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後日譚
後日譚164.武闘派の辺境伯夫人は見張る事にした
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エーファ・ツー・グリムは、エクツァーの新興貴族の内の一つ、グリム伯爵家に生まれた女性だった。
父親が授かった強力な加護を彼女も授かった事や複数いる子どもの中で一番下だった事もあり、任された領地に出てくる魔物退治に幼い頃から参加していた。
武名で名を馳せ、その強力な加護を取り込むために伯爵家の女性に婿入りした結果、肩身が狭そうな父親の力になりたい、という思いももちろんあった。だが、結婚を諦めていた事も理由の一つだった。
父親に似た彼女は姉たちのような女性らしい見た目をしておらず、幼い頃に受けた傷は今も体のあちこちに残っている。剣を振り続けた結果、手指も細くなく、身体の大部分は筋肉質で柔らかくはない。社交界に出る暇もないほどに魔物退治をしなければならなかったから社交スキルもほとんどなかった。
(いや、ただの言い訳だな)
姉たちが受けていた厳しい指導よりも、魔物との戦いに身を置くのが性分に合っていた。幸いな事に戦闘系の加護を授かった事で、よりその思いは強くなっていった。騎士として名を馳せるのだ、という思いは単純に自由に外に出たいという思いから来ていたのかもしれない。
ただ、そんな自分が多数の女性の中から婚約者として選ばれた、と聞いて人生はどうなるか分からないな、なんて事をエーファは思った。
両親――とくに母親――が「良縁だ!」と大喜びして、とんとん拍子に話は進み、着の身着のまま婚約者の元へ移動する事になったのは驚きだが、今までとやる事は変わらないのであれば悪い話でもないだろう。適齢期を過ぎ、行き遅れだと新興貴族の若い男性から言われるような自分が選べるはずもない、なんて事を思っていた彼女は、自分よりも大きな男性を見て目を丸くした。
縦にも大きいが、だらしないほど横にも大きかった。見た目に関しては人の事は言えないな、と思いつつも魔物退治を任されるはずの辺境に領地を持つ貴族としてこれはどうなんだ? とも思った。
顔に出ていたのだろう。婚約者の男性ギュスタンは困った様に笑いながら「こんな見た目でも大丈夫かな?」と尋ねてきた。エーファの答えは一つだった。
「私の自由にさせてくれるんだろ? だったら是非もない。よろしく頼むよ、婚約者様」
見た目で驚いたが、ただ太っているだけだ。一緒に暮らしてみてどうしても気になるのであれば一緒に運動すればいい、とエーファは思った。
そうしてギュスタンと日々を共に過ごす事になったエーファだったが、彼女がする事は以前と比べると増えた。
以前までは私兵団の副団長として動いていた彼女だったが、今は団長である。事務仕事も当然増えたし、部下を統率する必要もあった。
女だからと舐めた態度を取った阿呆を見せしめにして力の差を示し、地形を覚えるために先陣を切って魔物の掃討をする日々は、社交界で『血狂い令嬢』とも言われていた彼女からしてみると天国だった。
世界樹の使徒と呼ばれていた少年と顔合わせをする時には緊張したが、特に問題もなく認められたので晴れてニーファ・ド・ルモニエに名前が変わった。
だが、名前が変わったところで特に日々のやるべき事は変わらない。
日が昇る前に目を覚ました彼女は武装するとすぐに屋敷の中を見て回る。屋敷の周囲は鼠も通さないような警備が敷かれているが、実際に自分の目で見ない事には落ち着かない性分だった。
「屋敷内は問題なし。次は外……って、なんか魔力がいくつか増えたな?」
異変を察知した彼女は窓を開けて外に飛び出すと、急に現れた人物の元へと急いだ。
彼女が向かった先には『転移陣』と呼ばれる魔道具がある。基本的にギュスタンだけが使う事になっているそれが起動したのか、とも思ったが違った。それならもっと莫大な魔力が魔道具に流れるのを感じていたはずだからだ。
「おはよーございます!」
「人間さんがまた来たよー」
「いっぱいくるね~」
「何かあったのかな?」
「……エーファ団長、この者たちは昨日いらっしゃった方のお知り合いなのでは……?」
