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ある夏の日
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ぐつぐつとリズムカルに鍋の中でお湯が踊っている。それにつられて、合図のようにお腹が鳴った。
そう、私はこれからお昼ごはんという、大事な場面に差し掛かっているのだ!
元気よく飛び跳ねている熱湯は、自分の名前にピッタリ。戸棚の奥から大好きなチキンラーメンを取り出して、大きなどんぶりに入れる。
これがお嬢様学校と呼ばれる、初芝女子高校に通う女の子の休日の過ごし方だと知れば、世の男どもは幻滅するのだろうか?
飯田羽澄はそんなことを考えるも、すぐに意識は目の前のラーメンへと注がれた。ほどよく沸騰した鍋のお湯を注ごうとした時、リビングのドアが開いて姉の夏美が現れた。
「はずみ! 外で沙織ちゃんが待ってるよ」
「あ! 忘れてた! って、あつ!」
勢い余って飛び跳ねた熱湯が右手にかかり、羽澄は思わず鍋を落としそうになった。「あわわ!」と叫び声をあげながら、ギリギリのところでコンロに戻す。
「はあ……あんたって、ほんとどんくさいよね」
夏美が肩を落としてため息まじりに呟いた。
「う、うるさいなあ。ぎりぎりセーフだったんだからほっといてよ」
「それより沙織ちゃん待ってんだから、呑気にラーメン作ってないで早く行ってあげなよ」
そうだったと姉の言葉に返事をするも、羽澄はお湯を注いだばかりのどんぶりを見た。熱湯を浴びた乾燥麺が、香ばしい匂いと共にぷるんとした柔らかさを取り戻していく。
「えーお姉ちゃん、ラーメンもうすぐ出来上がるんだけど……どうしよう?」
「なにバカなこと言ってんの。こんな暑い中、あんた沙織ちゃんをずっと外で待たせるわけ?」
夏美が眉間に皺を寄せて睨むと、「う……」と言って羽澄はもう一度どんぶりの方を見る。
ごめん、ラーメン。君の願いは叶えられそうにない……。
「じゃあお姉ちゃん、代わりにこれ食べといて!」
半ばやけくそな捨て台詞を吐いて、羽澄は急いで二階の自室へと走った。ドアを開けて慌てて身支度を終えると、勢いそのままで玄関まで走る。
ドタドタと階段を降りれば、わずかに香るスープの匂い。ぐうと鳴りそうなお腹を抑えて、玄関横にある姿見の前に立った。
顔の輪郭をなぞるように、少し肩にかかったミディアムヘアに寝癖なし。羽澄はきょろっと大きな両目を動かして、そのまま足元までチェックをする。うん、これならバッチリだ。
「行ってきます!」の言葉に、ラーメンを食べているところなのか、「行ってらー」と姉の少し口ごもった声がリビングの方から聞こえてきた。
本当は私が食べるはずだったのに……。
ふんと鼻を鳴らして取っ手を掴み、力一杯に扉を開ける。鋭い夏の日差しと一緒に、しゃわしゃわと蝉の鳴き声が家の中へと転がり込んできた。
「あつー」
羽澄は右手で両目に入ってくる光を遮ると、照り返しが眩しい玄関の外へと一歩踏み出した。
夏だ。そんな当たり前の事実を毎回思わされるほど、この扉一枚の内と外の世界は違い過ぎる。
カメラのピントを合わすように目を細めると、門扉の向こうに麦わら帽子をかぶった沙織の姿を見つけた。
風になびく艶やかな長い黒髪と白いワンピースが、沙織の清楚なイメージをより引き立てている。
「ごめん! 遅くなっちゃった」
羽澄はそう言って小走りで門扉まで向かうと、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「別に大丈夫だよ」
沙織が少し首を傾けて、くすっと笑う。
「もしかして、お昼ご飯の途中だったとか?」
「う……、え?」
不意にピンポイントな質問を食らってしまい言葉に詰まった。それを見て沙織がまたくすくすと笑っている。さすが小学生の頃からの親友だ。自分の行動パターンは読まれているらしい。
