843 / 1,097
後日譚
後日譚31.ドワーフは注目を集めた
しおりを挟む
ドラゴニア王国随一の鍛冶師といえばだれか、と問われれば鍛冶師の誰もが「それは彼だ」と答えるドワーフの男がいた。
その男の名はドフリック。その腕は確かでミスリルなどの希少金属を扱わせたら右に出る者はいない、とまで言われている。
ドラゴニア王国の王侯貴族の中では知らぬ者はいないその男は、ファマリアという世界樹の周りにできた町ではただの飲んだくれとして町の子たちには有名だった。
ファマリアにも一定数工房を構えたドワーフたちがいるが、彼らはしっかりと働いている。
一方でドフリックはというと、そのドワーフたちよりも上の立場っぽい言動をするのに日がな一日、酒場で飲んだくれていた。
それを娘のドロミーというドワーフ族の少女が引き取りに来るのが日課だった。
代金を払うのはもちろんドロミーだ。
「パパン、やっぱりシズト様の所に身を寄せていた方が良かったんじゃない?」
「親方と呼べ。シズトのとこはこの前赤子が生まれたばかりじゃろ? ワシに構っている暇はないじゃろうし、そもそもあそこにいても仕事はないから出るしかなかったんじゃ」
「ママンの所に身を寄せても結局仕事はないよ、パパン」
「親方と呼べ」
ドロミーに足を掴まれて引き摺られているのを、奴隷の首輪を着けた者たちが「ああ、またか」と言った感じで見ていた。
ドフリックとドロミーは世界樹の根元に建てられた建物の一つで暮らしていたのだが、ドフリックが突然「ドリアデラの元へ行くぞ」と言って屋敷を飛び出してしまったのだ。
ただ、その後の事を聞くとドロミーもその行動に納得した。
ドフリックたちが別館を後にした数日後、出産間近となったタイミングで侍女やら産婆やらが別館で寝泊まりするようになったのだ。
確かにあの場に自分たちがいても部屋を潰してしまうだけで何もできない。
だからドフリックが突然部屋を出たのにも納得した……のだが、部屋を出て数日後からは町で飲み歩くようになってしまったので、やっぱり向こうで管理しておいてもらった方が良かったような気もするドロミーだった。
ドフリック、というよりもドフリック一家の工房は、ファマリアの町にあるどこの鍛冶場よりも大きくて立派だった。希少金属をふんだんに使い、なおかつ魔道具を活用した最新式の炉がある。シズトが加護を返還したため、しばらくはこれ以上の炉が作られる事はないだろう。
建物の道路に面した場所はドフリックの息子たちが作り上げた逸品が並べられており、商人たちに混じって奴隷の首輪を着けた者たちもしげしげと眺めていた。
店番をしているのは人族の少女たちだった。品物を整理整頓しているのはまだ大人になっていない小柄な女の子たちで、客に説明などをしているのは知的な雰囲気が漂う大人の女性たちだ。
本来であれば店番をするのはドワーフの女性なのだが、建物が大きい分、店の規模も大きくなってしまって一人で見る事ができないから、と町の奴隷を派遣してもらっているようだ。
「お帰りなさいませ、ドロミー様」
「様は要らない」
ドロミーは端的にそう言うとドフリックを引き摺りながら建物の奥へと進んでいく。
ドロミーに挨拶をした奴隷たちは、視線を足元に向けて「ああ、ドフリック様もいらしたんですね」と言ったが、彼はただの飲んだくれと認識されつつあるので挨拶は適当だった。
店の奥の方は工房となっていて、彼女の兄たちが仕事をしている。その手伝いをしながら熱心に作業を観察しているのは首輪を着けた子どもたちだ。
「ママン、パパン捕まえてきた」
「お母様とお呼び!」
「親方と呼べ」
「アンタは親方と呼ばれるほどの事をしてからいいな!」
「うっさいのう。小童どもがわらわらいて作業する場もないから仕方ないじゃろ」
「子どもたちを言い訳にするんじゃないよ! アンタと違ってとっても働き者なんだから!」
「うるさいのぅ。そもそも、坊主共で仕事が回っておるんじゃろ? ワシがやる必要ないじゃろ」
「それはアンタがいつもいないからできるようになっただけだよ。アンタがいればもっと楽に仕事出来てるさ!」
「いやいや、坊主共の成長を促すためにもワシは今後も手を出さんぞい。……弟子の成長を見守っている訳じゃし、これは親方じゃな。ドロミー、親方と呼べ……って、聞いておるのか?」
ドロミーはいつもの二人の言い争いをスルーして、今日届いた手紙の山を確認し始めていた。
依頼の管理なども全部ドワーフの女の仕事だったからだ。
「パパン、ママン。いくつかパパンに仕事の依頼が来てるみたい」
「親方と呼べと言っとるじゃろ」
「お母様とお呼び」
呼び方の訂正は同時だったが、ドロミーは気にした様子もなく、手紙の山から選別した物を両手に持って扇のように広げていた。
そのほとんどがドフリック宛で、希少金属を使った物の作成依頼だった。
「ドロミーが頑張ったおかげ」
世界樹ファマリーの根元にある建物で生活していた頃、ドロミーは文字と共に手紙の書き方を習っていた。
いつか役立つ時も来るだろう、と思って勉強していた彼女は、今が頑張り時だと数日前からせっせと書いて遊んで得たコネを使って各国に送っていたのだ。
転移陣や転移門の影響で遠く離れた遠方にもすぐに手紙を送る事ができるようになった結果、大量に仕事が舞い込んでいるわけだが……ドフリックは手紙をドロミーから受け取って読み進めると露骨に嫌そうな顔になった。