どう対応すればいいのか困っていたのだろう。武器を構えてドライアドにとりあえず向けていた兵士が、救いを求める視線をエーファに向けた。
エーファはまずドライアドたちの体格を見て、それから頭の上に咲いている花を見た。そして確かに昨日いらっしゃった世界樹の使徒であるシズト様が体に纏わりつかせていたドライアドたちだ、と認識した……のだが、昨日よりもだいぶ多い。
「広い畑だねぇ」
「耕し甲斐があるね!」
「何植える~」
「森にしよう!」
「聞いてからの方が良いんじゃない?」
「出もダメって言われてないよー」
「確かに~」
数で言うと十数人はいるだろう。肌の色が白いドライアドもいれば、褐色肌の子もいたし、黄色っぽい子もいた。
「ちょ、ちょっといいだろうか?」
「いいよ~」
「何か用~?」
「今忙しいのー」
「何植えるか相談してるんだよ~」
自由に話し始めるドライアドたちに対して向けられていた武器をとりあえず下ろさせて、目線を合わせるために片膝をついたエーファは、誰に対して話せばいいのか、と視線をきょろきょろ動かしつつも話し始めた。
「いろいろ聞きたい事はあるんだが、まずは目的を聞こう。何をしに来たんだ?」
「冒険だよ~」
「楽しみだねー」
キャッキャと楽しそうな声を上げているのは褐色肌のドライアドだ。
「あれ、そうだっけ?」
「植物を育てるんじゃなかったっけ?」
きょとんとした表情で首を傾げながら「どうだったかなぁ」と話し合っているのは肌が黄色いドライアド。
「違うよー、畑の手入れだよー」
「昨日、手伝ってくれたら嬉しいって人間さんが言ってたよー」
そう主張するのは肌が白いドライアドたちだった。だが、どこの畑の手入れかは具体的に言われていなかったようで「とりあえずここら辺から育ててく?」と転移陣の近くに生えている雑草を指差している。
「……なるほど。とりあえず敵意がない事は分かった。事実確認が必要な事もあるから旦那様がいらっしゃるまで待っていてもらえるだろうか?」
「「「いいよ~」」」
シズトと仲が良い友好的な種族に敵対行動をとるわけにもいかないし、不法侵入という事で捕縛するわけにもいかない。そう考えたエーファは、とりあえず部下に命じてギュスタンを呼び寄せるのだった。
父親が授かった強力な加護を彼女も授かった事や複数いる子どもの中で一番下だった事もあり、任された領地に出てくる魔物退治に幼い頃から参加していた。
武名で名を馳せ、その強力な加護を取り込むために伯爵家の女性に婿入りした結果、肩身が狭そうな父親の力になりたい、という思いももちろんあった。だが、結婚を諦めていた事も理由の一つだった。
父親に似た彼女は姉たちのような女性らしい見た目をしておらず、幼い頃に受けた傷は今も体のあちこちに残っている。剣を振り続けた結果、手指も細くなく、身体の大部分は筋肉質で柔らかくはない。社交界に出る暇もないほどに魔物退治をしなければならなかったから社交スキルもほとんどなかった。
(いや、ただの言い訳だな)
姉たちが受けていた厳しい指導よりも、魔物との戦いに身を置くのが性分に合っていた。幸いな事に戦闘系の加護を授かった事で、よりその思いは強くなっていった。騎士として名を馳せるのだ、という思いは単純に自由に外に出たいという思いから来ていたのかもしれない。
ただ、そんな自分が多数の女性の中から婚約者として選ばれた、と聞いて人生はどうなるか分からないな、なんて事をエーファは思った。
両親――とくに母親――が「良縁だ!」と大喜びして、とんとん拍子に話は進み、着の身着のまま婚約者の元へ移動する事になったのは驚きだが、今までとやる事は変わらないのであれば悪い話でもないだろう。適齢期を過ぎ、行き遅れだと新興貴族の若い男性から言われるような自分が選べるはずもない、なんて事を思っていた彼女は、自分よりも大きな男性を見て目を丸くした。
縦にも大きいが、だらしないほど横にも大きかった。見た目に関しては人の事は言えないな、と思いつつも魔物退治を任されるはずの辺境に領地を持つ貴族としてこれはどうなんだ? とも思った。
顔に出ていたのだろう。婚約者の男性ギュスタンは困った様に笑いながら「こんな見た目でも大丈夫かな?」と尋ねてきた。エーファの答えは一つだった。
