王族と奴隷剣士

七槻夏木

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大都市ローファ

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 かすかな日の光が黒を切り裂き、藍がにじむ朝。
 夜とは向きを変えた冷たい風が私の肌を切り裂く。
 薄い麻。凍え、震える肩。
 いつからか、時の流れを追うのを忘れていた。
 悲しい表情の作り方は、思い出せず。
 笑顔は作る機会がない。
 錆びた鉄格子が軋む。また今日も。





かつて、この土地には、黄金劇場があったという。
ドウム・アルレラ。先の皇帝が建設した美しい宮殿であったらしいが、ローファの帝国を襲った例の大火で灰になってしまったそうだ。今では、街道が整備され、それに沿うように野菜や肉、乳製品に花などを売る店が連なり活況を呈す。街道の名物、公衆浴場エルマエは、ローファ市民の憩いの場となり、当時の宮殿の面影は、今日全く感じられない。
しかし、なんといってもやはり、ひときわの存在感を放つのは、帝都の中心にそびえる壮麗なコロッセウムだろう。前の広場には、伝説の剣闘士、サルーヤのモニュメントが起立しており、ローファの定番の待ち合わせ場所の一つだという。一日も休まることなく昼過ぎから夜中まで、奴隷による余興が行われるクリーム色をしたその円形闘技場は、娯楽に飢えた市民で埋まり、興奮と狂気とで満ち満ちている。
中でも人気の見世物といえば、剣奴による一対一の果し合いだ。どちらかの命が尽きるまで二対の剣は交わる。頸が刎ねられ、破れた腹から臓物のドバリ流れ落ちる光景は、ヒトの奥底に眠る嗜虐性を刺激して止まない。死に際に発される最期の悲痛な断末魔は、何人ものアディクトを生んできた。もっとも、それを聞くことが出来るのは、敗者の腹から喉までが綺麗に繋がっている時に限るのだが。




父と母からの仰せのままに、喧噪の街道で俺は奴隷を探す。奴隷一人を養い一人暮らしをし、その奴隷を剣奴としてコロッセウムにて戦わせる。そして、家族揃ってそれを観覧する。俺の家の慣例で、成人前の男子に課せられる。今年、一九の俺にも、その順番が回ってきたというわけだ。俺の家系は、ここローファでそれなりの権力と財力をもっているが、そういう家には、古いしきたりのようなものがついて回るのが常らしい。
悪趣味だと思う。二人の兄の奴隷も何戦目かで負け、例によって死んだ。父も母も兄も勝っても負けても、血が噴き出せば、手をバタつかせぴょんぴょん飛び跳ね興奮した。俺に常々品性を説く彼らがだ。俺は、最初こそ奴隷の死ぬときには目を背けたが、慣れると何も感じなくなった。奴隷が死ぬだけ。だから、俺がこれから買う奴隷も死ぬだけ。十五勝しなければ。
ところで、買い物というのは存外に面倒だ。こういうのは家では、全て仕えの者がやっていた。おまけに、最初の買い物が奴隷なんてイロモノときた。奴隷なんて東から流れてきた陶器ほどの値で買えるし、両親の持たしてくれた財産は、一生贅沢してくらせるものだった。資金に不足はない。しかし、持ち合わせにかかわらず、俺に買い物はどうにも不向きらしかった。

                                                                                     



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