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後日譚
後日譚189.第二王女は紹介した
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キルヒマン伯爵家はドラゴニア王国の中では長い歴史がある事くらいしか自慢できるような事がない家柄だった。ドラゴニアが建国されてからずっと無難に領地を統治し続けたキルヒマン家は、爵位が上がる事も下がる事もなく、ただただ王都から遠く離れた地を守り続けていた。
歴史だけは長いキルヒマン家の三男坊であるリーンハルト・フォン・キルヒマンは、他の上位貴族や有用な加護を授かっている者たちを抑え、なぜ自分が第二王女であるラピス・フォン・ドラゴニアの婚約者に慣れたのか疑問に思っている様だったが、ラピスとしては数少ない中から面倒じゃない相手を選んだだけだった。
婚約者を決めなければならない、となった際に彼女はまず「姉の悪口を言った相手」を除外した。それだけでほとんど候補がいなくなったのには呆れたが、そこからさらにいくつか条件を付け足していった。彼女には「姉の呪いの後遺症を無くす方法を見つける」という自分に課した使命があったからだ。
その中でも「頻繁に会う必要がない事」を重視した結果、リーンハルト・フォン・キルヒマンが最後に残ったため、彼と婚約した。ラピスから見るとこれっぽっちも愛のない婚約だったが、ドタウィッチへの留学にも問題なく行く事ができたし、ずっと研究をし続ける事ができていた。時折手紙が届くのでそのくらいは返してあげるか、と思いつつも忘れる事もあったのだが――。
「まさか何も連絡せずに来るなんて思いもしなかったわ」
「申し訳ございません。父上に促されるままここにやってきたので……もうすでに連絡が言っているのだとばかり思っておりました」
「どうだったかしら……」
手紙で連絡が来ていたら読んでいない可能性があるな、と自分に非がある可能性がある事を悟ったラピスは話を逸らす事にした。
「それよりも、随分と待たせてしまったみたいね。申し訳ないわ」
「いえ、大丈夫です。ラピス様の研究成果を拝読させていただいておりました。ドライアドについてよく知らなかったのでとても興味深いです」
「そう。それならよかったわ。それと、私の事は呼び捨てで構わないと言った気がするんだけど、違ったかしら?」
「いえ……はい! 確かに仰られましたが伯爵家の三男坊の僕なんかがラピス様を呼び捨てなんて恐れ多くてできません」
(はきはき喋るようになったけど、相変わらず目が合わないわね)
前髪が彼の茶色い目を隠しがちというのもあったが、そもそもリーンハルトがラピスの方を見ようとしない。いや、見る事には見るのだが、すぐに視線を逸らしてしまうのだ。随分と昔に会った時のことを思い返しても、目が合ったと思えた時はほとんどなかったように思う。
「まあいいわ。どうせいつかは呼び捨てで呼び合う間柄になるのだから。……それで、今回の用件は何だったのかしら?」
「用件? …………ああ、転移門が王都に設置されたおかげでドタウィッチに行きやすくなったじゃないか、と言われて挨拶をしに行くようにと父上に言われたんです」
「本当にそれだけなの?」
「? はい、そうです」
「…………そう」
しばしの間、沈黙が部屋を支配した。
ジト目でリーンハルトを見るラピス。視線が合う度に慌てて目を逸らすリーンハルト。見つめ続けられる事に慣れていないのか、それとも別の理由があるのか――ラピスには理解するつもりはなかったが、リーンハルトの頬が紅潮している。
ただいつまでもこうしている事の方が時間の無駄だ、とラピスはため息とともに立ち上がった。
「あいさつ程度で帰ったらまたリーンハルト伯爵から何か言われるんじゃないかしら? 時間も時間だし、食事を一緒にしましょう」
「そ、そんな滅相もない! ラピス様は研究に明け暮れているとお聞きしておりますし、貴重なお時間を割いてもらう訳には――」
「良いから行くわよ。ちゃんとした食事を取れってお姉様とシズト様に口酸っぱく言われているから丁度いいわ。ほら、転移をするからこっちに来てくれるかしら?」
「わ、分かりました。…………転移魔法ですか。お手紙で知ってから実は一度見て見たかったんです」
「別に見栄えが良い様な魔法じゃないんだけど……まあいいわ。ほら、もっとこっちに来て手を繋いで」
「手をですか!?」
「そうよ。ほら、早く」
全然手を繋ぐ素振りがないリーンハルトに苛立った様子で、彼の手を取ったラピスは呪文を詠唱しながらふと思った。
(こうして手に触れるのはダンス以来かしら?)
