上 下
848 / 1,023
後日譚

後日譚36.事なかれ主義者は残された

しおりを挟む
 ガレオールの首都ルズウィックはクレストラ大陸との中継地点としてよく使っていたけど、実験農場から出る事がなかったので実はあまり街の中について知らない。
 実験農場にいきなり現れた僕を見て、兵士さんが慌てて馬車の手配をしてくれた。歩いて行っても良かったけど、それはいろいろ問題がありそうなので大人しく待っているとレモンちゃんの事が気になるのか、それとも僕の事が気になるのかアルバイトにやってきていたドライアドたちがわらわら集まってきた。
 残念ながらレモンちゃんと同種ではないのでレモンちゃんの意思は思うように伝わってないようだ。
 髪の毛を懸命に動かして僕の体を登ってくる小柄なドライアドたちを止めようとしている。

「……坊主、それ鬱陶しくねぇのか?」
「人間って慣れるもんなんだよ」
「そ、そうか……」

 バーナンドさんが何とも言えない顔で僕を見てくるけど、身体強化の魔法が付与された服を着込んでいても、彼女たちの前では無力なので大人しくしているしかないんだよ。
 そんな事を思いながら待っていると馬車の用意ができたとの事で案内の兵士さんがやってきた。
 先程の兵士さんとは違って煌びやかな防具を身に着けているので恐らく近衛兵だろう。
 アルバイト中のドライアドたちに別れを告げて、ジュリウスに警護をしてもらいながら僕は馬車に乗り込んだ。
 潮風がきついのか、馬車に入るまでは元気がなくなっていたレモンちゃんだったけど、馬車に入ったら再び元気になった。

「バーナンドさんたちも乗ればよかったのにね?」
「レモン?」

 馬車は王家が使う物だったようで、僕と小柄なレモンちゃんの二人だけだととても広い。
 だいたいこういう馬車には侍女も乗り込んでお世話をしてくれるそうだけど、急な訪問だったからか、緊急性の高い内容だと判断されたのかは分からないけど誰も乗っていなかった。
 以前、親交が深い王家の馬車の改造依頼が来た際に、ガレオールの馬車もある程度改造しておいたので揺れに酔う事はないけど、暇つぶしの道具とか作っておけばよかったなぁ。

「とりあえず、外の景色でも見てようか」
「レモン!」

 ガレオールの首都ルズウィックの街並みは真っ白! と感じるくらいほとんどの壁が白で統一されている。
 冒険者ギルドなどの国際的なギルドでも街並みに溶け込むように白い建物だった。
 ただ、どこもかしこも白い建物ばかりだと観光や商売を目的に来た他国の人たちが困るだろうから看板などでアピールしているのだろう。他の国と違う点は、看板が絵ではなくて文字の物も多い事だろうか?
 商業が中心だからか、識字率は高い方らしい。
 王城へと続くメインストリートを走る馬車から見えた建物はそのほとんどが何かしらのお店のようで、とても賑わっていた。

「他の大陸からも来てるんだろうねぇ」
「れもん?」
「転移門で繋がる時があるから、人の出入りがより一層多くなったらしいよ」
「れもーん」

 人気のお店で気になった所はまだ成人していない僕には早い気がしたので、来年まで覚えていたら訪れてみよう。



「わたくしが決めた事には反対しないのよね?」
「え? うん、まあ、ガレオールとアトランティアの共同事業だし……?」

 状況をしどろもどろになりながらも伝えたバーナンドさんの話を聞き終えたランチェッタさんは、僕に視線を向けて問いかけてきた。
 今いるのは執務室で、僕の目の前の席にはバーナンドさんが座っていて、ソファーに座っている僕のすぐ隣にはランチェッタさんがいた。レモンちゃんは僕の膝の上で大人しくしている。
 ランチェッタさんは肌面積が多めのドレスを着ていた。僕が加護を失ってしまったので新たに『適温ドレス』を作れないからだろう。妊娠してから着るようになったドレスはどれもお腹を締め付けないタイプの物らしい。
 丸眼鏡をかけているのはいつも通りだけど、今は頭の上に豪華な冠がのっている。

