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後日譚
後日譚55.事なかれ主義者は探知できない
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真が産まれてからあっという間に一カ月が経った。
パールさんの紹介で雇った乳母たちのおかげでだいぶ楽に生活する事ができている。
ドラゴニア王国のお姫様であるレヴィさん曰く、ドラゴニアでは下級貴族でも平民を雇って世話を任せる事が殆どだそうだ。
僕のように何人も妻を娶っているような家庭だと、子どもの世話をしてしまうとそれだけで一日が終わってしまうから、だそうだ。
まあ、確かに育生、千与、真の三人の面倒をお嫁さんと二人で見て、と言われたら無理だ。現在無職だから子どもの世話に専念すれば何とかなるかもしれないけど、寝不足になるのは避けられないだろうな。
それに、最近もずっと夜の営みは続いているから、子どもはそのうちさらに増えるだろう。
自分の家に家族じゃない人がいるのには慣れないけど、こればっかりは慣れるしかない、と思いながらすれ違った乳母さんに会釈をした。
階段を上って二階を通り過ぎ、三階へと向かう。今日はラオさんの出産予定日だ。
ラオさんの部屋はあまり入った事がなかったので緊張しながら開いていた扉から中を覗き込むと、ラオさんと目が合った。
「なんか用か?」
ラオさんはワンピースのような薄手の服を着ていた。
赤くて短い髪に寝癖は特についていないので、朝早くに起きた際についでに直したのだろう。
赤い目は僕を真っすぐに見ていて、顔は苦痛で歪んではいなかった。
「大丈夫かなって」
「まだまだ大丈夫だ。間隔がなげぇから」
産婆のリーダー格であるお婆さんが僕をじろりと見てきたけど、特に何も言わなかったので部屋に入る。
ラオさんの部屋には必要最低限の物しかなかった。
ラオさんの妹であるルウさん曰く、元々ラオさんは物をあまり持たない人だったらしいけど、ルウさんが意識を失っている間にそれがより顕著になってしまったらしい。
妹を助けるために自分の事を後回しにしていたんだろう。
ただ、ラオさんにも趣味がないという訳ではない。食べる事が好きみたいだし、お酒だって飲んでいる事が多かった。
妊娠をしてからは飲む様子はないけれど、街にやってくる商人が珍しいお酒を売っていると聞くと、フラッと出かけては買ってきている事を知っている。
ワインセラーのような物がいつの間にかできていて、シンシーラに「ちょっと買いだめ過ぎじゃない?」と注意した事もあったなぁ。彼女はあれば飲んじゃう人だったから一本もなかったけど。
産婆さんの一人がベッドのすぐ近くに椅子を用意してくれたのでそこに腰を下ろす。
「何かしてほしい事とかない?」
「特にねぇな」
「じゃあ欲しいものとか」
「それもねぇな」
懐から取り出した魔道具『魔力マシマシ飴』を舐めながらラオさんは答えた。
最近はずっと舐めている印象があったけど、やっぱりお酒を我慢しているからだろうか?
母乳は他の人から上げる事もできるし、出産後はお酒でお祝いもありかな……いや、流石にダメか?
うーん、と首を傾げながら考えると、頭にしがみ付いていたレモンちゃんが落ちないようにさらにしがみ付いてきた。
考えても答えが出ず、目を開けるとラオさんが僕をジッと見ながら同じように首を傾げていた。
席を立って部屋の端っこで控えていた産婆さんのリーダー格であるお婆さん――ハンナさんにこそっと話しかける。
「……あの、ハンナさん」
「なんだい?」
「出産後ってお酒飲んでも大丈夫なんですかね?」
「そうさね。……しばらく母乳をあげなければ大丈夫さ」
「しばらくってどのくらいですか?」
「量にもよるけど、一日くらい空ければ十分じゃないかい? まあ、心配ならエリクサーでも飲んでから授乳すれば間違いないさ」
「なるほど!」
「アタシはそこまでして飲みたいとは思わねぇよ」
だいぶ小さな声で喋っていたのにラオさんには丸聞こえだったようだ。
でも知ってるんだよ? 暇な時間はワイナリーみたいなお酒の貯蔵庫に行っては眺めているのを。
ジトッとラオさんを見るけど、彼女はお腹を優しく撫でているだけで特にそれ以上言うつもりはないようだ。
しばらくラオさんと視線を交わしていると、なにやら部屋の外が騒がしくなった。
扉がノックされて、産婆さんの一人が扉を開けると、女性が慌てた様子で何やら耳打ちをしている。
確かあの人はルウさんの様子を見守っている人だった気がする。
「どうやら、ルウ様も産気づいたようです」
「ど、どう――」
「シズト様、いついかなる時も狼狽えちゃあ駄目だ。男は黙ってどんと構えてなさい」
ハンナさんに言葉を遮られてしまったけど、こればっかりは狼狽えても仕方がなくない?