「剣、盾、鎧……どれもこれもありきたりでつまらん仕事じゃな。坊主共の練習には丁度いいじゃろ。ワシは酒を飲んで寝る」
「アンタ宛に依頼が来てるんだからアンタがやるんだよ!」
「面倒臭いのう……。じゃが、しなかったらドロミーの名に泥を塗るわけになるか……。ドロミー、次からはワシの工房に依頼が来るように手紙を書くんじゃぞ。そうじゃないといつまで経っても坊主共は半人前じゃからな」
「分かった、親方」
「親方と呼べ」
「呼んだ」
「……そうじゃったか?」
はて、どうだったかのう? と立ち上がったドフリックは首を傾げながら空いていた作業スペースに向かう。
ドフリックが作業の準備を始めたのを見て、坊主共と呼ばれていた彼の息子たちは手を止めて彼の作業場に集まる。
「作業やめちゃうんですか?」
奴隷の一人がそう尋ねると、ドフリックの息子たちが口をそろえて「技を盗む数少ない機会だからな」と答えた。
その日、ドフリックの工房には他所の工房からもドワーフが押し寄せて作業場が大変混雑したという。
その男の名はドフリック。その腕は確かでミスリルなどの希少金属を扱わせたら右に出る者はいない、とまで言われている。
ドラゴニア王国の王侯貴族の中では知らぬ者はいないその男は、ファマリアという世界樹の周りにできた町ではただの飲んだくれとして町の子たちには有名だった。
ファマリアにも一定数工房を構えたドワーフたちがいるが、彼らはしっかりと働いている。
一方でドフリックはというと、そのドワーフたちよりも上の立場っぽい言動をするのに日がな一日、酒場で飲んだくれていた。
それを娘のドロミーというドワーフ族の少女が引き取りに来るのが日課だった。
代金を払うのはもちろんドロミーだ。
「パパン、やっぱりシズト様の所に身を寄せていた方が良かったんじゃない?」
「親方と呼べ。シズトのとこはこの前赤子が生まれたばかりじゃろ? ワシに構っている暇はないじゃろうし、そもそもあそこにいても仕事はないから出るしかなかったんじゃ」
「ママンの所に身を寄せても結局仕事はないよ、パパン」
「親方と呼べ」
ドロミーに足を掴まれて引き摺られているのを、奴隷の首輪を着けた者たちが「ああ、またか」と言った感じで見ていた。
ドフリックとドロミーは世界樹の根元に建てられた建物の一つで暮らしていたのだが、ドフリックが突然「ドリアデラの元へ行くぞ」と言って屋敷を飛び出してしまったのだ。
ただ、その後の事を聞くとドロミーもその行動に納得した。
ドフリックたちが別館を後にした数日後、出産間近となったタイミングで侍女やら産婆やらが別館で寝泊まりするようになったのだ。
確かにあの場に自分たちがいても部屋を潰してしまうだけで何もできない。
だからドフリックが突然部屋を出たのにも納得した……のだが、部屋を出て数日後からは町で飲み歩くようになってしまったので、やっぱり向こうで管理しておいてもらった方が良かったような気もするドロミーだった。
ドフリック、というよりもドフリック一家の工房は、ファマリアの町にあるどこの鍛冶場よりも大きくて立派だった。希少金属をふんだんに使い、なおかつ魔道具を活用した最新式の炉がある。シズトが加護を返還したため、しばらくはこれ以上の炉が作られる事はないだろう。
建物の道路に面した場所はドフリックの息子たちが作り上げた逸品が並べられており、商人たちに混じって奴隷の首輪を着けた者たちもしげしげと眺めていた。
店番をしているのは人族の少女たちだった。品物を整理整頓しているのはまだ大人になっていない小柄な女の子たちで、客に説明などをしているのは知的な雰囲気が漂う大人の女性たちだ。
本来であれば店番をするのはドワーフの女性なのだが、建物が大きい分、店の規模も大きくなってしまって一人で見る事ができないから、と町の奴隷を派遣してもらっているようだ。
「お帰りなさいませ、ドロミー様」
「様は要らない」
ドロミーは端的にそう言うとドフリックを引き摺りながら建物の奥へと進んでいく。
ドロミーに挨拶をした奴隷たちは、視線を足元に向けて「ああ、ドフリック様もいらしたんですね」と言ったが、彼はただの飲んだくれと認識されつつあるので挨拶は適当だった。
店の奥の方は工房となっていて、彼女の兄たちが仕事をしている。その手伝いをしながら熱心に作業を観察しているのは首輪を着けた子どもたちだ。
「ママン、パパン捕まえてきた」
「お母様とお呼び!」
「親方と呼べ」
「アンタは親方と呼ばれるほどの事をしてからいいな!」
「うっさいのう。小童どもがわらわらいて作業する場もないから仕方ないじゃろ」
「子どもたちを言い訳にするんじゃないよ! アンタと違ってとっても働き者なんだから!」
「うるさいのぅ。そもそも、坊主共で仕事が回っておるんじゃろ? ワシがやる必要ないじゃろ」
「それはアンタがいつもいないからできるようになっただけだよ。アンタがいればもっと楽に仕事出来てるさ!」
「いやいや、坊主共の成長を促すためにもワシは今後も手を出さんぞい。……弟子の成長を見守っている訳じゃし、これは親方じゃな。ドロミー、親方と呼べ……って、聞いておるのか?」
ドロミーはいつもの二人の言い争いをスルーして、今日届いた手紙の山を確認し始めていた。
依頼の管理なども全部ドワーフの女の仕事だったからだ。
「パパン、ママン。いくつかパパンに仕事の依頼が来てるみたい」
「親方と呼べと言っとるじゃろ」
「お母様とお呼び」
