820 / 1,033
後日譚
後日譚8.エルフたちは法を考える
しおりを挟む
世界樹の番人とは元々、世界樹の使徒と呼ばれていたエルフの王と世界樹を守るために作られた組織だった。
才能のあるエルフたちは世界樹の番人の候補として選ばれ、教育という名のふるいにかけられた。残った一部のエルフたちだけが番人となれる。
ジュリウスはそんな世界樹の番人の中でも実力はずば抜けていた事もあり、ユグドラシルでは世界樹の番人のリーダーとして働いていた。
今は世界樹の使徒だったシズトの身辺警護をしている。たとえ加護を失おうと、彼が世界樹の使徒だったことには変わりはない。他国で言うところの先王のような物である。それを守るのは当然の事、とジュリウスは主張している。
それに対して特に不満の声は上がっていない。
他の都市国家で組織されていた世界樹の番人の中でもジュリウスの実力が抜きん出ていた事もあるだろうが、それまでのシズトの働きを見て、加護を失ったからといって手のひらを返すような真似ができるエルフはいなかった。
今後もしばらくの間はエルフの実質の王はシズトで変わらないだろう。
ただ、そうなると問題が一つ生じてしまう。
「今後、現れるだろう『生育』の加護持ちをどう扱うかが今回の議題だ」
室内には金色の髪に緑色の瞳の者たちしかいなかった。
耳は細長く、肌は陶磁器のように白く美しい。顔立ちも整っており、シズトたちの世界で言うとモデル体型の者たちばかりである。それが、エルフという種族の特徴だった。
金色の髪を刈り上げているのはジュリウスだ。ユグドラシルの世界樹の番人のリーダーでありながら、その実力を買われ、番人のリーダーのまとめ役も兼任していた。
「だが、本題に入る前に各国での活動の共有を行う。まずはフソーの状況だが……ここは世界樹の番人もいないため私が代わりに話す。邪神騒動後の布教活動によって確実に信者を伸ばしつつある、とムサシ様から報告があった。吟遊詩人や劇団員によるシズト様と三柱の雄姿を広める活動の影響もあるだろう。次はリリアーヌ、報告を」
「ハッ! 報告させていただきます!」
ジュリウスに名指しされたベリーショートの髪に目つきが鋭い女性が勢いよく立ち上がって資料を片手に報告を始めた。
その声はとても大きいが、現在使われているファマリアの迎賓館の部屋にはそれぞれ防音の魔道具が設置されているので外の者に話を声が聞こえる事はないだろう。
「トネリコでも布教活動を行っておりますが、なかなか思うような成果を上げる事ができていません! ニホン連合にはそれぞれ国教がありますから! ですが、ガレオールの民には広がりを見せているようです! これは私の行動の結果ではなく、奥方様のおかげでしょう! 不甲斐ない自分が恨めしいです!」
直立不動で言いたい事を言い終わると着席したリリアーヌはしょんぼりとうなだれている。
やる気が空回りしているのだろう。いくつかジュリウスの耳にもトラブルの報告が届いていた。
「とりあえずトネリコに関しては現状維持で構わん。シグニール大陸で信仰がそう簡単に拡がるとは思っていないからな。その代わり、信者として獲得できている民衆に働きかけ続けろ」
「はい! 身命を賭して民衆の信仰を深める事ができるように動いて行きます!」
しょんぼりとしていたリリアーヌは背筋を伸ばし、姿勢よく座って返事をした。
切り替えが早いのは彼女の長所なのかもしれない。
「キラリー、イルミンスールの方はどうだ」
指名されたのはこれまたエルフの女性だ。
シグニール大陸から北に進んだところにあるミスティア大陸の一国、イルミンスールで世界樹の真実を知り、革命軍のリーダーとして活動していた女性だ。
「はい。こちらはまだ他国との繋がりが完全には回復していないので、まずは民衆に邪神との戦いの顛末や、ファマ様の布教活動を行っています。ウィズダム魔法王国からやってくる商人たちにもその情報は入っているのでしょう。邪神討伐に関する話を聞きたいと、後日使節団の方がいらっしゃる予定です」
「そうか。ドローンの記録映像が必要であれば持っていけ。チャンスを逃さず、布教を続けよ」
「かしこまりました」
本当に邪神を討伐したのか、そもそもそんな存在がいたのかと疑う者が多いが、幸か不幸か邪神が出現してからいなくなるまでの様子が音声とともに記録された魔道具があり、それに偶然記録する事ができていた。これを使わない手はないだろう。
見る事によって呪われてしまう可能性があるかも、と不安がる者たちのために自身への攻撃などを肩代わりする魔道具『身代わりのお守り』とセットで布教活動に一役買っていた。
