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四空間目
3
しおりを挟む「……」
以前に多少話した際に、この人たちはとても優しいということは分かっている。
だがいきなり二人の間に挟まれてしまったら、萎縮せざるを得ない。邪魔な腹の肉を押さえつけるように更に膝を抱え込ませれば、左隣からクスッと笑い声が聞こえてきた。
「いや、ごめんごめん。つい、ね?」
つい、ね?と言われてしまってもどう反応すればいいのか分からないのだが…。貶されているわけではないと思うのだが、それに似たような何かを感じる。ジトっと茶髪のお兄さんを見つめれば、再度ごめんねと言われてしまった。一体何に対しての謝罪なのか、非常に気になるところだ。
「お前がよく似てるんだとよ」
「…はい?」
そう思っていると、今度は胡座を掻いた黒髪のお兄さんがポツリと喋った。
似てる?俺が?誰に?更に頭の中がパニック状態に陥ってしまったよっ。だが黒髪のお兄さんはそれ以上のことを教える気はないのか、ボーッとバスケコートの方を眺めている。
「あの、俺って誰に似ているんですか?」
こうなったら茶髪のお兄さんに直接訊くしかない。
「ん?ああ、俺の家で飼ってる猫にそっくりなんだ」
「…ね、こ?」
「そう、猫」
するとお兄さんは二ヶ月も会えないとなると恋しいだとか、携帯も持ち込み禁止だから写メも見ることが出来なくて寂しいと、とにかくひたすらに会えないことを寂しいと談議しだした。
「…猫」
俺に似ているとなると、茶髪のお兄さんが飼っている猫の容姿が安易に想像が付く。
…きっと歩く度にタプタプと肉を揺らして歩くくらいに太っているのだろう。それはもう一分も抱っこすれば重たく感じる程に。そして顔はぶちゃいくな面に違いない。
だがその真否を本人に問うつもりはない。というか、そんなことできるわけがない。無礼にもほどがある。
でも太っている猫は需要があって可愛いと思うが、俺のような何の取り柄もないどころかマイナス面が多いような人間と比べられる彼の猫ちゃんが可哀想だ。
「きっと猫ちゃんも寂しがっていると思いますよ」
「………」
「わ、っ!?」
すると急にグシャグシャと髪の毛を掻き混ぜられた。それはまるで猫の柔らかい腹の毛を堪能する時のように。
「ああ!もうっ!」
「え、ぇっ?」
「可愛い!」
「えぇぇ?!」
今の彼には俺が愛しの猫にでも見えているのだろうか。それともコンタクトを落としてしまって視力が物凄く低下してしまったのだろうか。おそらく前者だろうが、俺のような太っているぶさいく野郎を可愛いなどと言うのは間違っていると思うのだが。
だがまだ撫でるのを止めようとしないので、俺は黒髪のお兄さんに助けを求めるようにチラリと視線を向けた。
「………」
だがそんな願いが通じるわけもなく、また彼も茶髪のお兄さんと同じように俺の髪の毛を数回撫でると、再びバスケコートへと視線を移した。
…何というか、変わった人達だ。
茶髪のお兄さんは暫く俺の頭を撫でて満足したのか、俺の頭から手を離す。そして黒髪のお兄さんと同じようにバスケコートに視線を向けると突拍子もなくこう言った。
「彼、優しい?」
「え?」
………彼。
それは十中八九、神田さんのことを指しているのだろう。彼とは誰のことだと聞き直すまでもない。
「あー、えっと」
俺は両隣の二人にチラチラっと視線を向けた後、頬を人差し指の腹で掻く。そうすればバスケコートの方を見ていた二人は俺の口から出る答えが気になるのかこちらを見てきた。その視線から逃げるように、今度は俺が神田さん達が居るバスケコートに視線を移す。
「テレビで見たままですよ」
…嘘だけど。
実際はテレビとは真逆の人間。爽やかな好青年なんて程遠い。ただのサディストな鬼畜野郎だ。
「優しくて良い人です」
…これも嘘。
実際は気に食わないことがあればすぐ手を出す暴力者。
この人達は良い人そうだから嘘を吐くのは良心がズキズキと痛むけれど、これも神田さんのイメージの為だ。そう、仕方がないことなのだ。だけど馬鹿正直に「本性はただの性格破綻者の俺様ですよ」と言えればどれほど楽だろうか。
「ふーん」
すると茶髪のお兄さんはバスケコートの方を見ながら目を細めた。おそらく神田さんの姿を見ているのだろう。
「俺、実際は性格破綻者だと思ってた」
「…あはは、そんなことあるわけないじゃないですかー」
その通りです、お兄さん。大正解。
一瞬ひやっとしてしまい、乾いた笑いが口から零れた。否定の言葉が若干棒読みになってしまったのは見逃してもらいたい。的を得た発言にびっくりしてしまったのだ。
