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第24章 異大陸を観光しながら生きていこう

幕間の物語244.賢者は事前打ち合わせをした

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 シグニール大陸に転移し、色々あって同じ転移者である音無静人が作り上げた奴隷たちの町ファマリアを生活拠点に選んだ黒川明は、『子猫の宿』という宿屋で寝泊まりをしていた。
 彼が寝泊まりしている部屋には必要最小限の物しか置かれていない。同じ宿に泊まっている茶木姫花とは大違いだ。
 彼は朝日が昇る頃には目を覚まし、眠たい目を擦りながらベッドから出ると、いつも大きく伸びをする。
 それから、所々に寝癖があるのを鏡で確認すると、寝間着から着替え、部屋を後にした。
 元気な猫人族の少女に挨拶をしてから宿の外に出る。
 まだ朝日が昇って間もないというのに、大通りには奴隷の証である首輪を着けた者たちが行き交っていた。
 そのほとんどが女子どもだったため、同じ転移者の趣味を疑った事もあったが、話を聞いてみたらお金が余ったから慈善事業みたいなことをしているだけだった。

「羨ましい限りです」

 加護を授かる際にもう少し考えていれば、あるいは自分もお金に困る生活をしなくて済んだだろうか、と明は考えた。
 ただ、彼が最初に転移した『神聖エンジェリア帝国』での事を考えると、やはり戦闘に直結する加護を授かった事は間違っていなかった、と自分で自分を納得させた。
 明はファマリアにいくつかある公衆浴場の一つに赴くと、朝風呂を堪能しつつも寝癖を直した。宿屋でお湯を貰えば節約にはなるのだが、やっぱりお湯に浸かる習慣だったのに体を拭くだけとなると物足りなく感じてしまうようだった。
 無論、魔法でお湯を出したり、髪を乾かす事もできるのだが、冒険者たるものいつでも万全の状態でいる必要がある。魔力管理が重要と言われている魔法使いなのだから、出来るだけ魔力は温存しておく必要があった。
 お風呂から上がり、脱衣所に設置されている姿見に写る自分を見ながら明は、力を込めて腕を曲げてみたが、力こぶはあまりできなかった。

「やはり、筋肉をつけるべきでしょうか。食事の量を増やす事は難しいですけど、質を変えて筋トレをすればあるいは……」

 魔力が底をつきかけた時に頼れるのは純粋な身体能力くらいだ。
 Aランクの冒険者で、彼と同じ魔法を使うタイプの中にはゴリゴリのマッチョもいた。
 どうしてそこまで鍛えているのか、と聞いた時に「もしもの時のためだ」と言っていたのはそういう事だったのだろう。

「あそこまで鍛え上げる必要はないですけど、この体のままよりはした方が良いですかね」

 普段は身体強化に頼っているから力が強くなったと錯覚する事もあるが、純粋な筋力は弱くなっているような気もする明だった。



 朝風呂を終えた明は『子猫の宿』に戻って一階で食事をとった。
 宿泊客じゃない者たちも訪れていてしばらく待つ必要があったのだが、約束の時間まではまだまだある。
 彼は列に並んで待っていると、店から茶木姫花が現われた。
 茶色の髪を動きやすいように後ろで一つに結んでいる彼女は、これから冒険に出るというのにうっすらと化粧をしている。
 彼女は最近アタックしている人物がいないか周囲を確認してから明の後ろに並んだ。

「おはようございます」
「おはよ、明。カレンさんは?」
「まだお会いしておりません。もしかしたらもう待ち合わせの場所の近くにいるかもしれません」
「ふーん。朝から外に出かけてるからてっきり会ってると思ったけど?」
「朝風呂です。銭湯……じゃなくて公衆浴場でしたっけ。至る所にありますが、近くにもできたのでそこに通う事にしました」
「あっそ。シルダー見てない?」
「見てないですよ。時間になったら待ち合わせ場所にいるんじゃないですか?」
「それよりも前に、朝ご飯を一緒に食べる約束をしてるのよ。店内にはいないし、並んでもいないし、何やってるのかしら」
「彼の事ですし、姫花が部屋から出てくるまでどこかで時間を潰しているんじゃないですか? あ、ほら、噂をすればなんとやら、です」

 姫花は、明が指を差した方を見るとシルダーという大きな盾を背負った大男がいた。
 姫花の護衛兼監視役である彼は、明が予想していた通り、部屋から出てくるまでどこかで時間を潰していたようだ。
 姫花は「それじゃ、また後で!」というと、シルダーの方へと駆けて行った。

「うまくいかなかった時にトラブルになるのは避けて欲しいんですけど……ドラン公爵の思惑を考えると姫花が彼に飽きない限りは大丈夫ですかね」

 外縁区の方へと向かって歩いて行く二人を見送った明は、お手伝いの奴隷に呼ばれると店の中に入り、一人で食事を済ませた。
 まだまだ列は続いているが、どうやら静人が何かしら影響を与えているようだ、と周囲の会話を聞いて判断した明は、長居する事なく席を立つと「いってらっしゃいませー」と猫人族の少女に見送られながら店を後にした。
 明は街をぶらぶらとする事もなく、今日の待ち合わせ場所である町と『王女様の畑』と呼ばれている場所の境界に向かった。

「どうやら一番乗りのようですね」

 朝日が昇ってしばらく経っているため、人通りは少ない。
 朝早くであれば、離れ小島のダンジョンで生活をせず、ファマリアで寝泊まりをしている子たちがダンジョンに向かうためにもう少し人通りがあるのだが、今は明だけだ。
 明はジーッとドライアドに見られながらアイテムバッグの中を確認しようとしたのだが、すぐに誰かが近づいて来ている事に気付き、顔を上げた。

「おはようございます、アキラ」
「おはようございます、カレンさん」

 やってきたのは明の護衛兼監視役としてつけられたカレンという女性だった。
 細身の体に似合わない武骨なハンマーを背中に背負った彼女は、身体強化をしながら巨大なハンマーを振り回す前衛職だ。その戦闘方法を見て、打撃系の武器であれば技術はそこまで必要ないのでは? と考えた明は現在メイスを発注中だ。
 明のすぐ隣にやってきたカレンからは微かにいい香りが漂ってくる。
 少し前に明が日頃のお礼としてプレゼントした物だった。

「使ってくださってるんですね」
「え?」
「香水」
「ああ。使わないと勿体ないですから」

 化粧を若干しているのはそれに合わせてだろうか? 等と明は考えたがその事には触れず、今日から向かう事になる『亡者の巣窟』についてカレンに確認を取るのだった。
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