そんな不満を察したのか、ハンナさんにギロリと睨まれたので慌てて口を噤む。
ここで追い出されたら状況が分からなくなる。
ハンナさんは僕から視線を逸らし、報せてくれた女性を見た。
「手筈通りに動くよ。増員の要請と、警備の増強、それから万が一の事を考えて王妃様にも連絡を」
「かしこまりました」
どうやらまだまだ人手に余裕があるようだ。
エリクサーの準備も万端だし、出産を司る神様が祀られている教会に行って寄進もたくさんしたし、安産祈願もしっかりやった。
人員が分散するのはちょっと心配だけど、ラオさんもある程度予想していたのか落ち着いているし、きっと大丈夫なんだろう……たぶん。
でも、ルウさんのお腹の中の子は加護を授かっていない可能性があるので安産だと断言できない。
心配だしちょっと様子を見に行こう、と外に向かおうとしたらハンナさんに止められた。
「今行ってもシズト様は狼狽えるだけで邪魔だよ」
「…………」
「そんな顔しても駄目だ。私があっちに行くからシズト様はラオ様の様子をしっかり見て何かあったら知らせておくれ」
そう言うとハンナさんはゆっくりとした歩調で部屋の外へと向かった。
残された僕は、ルウさんの部屋が気になってそわそわしていたけど、その度にラオさんに「大丈夫だ」とか「安定しているみたいだから心配すんな」って言われた。
ああ、こういう時こそ魔力探知が使えたらよかったんだけどなぁ……なんて事を思いながら、窓の外に張り付いているドライアドの様子を見てトラブルが起きてなさそうか判断するのだった。
パールさんの紹介で雇った乳母たちのおかげでだいぶ楽に生活する事ができている。
ドラゴニア王国のお姫様であるレヴィさん曰く、ドラゴニアでは下級貴族でも平民を雇って世話を任せる事が殆どだそうだ。
僕のように何人も妻を娶っているような家庭だと、子どもの世話をしてしまうとそれだけで一日が終わってしまうから、だそうだ。
まあ、確かに育生、千与、真の三人の面倒をお嫁さんと二人で見て、と言われたら無理だ。現在無職だから子どもの世話に専念すれば何とかなるかもしれないけど、寝不足になるのは避けられないだろうな。
それに、最近もずっと夜の営みは続いているから、子どもはそのうちさらに増えるだろう。
自分の家に家族じゃない人がいるのには慣れないけど、こればっかりは慣れるしかない、と思いながらすれ違った乳母さんに会釈をした。
階段を上って二階を通り過ぎ、三階へと向かう。今日はラオさんの出産予定日だ。
ラオさんの部屋はあまり入った事がなかったので緊張しながら開いていた扉から中を覗き込むと、ラオさんと目が合った。
「なんか用か?」
ラオさんはワンピースのような薄手の服を着ていた。
赤くて短い髪に寝癖は特についていないので、朝早くに起きた際についでに直したのだろう。
赤い目は僕を真っすぐに見ていて、顔は苦痛で歪んではいなかった。
「大丈夫かなって」
「まだまだ大丈夫だ。間隔がなげぇから」
産婆のリーダー格であるお婆さんが僕をじろりと見てきたけど、特に何も言わなかったので部屋に入る。
ラオさんの部屋には必要最低限の物しかなかった。
ラオさんの妹であるルウさん曰く、元々ラオさんは物をあまり持たない人だったらしいけど、ルウさんが意識を失っている間にそれがより顕著になってしまったらしい。
妹を助けるために自分の事を後回しにしていたんだろう。
ただ、ラオさんにも趣味がないという訳ではない。食べる事が好きみたいだし、お酒だって飲んでいる事が多かった。
妊娠をしてからは飲む様子はないけれど、街にやってくる商人が珍しいお酒を売っていると聞くと、フラッと出かけては買ってきている事を知っている。
ワインセラーのような物がいつの間にかできていて、シンシーラに「ちょっと買いだめ過ぎじゃない?」と注意した事もあったなぁ。彼女はあれば飲んじゃう人だったから一本もなかったけど。
産婆さんの一人がベッドのすぐ近くに椅子を用意してくれたのでそこに腰を下ろす。
「何かしてほしい事とかない?」
「特にねぇな」
「じゃあ欲しいものとか」
「それもねぇな」
懐から取り出した魔道具『魔力マシマシ飴』を舐めながらラオさんは答えた。
最近はずっと舐めている印象があったけど、やっぱりお酒を我慢しているからだろうか?
