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後日譚
後日譚30.事なかれ主義者はそれどころではない
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モニカが出産して一週間ほどが経った。
産後の容体は母子ともに安定していて一先ず大丈夫だろう、と産婆さんた知のお墨付きが貰えた。
「次もよろしくお願いします」
「お任せください。奥さんたちを大事ね」
出産時はとても怖いお婆さんだったけど、諸々が終わって一先ず王都に帰ると言うのでお見送りをした時には優しい笑顔が印象的なお婆さんになっていた。
王家お抱えの産婆さんで、レヴィアさんはもちろん、リヴァイさんもお世話になったらしく、頭が上がらないそうだ。
次はラオさん、ルウさん、シンシーラの三人の出産のときにお世話になるだろう。
今後とも末永くお付き合いをしていきたいのでお土産としてエリクサーなどを渡して置いた。
奥さんたちは誰も止めなかったので特に問題ないはず。
出産が一段落したらのんびり過ごせる――わけもなく、僕はずっと屋敷の二階の部屋にいた。
そこは赤ちゃんたち用に模様替えされた部屋で、ベビーベッドやら何やらが置かれている。
そして、その部屋で働いているのは王妃様がとりあえず期間限定で用意してくれた侍女と乳母たちだ。
室内にはレヴィさんとモニカもいるけど、王侯貴族はだいたい侍女や乳母に育児を任せる事が殆どらしい。彼女たちのおかげで僕たちは寝不足になる事もなく過ごす事ができている。
「シズト様、やってみますか……?」
「あ、お構いなく」
侍女の一人が育生のおしめを変えようとした際に、僕の視線に気づいた様子で尋ねてきたけど遠慮しておいた。
まだ僕には彼女たちほどのスキルはないと自覚している。まずは見て覚える所からだ。
「じゃあ私がやるのですわ~」
「かしこまりました。手順は覚えていらっしゃいますか?」
「…………たぶん大丈夫なのですわ」
レヴィさんはある程度体調が戻ってきているようだ。回復役のおかげもあるだろうけど、今日も今日とて元気いっぱいだ。
レヴィさんは手早くおしめを変えるために準備を済ませ、育生が身に着けていたおしめをとった。
時々、少し固まる時もあったけど問題なく変える事ができた。
「完璧です、レヴィア様」
「ありがとうですわ。ただ、ズルをしているからまだまだなのですわ」
彼女は今も魔道具『加護無しの指輪』を指にはめておらず、身に着けてもいなかった。
育生や千与と関わるうえで余計な装飾品は身に着けないようにしよう、という事らしい。まあ、屋敷の中で着ける必要性がないというのもあるけど。
レヴィさんは心を司る神様から『読心』という加護を授かっている。
それで苦労をしてきたそうだけど、子育てに関してはとても重宝している様だった。
「イクオとチヨが何を考えているのか、何となくわかるのですわ~」
考えを読み取るわけではなく、感情を読み取っている、という事らしいけどそれでもどうして泣いているのかすぐに分かって楽ができているらしい。
「いつも助かってます」
深々と頭を下げたのは、髪と目が僕と同じ色のモニカだ。顔立ちは日本人っぽくないけど、元貴族令嬢という事もあり整っていた。
彼女はまだ本調子ではない、という事で大人たちが仮眠をする用の寝具の上で横たわって休憩をしていた。手が余っているので部屋で休んでいてもいいけど、彼女もまた、我が子の近くに少しでもいたいのだろう。気持ちはすごくわかる。
「モニカ様も関わっていく内に分かるようになりますよ」
「そうだと良いのですが……あと、私に敬称は不要だと何度か申し上げているのですが……」
モニカの様子を近くで見守っていた侍女に、モニカはおずおずとそう言った。
どうやら侍女たちは高位貴族に連なる者たちらしく、以前のモニカと比べても爵位は高いらしい。
「何度申されてもこればかりは譲れません。なんといってもあのシズト様の奥方様ですから。シズト様さえその気になりさえすれば、奥方様たちは妃となり得る方々なのですから」
「ですが今はその様な身分ではありませんから……」
まあ、王様とか貴族とか面倒そうだからね。断りたい。
っていうか、僕が望んだとしてもどこの王様になれるんだろうか?