「他に報告があるものがいないのであれば本題に入る。今後の世界樹の使徒の扱いについてだ。現在、生育の加護を授かっているものがいない状況だ。世界樹を育む事ができるものが使徒となるのであれば、順当に行けば数ヶ月後に生まれるシズト様の御子様がなるだろう。だが、信仰の広まり続けている現状、他の生育の加護を授かった者が現れるのは確実だ。そして、シズト様が仰るには、その未来は遠くはない」
「そうなると世界樹の使徒が二人存在する事になってしまいますな!」
「ファマ様の意思を尊重するのであれば今後授けられるであろう生育の加護を持つ者たちを邪険に扱う事はできない。だが、シズト様の御子様が不利益を被る事も避けなければならん」
「国のあり方を変える必要がありそうですね」
キラリーが顎に手を添えながら呟いた。
その呟きにジュリウスもその通りだ、と頷く。
「代理人であるジューン様の権限を強くするのはどうでしょうか」
「それは考えたがジューン様には断られた。世界樹の使徒が国を統治するべきで、あくまで自分はシズト様の代理人にすぎない、と」
「シズト様は……もう加護がないから、新たに加護を授かっている者が出てきた際に納得しない者も現れるかもしれませんね」
「その通りだ。最悪の事態にもなりかねん。争い事を嫌うシズト様がそれに気づかないわけがない。辞退されるだろうな」
「であるならば! やはり、シズト様の御子様に有利な状況を作るしかありませんな!」
「勇者の子は加護を授かりやすく、その能力も優れている事が多いという点を踏まえると反対意見は出にくいと思うが……引き続き布教活動と共にシズト様と邪神の戦いの様子について伝えていくのは各国で続けるように」
そこからはどういう法を作って行くのか話し合いが行われた。
ジュリウスはそれに耳を傾けつつも、可能であればシズトと友好的な関係を結べる相手に加護が授けられる事を祈るのだった。
才能のあるエルフたちは世界樹の番人の候補として選ばれ、教育という名のふるいにかけられた。残った一部のエルフたちだけが番人となれる。
ジュリウスはそんな世界樹の番人の中でも実力はずば抜けていた事もあり、ユグドラシルでは世界樹の番人のリーダーとして働いていた。
今は世界樹の使徒だったシズトの身辺警護をしている。たとえ加護を失おうと、彼が世界樹の使徒だったことには変わりはない。他国で言うところの先王のような物である。それを守るのは当然の事、とジュリウスは主張している。
それに対して特に不満の声は上がっていない。
他の都市国家で組織されていた世界樹の番人の中でもジュリウスの実力が抜きん出ていた事もあるだろうが、それまでのシズトの働きを見て、加護を失ったからといって手のひらを返すような真似ができるエルフはいなかった。
今後もしばらくの間はエルフの実質の王はシズトで変わらないだろう。
ただ、そうなると問題が一つ生じてしまう。
「今後、現れるだろう『生育』の加護持ちをどう扱うかが今回の議題だ」
室内には金色の髪に緑色の瞳の者たちしかいなかった。
耳は細長く、肌は陶磁器のように白く美しい。顔立ちも整っており、シズトたちの世界で言うとモデル体型の者たちばかりである。それが、エルフという種族の特徴だった。
金色の髪を刈り上げているのはジュリウスだ。ユグドラシルの世界樹の番人のリーダーでありながら、その実力を買われ、番人のリーダーのまとめ役も兼任していた。
「だが、本題に入る前に各国での活動の共有を行う。まずはフソーの状況だが……ここは世界樹の番人もいないため私が代わりに話す。邪神騒動後の布教活動によって確実に信者を伸ばしつつある、とムサシ様から報告があった。吟遊詩人や劇団員によるシズト様と三柱の雄姿を広める活動の影響もあるだろう。次はリリアーヌ、報告を」
「ハッ! 報告させていただきます!」
ジュリウスに名指しされたベリーショートの髪に目つきが鋭い女性が勢いよく立ち上がって資料を片手に報告を始めた。
その声はとても大きいが、現在使われているファマリアの迎賓館の部屋にはそれぞれ防音の魔道具が設置されているので外の者に話を声が聞こえる事はないだろう。
「トネリコでも布教活動を行っておりますが、なかなか思うような成果を上げる事ができていません! ニホン連合にはそれぞれ国教がありますから! ですが、ガレオールの民には広がりを見せているようです! これは私の行動の結果ではなく、奥方様のおかげでしょう! 不甲斐ない自分が恨めしいです!」
直立不動で言いたい事を言い終わると着席したリリアーヌはしょんぼりとうなだれている。
やる気が空回りしているのだろう。いくつかジュリウスの耳にもトラブルの報告が届いていた。
「とりあえずトネリコに関しては現状維持で構わん。シグニール大陸で信仰がそう簡単に拡がるとは思っていないからな。その代わり、信者として獲得できている民衆に働きかけ続けろ」
「はい! 身命を賭して民衆の信仰を深める事ができるように動いて行きます!」