「いやー、うん。途中では……なかったかな」
途中どころか始まってもいない。今頃あのラーメンは姉の胃袋の中で、私に食べられなかったことを後悔しながら溶けているのだろう。そんなことを考えて、羽澄は睨むように家の方をちらりと見た。
「やっぱりそうだったんだ。ごめんね、連絡くれたらもっと後でも良かったのに」
「ううん! 沙織のせいじゃないよ。それに十一時半に待ち合わせって言ったの私だし……」
そう、私だ。今日遊びに行くのも、待ち合わせ時間を決めたのも全部私だった。これからはもうちょっとスマホのスケジュールアプリを使いこなそう。そう思って心のメモ帳に書いた。たぶん帰ってくる頃には忘れているんだろうけど……。
門扉を閉めて歩き出すと、早くも額に汗が滲んできた。そういえばハンカチ持ってきたっけと考えた時、蝉の鳴き声の隙間から沙織の言葉が聞こえてきた。
「あ、そうだ。この前、明里が新しいお店見つけたって言ってたよ。今度羽澄も一緒に見に行く?」
目を細めて白い歯を見せる沙織に、「あー、うん……」と羽澄は少し言葉を濁した。
明里は同じクラスの仲の良い友達で、おそらく初芝女子校の生徒の中で、一番美人でスタイルも良い。伝統に厳しく今だに恋愛禁止、バイト禁止のうちの高校で、実はこっそり読者モデルをやっているぐらいだ。
そんな明里と私服で遊びに行くとなれば、こちらもそれなりの戦闘態勢で望まなければいけない。
「そうだね……。時間が合えば、ね」
「わかった。じゃあ明里にも明日言っておくね」
にこっと沙織が天使のような微笑みを見せる。ちなみに沙織も女子から見てもかなり可愛い部類に入る。
明里がキレイめ美人のお姉さん的存在だとすれば、沙織は正統派純粋の可愛いお嬢様系になるのだろう。実際、沙織の家はかなりのお金持ちで、お嬢様なのは本当だ。
何故か自分の周りには、そんな魅力を持った友達が多い。これはもしかして、「類は友を呼ぶ」という言葉に期待したいところだけど、残念ながらそうではない。
男気満点、食欲満点の自分は違う人種だということは、悲しいけれどちゃんと自覚している。
そう、私はこれからお昼ごはんという、大事な場面に差し掛かっているのだ!
元気よく飛び跳ねている熱湯は、自分の名前にピッタリ。戸棚の奥から大好きなチキンラーメンを取り出して、大きなどんぶりに入れる。
これがお嬢様学校と呼ばれる、初芝女子高校に通う女の子の休日の過ごし方だと知れば、世の男どもは幻滅するのだろうか?
飯田羽澄はそんなことを考えるも、すぐに意識は目の前のラーメンへと注がれた。ほどよく沸騰した鍋のお湯を注ごうとした時、リビングのドアが開いて姉の夏美が現れた。
「はずみ! 外で沙織ちゃんが待ってるよ」
「あ! 忘れてた! って、あつ!」
勢い余って飛び跳ねた熱湯が右手にかかり、羽澄は思わず鍋を落としそうになった。「あわわ!」と叫び声をあげながら、ギリギリのところでコンロに戻す。
「はあ……あんたって、ほんとどんくさいよね」
夏美が肩を落としてため息まじりに呟いた。
「う、うるさいなあ。ぎりぎりセーフだったんだからほっといてよ」
「それより沙織ちゃん待ってんだから、呑気にラーメン作ってないで早く行ってあげなよ」
そうだったと姉の言葉に返事をするも、羽澄はお湯を注いだばかりのどんぶりを見た。熱湯を浴びた乾燥麺が、香ばしい匂いと共にぷるんとした柔らかさを取り戻していく。
「えーお姉ちゃん、ラーメンもうすぐ出来上がるんだけど……どうしよう?」
「なにバカなこと言ってんの。こんな暑い中、あんた沙織ちゃんをずっと外で待たせるわけ?」
夏美が眉間に皺を寄せて睨むと、「う……」と言って羽澄はもう一度どんぶりの方を見る。
ごめん、ラーメン。君の願いは叶えられそうにない……。
「じゃあお姉ちゃん、代わりにこれ食べといて!」
半ばやけくそな捨て台詞を吐いて、羽澄は急いで二階の自室へと走った。ドアを開けて慌てて身支度を終えると、勢いそのままで玄関まで走る。
