1,009 / 1,097
後日譚
後日譚197.事なかれ主義者は落ち着けない
しおりを挟む
同じ事の繰り返しだからか、あっという間に一ヵ月が過ぎて行った。
この一カ月の間はチャム様の布教活動を兼ねた他国への加護使用か、子どもたちの世話兼成長の記録を撮るか、ホムンクルスたちにご褒美をあげるかくらいしかしていない。
何事もなく、平和に過ぎていく日々。転移門を設置した各国で些細なトラブルはあるけれど、懸念していた軍事的緊張が高まる事は特になかった。
ただ、そんな普通の日々は長くは続かない。
「シズト、落ち着くのですわ~。エリクサーの備蓄は万全ですし、聖女の加護を授かった者たちもたくさん控えているのですわ~」
三階の廊下でそわそわ落ち着かず、ウロウロと歩き回っているのを呆れた様子で見ているのはレヴィさんだ。
ドラゴニア王国の第一王女である彼女は、ドラゴニア王家特有の金色の髪で顔の横にツインドリルを作っている。先程まで手持無沙汰だったからビヨンビヨンと引っ張っていたら怒られた。
どこからか引っ張り出してきた椅子に座った彼女の背後の窓にはドライアドたちが張り付いていて、僕たちの様子を見ている。
「どれだけ医療設備が整っていても万が一の事があるのが出産なんだよ? 落ち着いてられるわけないじゃん」
「でも部屋から追い出されたシズトにできる事はないのですわ。ほら、隣に座るのですわ」
隣に置いてある椅子をポンポンと叩くレヴィさんが言う通り、少し前に部屋から追い出された。
元々血が無理だという事は産婆さんの間では周知の事実だし、なにより落ち着きがないから妊婦が不安になるだろ、という事だった。ごもっともである。
今産気づいているのはレヴィさんの専属侍女であるセシリアさんと、ランチェッタさんの専属侍女であるディアーヌさんだ。ただ、加護を授かっているのであれば陣痛の間隔的にセシリアさんから先に出産するだろう、との事だった。
セシリアさんの部屋の対面にディアーヌさんの部屋があるけれど、ランチェッタさんの姿は廊下にはない。部屋の中にいて、何かあったら呼んでくれるとの事だった。
僕が大人しくレヴィさんの隣に腰かけると、彼女は僕の太ももに手をそっと置いた。
「落ち着かないのなら名前を考えておくのですわ。まだ決まっていないのですわ?」
「まあ、そうだね。でも候補を考えすぎるとそれはそれで困るから……」
それに、加護の有無はなんとなく出産時期で予想できるけれど、男の子か女の子かは産まれるまでは分からない。
一応男の子の時と女の子の時の名前を用意しておいて、と二人から言われているけれど命名センスがないと言われている僕に任せて大丈夫なのか……不安だ。
「今回もセシリアたちの名前を入れるのですわ?」
「まあ、そのつもり。僕からは苗字をあげればいいし。セシリアさんはどっちでも何となく決めているんだけど、ディアーヌさんが難しくてね。『ディ』も『ヌ』もあんまり名前で聞いた事ないし……」
妖怪であれば鵺とか……? うん、なし。
「あまり名前を入れる事に固執しなくてもいいと思うのですわ。私たちは誰も気にしてないのですわ。それに、イクオやチヨのように全くかすりもしていない子もいるのですわ」
「あの子たちは加護に関係する名前の方が良いって話になったからそうしただけだし……」
ディアーヌさんは確か加護を授かっていなかったような気がする。でも、貴族の血筋だから何かしらの加護を授かってもおかしくはない。神様との縁が切れてしまった後に授かった子だから三柱の加護を授かっているとは考え辛いし…………。
どうしたものかなぁ、と考え続けている間に何やら窓に張り付いていたドライアドたちがそわそわし始めた。次の瞬間にはディアーヌさんの部屋から小柄な女性が飛び出てきた。
先程から話に上がっているランチェッタさんだ。今日はディアーヌさんの出産の日、という事で仕事を昨日のうちに全て終わらせて完全にオフの日らしい。胸元が大きく開いたシンプルなドレスを着ていて、丸眼鏡をかけている。
「もうすぐ生まれるみたいよ!」
「え、予定と違くない!?」
「予定通りに出産が進むわけないでしょ!?」
それはそうだけど、神様の加護を授かってたら予定通りしっかり安産で産まれるんじゃ……と思った所で血の気が引く。予定通りじゃないという事は子どもが加護を授かっていないという訳で、つまり安産は約束されていない。
大慌てでセシリアさんの部屋の扉を開けて産婆さんのリーダー格であるハンナさんを呼んだ。
セシリアさんは幸いな事にまだもう少し出産まで余裕がある、との事だったのでハンさんを引き連れてディアーヌさんの部屋へ急ぐ。
部屋の中ではディアーヌさんが苦しそうな表情でベッドに横たわっていた。僕たちが入ってきた事にすら気づいていない様子だ。
「落ち着けないんだったら廊下に立ってな!」
