネーミングセンスが無いって? それとも、“死の概念”とか、高校生にもなって痛すぎるとでも言いたいわけ? そんなこと自分でも分かってるわよ!」

「まあまあ、落ち着け真梅雨。そういうことが言いたいんじゃない。案外、大事なことなんだ。一度、深呼吸して、なんでこの名前にしたのか、思い出してくれないか?」

 幼子を諭すような口調で言う峰子。私は、わざとらしく大きく一つ深呼吸をした。思い出す過程は必要なかった。鮮明に思えているからだ。何故かって、私は、この“死の概念”という言葉が頭をよぎる度に、一人で勝手に恥ずかしくなっていたのだから。

「よーく覚えているわ。その能力に憑依された瞬間に、私は、どうしてか、それが、“死の概念”だ、と思ったのよ。悪い?」
 私は、むすーっとした顔で答えたと思う。

「いや、オーケー理解出来たよ。それなら、いいんだ。能力の名前は、憑依者のフィーリングに任せるのが一番いい。
 少し論説文チックな話になるが、人は“あるモノ”を認識する際に、その“あるモノ”に対応する言葉を媒介させるだろう? 今回の場合は、“あるモノ”が、能力に関するモノで、言葉は、その能力に関するモノの名前になるわけだ。だから、能力を認識する際には、どうしても能力の名前を媒介にする必要がある。もし、能力の名前が、変に捻られたモノで、その認識の過程に違和感がつきまとってしまったりすると、能力の使用感にまで悪影響をおよぼしてしまうなんてこともあるんだ。だから、聞いておいた。でも、君の話の通りなら問題ないよ」

「待って。そういうことなら、少し問題があるわ」

「いやー、君ならそう言ってくれると思ったよ。確かに、能力に憑依されたとき、最初に感覚的に、その能力に関するモノについて名前が浮かんだなら、それが一番いい。でも、今回の場合、“死の概念”では、あまりにも長すぎる。そこで、もしも真梅雨に違和感が無いなら、略して、“死念”なんていうのはどうだい?」

 “死念”悪くないかもしれない。違和感も無いし、何よりも、圧倒的に恥ずかしさが軽減されている。峰子の話の展開の仕方的に、ちょっとハメられた節はあるが、“死念”の方が断然いい。

「ま、別にいいわよ? 私は、能力の名前になんて強いこだわりは無いし」

 私は、作って澄ました口調で承諾した。 

「それは、良かった。だって“死の概念”じゃ、ちょっと中二病が過ぎるものな。資料を作る際に、こっちが恥ずかしいったらありゃしない」

 そこまで言って、峰子は、つい口を滑らしてしまったというように、口元を素早く抑えた。でも、もう遅い。私は、自分の肩が、怒りと羞恥に震えるのが分かった。

「峰子のバカ! やっぱり、中二病だって思ってたのね! 何もそんな言い方しなくたっていいじゃない! 私だって、好きでそんな名前にしたわけじゃないのに! ……それなのに!」

 何もかも、この能力の所為だ! この能力がなければ、こんな辱めを受けることも無かったのに! 中二病なんて、年頃の女の子にそんなことを言うなんて、酷い、酷過ぎる、あんまりだ! それが、もう二十も半ばの大人がすることか? あまりの恥辱に涙目になりながら、下の階に通ずる階段のある方へと、私は駆けだす。行くあても無いけど、あのまま峰子の隣に座っていたら、自尊心から憤死してしまっていただろうから。

 その私の後を慌てて追いかけてきた峰子に腕を掴まれた。 

「すまなかった。本当にすまなかった。頼むから、許してほしい。あれは、違うんだ。言葉の綾というやつで、やっぱり日本語は難しい、とつくづく実感させられる日々だよ」

 峰子の、途端に論理性を欠いた意味不明な弁明には、全く納得していないが、私も子供じゃないので頭をクールダウンさせた。ただ、ほっぺたは膨らませたままそっぽを向いておく。

「冷静になってくれたみたいでよかったよ」
 峰子は、一安心というように、大きく息をいた。

「それでだ、真梅雨。非常に言い辛いことなんだが、聞いてほしい。この際だ、実践に臨む前に、名前関連でもう一つ訂正しておきたいところがる」

「……。そう、もう何でもいいわよ。どのみち、私には、もう守るべきプライドも無いわ。煮るなり焼くなり、中二病と言って嘲るなり、好きにしたらいいわ」

「君なぁ、随分と中二病が堪えてしまったようだね……」

 苦笑する峰子を、あんたの所為よ、と抗議するようにジト目で見る。すまない、すまない、と手をひらひらさせながら、峰子は続けた。 

「実は、君の能力の名前についてなんだが。確か、『死の転移』とつけていただろう?」

 そう言われると、指定されたフォーマットに能力の名前を書く欄があったために、深く考えずにそんな名前を打ち込んだ気がする。“死の概念”が恥ずかしすぎて、あまり記憶には無かったが。

「そうね。確かに、そんな名前を打った気がするわ。これも、下校時に初めて能力を発現したとき、“死の概ね……“死念”を二匹目のカエルに送るときの感覚が、転移、って感じがしたから、適当にそう名付けたのよ。こっちは、別に、その、なんていうの? ……そんなに中二病っぽいってことも無いんじゃないかしら」

「うん。君の言う通り、特に問題ない。ただ、ちょっとこちらの都合でね」峰子は、両手で私の頬に触れると、きゅっと力を入れ、彼女の顔に近づける。「ちょっと、ごめんね」

 え? へ? 嘘……? キスされちゃうの? でも、何でそんな急に。私、初めては好きな男の人ができた時にって……。

 彼女のヘアワックスの香りだろうか。甘酸っぱいような匂いに、苦みの混じったような大人の香気が、変な気持ちにさせる。

 そんな急に、まだ準備も……。それに、女の子同士でなんて……。私は、無意識の内に目を閉じる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

高校では誰とも関わらず平穏に過ごしたい陰キャぼっち、美少女たちのせいで実はハイスペックなことが発覚して成りあがってしまう

電脳ピエロ
恋愛
中学時代の経験から、五十嵐 純二は高校では誰とも関わらず陰キャぼっちとして学校生活を送りたいと思っていた。 そのため入学試験でも実力を隠し、最底辺としてスタートした高校生活。 しかし純二の周りには彼の実力隠しを疑う同級生の美少女や、真の実力を知る謎の美人教師など、平穏を脅かす存在が現れ始め……。 「俺は絶対に平穏な高校生活を守り抜く」 そんな純二の願いも虚しく、彼がハイスペックであるという噂は徐々に学校中へと広まっていく。 やがて純二の真の実力に危機感を覚えた生徒会までもが動き始めてしまい……。 実力を隠して平穏に過ごしたい実はハイスペックな陰キャぼっち VS 彼の真の実力を暴きたい美少女たち。 彼らの心理戦は、やがて学校全体を巻き込むほどの大きな戦いへと発展していく。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

処理中です...