母乳は他の人から上げる事もできるし、出産後はお酒でお祝いもありかな……いや、流石にダメか?
うーん、と首を傾げながら考えると、頭にしがみ付いていたレモンちゃんが落ちないようにさらにしがみ付いてきた。
考えても答えが出ず、目を開けるとラオさんが僕をジッと見ながら同じように首を傾げていた。
席を立って部屋の端っこで控えていた産婆さんのリーダー格であるお婆さん――ハンナさんにこそっと話しかける。
「……あの、ハンナさん」
「なんだい?」
「出産後ってお酒飲んでも大丈夫なんですかね?」
「そうさね。……しばらく母乳をあげなければ大丈夫さ」
「しばらくってどのくらいですか?」
「量にもよるけど、一日くらい空ければ十分じゃないかい? まあ、心配ならエリクサーでも飲んでから授乳すれば間違いないさ」
「なるほど!」
「アタシはそこまでして飲みたいとは思わねぇよ」
だいぶ小さな声で喋っていたのにラオさんには丸聞こえだったようだ。
でも知ってるんだよ? 暇な時間はワイナリーみたいなお酒の貯蔵庫に行っては眺めているのを。
ジトッとラオさんを見るけど、彼女はお腹を優しく撫でているだけで特にそれ以上言うつもりはないようだ。
しばらくラオさんと視線を交わしていると、なにやら部屋の外が騒がしくなった。
扉がノックされて、産婆さんの一人が扉を開けると、女性が慌てた様子で何やら耳打ちをしている。
確かあの人はルウさんの様子を見守っている人だった気がする。
「どうやら、ルウ様も産気づいたようです」
「ど、どう――」
「シズト様、いついかなる時も狼狽えちゃあ駄目だ。男は黙ってどんと構えてなさい」
ハンナさんに言葉を遮られてしまったけど、こればっかりは狼狽えても仕方がなくない?
そんな不満を察したのか、ハンナさんにギロリと睨まれたので慌てて口を噤む。
ここで追い出されたら状況が分からなくなる。
ハンナさんは僕から視線を逸らし、報せてくれた女性を見た。
「手筈通りに動くよ。増員の要請と、警備の増強、それから万が一の事を考えて王妃様にも連絡を」
「かしこまりました」
どうやらまだまだ人手に余裕があるようだ。
エリクサーの準備も万端だし、出産を司る神様が祀られている教会に行って寄進もたくさんしたし、安産祈願もしっかりやった。
人員が分散するのはちょっと心配だけど、ラオさんもある程度予想していたのか落ち着いているし、きっと大丈夫なんだろう……たぶん。
でも、ルウさんのお腹の中の子は加護を授かっていない可能性があるので安産だと断言できない。
心配だしちょっと様子を見に行こう、と外に向かおうとしたらハンナさんに止められた。
「今行ってもシズト様は狼狽えるだけで邪魔だよ」
「…………」
「そんな顔しても駄目だ。私があっちに行くからシズト様はラオ様の様子をしっかり見て何かあったら知らせておくれ」
そう言うとハンナさんはゆっくりとした歩調で部屋の外へと向かった。
残された僕は、ルウさんの部屋が気になってそわそわしていたけど、その度にラオさんに「大丈夫だ」とか「安定しているみたいだから心配すんな」って言われた。
ああ、こういう時こそ魔力探知が使えたらよかったんだけどなぁ……なんて事を思いながら、窓の外に張り付いているドライアドの様子を見てトラブルが起きてなさそうか判断するのだった。
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