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第35話 終了だ、終了!

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硝子越しに見える砂漠の景色は、月灯りに照らされていた。
日中の表情と異なり寂しく不気味にも感じ、まるで一切の生き物が生息できない死の世界のようだ。
地熱を放射しきった砂の世界が朝方には氷点下を下回り、砂漠の中央になると寒暖差は100度以上もある世界でも最も過酷な環境となる。
快適な状態が保たれている車内では、でっぷり親父が運転席に座っており、バスガイドは最前列の席で毛布を羽織っていた。
AI制御されたバスは、砂漠の都市を出て既に1時間が経過しており、風によりできた波状の模様になっている砂上を少しずつ旋回し続けながら走っていた。
そう。星の配置を確認していると分かるのだが、バスは微妙に旋回し方角を変えているのだ。
最高司祭からのクエストに従い、私を移動都市グラングランへ送り届けるために走っているはず。
移動進路を割りだし合流ポイントを割りだせば旋回する必要はない。
どうして、合流ポイントへ向かい真直ぐ走っていないのかしら。
運行管理をしているAIの北冬辺に確認してみるか。
乗客席から立ち上がり運転席へ歩き始めると、仮眠をしていた山茶花バスガイドが、近づいてきた私の気配を察知した。


「三華月様。どうかされましたか。」
「先程からバスが、進路を微妙に旋回し続けているようです。」
「バスが旋回を?」
「はい。その理由について教えてもらえればと思い、こちらまで来た次第です。」
「えっ。バスが旋回しているのですか。把握しておりませんでした。理由を運転手へ聞いてみます。」


バスガイドは驚いた表情を浮かべ、運行ルートについて確認をするために一緒に運転席を覗き込むと、でっぷり親父が耳障りな寝息をあげながらハンドルを握りしめ、気持ちよさそうに寝ている姿がそこにあった。
昼間と同じ安定の光景だ。
運転手おまえという存在は、本当に私を裏切らないメタボだな。
山茶花バスガイドが気持ち良さそうに寝ている運転手を起こそうとする前に親父の襟を掴むと、山茶花バスガイドが目を丸くした。


「三華月様。五位堂さんの襟を掴んでまた投げ飛ばすつもりですか!」
「はい。運転席を譲ってもらおうと思うのですが、起こさない方が良いかと思いまして。」


安心感を与えるために笑顔で答えたのであるが、山茶花バスガイドの顔は引きつっている。
うむ。私が次に何をするのか分かっているようだ。
予想しているとおりですよ。
寝ている運転手の襟を引っ張りあげ、後部座席に放り投げた。
山茶花バスガイドが悲鳴をあげ、運転手の安否を確認するために後部座席へ走っていく。
はい。もうこれは定番の流れだな。
頭からは落とさないように配慮して投げたので、死ぬ事はないだろう。
運転手が譲ってくれた席に早速座り、少しずつ進路方向を変えている件について、AIである北冬辺へ状況説明を求めることにした。


「北冬辺に質問があります。よろしいでしょうか。」
「はい。なんなりと聞いてください。」
「まず、目的地である移動都市グラングランへの予想到着時間を教えて下さい。」
「その事でしたか。実はグラングランを追跡しているのですが、このままだと追いつく事が難しいと言いますか、出来ない可能性が高いものと思われます。」


フロントガラスの前に砂漠全体を現す立体フォログラムが浮かび上がると、バスと思われる光の点から矢印が伸びていく。
同時に移動都市グラングランの予測ルートが表示されていた。
移動都市はバスから逃げるように海上へ出ようとしている。
なるほど。確かにこれでは追いつけない。
更に北冬辺が、言葉を続けてきた。


「過去に移動都市が海上へ出たという記録はありません。闇金からの取り立てから逃げておるかの如く、逃走を図っているものと推測します。」


その言い方だと、聖女である私が移動都市へ追い込みをかけている取り立て屋みたいではありませんか。
どうせなら、もっと私らしい表現をしてもらいたい。
例えば、現場からの叩きあげである凄腕美人刑事から凶悪犯が逃走を図っているとか。
まぁ、そんなことはどうでもいいか。
とにかくこれは、最高司祭からのクエストの失敗は確定的と言えるだろう。
背後では、いつのまにか後部座席から戻ってきていた運転手が唸っていた。
現状況が理解できていないようだ。
そのまま唸り続けて、一生を終えてほしいものだ。
山茶花バスガイドの方はというと小さく挙手をし、質問をしてきた。


「追いつくのが難しいなら、三華月様をグラングランへ『転移』させたら良いのではないですか。」


山茶花バスガイドは状況を理解し、それなりに機転が利くようだ。
バスが私を転移させた距離は50mだった。
つまり、バスが転移させられる距離に制限があるのだろう。
念のために北冬辺へ転移について確認をしてみた。


「北冬辺。質問です。あなたが使用する転移ですが、その最大距離がどれくらいなものなのか教えてください。」
「私の『転移距離』は300mが限界です。」
「300mですか。」
「はい。三華月様をここから移動都市まで飛ばす事は不可能です。」


皆様、お疲れ様でした。
終了だ、終了!
奴隷解放はいずれ行わなければならないことであるが、出来ることなら神託に従い実行したい。
そう。信仰心を稼ぐ案件として成立し遂行したいのだ。
私という者は信仰心に影響しないと思われる行動には、とことん後ろ向きな聖女なのだよ。
後部座席へ撤収しかけた時である。
運転手が北冬辺へ叫んだ。


「北冬辺。諦めたらアカン。絶対に追い付くんや。」
「…。」
「お前、プロやろ!お前、ほんまに最大限の努力をしたんか。」
「…。」
「もうやれる事は無いんか。このままやと乗客の期待を裏切る事になるんやぞ!」


メタボな運転手が男前な発言をした動機も気になるところだが、その運転手を見る目が熱っぽいバスガイドの方が引っ掛かる。
それだけのエロイボディをしていたら、寄ってくる男はいくらでもいるだろうに。
もしかしてダメンズ好きなのかしら。
そのいけていない運転手の叫びに、北冬辺がいきなりな感じで呼応してきた。


「悔しいですよ。高速道路さへ利用出来れば移動都市に追いつけるのですが!」
「なんや、その高速道路っちゅうもんは。それはなんで利用出来へんのや?」


不毛な会話を始めている。
高速道路を利用するには権限が必要なのだ。
北冬辺はその権限を持っていないのでクエスト失敗は確定した。
後部座席へ戻ろうとしていると、バスガイドが高速道路について質問をしてきた。


「三華月様。高速道路とは一体どういった物なのですか。」
「高速道路ですか。それは古代文明で使われていた道路です。迅速な交通移動を達成することを主目的にしたものですよ。」
「さすが三華月様です。最強で可愛いだけでなく、博学でもあるのですね。」
「はい。その通りなのですが、真正面から本当の事を言われると少し照れるものですね。」
「やはり三華月様くらいの聖女様になると、その高速道路を利用することが可能になるのでしょうか。」
「はい。もちろんです。ETCカードを使用すれば高速道路の利用が可能となります。」
「三華月様。そのETCカードを使用、もしくはお借りすることは出来ないでしょうか。」
「…………。」


やってしまった。
乗せられて余計なことを言ってしまったようである。
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