「外で待ってましょう」
「あ、はい」
ハンナさんに一喝され、ランチェッタさんに手を引かれ大人しく部屋の外に出る。
「何回経験しても慣れないね…………」
「もん…………」
僕の焦りに連動するように髪の毛をわさわささせていたレモンちゃんと一緒に、レヴィさんとランチェッタさんの間に座らされた僕はそわそわしながら待った。
ちょっとしたハプニングはあったらしいけど、エリクサーと聖女の加護を授かった人たちがいたおかげでディアーヌさんもセシリアさんも母子ともに何事もなく出産が終わるのだった。
この一カ月の間はチャム様の布教活動を兼ねた他国への加護使用か、子どもたちの世話兼成長の記録を撮るか、ホムンクルスたちにご褒美をあげるかくらいしかしていない。
何事もなく、平和に過ぎていく日々。転移門を設置した各国で些細なトラブルはあるけれど、懸念していた軍事的緊張が高まる事は特になかった。
ただ、そんな普通の日々は長くは続かない。
「シズト、落ち着くのですわ~。エリクサーの備蓄は万全ですし、聖女の加護を授かった者たちもたくさん控えているのですわ~」
三階の廊下でそわそわ落ち着かず、ウロウロと歩き回っているのを呆れた様子で見ているのはレヴィさんだ。
ドラゴニア王国の第一王女である彼女は、ドラゴニア王家特有の金色の髪で顔の横にツインドリルを作っている。先程まで手持無沙汰だったからビヨンビヨンと引っ張っていたら怒られた。
どこからか引っ張り出してきた椅子に座った彼女の背後の窓にはドライアドたちが張り付いていて、僕たちの様子を見ている。
「どれだけ医療設備が整っていても万が一の事があるのが出産なんだよ? 落ち着いてられるわけないじゃん」
「でも部屋から追い出されたシズトにできる事はないのですわ。ほら、隣に座るのですわ」
隣に置いてある椅子をポンポンと叩くレヴィさんが言う通り、少し前に部屋から追い出された。
元々血が無理だという事は産婆さんの間では周知の事実だし、なにより落ち着きがないから妊婦が不安になるだろ、という事だった。ごもっともである。
今産気づいているのはレヴィさんの専属侍女であるセシリアさんと、ランチェッタさんの専属侍女であるディアーヌさんだ。ただ、加護を授かっているのであれば陣痛の間隔的にセシリアさんから先に出産するだろう、との事だった。
セシリアさんの部屋の対面にディアーヌさんの部屋があるけれど、ランチェッタさんの姿は廊下にはない。部屋の中にいて、何かあったら呼んでくれるとの事だった。
僕が大人しくレヴィさんの隣に腰かけると、彼女は僕の太ももに手をそっと置いた。
「落ち着かないのなら名前を考えておくのですわ。まだ決まっていないのですわ?」
「まあ、そうだね。でも候補を考えすぎるとそれはそれで困るから……」
それに、加護の有無はなんとなく出産時期で予想できるけれど、男の子か女の子かは産まれるまでは分からない。
一応男の子の時と女の子の時の名前を用意しておいて、と二人から言われているけれど命名センスがないと言われている僕に任せて大丈夫なのか……不安だ。
「今回もセシリアたちの名前を入れるのですわ?」
「まあ、そのつもり。僕からは苗字をあげればいいし。セシリアさんはどっちでも何となく決めているんだけど、ディアーヌさんが難しくてね。『ディ』も『ヌ』もあんまり名前で聞いた事ないし……」
妖怪であれば鵺とか……? うん、なし。
「あまり名前を入れる事に固執しなくてもいいと思うのですわ。私たちは誰も気にしてないのですわ。それに、イクオやチヨのように全くかすりもしていない子もいるのですわ」
「あの子たちは加護に関係する名前の方が良いって話になったからそうしただけだし……」
ディアーヌさんは確か加護を授かっていなかったような気がする。でも、貴族の血筋だから何かしらの加護を授かってもおかしくはない。神様との縁が切れてしまった後に授かった子だから三柱の加護を授かっているとは考え辛いし…………。
どうしたものかなぁ、と考え続けている間に何やら窓に張り付いていたドライアドたちがそわそわし始めた。次の瞬間にはディアーヌさんの部屋から小柄な女性が飛び出てきた。
先程から話に上がっているランチェッタさんだ。今日はディアーヌさんの出産の日、という事で仕事を昨日のうちに全て終わらせて完全にオフの日らしい。胸元が大きく開いたシンプルなドレスを着ていて、丸眼鏡をかけている。
「もうすぐ生まれるみたいよ!」
「え、予定と違くない!?」
「予定通りに出産が進むわけないでしょ!?」
それはそうだけど、神様の加護を授かってたら予定通りしっかり安産で産まれるんじゃ……と思った所で血の気が引く。予定通りじゃないという事は子どもが加護を授かっていないという訳で、つまり安産は約束されていない。
大慌てでセシリアさんの部屋の扉を開けて産婆さんのリーダー格であるハンナさんを呼んだ。