ドタドタと階段を降りれば、わずかに香るスープの匂い。ぐうと鳴りそうなお腹を抑えて、玄関横にある姿見の前に立った。
顔の輪郭をなぞるように、少し肩にかかったミディアムヘアに寝癖なし。羽澄はきょろっと大きな両目を動かして、そのまま足元までチェックをする。うん、これならバッチリだ。
「行ってきます!」の言葉に、ラーメンを食べているところなのか、「行ってらー」と姉の少し口ごもった声がリビングの方から聞こえてきた。
本当は私が食べるはずだったのに……。
ふんと鼻を鳴らして取っ手を掴み、力一杯に扉を開ける。鋭い夏の日差しと一緒に、しゃわしゃわと蝉の鳴き声が家の中へと転がり込んできた。
「あつー」
羽澄は右手で両目に入ってくる光を遮ると、照り返しが眩しい玄関の外へと一歩踏み出した。
夏だ。そんな当たり前の事実を毎回思わされるほど、この扉一枚の内と外の世界は違い過ぎる。
カメラのピントを合わすように目を細めると、門扉の向こうに麦わら帽子をかぶった沙織の姿を見つけた。
風になびく艶やかな長い黒髪と白いワンピースが、沙織の清楚なイメージをより引き立てている。
「ごめん! 遅くなっちゃった」
羽澄はそう言って小走りで門扉まで向かうと、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「別に大丈夫だよ」
沙織が少し首を傾けて、くすっと笑う。
「もしかして、お昼ご飯の途中だったとか?」
「う……、え?」
不意にピンポイントな質問を食らってしまい言葉に詰まった。それを見て沙織がまたくすくすと笑っている。さすが小学生の頃からの親友だ。自分の行動パターンは読まれているらしい。
「いやー、うん。途中では……なかったかな」
途中どころか始まってもいない。今頃あのラーメンは姉の胃袋の中で、私に食べられなかったことを後悔しながら溶けているのだろう。そんなことを考えて、羽澄は睨むように家の方をちらりと見た。
「やっぱりそうだったんだ。ごめんね、連絡くれたらもっと後でも良かったのに」
「ううん! 沙織のせいじゃないよ。それに十一時半に待ち合わせって言ったの私だし……」
そう、私だ。今日遊びに行くのも、待ち合わせ時間を決めたのも全部私だった。これからはもうちょっとスマホのスケジュールアプリを使いこなそう。そう思って心のメモ帳に書いた。たぶん帰ってくる頃には忘れているんだろうけど……。
門扉を閉めて歩き出すと、早くも額に汗が滲んできた。そういえばハンカチ持ってきたっけと考えた時、蝉の鳴き声の隙間から沙織の言葉が聞こえてきた。
「あ、そうだ。この前、明里が新しいお店見つけたって言ってたよ。今度羽澄も一緒に見に行く?」
目を細めて白い歯を見せる沙織に、「あー、うん……」と羽澄は少し言葉を濁した。
明里は同じクラスの仲の良い友達で、おそらく初芝女子校の生徒の中で、一番美人でスタイルも良い。伝統に厳しく今だに恋愛禁止、バイト禁止のうちの高校で、実はこっそり読者モデルをやっているぐらいだ。
そんな明里と私服で遊びに行くとなれば、こちらもそれなりの戦闘態勢で望まなければいけない。
「そうだね……。時間が合えば、ね」
「わかった。じゃあ明里にも明日言っておくね」
にこっと沙織が天使のような微笑みを見せる。ちなみに沙織も女子から見てもかなり可愛い部類に入る。
明里がキレイめ美人のお姉さん的存在だとすれば、沙織は正統派純粋の可愛いお嬢様系になるのだろう。実際、沙織の家はかなりのお金持ちで、お嬢様なのは本当だ。
何故か自分の周りには、そんな魅力を持った友達が多い。これはもしかして、「類は友を呼ぶ」という言葉に期待したいところだけど、残念ながらそうではない。
男気満点、食欲満点の自分は違う人種だということは、悲しいけれどちゃんと自覚している。
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