随分と遠い昔の出来事以外思い浮かばず、流石に放置しすぎたかもしれない、と思ったラピスは「行き先を追加してもいいかしら?」とリーンハルトに尋ねた。当然彼は二つ返事で了承したので、ラピスは行き先を変えた。
そうして転移した先はドタウィッチ王国の首都に設置された転移門のすぐ近くだった。
「すごい! こんな一瞬で移動できるなんて……」
「なかなか便利でしょ?」
「そうですね。…………そういえば行き先をお伺いしてなかったのですが、どこへ向かわれるのでしょうか?」
「ファマリアよ。ドライアドを見たっていう土産話が出来たらリーンハルト伯爵も満足するでしょ」
第二王女と言っても勝手に国境を転移魔法で超えてしまうのは問題があるし、魔力にも限りがある。だからラピスは転移門を通ってガレオールを経由し、ドラゴニア王国の首都へ移動した。そこからさらに王城に設置された転移陣を経由しドランへと移動すると、再び転移魔法を使った。ここまでくる間ずっと手を繋いでいたのでわざわざ先程のやり取りをする必要がなかった。
「えっと、普段もこの様に移動されているのですか?」
「いいえ。いつもだったらここに直結している転移陣を使う所だけど……今使ったら問題が起きる未来が見えたから」
ドライアドたちがわんさかと集まってきて義兄であるシズトや姉であるレヴィアに迷惑をかける未来がありありと脳裏に浮かんだラピスは、いつもと異なりファマリアの町に直接転移した。どこからともなく視線が集まるが、ラピスである事が確認されたのかすぐにいくつかの魔力反応が離れていくのをラピスは感じた。
(今度からは街中に直接はやめた方が良いわね)
そんな事を思いつつ、目の前に聳え立つ世界樹ファマリーを口を開けて見上げているリーンハルトは置いておいて、自分だけ結界の内側に入り、土いじりをしていたドライアドを数人捕まえたラピスは、ドライアドたちから抗議されつつもリーンハルトに紹介するのだった。
歴史だけは長いキルヒマン家の三男坊であるリーンハルト・フォン・キルヒマンは、他の上位貴族や有用な加護を授かっている者たちを抑え、なぜ自分が第二王女であるラピス・フォン・ドラゴニアの婚約者に慣れたのか疑問に思っている様だったが、ラピスとしては数少ない中から面倒じゃない相手を選んだだけだった。
婚約者を決めなければならない、となった際に彼女はまず「姉の悪口を言った相手」を除外した。それだけでほとんど候補がいなくなったのには呆れたが、そこからさらにいくつか条件を付け足していった。彼女には「姉の呪いの後遺症を無くす方法を見つける」という自分に課した使命があったからだ。
その中でも「頻繁に会う必要がない事」を重視した結果、リーンハルト・フォン・キルヒマンが最後に残ったため、彼と婚約した。ラピスから見るとこれっぽっちも愛のない婚約だったが、ドタウィッチへの留学にも問題なく行く事ができたし、ずっと研究をし続ける事ができていた。時折手紙が届くのでそのくらいは返してあげるか、と思いつつも忘れる事もあったのだが――。
「まさか何も連絡せずに来るなんて思いもしなかったわ」
「申し訳ございません。父上に促されるままここにやってきたので……もうすでに連絡が言っているのだとばかり思っておりました」
「どうだったかしら……」
手紙で連絡が来ていたら読んでいない可能性があるな、と自分に非がある可能性がある事を悟ったラピスは話を逸らす事にした。
「それよりも、随分と待たせてしまったみたいね。申し訳ないわ」
「いえ、大丈夫です。ラピス様の研究成果を拝読させていただいておりました。ドライアドについてよく知らなかったのでとても興味深いです」
「そう。それならよかったわ。それと、私の事は呼び捨てで構わないと言った気がするんだけど、違ったかしら?」
「いえ……はい! 確かに仰られましたが伯爵家の三男坊の僕なんかがラピス様を呼び捨てなんて恐れ多くてできません」
(はきはき喋るようになったけど、相変わらず目が合わないわね)