呼び方の訂正は同時だったが、ドロミーは気にした様子もなく、手紙の山から選別した物を両手に持って扇のように広げていた。
そのほとんどがドフリック宛で、希少金属を使った物の作成依頼だった。
「ドロミーが頑張ったおかげ」
世界樹ファマリーの根元にある建物で生活していた頃、ドロミーは文字と共に手紙の書き方を習っていた。
いつか役立つ時も来るだろう、と思って勉強していた彼女は、今が頑張り時だと数日前からせっせと書いて遊んで得たコネを使って各国に送っていたのだ。
転移陣や転移門の影響で遠く離れた遠方にもすぐに手紙を送る事ができるようになった結果、大量に仕事が舞い込んでいるわけだが……ドフリックは手紙をドロミーから受け取って読み進めると露骨に嫌そうな顔になった。
「剣、盾、鎧……どれもこれもありきたりでつまらん仕事じゃな。坊主共の練習には丁度いいじゃろ。ワシは酒を飲んで寝る」
「アンタ宛に依頼が来てるんだからアンタがやるんだよ!」
「面倒臭いのう……。じゃが、しなかったらドロミーの名に泥を塗るわけになるか……。ドロミー、次からはワシの工房に依頼が来るように手紙を書くんじゃぞ。そうじゃないといつまで経っても坊主共は半人前じゃからな」
「分かった、親方」
「親方と呼べ」
「呼んだ」
「……そうじゃったか?」
はて、どうだったかのう? と立ち上がったドフリックは首を傾げながら空いていた作業スペースに向かう。
ドフリックが作業の準備を始めたのを見て、坊主共と呼ばれていた彼の息子たちは手を止めて彼の作業場に集まる。
「作業やめちゃうんですか?」
奴隷の一人がそう尋ねると、ドフリックの息子たちが口をそろえて「技を盗む数少ない機会だからな」と答えた。
その日、ドフリックの工房には他所の工房からもドワーフが押し寄せて作業場が大変混雑したという。
63
お気に入りに追加
453
あなたにおすすめの小説

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】
一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。
追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。
無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。
そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード!
異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。
【諸注意】
以前投稿した同名の短編の連載版になります。
連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。
なんでも大丈夫な方向けです。
小説の形をしていないので、読む人を選びます。
以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。
disりに見えてしまう表現があります。
以上の点から気分を害されても責任は負えません。
閲覧は自己責任でお願いします。
小説家になろう、pixivでも投稿しています。

異世界でタロと一緒に冒険者生活を始めました
ももがぶ
ファンタジー
俺「佐々木光太」二十六歳はある日気付けばタロに導かれ異世界へ来てしまった。
会社から帰宅してタロと一緒に散歩していたハズが気が付けば異世界で魔法をぶっ放していた。
タロは喋るし、俺は十二歳になりましたと言われるし、これからどうなるんだろう。

最強賢者の最強メイド~主人もメイドもこの世界に敵がいないようです~
津ヶ谷
ファンタジー
綾瀬樹、都内の私立高校に通う高校二年生だった。
ある日、樹は交通事故で命を落としてしまう。
目覚めた樹の前に現れたのは神を名乗る人物だった。
その神により、チートな力を与えられた樹は異世界へと転生することになる。
その世界での樹の功績は認められ、ほんの数ヶ月で最強賢者として名前が広がりつつあった。
そこで、褒美として、王都に拠点となる屋敷をもらい、執事とメイドを派遣してもらうことになるのだが、このメイドも実は元世界最強だったのだ。
これは、世界最強賢者の樹と世界最強メイドのアリアの異世界英雄譚。

転生した体のスペックがチート
モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。
目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい
このサイトでは10話まで投稿しています。
続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。
3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。
そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!!
こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!!
感想やご意見楽しみにしております!
尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる