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本編

炎に包まれた故郷【前編】

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 首都の街を抜けてから、10日が経とうとしていた。
 そして道中私は、なるべく皆に不安な思いをさせないようにと普段の私――女王らしく気丈に振舞うよう心がけていた。

 この約10日もの間共に行動していれば分かる。
 もはやどの街もエプト軍とすれ違わない日はない。
 女王だと見抜かれてしまえば最後、殺される未来しかないこの状況では私よりも、私を守る者の方がずっと心苦しい思いをしているだろう。
 彼らに私を守る義務があるように、私もまた彼らを守る義務があった。


「日中は流石に熱いですねぇ」
「ああ、そうだな……」
 アビドは年長者で父が王であった時から私に仕えてくれた。とても優秀な上に優しく穏やかで、日なたに生きるような人だ。
 しかしここ最近はやたらナジュムと2人きりにさせようと何やら企んでいる様子が見受けられる。
 長年の感というものは中々恐ろしいもので、何をどう確信したのか、アビドもハッキリとは言わないものの、言葉の節々から彼の中では私とナジュムはもう一線を超えている事になっていた。

 あくまでナジュムとは主従関係であって、二人の間には何も起こっていないことをさり気なくアビドとの会話の節々に折り込んではいるが、アビドは華麗にそれをかわしていくのだ。
 期待の眼差し――恐らく世継ぎのことだろうか――で私を見つめるアビドには申し訳ないが、いくら情があろうと私はナジュムに手を付ける気は一切なかった。
 力を失った王に手を付けられるなど、普通なら喜ばしくもないだろう。
 そして何より、ナジュムのこの先の未来を私の選択によって危険に晒したくない。
 彼の名前が残らないように手紙も一通を除いて全て燃やしてきたのだ。情を捨ててでも守りたい名前だった。


 そして当のナジュムはそんな私の気も知らずにこの10日もの間、相変わらず過保護かと周りが感じるほどに干渉してきた。
 そんな様子にも慣れてきた頃、心に苦々しく残る憂いが浮上してくる。

 ――ナジュムの家族のことだった。
 他の者が知っているかは不明だが、彼は中流貴族の私生児、いわゆる妾の子で、父から半ば虐待のような扱いを受け育ってきた。

 手紙のやり取りで分かった事だが、ナジュムが慕っている実の母は病気がちでナジュムとは別々に暮らしており、彼は恐らく、私が思うに寂しい幼少期を過ごしていたのではないかと思う。

 ちなみに2年前、ナジュムが24歳の時点では彼の母は存命だと分かっていた。
 彼に会いたいと葛藤していた時期に彼の家系についてそれなりに調べていた為、彼の実の母の所在地を突き止めるのは容易だった。

 城を出たあの日にタリクに耳打ちした事。
 それは、ナジュムの母と、もし見つかればナジュムを極秘で首都から逃がせという命令だった。
 首都が危険な街になる確証は無かったが、少なくとも今いる場所よりは安全な地に移しておきたかった。
 悩む時間も残されていない、殆ど咄嗟に思い付いた末での行動だった。
 結局ナジュムは騎士として私についてきたが、タリクも亡き今、彼の母親が無事首都から別の街へ移動できたか、それが気がかりだった。

 そんな思いを抱きながら、人も疎らな寂れた街中を目立たないように歩く日のこと。

「首都はダメだよ、あそこはもうおしまいだ」と駄べる老夫婦とすれ違い、私は思わず立ち止まり眉をひそめる。

 何か首都の様子が聞けるかもしれない――と振り向きテラサに目線を合わせる。
 すると、彼女はパッと表情を明るくさせ「お任せください!」と声なき声で言うと、すかさず愛想の良い雰囲気を醸し出しながら
「すみません、その話しどういうことですか? 私首都に親戚がいて……」と話しかける。
 演技が上手い少女に思わず、可愛い……と自然と頬が緩みつつ、その様子を他の者達と少し離れた場所から見守った。

「ああ、知らんのかい? エプトの軍がシェバの男を無差別に殺してるらしい。女は蹂躙され、子供は奴隷にされるか売り飛ばされるか。あちこちで火事も起こって、火の首都だよ、もう、やってらんないよ」

「そ、そうなんですね……!」

「女王が見つからずエプトが焦るばかりに街を壊してるってね。……ここももう時期危ないかしら。女王には感謝していたけど、正直この状況が怖いわ。早く女王がエプト軍に捕まることを願ってしまうもの。過激派は既に女王を血眼で探し回ってるようだし……。あなた達も気を付けなさい」

 とても言葉が出てこなかった。
 老夫婦の言っている事が本当ならば、私はシェバの民を守るどころか、危険に晒している。
 湧き上がる罪悪感と怒りと、全てを諦め私を罰する者達に身を委ねたくなる思い。
 ここへ来て初めて聞いた首都の情報は、自身の愚かさを再度突き付けられ、それから逃れるようにエプトを恨ましいと感じる浅ましさを私に植え付けた。

「……ありがとうございます」

「あ! あの先の塔に登ってみればちょっとは首都の様子が見れるんじゃないか。あんたの親戚も早く逃げられてるといいね」
 老夫婦が手を振ると、テラサはぺこりと頭を下げこちらへと向かってくる。

 すると突然隣にいたナジュムが「……あの、お願いがあるのですが」と、思い詰めた表情で私に話しかけてきた。
 いつもと様子が違うナジュムに戸惑いながらも「なんだ」と話を聞いてみると、「塔に……登ってみても、いいですか」と私の顔色を伺うように恐る恐る聞いてきた。
 そんな事で怒るわけないのに……と、若干気を落としながらも、その重苦しいナジュムの雰囲気に「もちろんだ、行こう」と私は即答で答えていた。




 塔は登れば基本は行き止まりゆえ、通常ならばナジュム1人で行かせその間は塔付近で他の者達と待つのが懸命な判断だろう。
 ただ、何故か今彼を一人にさせたくはなかった。
 ナジュムに塔に登りたいと恐る恐る言われた時、彼の実の母のことが過ぎり、首都の情報を聞いた彼が酷く思い悩んでいるのかと思ったからだ。

 首都には彼が大切に思っている実の母がまだ住んでいるかもしれない。
 彼の不安な心情を少しでも取り除いてあげることが出来たらと、焦りにも似たような思いでナジュムに「私も行く」と告げた。

 その様子を見たアビドはいつもの調子で、「どうぞどうぞ」とにこやかに笑い、イフラスは口を押え、「まぁ!」と何やら興奮した様子だった。
 あとの3人は、アビドとイフラスの反応に疑問を頭に添えながらも、「お待ちしております」と微笑んで二人を見送った。


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