もう生育の加護はないからエルフたちの王様にはなれないし……と、首を傾げて考えていると、部屋の扉が静かに開けられた。
ノックをする事もなく入ってきたのは僕の専属護衛と化しつつあるジュリウスだ。彼は元々世界樹の番人のリーダー格なのだが、新たにギュスタン様が世界樹を育む力を得ても僕から離れない。
彼は足音を立てる事もせずに静かに僕に近づいて来ると、小さな声で「交易船に同乗したエルフから報告書が届きました」と封筒を差し出してきた。魔道具『速達箱』は大陸間でも問題なく使うことが出来ているようだ。
「ありがと。……そんなに音を立てないように気をつけなくても大丈夫だと思うよ? 僕たちもお喋りしちゃってるし」
「私如きが立てた物音で眠りを妨げる訳にはいきませんから」
育生は元気いっぱいに体をわちゃわちゃ動かしているけど、千与はぐっすり眠っている。
それを部屋の外から魔力探知か何かで判断したジュリウスは時々ノックをする事もなく入ってくる事がある。
気にしすぎじゃないかなぁ、と思えるのは育児の協力者がたくさんいて心に余裕があるからだろうか?
そんな事を思いつつ封筒から手紙を取り出して読み進める。
「…………うん、僕にはどうしようもない事だね。バーナンドさんたちの判断に任せて、て伝えて貰える?」
「かしこまりました」
静かに一礼して封筒を受け取ったジュリウスは育生と千与のベビーベッドに寄ってから部屋から出て行った。
レヴィさんは心を読んでいるから何も聞いて来なかったけど、モニカは気になる様子でこちらに視線を向けていた。
「大した事じゃないよ。ただ、寄る予定だったタルガリア大陸が呪い関係で大変な事になってたらしくってどうするかっていう事と、到着した国から王都に招待されているって事と、あと……なんだっけ?」
「アドヴァン大陸にある世界樹に関する事なのですわ」
「ああ、それそれ。ただどれも僕にできる事はないかなって」
「王都への招待に関しては、使っていない携帯式転移陣があったはずですわ。魔石タイプじゃなかったから魔力の消費は激しいかもしれないのですけれど、シズトなら問題なく使える気がするのですわ。まあ、使節団として対応できるように数人交渉役は同乗させているから行く必要は確かにないのですけれど」
「そうそう。それに、転移陣があっても向こうに設置をする方法がないからね」
「それは……たぶんあの子たちの誰かにお願いすればできそうな気がするのですわ」
レヴィさんが指を差した先には窓に張り付いてこちらを見ているドライアドたちがいた。
僕の視線に気づいた彼女たちは髪の毛をわさわさ動かして静かに窓を開けろと主張してきたけど、視線を逸らして育生の手の平に指をそっと伸ばすのだった。
産後の容体は母子ともに安定していて一先ず大丈夫だろう、と産婆さんた知のお墨付きが貰えた。
「次もよろしくお願いします」
「お任せください。奥さんたちを大事ね」
出産時はとても怖いお婆さんだったけど、諸々が終わって一先ず王都に帰ると言うのでお見送りをした時には優しい笑顔が印象的なお婆さんになっていた。
王家お抱えの産婆さんで、レヴィアさんはもちろん、リヴァイさんもお世話になったらしく、頭が上がらないそうだ。
次はラオさん、ルウさん、シンシーラの三人の出産のときにお世話になるだろう。
今後とも末永くお付き合いをしていきたいのでお土産としてエリクサーなどを渡して置いた。
奥さんたちは誰も止めなかったので特に問題ないはず。
出産が一段落したらのんびり過ごせる――わけもなく、僕はずっと屋敷の二階の部屋にいた。
そこは赤ちゃんたち用に模様替えされた部屋で、ベビーベッドやら何やらが置かれている。
そして、その部屋で働いているのは王妃様がとりあえず期間限定で用意してくれた侍女と乳母たちだ。
室内にはレヴィさんとモニカもいるけど、王侯貴族はだいたい侍女や乳母に育児を任せる事が殆どらしい。彼女たちのおかげで僕たちは寝不足になる事もなく過ごす事ができている。
「シズト様、やってみますか……?」
「あ、お構いなく」
侍女の一人が育生のおしめを変えようとした際に、僕の視線に気づいた様子で尋ねてきたけど遠慮しておいた。
まだ僕には彼女たちほどのスキルはないと自覚している。まずは見て覚える所からだ。
「じゃあ私がやるのですわ~」
「かしこまりました。手順は覚えていらっしゃいますか?」
「…………たぶん大丈夫なのですわ」
レヴィさんはある程度体調が戻ってきているようだ。回復役のおかげもあるだろうけど、今日も今日とて元気いっぱいだ。
レヴィさんは手早くおしめを変えるために準備を済ませ、育生が身に着けていたおしめをとった。
時々、少し固まる時もあったけど問題なく変える事ができた。
「完璧です、レヴィア様」
