上 下
1,014 / 1,023
後日譚

後日譚202.人見知り奴隷は必要に迫られてしているだけ

しおりを挟む
 シズトが暮らしている本館のすぐ近くに建てられた小さな屋敷には様々な人物が生活している。
 種族も立場も多種多様だったが、お互い協力して暮らしていた。
 暇があれば一緒に出掛けたり、お喋りをしてのんびりと過ごす事もある彼らだが、中には社交的ではない者もいる。
 その筆頭がボルドという人族の男だった。
 肌は病的なほど白く、身長も子どものように低い彼は、極度の人見知りだった。それは奴隷になっても変わらず、うまく働く事すらできていなかったのだが、シズトの所に拾われてからは本来の手先の器用さを発揮する事ができていた。
 ボルドの主であるシズトから「部屋から出なくてもいいよ」と許可を正式に貰った彼は、基本的に外に出ず、部屋の中で魔道具の制作をせっせとしていた。
 孤独な作業に慣れっこだった彼は、今日も魔石に魔法を付与していたのだが、どこからともなく声が聞こえた。

「そろそろお嬢ちゃんが来るが、逃げなくていいのか?」
「ああ。もう諦める事にした」
「まあ、逃げ切れんくなってきたしな」
「トークの力を使っても逃げ切れないって、最近の子どもはすごいな」
「あのお嬢ちゃんがすごいんだと思うぞ」

 ボルドが会話をしているのはベッドの近くの壁に立てかけられた鉄の剣だ。
 一見普通の鉄の剣だが、実際はシズトが魔道具化した剣だった。
 ダンジョンから出る『呪いの装備』と呼ばれている魔道具のように、他者の体を操る事ができるという点から危険視されたラオとノエルによってアイテムバッグの肥やしになるはずだったところをボルドの部屋で保管する事になった。
 奴隷の気持ちスラ尊重してくれるシズトであれば、人見知りのボルドの部屋には勝手に入らないだろう、という事で彼に預けられていた。
 人は苦手なボルドだったが、トークソードとの会話は苦にならないようで、トークソードの事は『トーク』と呼んで親交を深めている様だった。

「これからどれだけすごくなるか楽しみだな」
「そーだな!」

 そう話している所で扉がノックされた。
 ボルドがどうしようかとまごついている間に、トークが「どーぞ!」と返事をした。
 扉を開けて姿を現したのはピンク色の髪が特長的な女の子アンジェラだ。
 彼女は魔道具『浮遊ワゴン』を押しながら入ってきた。ボルドはいつの間にか家具の影に隠れ、そこからアンジェラの様子を窺っている。

「ボルドさん、おはようございます。トークさんも」
「お、おは……よう……」
「おう、おはよう。お嬢ちゃんは今日も元気だな!」
「シズト様のおかげです」

 アンジェラの首には、シズトから貰った首飾りタイプの魔道具があった。それのおかげでアンジェラは今の生活を続ける事ができている、としっかりと理解していた。

「なるほどな! だからお嬢ちゃんは奴隷じゃないのにシズト様の傍で仕事してんだな!」
「はい! 少しでもお役に立ちたいので!」
「役に立つって言うんだったらもっと身近な存在になるのもありかもしれんけどなぁ」
「そうですね。恐れ多い事ですが、シズト様がお望みであればそれも選択肢の一つだと思います」
「お嬢ちゃんにはそのつもりがないって事かい?」
「えっと……正直まだよく分からないです。シズト様の事は素敵な男性だな、とは思ってます」
「まー、しっかりしてるって言ってもまだ子どもだもんなぁ。シズト様に嫁ぐんだったらあと九年は独り身でいる必要があるだろうし、案外その間にもっと好きな人が出来るかも知んねぇしな!」
「そうですね」

 か細い声で返事をしたボルドの事は気にせず、トークのお喋りにその後もしばらくの間付き合ったアンジェラは「食べ終わったら部屋の外に出しておいてください」と言って、浮遊ワゴンを置いて出て行った。
 それでもしばらくの間、ボルドは家具の影から出て来なかったが、アンジェラが階段を下りて行く気配を感じてやっと出てきた。

「今日はあいさつできたなぁ。人間の成長は早いな!」
「いや、あの子と比べたら俺は遅い方だと思うよ」

 成長を続けているアンジェラと比較したらボルドが変わったのは逃げなくなった事と挨拶を返すようになったことくらいだった。もちろんボルドもアンジェラ想像できない程の努力をしている事は分かっているのだが、比べずにはいられないようだ。
 それにボルドの成長した理由は必要に迫られてだった。逃げる事は無理だと悟り諦めただけだったし、挨拶を返したのも、前回挨拶を返さなかったら返ってくるまで居座られたからだ。
 アンジェラ曰く「挨拶は基本中の基本だからそのくらいはしなさい」との事だった。
 また居座られるくらいなら、例えほとんど声が出ていなかったとしても挨拶をした方が良いだろう、という考えでやむにやまれぬ事情でする事になっただけだった。
 幸いな事に身体強化をしていたアンジェラには聞こえていたようなので、このくらいならできそうだった。
 朝食を手早く食べ終えたボルドは、廊下に誰もいない事をトークと共に慎重に確認した後、急いでワゴンを部屋の外に出した。

「これが毎日三回あるのか……」
「いつかは慣れるさきっと」
「そんな日が来るんかなぁ」

 来ないような気がする、と心の中で呟いたボルドは、その後もトークとお喋りをしながらせっせと魔石に魔法を付与し続けるのだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

異世界のんびりワークライフ ~生産チートを貰ったので好き勝手生きることにします~

樋川カイト
ファンタジー
友人の借金を押し付けられて馬車馬のように働いていた青年、三上彰。 無理がたたって過労死してしまった彼は、神を自称する男から自分の不幸の理由を知らされる。 そのお詫びにとチートスキルとともに異世界へと転生させられた彰は、そこで出会った人々と交流しながら日々を過ごすこととなる。 そんな彼に訪れるのは平和な未来か、はたまた更なる困難か。 色々と吹っ切れてしまった彼にとってその全てはただ人生の彩りになる、のかも知れない……。 ※この作品はカクヨム様でも掲載しています。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

異世界でタロと一緒に冒険者生活を始めました

ももがぶ
ファンタジー
俺「佐々木光太」二十六歳はある日気付けばタロに導かれ異世界へ来てしまった。 会社から帰宅してタロと一緒に散歩していたハズが気が付けば異世界で魔法をぶっ放していた。 タロは喋るし、俺は十二歳になりましたと言われるし、これからどうなるんだろう。

転生チートは家族のために~ユニークスキルで、快適な異世界生活を送りたい!~

りーさん
ファンタジー
 ある日、異世界に転生したルイ。  前世では、両親が共働きの鍵っ子だったため、寂しい思いをしていたが、今世は優しい家族に囲まれた。  そんな家族と異世界でも楽しく過ごすために、ユニークスキルをいろいろと便利に使っていたら、様々なトラブルに巻き込まれていく。 「家族といたいからほっといてよ!」 ※スキルを本格的に使い出すのは二章からです。

処理中です...