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束の間の休息

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「だはぁ……」

 昼休みを告げるチャイムが鳴るや否や、俺はどでかいため息をついていた。
 疲れ切った表情の原因は四時間目の数学が難しかったというわけではなく、昨日から悩みの種として心にのしかかっている白峰の件だ。

 ――それに私、誰かと親しくなりたいなんて一度も思ったことがないから。

 真意のわからない無表情な顔で言っていた白峰の言葉が耳の奥で蘇る。
 そしてチラリと窓際を見てみると、その宣言通り今日も彼女は誰とも関わらず一人静かに席に座っていた。

「なんや翔太、ゾンビみたいに死んだ顔しとるぞ」

「ゾンビは言い過ぎだろ」

 失礼なやつだな、と俺は目の前にやってきた快人に対して眉根を寄せた。すると相手は「冗談やって」と愉快げに喉を鳴らし始めた。

「でも死にそうな顔してるのはほんまやけどなんか悩むことでもあったんか?」

「いやべつに悩みってほどじゃないけど……」

 今度は呑気な口調でそんなことを尋ねてくる相手に向かって俺は歯切れの悪い口調で言葉を返す。……いやほんとはめっちゃ悩んでますけどね。

 しかしそれを正直に伝えてしまうとなんだか面倒な展開になりそうなのでここはどう答えたものかと悩んでいると、快人がまたしてもニカっと白い歯を見せてきた。

「それやったら悩みも吹き飛ぶグッドニュース教えたるわ。今から姫奈ちゃんたちと食堂で昼飯食べることになったんやけど翔太も来るやろ?」

「え、水無瀬さんたちと?」

 予想もしなかった快人からのお誘いに俺は思わず驚いてしまう。

「そうや。姫奈ちゃんのグループやからそりゃもう可愛い子がわんさかおるで」

 そう言って快人は両手の指先を怪しい動きででくねくねと動かす。俺はそんな下心丸出しの友人を無視しつつ、今まさに教室を出て行こうとしている賑やかなグループへと視線を移した。

 水無瀬さんたちと昼飯を食べるとか、オタクのくせにコイツの交友関係ってほんとすごいよな。
 半ば呆れながらもそんなことを思うと、俺は鞄から弁当箱を取り出して目の前にいる快人に向かって言う。

「あーでも悪い。俺今日弁当持ってきてるからやっぱパスで」

「えっ! お前せっかく姫奈ちゃんたちと昼飯食べれるチャンスやのに幼なじみが作った弁当の方を選ぶんかいな」

「なんだよその誤解されそうな言い方は。だいたい今日の弁当は茜じゃなくて俺が作ったやつだからな」

 いきなり幼なじみネタでいじってくる相手に俺はすかさずツッコミを返す。
 今の発言からお察しの通り、茜のことは快人も知っているのだが時おりこうやっておちょくってくるので面倒なのだ。

「ええか翔太、友人の誘いを断って幼なじみが作った弁当食えるのはラブコメの主人公だけやからな」

「いや、だからこれは俺が作ったって言ってるだろ」

 話しを聞けよバカ、と俺が呆れた口調で言い返せば、相手は「あーはいはい」と適当な感じで相槌を打つ。

「ほんなら俺だけ姫奈ちゃんたちとのランチ楽しんでくるわ」

「あ、ちょっと待てよ快人」

 そそくさと背を向けて教室の出口へと向かおうとする相手を呼び止めると、俺は頭の中でずっと気になっていることを快人にも聞いてみることにした。

「誰とも仲良くなりたくない、って本気で思う人間っていると思うか?」

 先ほどとは違う真面目な口調で俺はそんなことを尋ねた。
 すると快人は「何やねん急に」と少しきょとんとした表情を浮かべる。

「いや、最近そんなことを言われることがあったからちょっと気になってな」

「ふーん」

 こちらの返答に何やら含みのあるような声を漏らしてくる相手。
 けれども快人はそれ以上何も追求してくることはなく、少し考え込むような表情を見せると再び言った。

「まあ色んな人間おるからそんなやつもおるんとちゃうか。たとえば過去にそう思わざるおえんような経験があったとか」

「経験か……」

 快人の言葉を聞いて、今度は俺の方が考え込む。まあ確かにあんな家に一人で住んでいるような白峰だ。他の人とは違う経験の一つや二つあってもおかしくないだろうな。

 そんなことを考えながら眉間に皺を寄せていると、目の前にいる快人が何故かニヤリと笑う。

「でもまあ俺やったら可愛い子とは片っ端から仲良くなりたいけどな!」

「うるさいって」

 真剣な話をしていたかと思いきや、いつもの調子でおちゃらけてきた快人に対して俺は右手を出してツッコミを入れる。
 しかし相手は飄々としたその態度のごとくひょいとそれを避けると、「ほなまた」と再び陽気な声を発してそのまますたこらさっさと教室の扉の方へと向かって行ってしまった。

 そして残された俺はというと、そんな呑気な友人の後ろ姿を見て、ただため息をつくことしかできなかった。
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