しょんぼりとしていたリリアーヌは背筋を伸ばし、姿勢よく座って返事をした。
切り替えが早いのは彼女の長所なのかもしれない。
「キラリー、イルミンスールの方はどうだ」
指名されたのはこれまたエルフの女性だ。
シグニール大陸から北に進んだところにあるミスティア大陸の一国、イルミンスールで世界樹の真実を知り、革命軍のリーダーとして活動していた女性だ。
「はい。こちらはまだ他国との繋がりが完全には回復していないので、まずは民衆に邪神との戦いの顛末や、ファマ様の布教活動を行っています。ウィズダム魔法王国からやってくる商人たちにもその情報は入っているのでしょう。邪神討伐に関する話を聞きたいと、後日使節団の方がいらっしゃる予定です」
「そうか。ドローンの記録映像が必要であれば持っていけ。チャンスを逃さず、布教を続けよ」
「かしこまりました」
本当に邪神を討伐したのか、そもそもそんな存在がいたのかと疑う者が多いが、幸か不幸か邪神が出現してからいなくなるまでの様子が音声とともに記録された魔道具があり、それに偶然記録する事ができていた。これを使わない手はないだろう。
見る事によって呪われてしまう可能性があるかも、と不安がる者たちのために自身への攻撃などを肩代わりする魔道具『身代わりのお守り』とセットで布教活動に一役買っていた。
「他に報告があるものがいないのであれば本題に入る。今後の世界樹の使徒の扱いについてだ。現在、生育の加護を授かっているものがいない状況だ。世界樹を育む事ができるものが使徒となるのであれば、順当に行けば数ヶ月後に生まれるシズト様の御子様がなるだろう。だが、信仰の広まり続けている現状、他の生育の加護を授かった者が現れるのは確実だ。そして、シズト様が仰るには、その未来は遠くはない」
「そうなると世界樹の使徒が二人存在する事になってしまいますな!」
「ファマ様の意思を尊重するのであれば今後授けられるであろう生育の加護を持つ者たちを邪険に扱う事はできない。だが、シズト様の御子様が不利益を被る事も避けなければならん」
「国のあり方を変える必要がありそうですね」
キラリーが顎に手を添えながら呟いた。
その呟きにジュリウスもその通りだ、と頷く。
「代理人であるジューン様の権限を強くするのはどうでしょうか」
「それは考えたがジューン様には断られた。世界樹の使徒が国を統治するべきで、あくまで自分はシズト様の代理人にすぎない、と」
「シズト様は……もう加護がないから、新たに加護を授かっている者が出てきた際に納得しない者も現れるかもしれませんね」
「その通りだ。最悪の事態にもなりかねん。争い事を嫌うシズト様がそれに気づかないわけがない。辞退されるだろうな」
「であるならば! やはり、シズト様の御子様に有利な状況を作るしかありませんな!」
「勇者の子は加護を授かりやすく、その能力も優れている事が多いという点を踏まえると反対意見は出にくいと思うが……引き続き布教活動と共にシズト様と邪神の戦いの様子について伝えていくのは各国で続けるように」
そこからはどういう法を作って行くのか話し合いが行われた。
ジュリウスはそれに耳を傾けつつも、可能であればシズトと友好的な関係を結べる相手に加護が授けられる事を祈るのだった。
57
お気に入りに追加
416
あなたにおすすめの小説
14歳までレベル1..なので1ルークなんて言われていました。だけど何でかスキルが自由に得られるので製作系スキルで楽して暮らしたいと思います
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕はルーク
普通の人は15歳までに3~5レベルになるはずなのに僕は14歳で1のまま、なので村の同い年のジグとザグにはいじめられてました。
だけど15歳の恩恵の儀で自分のスキルカードを得て人生が一転していきました。
洗濯しか取り柄のなかった僕が何とか楽して暮らしていきます。
------
この子のおかげで作家デビューできました
ありがとうルーク、いつか日の目を見れればいいのですが
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜
ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。
社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。
せめて「男」になって死にたかった……
そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった!
もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる