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不思議なお遣い

不思議なお遣い Ⅱ

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「おい、大丈夫か?」
 ふと、我に返ると、江藤が、怪訝そうに私の顔を覗きこんでいた。

「え、あれ、ごめん! ちょっと、ぼーっとしてたみたい」

「別にいいけど」

「何の話してたんだっけ……あ、そうだ! 峰子って、何の研究してるの?」

 さっきの話を聞いていて、気になったことを聞いてみた。

「いいや、どうせ暇だし、話してやるか。マイさんが、先天的憑依者の家系だってのは聞いただろ」
 私は、無言で小さく頷く。そのせいで、母親をなくしたとも言っていた。

「それで、マイさんは生まれた時に、母親を失くした。その後を追うように、父親にも自殺された。多分、八年くらい前だったかな。俺が十一で、マイさんが十八の歳だったと思う。死体は、マイさん自身が、研究室で首を吊っているのを見つけた。自殺の原因は、不明だった。俺は、七歳の時に拾われて、そこから数年、マイさんのお父さんに育ててもらってたから、ショックでよく泣いてたんだけど、マイさんは、一度も泣いてなかったな。俺の知る限りでは。マイさんの方が、ずっと悲しいはずなのに。」

 思ってもみず、かなり深刻な方向に話が進んでいったために、私は黙っていることしか出来ない。沈んだ空気を読みとったのか、江藤は、少し声のトーンを上げて続けた。

「で、それからマイさんが父親の研究を引き継いだんだ。同時に、日本で組織を統括する役職もな。弱冠十八でだ。でも、マイさんは、やってのけたよ。まだガキだった俺の面倒もみながらね」

「ふーん。本当にあるのね、そんな話。あなたたち、学校には、行ってなかったの?」

「ああ。でも、マイさんのお父さんの育て方の方針で、高校卒業までの勉強はしっかりとやったよ。多分、大学なんかどこでも入れるぜ」

 江藤は、さも当然のこととばかりに、さらりと言ってのけた。その態度は、嘘を吐いているようにも、冗談を言っている風にも見えない。
「はぁ? あなた何言ってるのよ。学校にも行かずに、そんな……」

「まあ、そういう反応だろうとは思ったよ。でも、本当のことなんだ。マイさんは、単に天才だった。加えて、努力家だった。高校までの範囲なんかに囚われず、興味を持ったことは何でも勉強してたな。今もしてるけど、文理を問わずね。語学、文学、法学、心理学、数学、工学、医学……一つ一つ挙げていたらキリが無いくらいだ」

 一人の人間、それも、まだ二十半ばといった齢の女性が、そんなにもたくさんの専門分野を修学しているというのは、にわかには信じ難いことだが、舞田峰子の姿を思い浮かべると、自分でも不思議なことに、何故だか納得出来てしまう。彼女の放つ、不気味なまでに異彩な雰囲気のせいだろうか。これをカリスマ性と言うのかもしれない。

「まあ、信じるわよ。あのひと普通じゃなさそうだから。で、も、よ! あなたはどうなの? さっきの言い方、あなた自身も頭いいみたいじゃない。赤い髪の毛して、到底、頭が良さそうには見えないのだけれど」

 私の問いに、一瞬、母指と親指を下の唇に触れて思案するような表情を作る。
「これは、俺の能力に関係するんだが――廣島市まで、まだまだ時間もある。聞いておくか?」

 唐突な能力という言葉にドキリとした。capacityでなく、abilityの方の「能力」が、こんなにも自然に会話の中で人間に使われるのには、未だに慣れない。それにしても、江藤の能力は何なのだろう。勉強に関係しているなら、暗記が得意になるとか、そういうのだろうか。いやいや、江藤は、正確には、勉強ができる、では無く、大学ならどこでも行けると言った。もしや、自分の周りから一定の距離の中なら、物理法則を無視して何でも見ることが出来るとか、人の考えを読み取れるとか、カンニングに関わる能力かもしれない。勝手に想像してても、埒があかない。素直に聞くのが得策だろう。

「そうなの……。せっかくだから、聞いておくわ。にしても、電車の中では、えらく親切なのね。あの変な施設に居たときは、嫌悪感丸出しだったくせに」
「そうだっけ?」
「そうよ」
「うーん、俺、気分屋ってわけでもないし。……じゃあ多分、どう接したらいいのか分からなかったのかもな。電車に二人きりなら、とりあえず会話を続ければいいだけだから、気楽だろ?」

 思ってもみない回答に拍子抜けする。言っている意味がさっぱり、分からない。普通に会話できるのなら、普段から普通に接してくれたらいいだけだ。

 ただ、月並みの答えを用意することは出来る。
「分かった。これは、学校教育を受けていないことの弊害ね。学校という教育機関は、本来、勉強以外のことをこそ学ぶべきところなのだもの。それに、まあ、無理もないわ。普段から、女の子と関わる機会が皆無なのに、久しぶりに接する女の子が、私みたいな美少女ときたら、緊張して当然ね」

「自画自賛……。それに、PTAみたいなこと言うな……」
 江藤は、頬を引きつらせ、若干引いている。

「仕方ないでしょ、私に考えられる理由は、このくらいしかないもの。こんなことどうでもいいから、早くあなたの能力について話なさいよ」
「言い出したのは、お前だろ。まあいいか。じゃあ話そう。改まることでもないけど」

「あ、ちょっと待った」
「次は何?」
  やれやれといった感じでこちらを向く。

「えーと、その……。さっき赤い髪がどうだとか言っっちゃったけど、能力に憑依された副作用とかだったなら、ごめんなさい」

 江藤は、あっけにとられたような顔をした後に、軽く微笑んだ。
「なんだ、そんなことか。それなら気にしなくていい。好きで赤く染めてるだけだから。どう、似合うだろ?」

 江藤海斗という人間も、よく分からない。
 ただ、前髪に軽く触れるキザったらしい仕草が変に様になっていて、うっかりしていたら見惚れてしまいそうだったので、顔を背ける。

「ふん、だ。気を遣って損したわ」

 そんな、ささやかな抵抗の声は、電車の車輪が軋む音にかき消された。

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