「ありがとうですわ。ただ、ズルをしているからまだまだなのですわ」
彼女は今も魔道具『加護無しの指輪』を指にはめておらず、身に着けてもいなかった。
育生や千与と関わるうえで余計な装飾品は身に着けないようにしよう、という事らしい。まあ、屋敷の中で着ける必要性がないというのもあるけど。
レヴィさんは心を司る神様から『読心』という加護を授かっている。
それで苦労をしてきたそうだけど、子育てに関してはとても重宝している様だった。
「イクオとチヨが何を考えているのか、何となくわかるのですわ~」
考えを読み取るわけではなく、感情を読み取っている、という事らしいけどそれでもどうして泣いているのかすぐに分かって楽ができているらしい。
「いつも助かってます」
深々と頭を下げたのは、髪と目が僕と同じ色のモニカだ。顔立ちは日本人っぽくないけど、元貴族令嬢という事もあり整っていた。
彼女はまだ本調子ではない、という事で大人たちが仮眠をする用の寝具の上で横たわって休憩をしていた。手が余っているので部屋で休んでいてもいいけど、彼女もまた、我が子の近くに少しでもいたいのだろう。気持ちはすごくわかる。
「モニカ様も関わっていく内に分かるようになりますよ」
「そうだと良いのですが……あと、私に敬称は不要だと何度か申し上げているのですが……」
モニカの様子を近くで見守っていた侍女に、モニカはおずおずとそう言った。
どうやら侍女たちは高位貴族に連なる者たちらしく、以前のモニカと比べても爵位は高いらしい。
「何度申されてもこればかりは譲れません。なんといってもあのシズト様の奥方様ですから。シズト様さえその気になりさえすれば、奥方様たちは妃となり得る方々なのですから」
「ですが今はその様な身分ではありませんから……」
まあ、王様とか貴族とか面倒そうだからね。断りたい。
っていうか、僕が望んだとしてもどこの王様になれるんだろうか?
もう生育の加護はないからエルフたちの王様にはなれないし……と、首を傾げて考えていると、部屋の扉が静かに開けられた。
ノックをする事もなく入ってきたのは僕の専属護衛と化しつつあるジュリウスだ。彼は元々世界樹の番人のリーダー格なのだが、新たにギュスタン様が世界樹を育む力を得ても僕から離れない。
彼は足音を立てる事もせずに静かに僕に近づいて来ると、小さな声で「交易船に同乗したエルフから報告書が届きました」と封筒を差し出してきた。魔道具『速達箱』は大陸間でも問題なく使うことが出来ているようだ。
「ありがと。……そんなに音を立てないように気をつけなくても大丈夫だと思うよ? 僕たちもお喋りしちゃってるし」
「私如きが立てた物音で眠りを妨げる訳にはいきませんから」
育生は元気いっぱいに体をわちゃわちゃ動かしているけど、千与はぐっすり眠っている。
それを部屋の外から魔力探知か何かで判断したジュリウスは時々ノックをする事もなく入ってくる事がある。
気にしすぎじゃないかなぁ、と思えるのは育児の協力者がたくさんいて心に余裕があるからだろうか?
そんな事を思いつつ封筒から手紙を取り出して読み進める。
「…………うん、僕にはどうしようもない事だね。バーナンドさんたちの判断に任せて、て伝えて貰える?」
「かしこまりました」
静かに一礼して封筒を受け取ったジュリウスは育生と千与のベビーベッドに寄ってから部屋から出て行った。
レヴィさんは心を読んでいるから何も聞いて来なかったけど、モニカは気になる様子でこちらに視線を向けていた。
「大した事じゃないよ。ただ、寄る予定だったタルガリア大陸が呪い関係で大変な事になってたらしくってどうするかっていう事と、到着した国から王都に招待されているって事と、あと……なんだっけ?」
「アドヴァン大陸にある世界樹に関する事なのですわ」
「ああ、それそれ。ただどれも僕にできる事はないかなって」
「王都への招待に関しては、使っていない携帯式転移陣があったはずですわ。魔石タイプじゃなかったから魔力の消費は激しいかもしれないのですけれど、シズトなら問題なく使える気がするのですわ。まあ、使節団として対応できるように数人交渉役は同乗させているから行く必要は確かにないのですけれど」
「そうそう。それに、転移陣があっても向こうに設置をする方法がないからね」
「それは……たぶんあの子たちの誰かにお願いすればできそうな気がするのですわ」
レヴィさんが指を差した先には窓に張り付いてこちらを見ているドライアドたちがいた。
僕の視線に気づいた彼女たちは髪の毛をわさわさ動かして静かに窓を開けろと主張してきたけど、視線を逸らして育生の手の平に指をそっと伸ばすのだった。
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