蜜空間

ぬるあまい

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三空間目

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「…その、やっぱりダメ、でしたか?」

とりあえず少しでも溜まった疲れを癒せればと思ったのだが、俺に触られるのが嫌だと言われたらそれまでだ。役に立つとかそれ以前の問題になってしまう。
不安に苛まれながら訊ねれば、一拍置いて、神田さんは再びニヤニヤといけ好かない笑みを浮かべた。

「な、何ですかその顔は…?」
「いや?別に?」
「………」

人をからかう寸前の表情をしておきながらその台詞はないだろう。
あ、そうだった。そうでした。
この人は今まで俺が出会ってきた人達とは全然違うんでしたね。良い意味でも、悪い意味でも。

「もういいです。嫌って言わないなら、勝手にさせて貰いますから」

若干生意気な口を叩いてしまったような気がするが構わないだろう。今だって気にした風もなく彼は笑っているのだから。いったい何がそんなに可笑しいんだ?俺か?俺が醜い面しているからか?ふんっだ。そんなこと今更な話だろ。

少し腹が立って、掴んだ肩を強めに揉んでやれば、神田さんは「痛えよ」と言って、更に笑みを深めた。

「(…意外と笑うんだよなこの人)」

漫画や小説で見る俺様キャラやクールキャラは笑うといっても鼻で笑う程度だったからちょっとだけ意外。とはいっても、神田さんもケラケラ笑う訳ではないけれど。でも思っていた以上に表情豊か。

「…テレビでもそうしていればいいのに…」
「あ?」
「…え?」

心の中で呟いたつもりだった言葉は、以前と同じように気付かない内に声に出てしまっていたようだ。俺は咄嗟に両手で口を覆ったけれど、今更そんなことをしても遅い。

「ご、ごめんなさい!な、何でもないです!」
「………」

勝手なことを言っておきながら何でもないは通用しないだろう。だけど謝らずにはいられない。俺はこの話題を避けるように、肩を揉むことに集中した。まだ幼い時に両親に揉んであげた時以来の肩揉みだから、大して気持ち良くもないだろうが。

「なあ」
「は、はい?」
「お前、前にテレビの中の俺の方が好きって言ったよな?」

…ああ。
やっぱり先程の発言は不問に出来ないようです。

「えっと、」

言ったような、言ってないような…。
そんなしどろもどろな返答を返したものの、それで神田さんは誤魔化されないだろう。

「…あの」
「その答えは間違ってねえよ。それが世間の答えだ」
「………」

…あ。また笑った。
でもさっきとは少し違った笑み。

それは紛れもなく「苦笑い」で。その笑みを見て、胸がツキンと痛んだ。

「…神田さん」
「何だよ?」
「もう一回その質問を俺にし直してくれませんか?」
「は?何で?」
「何ででもです。いいから、早く」

何時にも増して生意気な口を叩く俺に、神田さんは眉間に皺を寄せた。
だけど彼は俺に怒鳴ることはなく、ただ一度だけ舌打ちをした後、同じ質問を俺にぶつけてくれた。

『どっちの俺がいいか?』

そう。
あの時と一言一句同じ質問。

だけど唯一違うことと言えば。

「どっちも嫌いです」

俺の答え。

「…てめっ、悪化してるじゃねえか!」
「テレビの神田さんは確かに爽やかで格好良かったけれど、実際腹黒いんだろうなぁと思っていたら案の定その通りだし、素の神田さんは言葉の通り暴力的だし意地悪だし、どちらも最悪です」
「……チッ」

また舌打ちをした神田さん。どうやら相当ご立腹らしい。
そりゃあそうだろう。こんな醜いデブから中傷されるとは思っていなかっただろうし、今まで面と向かって悪口を言われたことなどないだろう。殴られるかなと少し身構えてみたが、それは一向に訪れなかった。

……やっぱり。ほらね。

「神田さん?」
「…あ゛?」
「でも、それと同じように、どちらの神田さんも好きですよ?」

俺のその言葉に神田さんは勢い良く後ろを振り返った。
バチリと目が合った神田さんの瞳は少しだけ揺らいでいて、驚いた表情をしている。俺はその神田さんの呆気に取られたような表情に少し笑ってしまった。
だってそんな顔、初めて見た。

「意地悪だけど、根が優しいですよね。神田さんって」

俺の返答が気に食わなかったんだ。俺のような非力な奴、殴ろうと思えば簡単に殴れるはずだ。いつもの手加減したようなやつではなく、本気の暴力を。それに鈍臭くて気持ちが悪い俺なんか無視すればいい。でも神田さんはそんな事をするどころか、俺に色々な優しさを与えてくれた。

「というかテレビの中の神田さんも、今俺の前に居る神田さんも、」

頭を撫でられたのも、おはようと返してもらったのも、一緒に誰かとゲームをしたのも、全部十年以上振りだ。

「どちらも神田さんは神田さんでしょ?」
「………」

中身は一緒だ。そもそも比べる必要なんかないじゃないか。
うんうん。そうだ。その通りだ。そう一人思いながら、筋肉質で厚い神田さんの肩に手を置いた時だった。

「……っ、!?」

左手首を掴まれたかと思うと、神田さんは何を血迷ったのか、そのままの勢いで俺を床に押し倒した。

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