「見た目も運動神経もいい上に、性格までもいい奴って居るんだな」
完璧人間じゃん。羨ましい。と言う彼に、俺は「で、ですねー」と当たり外れのない言葉を選んで賛同する。でも完璧人間は完璧人間で凡人とは比べ物にならないほどの悩みと苦労が付き物だということも知って欲しい。一ヶ月くらいならば神田さんのような完璧人間になってみたいけれど、一生なんて絶対に嫌だ。俺には耐えられる自信がない。
「人気者の彼が皆に取られちゃって寂しい?」
「……、」
先程の“寂しい”発言を聞かれてしまっている時点で否定するのはおかしいよな。それに実際に寂しいと感じたのは確かなのだから今更嘘を吐く必要なんてないだろう。
俺は茶髪のお兄さんの台詞に肯定するように、一度だけ小さく縦に頷いた。
そうすれば励ましてくれているのか、同情しているのか分からないが、黒髪のお兄さんが再び頭を撫でてくれた。
「あ、ありがとうございます」
礼を述べるべきなのか少し迷ったが小さい声でそう言えば、彼は「ああ」と一言だけ返してくれた。
「よし!今日はお兄さん達と一緒に身体を動かそうか!」
「いいんですか?」
「いいに決まってるじゃん」
「前は出来なかったからな」
わーい。
嬉しくて心の中で万歳して喜んだのは秘密だ。
「何する?何したい?」
「俺スポーツはどれも同じくらい苦手なので、何でもいいです」
「何でも?」
「はい。二人と出来るなら何でも」
俺がスポーツが苦手なのは以前伝えているので、それを把握した上でまた誘ってくれているのだろう。俺のような見た目も中身も何もかもが鈍臭い奴と一緒にスポーツしてくれる物好きが神田さん以外にも居るというだけで嬉しい。いや、物好きという言い回しは悪いな。面倒見が良い変わり者と言ったところだろうか…。
うーん、それはそれでまた変な言い回しかもしれないと口を尖らせて悩んでいると、急に抱き締められた。それも背後から。
「ちょっ、!?」
「あーもう!可愛い!」
「…えー?」
彼の目にはまた俺が飼い猫にでも見えているのだろう。少し体重を掛けられて重たいが、悪い気はしない。むしろ構ってもらえて嬉しいと感じている自分が居たりする。
「おい、こら。触り過ぎだ」
「んー。癒され中に邪魔すんなよ」
「困ってるだろう」
黒髪のお兄さんのその台詞に、茶髪のお兄さんは渋々といった感じで俺から離れた。
そのことにありがとうございますとお礼を言うのは少し違うような気がしたので、俺は何も言えずにただ事の成り行きを二人に任せることにした。
「とりあえず先に柔軟でもする?」
「あ、はいっ」
足を伸ばして座ってと促されたのでそれに素直に従う。
結局何をするんだろうか?野球?サッカー?テニス?でもこの人達とならばどんな苦手なスポーツでさえも楽しく出来そうだ。
背中を押されながら、楽しみだなぁとそんなことを思って口元がにやけた瞬間だった。
「痛……ッ!?」
…大きな衝撃音が間近で聞こえたと思えば、お兄さんの息を詰めた声が背後から聞こえてきたのは。
「…………、え?」
反射的に後ろを振り返る。
視界に映ったのは腕を押さえて顔を顰めている茶髪のお兄さんと。
………そして。転がるバスケットボール。
何が起きたのか分からず混乱した頭では行動を移すどころか、「大丈夫ですか?」なんて気の利いた言葉を掛けることも出来なかった。俺は音もなく芝生の上で転がるそのボールの行き先をただジッと眺める。すると、今度は真っ黒な人影が視界に映った。
「あ、」
見上げればそこには、上半身裸になって服を手に持った神田さんの姿があった。途中で暑くなって脱いだのかな?しかし相変わらずいい身体してやがるぜこんちくしょうなんてエロ親父のようなことを思いながらも、いつもと様子が違う神田さんに俺は首を傾げた。
…何か、怒ってる?
「あ、あの?」
バスケはどうしたんだろう。それを訊ねるために機嫌が悪そうな神田さんに声を掛ければ、まるで俺を庇うかのような形で俺の肩を後ろに押すと、黒髪のお兄さんが俺の前に立つ。それはさながらお姫様を守る騎士のような大きな背中で。更にこの状況の意味が分からず俺は瞬きを繰り返した。
「そいつに、…っ、触るな!」
……しかし。
まるで獰猛な虎が吠えたかのような神田さんの声に、嫌でも少なからず今のこの状況が理解出来た。
それはまるで穴の開いたパズルピースを埋めるかの如く…。
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