「そう、分かったわ。ジュリウス、向こうの判断に任せるわ。好きに行動させなさい」
「え!?」
「反対しないのよね?」
「そうだけど……トラブルになるんじゃないかなぁ?」
「もうなっているわよ。シズトの気持ちは重々承知しているけれど、外交では舐められたら都合がいい時もあるけれど、終わりの時もあるのよ。今回がまさにそれだと思うわ。とにかくジュリウス。向こうの判断に任せるわ。軍船が動いているって事は上に抗議したところで無駄でしょうし、力を示すしかないわね」
「かしこまりました。机をお借りします」

 ジュリウスが僕から離れて部屋の隅の方に置かれていた小さな机の上で何やら紙を書き始めた。

「ディアーヌ」
「はい」
「貴方はクレストラ大陸の大使に話を通しておきなさい。確かヤマトとラグナクアがサンレーヌと関わりがあったはずよ」
「かしこまりました」

 優雅に一礼をしたディアーヌさんは部屋から出て行った。
 ポカンとしていたバーナンドさんはランチェッタさんに「バーナンド」と呼ばれてビシッと姿勢を正した。

「貴方はいますぐに向こうに戻りなさい。そして、船員を連れてこっちに戻ってきなさい。交渉する際の証人になってもらうわ」
「俺に船を捨てて逃げろって言うのか! ……ですか?」
「貴方が残ったところで戦力にはならないでしょう? むしろ人質にされて面倒事になる可能性もあるわ。向こうは魔動船について知らないだろうから下手に砲撃をする事はないだろうけど、向こうの影が忍び込んで船員に危害を加える可能性は高いわ」
「実際、既に侵入しようと試みた者はいるようです。全て護衛として派遣していたエルフが対処したようですが」
「俺は聞いてねぇぞ!」
「余計な混乱を避けたかったのでしょう」

 手紙を書き終えたジュリウスがアイテムバッグの中から取り出した魔道具『速達箱』に手紙を入れ終えると僕の近くに戻ってきた。

「そういう訳だから、貴方も含めて船員は全員、ガレオールに戻ってきなさい。これは命令よ」
「……わーったよ……です」
「分かったのなら早く行動しなさい」

 ランチェッタさんに促されたバーナンドさんは席を立ちあがるととぼとぼと歩き始めた。
 ……転移陣で戻るのなら僕もついて行かないと面倒事になるのでは?

「僕も――」
「シズトは座ってなさい」
「あ、はい」

 バーナンドさんは案内してくれた人が責任をもって送り届けてくれるらしい。
 実験農場にいるドライアドに協力してもらえば問題ないだろう、との事だった。

「……さて、それじゃあシズト。余所者はいなくなった事だし、お話をしましょうか」
「………………はい」

 いつも以上ににっこりと微笑んだランチェッタさんは、なんか怖かった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

異世界のんびりワークライフ ~生産チートを貰ったので好き勝手生きることにします~

樋川カイト
ファンタジー
友人の借金を押し付けられて馬車馬のように働いていた青年、三上彰。 無理がたたって過労死してしまった彼は、神を自称する男から自分の不幸の理由を知らされる。 そのお詫びにとチートスキルとともに異世界へと転生させられた彰は、そこで出会った人々と交流しながら日々を過ごすこととなる。 そんな彼に訪れるのは平和な未来か、はたまた更なる困難か。 色々と吹っ切れてしまった彼にとってその全てはただ人生の彩りになる、のかも知れない……。 ※この作品はカクヨム様でも掲載しています。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

異世界でタロと一緒に冒険者生活を始めました

ももがぶ
ファンタジー
俺「佐々木光太」二十六歳はある日気付けばタロに導かれ異世界へ来てしまった。 会社から帰宅してタロと一緒に散歩していたハズが気が付けば異世界で魔法をぶっ放していた。 タロは喋るし、俺は十二歳になりましたと言われるし、これからどうなるんだろう。

処理中です...