セシリアさんは幸いな事にまだもう少し出産まで余裕がある、との事だったのでハンさんを引き連れてディアーヌさんの部屋へ急ぐ。
部屋の中ではディアーヌさんが苦しそうな表情でベッドに横たわっていた。僕たちが入ってきた事にすら気づいていない様子だ。
「落ち着けないんだったら廊下に立ってな!」
「外で待ってましょう」
「あ、はい」
ハンナさんに一喝され、ランチェッタさんに手を引かれ大人しく部屋の外に出る。
「何回経験しても慣れないね…………」
「もん…………」
僕の焦りに連動するように髪の毛をわさわささせていたレモンちゃんと一緒に、レヴィさんとランチェッタさんの間に座らされた僕はそわそわしながら待った。
ちょっとしたハプニングはあったらしいけど、エリクサーと聖女の加護を授かった人たちがいたおかげでディアーヌさんもセシリアさんも母子ともに何事もなく出産が終わるのだった。
43
お気に入りに追加
453
あなたにおすすめの小説

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】
一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。
追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。
無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。
そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード!
異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。
【諸注意】
以前投稿した同名の短編の連載版になります。
連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。
なんでも大丈夫な方向けです。
小説の形をしていないので、読む人を選びます。
以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。
disりに見えてしまう表現があります。
以上の点から気分を害されても責任は負えません。
閲覧は自己責任でお願いします。
小説家になろう、pixivでも投稿しています。

なんか黄金とかいう馬鹿みたいなスキルを得たのでダラダラ欲望のままに金稼いで人生を楽しもうと思う
ちょす氏
ファンタジー
今の時代においてもっとも平凡な大学生の一人の俺。
卒業を間近に控え、周りの学生たちは冒険者としてのキャリアを選ぶ中、俺の夢はただひとつ、「悠々自適な生活」を送ること。
金も欲しいし、時間も欲しい。
程々に働いて程々に寝る……そんな生活だ。
しかし、それも容易ではなかった。100年前の事件によって。
そのせいで現代の世界は冒険者が主役の時代となっていた。
ある日、半ば興味本位で冒険者登録をしてみた俺は、予想外のスキル「黄金」を手に入れる。
「はぁ?」
俺が望んだのは平和な日常を送るためだが!?
悠々自適な生活とは程遠い、忙しない日々を送ることになる。

異世界でタロと一緒に冒険者生活を始めました
ももがぶ
ファンタジー
俺「佐々木光太」二十六歳はある日気付けばタロに導かれ異世界へ来てしまった。
会社から帰宅してタロと一緒に散歩していたハズが気が付けば異世界で魔法をぶっ放していた。
タロは喋るし、俺は十二歳になりましたと言われるし、これからどうなるんだろう。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

転生した体のスペックがチート
モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。
目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい
このサイトでは10話まで投稿しています。
続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。
3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。
そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!!
こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!!
感想やご意見楽しみにしております!
尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる