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本編
裏切り
しおりを挟む「お前の心に気付けなかった、私が……馬鹿だった。……残念だ」
静まり返る大広間に震え声がこだまする。
私の腰ほどの高さのある代々王家に伝わる大剣が、側近のユージンの胸を貫いた。
信用していた者の肉を割く感覚、この時ほど気持ち悪いと思ったことは無い。
私はゆっくりとその大剣を彼の胸から引き抜いた。
剣からは赤黒い血がポタポタと彼が流している涙のように滴り、ユージンは膝を付いて床に倒れ、歪んだ声を絞り出す。
「セイル……様。申し訳、ござ、いません」
知らぬ間に城はエプト軍に囲まれていた。
きっとユージンの合図を待って、この城を占拠するつもりだろう。
――もはやこれまでだろうか。
崖から絶望の渦へと突き落とされたような衝撃に、思考が追いついてくれない。
冷静になろうとすればするほど、鼓動は胸を激しく打ち、立っているのもままならない程の目眩が私を襲った。
――ああ全て私の力が至らなかったせいか。
偉大な父のように、上手くは出来なかった。
悲しく眉を寄せ、目を閉じる。
今日は城内の大広間で毎週行われる会議のはずだった。
しかし、集まった側近たちと言葉を交わす間もなく、ユージンは険しい顔立ちで玉座に座る私に刃を向けた。が、その剣筋にはユージンには珍しく、若干の迷いがあった。
一方私はその迷いを見逃さずに大剣を手に取り、すかさずユージンの胸を刺した。
側近たちは私がユージンを刺したのと同時に、我が城がエプト軍に囲まれていると知り、皆頭を抱え恐怖に右往左往していた。
逃げることばかり考えているのだ。
今まで豊か過ぎた国ゆえ仕方ない事かもしれないが、無責任な従者が見受けられることが何だか切ない。
いや、今誰かを責めても仕方がない。
一番責められるべきはこの国の女王である私なのだから。
エプト軍は真っ先に女王である私の命を狙ってくるだろう。
そして先月8歳になった息子、シェバ国の王子でもあるユリウスも危険だ。
ああ愛しい我が子。ユリウスだけでも何としてでも逃がさなければならない。
それは女王としてではなく、子を持つ一人の母としての義務だと思った。
ユージンを刺した大剣が私の手から滑り落ち、ガタンと大きな音が大広間に響き渡る。
荒くなる呼吸。鼓膜から遠ざかる周りのざわつく声。不快な耳鳴り。
私が、今まで守り通してきた国も、民も、全てエプトのものになるのだろうか……。
これまでの精神的な疲労からか立つこともままならずに、膝から力が抜けてそのまま倒れ込んだ。
「あ、セイル様……!」
私を抱きとめたのは、今にも泣き出しそうな顔で私を見つめる見知らぬ青年騎士だった。
恐怖で誰も私に声を掛けない中、この者は誰よりも優しく勇敢であると思った。まるでいつかの少年みたいだ、と心が懐かしさに震えた。
裏切ったユージンの事ばかり考えて、周りが見えていなかった。彼に礼を伝えなければと、震える唇を動かす。
「ありがとう」
「そんなことは良いのです。逃げましょう……!」
青年騎士は酷く焦っている様子だったが、私を立ち上がらせようとする手つきはとても紳士的で優しかった。
「早く、行きましょう」
私の腕を取った青年騎士は、大広間から外へ通じる通路の方へ駆け出そうとしたが、私はその手を振り払い立ち止まった。
「待て」
ビクッと肩を震わせ、足を止める青年騎士。
見知らぬ顔だと思ったが、何処かで見たことが、会ったことがあるような。記憶を懸命に辿るが、モヤがかかったように思い出せない。
――いや、今はそれどころではない。後で青年騎士に聞けばいいだけの話だ。
「少しだけ待ってほしい」
私は目の前で倒れこむユージンを見つめた。
まだ微かに息はあるが、もうあと数分後にはその呼吸も永遠に止まる事だろう。
ユージンと出会った日のように、私は膝を折って彼と目線を合わせようとした。
本当は叫びたいほど悔しくてたまらない。
泣きじゃくりたいほど怖くてたまらない。
だがその私の思いを、この場にいる誰一人として知ることは無いだろう。
私はこの国の女王であるからだ。
そんな孤独を、ここにきてまで感じることが、ユージンの前で感じることが、悔しくて堪らなかった。
「……7年前、私の父と母を殺したのは、お前か。ユージン」
「……は……い」
心から愛していた父と母の、いつかの優しき眼差したちが脳裏に浮かび上がった。
マグマのように湧き上がる怒りを押し殺しては目を閉じ、冷静に、冷静に、と自らに言い聞かせ、震える息で深く息を吐く。
「ユージン、お前は……この国が……嫌いだったのか」
「……それは、違い、ます! ……セイ、ル様、も、うし……わけ」
「泣くな!」
ユージンの目からは、嘘偽りのない涙が零れ落ちていた。
呼吸も荒く、胸の傷口からも絶えず血は流れていたが、その歪んだ表情が、涙が、痛みから来るものでは無いことは一目瞭然だった。
「私はお前を、友人のように、同志のように思っていた。だからずっと信じてきた。し、信じていたのに、お前は私を女王にした挙句、この国と……大切な……民を、売って、父や母だけでなく、私までも殺そうとしたのだ!!」
私の叫び声が大広間に響き渡った。
ガヤガヤと騒いでいた側近たちの雑音は一気に消え去り、広間はシーンと静まり返る。
「だから、涙など流すな! お前を心の底から恨む事が出来なくなる」
ユージンの瞳から涙が止まることは無く、苛立ちと悔しさ、そして胸を抉るような悲しみを同時に覚えた。
溢れ返り、汚れた頬を洗っていくユージンの涙。
――何故、お前が泣く。泣きたいのは私なのに。
「……っ。……セイル様。これを」
彼は血に塗れた震える手で懐から紙切れと一通の手紙を取り出し、それを私に差し出した。
「……お許しください、どうか」
紙切れには、ユリウスの実の父――エレム国の王ソロの遣いが、既にユリウスを逃がしているとユージンの筆跡で殴り書きしてあった。
もう一通には『親愛なる母上』とユリウスの下手な文字が封筒に刻まれていた。
「これは……」
まとっている服の裾を拳で強く握りしめた。
これ程までに悔しい思いがあるだろうか。
胸の底から込み上がる複雑な感情達を隠すこともせず、ユージンに向き合った。
「……ユージン、お前を決して許さない。私が愛してやまないこの国と街を血に染めようとしたお前を決して許さない。……だが、だが、ユリウスの事は、礼を言おう」
「……セイル、さま」
ユージンは最期まで泣くことを辞めなかった。
血と涙が混ざった雫が彼の頬を濡らし、その表情は腹立たしいほどに安らかだった。
「……お前を憎むことが出来ない私が、弱かった」
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