前髪が彼の茶色い目を隠しがちというのもあったが、そもそもリーンハルトがラピスの方を見ようとしない。いや、見る事には見るのだが、すぐに視線を逸らしてしまうのだ。随分と昔に会った時のことを思い返しても、目が合ったと思えた時はほとんどなかったように思う。
「まあいいわ。どうせいつかは呼び捨てで呼び合う間柄になるのだから。……それで、今回の用件は何だったのかしら?」
「用件? …………ああ、転移門が王都に設置されたおかげでドタウィッチに行きやすくなったじゃないか、と言われて挨拶をしに行くようにと父上に言われたんです」
「本当にそれだけなの?」
「? はい、そうです」
「…………そう」
しばしの間、沈黙が部屋を支配した。
ジト目でリーンハルトを見るラピス。視線が合う度に慌てて目を逸らすリーンハルト。見つめ続けられる事に慣れていないのか、それとも別の理由があるのか――ラピスには理解するつもりはなかったが、リーンハルトの頬が紅潮している。
ただいつまでもこうしている事の方が時間の無駄だ、とラピスはため息とともに立ち上がった。
「あいさつ程度で帰ったらまたリーンハルト伯爵から何か言われるんじゃないかしら? 時間も時間だし、食事を一緒にしましょう」
「そ、そんな滅相もない! ラピス様は研究に明け暮れているとお聞きしておりますし、貴重なお時間を割いてもらう訳には――」
「良いから行くわよ。ちゃんとした食事を取れってお姉様とシズト様に口酸っぱく言われているから丁度いいわ。ほら、転移をするからこっちに来てくれるかしら?」
「わ、分かりました。…………転移魔法ですか。お手紙で知ってから実は一度見て見たかったんです」
「別に見栄えが良い様な魔法じゃないんだけど……まあいいわ。ほら、もっとこっちに来て手を繋いで」
「手をですか!?」
「そうよ。ほら、早く」
全然手を繋ぐ素振りがないリーンハルトに苛立った様子で、彼の手を取ったラピスは呪文を詠唱しながらふと思った。
(こうして手に触れるのはダンス以来かしら?)
随分と遠い昔の出来事以外思い浮かばず、流石に放置しすぎたかもしれない、と思ったラピスは「行き先を追加してもいいかしら?」とリーンハルトに尋ねた。当然彼は二つ返事で了承したので、ラピスは行き先を変えた。
そうして転移した先はドタウィッチ王国の首都に設置された転移門のすぐ近くだった。
「すごい! こんな一瞬で移動できるなんて……」
「なかなか便利でしょ?」
「そうですね。…………そういえば行き先をお伺いしてなかったのですが、どこへ向かわれるのでしょうか?」
「ファマリアよ。ドライアドを見たっていう土産話が出来たらリーンハルト伯爵も満足するでしょ」
第二王女と言っても勝手に国境を転移魔法で超えてしまうのは問題があるし、魔力にも限りがある。だからラピスは転移門を通ってガレオールを経由し、ドラゴニア王国の首都へ移動した。そこからさらに王城に設置された転移陣を経由しドランへと移動すると、再び転移魔法を使った。ここまでくる間ずっと手を繋いでいたのでわざわざ先程のやり取りをする必要がなかった。
「えっと、普段もこの様に移動されているのですか?」
「いいえ。いつもだったらここに直結している転移陣を使う所だけど……今使ったら問題が起きる未来が見えたから」
ドライアドたちがわんさかと集まってきて義兄であるシズトや姉であるレヴィアに迷惑をかける未来がありありと脳裏に浮かんだラピスは、いつもと異なりファマリアの町に直接転移した。どこからともなく視線が集まるが、ラピスである事が確認されたのかすぐにいくつかの魔力反応が離れていくのをラピスは感じた。
(今度からは街中に直接はやめた方が良いわね)
そんな事を思いつつ、目の前に聳え立つ世界樹ファマリーを口を開けて見上げているリーンハルトは置いておいて、自分だけ結界の内側に入り、土いじりをしていたドライアドを数人捕まえたラピスは、ドライアドたちから抗議されつつもリーンハルトに紹介するのだった。
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