上 下
866 / 1,023
後日譚

後日譚54.事なかれ主義者は心配性

しおりを挟む
 シンシーラは日が暮れて少し経った頃に無事に出産を終えた。
 聖女の加護を授かっているから助っ人として来てもらった姫花は「良い事なんだけど、やる事がないと暇なのよね」と言っていた。
 姫花からしたら活躍の場があった方が王妃様へのアピールにもなるんだろうけど、僕たちにとっては何事もないのが一番いい。
 今後も何事もない事を神様に祈りつつ、新しく産まれた子を皆でぞろぞろと見に行く事にしたんだけど、いつもの魔法使い然とした格好のホムラに止められた。どうやら魔道具店『サイレンス』の店番を終えて戻ってきたばかりのようだ。

「眠いようですので外に連れて行きます、マスター」
「あ、ほんと? じゃあお願いしようかな」
「…………れも」

 日が暮れたらドライアドたちは基本的に眠る。
 当然、僕の頭にしがみ付いていたレモンちゃんも舟を漕いでいて、そのうち落ちそうで怖かった。あとたまによだれを垂らして眠るのでそこまで害はないけど気になってしまうのでできれば下ろしたかったのもある。
 レモンちゃんは抵抗する事もなくホムラに回収されたので、僕は先にシンシーラと赤ん坊が待つ部屋に入った。
 室内に待機している産婆さんや聖女の加護を授かった女性たちは人数が少なくなっていたけど、この後にもやる事があるのでまだ数人残っていた。その中に、姫花もいた。
 シンシーラはベッドに横たわっていた。自分の部屋が一番落ち着くから、と自室で出産を迎えた彼女は僕に気が付くとその茶色の目を僕に向けてきた。尻尾がパタパタと元気よく振られている。

「お疲れ様、シンシーラ」
「だいぶ疲れたじゃん」
「どのくらい疲れたデスか?」

 暇を持て余していた翼人族のパメラが僕とシンシーラの話に割って入った。
 すぐ横をすり抜けて行ったので黒い翼が腕に触れてくすぐったかった。

「どのくらいって、比較が難しいじゃん。でも疲れたから静かにしててほしいじゃん」
「分かったデース!」
「全然わかってないじゃん……」
「大丈夫よ、シーラ。私が見張っておくわ」

 再び僕のすぐ近くをすり抜けてベッドに近寄ったのは狐人族のエミリーだ。
 彼女の自慢のモフモフの尻尾が僕の腕をくすぐった。……パメラはわざとじゃないけどエミリーはわざとだな。
 エミリーは元気いっぱいのパメラを捕まえるとベッドから離していく。

「頼んだじゃん……ちょっと休むじゃん……」

 シンシーラはだいぶ疲れていたようで、ペタッと狼の耳も垂れていた。
 彼女が目を瞑ると近くに控えていた姫花が「姫花がちゃんと見てるから赤ちゃんの方に行きなさいよ」と言ってきたので厚意に甘える事にした。
 赤ちゃんが寝かされている台の方へ向かい始めたところで、扉が開かれてホムラが戻ってきた。

「戻りました、マスター」
「早くない? ちゃんと帰したの?」
「はい、マスター。何事も問題はございません」

 何かホムラの視線が泳いでいるような気がするけど、今は追及するよりも優先すべき事がある。
 みんなに囲まれているであろう台の方へと向かうと、ホムラも僕の後ろをついて来た。

「人間の赤ちゃんとあんまり変わんないのですわ」
「でも尻尾も耳もあるのね。ねぇジュリウスくん、この子に加護は授けられてるのかしら?」
「いえ、やはり授けられていないようです」

 レヴィさんと一緒に赤ん坊を覗き込んでいたルウさんが尋ねると、ジュリウスは鑑定眼鏡をしまいながら答えた。
 みんな何とも言えない複雑な表情になったけど、ラオさんが「面倒事に巻き込まれにくくなるって考えりゃいい事じゃねぇか?」と言った。僕もその通りだと思う。

「それよりも、名前は何になったんだ?」
「真だよ。どっちの性別でもいいように決めてたんだ」
「マコトデスか。シンシーラの名前が入ってないデスね?」
「いろいろ組み合わせ考えたんだけど、ピンとくるのがなかったから読み方を変えたんだよ。漢字で書くとシンシーラのシンを使ってるんだよ?」

 みんなピンときていないけど、これでいいんだと思う。呪いの神様は神様たちの世界に帰ったけど、呪いという概念がなくなったわけじゃないし、漢字を使ったフルネームは知っている人は少ない方が良いだろう。
 シンシーラにはちゃんと漢字も伝えた上で納得してもらったし、何も問題はない……はずだ。

「ホムラちゃんとぉ、ユキちゃんはぁ、どのような字か分かりますかぁ?」
「大体は予想がつきます」
「ただ、シンとも読む字はたくさんあるからねぇ。どれか断言できないし、私たちが知らなくてもいい事だと思うわ」

 ホムラと一緒に気だるそうに質問に答えたユキは「そうよね、ご主人様?」と聞いてきたので頷いておく。
 …………ただ、やっぱり名付けって大変なんだよな。命名辞典、みたいな魔道具を作っておけばよかった。今後は呪いのリスクも踏まえたうえで、ホムンクルスの誰かに相談するのはありかもしれない。
 そんな事を思いながら、産婆さんに促されるまま新しく産まれた真を抱き上げた。
 その後、政務を終えたランチェッタさんが戻ってきて皆が一通り真を抱き終えるとシンシーラの部屋を後にした。

「やっぱり加護を授かっていない子もいるみたいだし、もう少しエリクサーとか用意しておこうか」
「かしこまりました、マスター」
「ありすぎても使わねぇだろ」
「補充したいときにないと困るから先に補充しておくんだよ!」

 ラオさんが呆れたように見てきたけど、万が一の事を考えると万全の準備をしておいた方が良いだろう、という事でホムラやユキ、ジュリウスに命じて秘薬と言われる代物を確保してもらうのだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

異世界のんびりワークライフ ~生産チートを貰ったので好き勝手生きることにします~

樋川カイト
ファンタジー
友人の借金を押し付けられて馬車馬のように働いていた青年、三上彰。 無理がたたって過労死してしまった彼は、神を自称する男から自分の不幸の理由を知らされる。 そのお詫びにとチートスキルとともに異世界へと転生させられた彰は、そこで出会った人々と交流しながら日々を過ごすこととなる。 そんな彼に訪れるのは平和な未来か、はたまた更なる困難か。 色々と吹っ切れてしまった彼にとってその全てはただ人生の彩りになる、のかも知れない……。 ※この作品はカクヨム様でも掲載しています。

異世界でタロと一緒に冒険者生活を始めました

ももがぶ
ファンタジー
俺「佐々木光太」二十六歳はある日気付けばタロに導かれ異世界へ来てしまった。 会社から帰宅してタロと一緒に散歩していたハズが気が付けば異世界で魔法をぶっ放していた。 タロは喋るし、俺は十二歳になりましたと言われるし、これからどうなるんだろう。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...