「私の自由にさせてくれるんだろ? だったら是非もない。よろしく頼むよ、婚約者様」
見た目で驚いたが、ただ太っているだけだ。一緒に暮らしてみてどうしても気になるのであれば一緒に運動すればいい、とエーファは思った。
そうしてギュスタンと日々を共に過ごす事になったエーファだったが、彼女がする事は以前と比べると増えた。
以前までは私兵団の副団長として動いていた彼女だったが、今は団長である。事務仕事も当然増えたし、部下を統率する必要もあった。
女だからと舐めた態度を取った阿呆を見せしめにして力の差を示し、地形を覚えるために先陣を切って魔物の掃討をする日々は、社交界で『血狂い令嬢』とも言われていた彼女からしてみると天国だった。
世界樹の使徒と呼ばれていた少年と顔合わせをする時には緊張したが、特に問題もなく認められたので晴れてニーファ・ド・ルモニエに名前が変わった。
だが、名前が変わったところで特に日々のやるべき事は変わらない。
日が昇る前に目を覚ました彼女は武装するとすぐに屋敷の中を見て回る。屋敷の周囲は鼠も通さないような警備が敷かれているが、実際に自分の目で見ない事には落ち着かない性分だった。
「屋敷内は問題なし。次は外……って、なんか魔力がいくつか増えたな?」
異変を察知した彼女は窓を開けて外に飛び出すと、急に現れた人物の元へと急いだ。
彼女が向かった先には『転移陣』と呼ばれる魔道具がある。基本的にギュスタンだけが使う事になっているそれが起動したのか、とも思ったが違った。それならもっと莫大な魔力が魔道具に流れるのを感じていたはずだからだ。
「おはよーございます!」
「人間さんがまた来たよー」
「いっぱいくるね~」
「何かあったのかな?」
「……エーファ団長、この者たちは昨日いらっしゃった方のお知り合いなのでは……?」
どう対応すればいいのか困っていたのだろう。武器を構えてドライアドにとりあえず向けていた兵士が、救いを求める視線をエーファに向けた。
エーファはまずドライアドたちの体格を見て、それから頭の上に咲いている花を見た。そして確かに昨日いらっしゃった世界樹の使徒であるシズト様が体に纏わりつかせていたドライアドたちだ、と認識した……のだが、昨日よりもだいぶ多い。
「広い畑だねぇ」
「耕し甲斐があるね!」
「何植える~」
「森にしよう!」
「聞いてからの方が良いんじゃない?」
「出もダメって言われてないよー」
「確かに~」
数で言うと十数人はいるだろう。肌の色が白いドライアドもいれば、褐色肌の子もいたし、黄色っぽい子もいた。
「ちょ、ちょっといいだろうか?」
「いいよ~」
「何か用~?」
「今忙しいのー」
「何植えるか相談してるんだよ~」
自由に話し始めるドライアドたちに対して向けられていた武器をとりあえず下ろさせて、目線を合わせるために片膝をついたエーファは、誰に対して話せばいいのか、と視線をきょろきょろ動かしつつも話し始めた。
「いろいろ聞きたい事はあるんだが、まずは目的を聞こう。何をしに来たんだ?」
「冒険だよ~」
「楽しみだねー」
キャッキャと楽しそうな声を上げているのは褐色肌のドライアドだ。
「あれ、そうだっけ?」
「植物を育てるんじゃなかったっけ?」
きょとんとした表情で首を傾げながら「どうだったかなぁ」と話し合っているのは肌が黄色いドライアド。
「違うよー、畑の手入れだよー」
「昨日、手伝ってくれたら嬉しいって人間さんが言ってたよー」
そう主張するのは肌が白いドライアドたちだった。だが、どこの畑の手入れかは具体的に言われていなかったようで「とりあえずここら辺から育ててく?」と転移陣の近くに生えている雑草を指差している。
「……なるほど。とりあえず敵意がない事は分かった。事実確認が必要な事もあるから旦那様がいらっしゃるまで待っていてもらえるだろうか?」
「「「いいよ~」」」
シズトと仲が良い友好的な種族に敵対行動をとるわけにもいかないし、不法侵入という事で捕縛するわけにもいかない。そう考えたエーファは、とりあえず部下に命じてギュスタンを呼び寄せるのだった。
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