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第22章 安全第一で生きていこう

幕間の物語227.魔女と主人と喫茶店

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 ドラゴニア王国の最南端に広がる不毛の大地。そこに聳え立つ世界樹ファマリーを中心にファマリアという町が拡がっている。今もなおその町は広がり続け、都市ともいえるほどの広さに迫りつつあった。
 その町の住人のほとんどが異世界転移者であるシズトの奴隷だ。
 以前までは、木も草も生えない不毛の土地だったが、今は世界樹の影響か緑が広がりつつある。
 それがどこまで広がるのか、学者たちが議論を重ねているが、場合によっては不毛の大地と呼ばれていた広大な土地が利用可能になるのではないか、と考えられていた。
 また、不毛の大地はアンデッド系の魔物の巣窟の土地でもあったが、町にはほとんど魔物が入る事はない。
 町をぐるりと包み込むように魔道具が展開され、常時『セイクリッド・サンクチュアリ』という魔法が展開されていた。
 それを維持する魔石の量は日に日に増えて行っているが、まだまだシズトの資金が尽きる様子はない。
 その他にも様々な思惑はあったが、日々ファマリアに奴隷たちは運び込まれ、選定人の目に留まった奴隷たちはファマリアで働く事が許されていた。
 奴隷たちは選定人の目に留まるかどうかで今後の人生が大きく変わると言っても過言ではない。
 今日もまた、選定人に気に入られようと、奴隷商に連れて来られた奴隷たちは必死にアピールするのだった。



 そんな奴隷たちの選定人の一人である人族のような見た目の少女ユキは、噴水の広場で人を待っていた。
 今日は普段着と化している魔法使い然としたローブではなく、ニットのセーターにショートパンツを履いている。
 ドラゴニアではあまり見ない褐色の肌に、露出は少ないが大きめな胸の膨らみが分かるニットを着ている事もあり、商人や冒険者などの男性陣の視線を集めていた。
 また、町を行き交う奴隷たちも、普段とは違う格好のユキを物珍し気に横目で見ている。
 彼女は気だるそうに噴水の広場に建てられた神様たちの像の台座にもたれかかるかのようにして立っていたが、何かに気付いたのかシャキッと姿勢を正し、短くて白い髪の毛を弄り始めた。
 先程までナンパしようとして無視され続けていた冒険者はやっと反応してくれた、と口元を綻ばせて彼女に気安く触れようとしたが、するりと避けると彼女は歩き始めた。
 彼女が向かう先からは、彼女以上に視線を集めている少年が駆け足で近寄ってきていた。
 異世界人の基準からしたら若干平均より少し低い背丈で、黒い髪に黒い瞳のその少年の名はシズト。ユキを作り出した創造主かつ彼女の夫だ。
 彼の正体を知らないのは、この街に来て間もない冒険者くらいだろう。
 いや、冒険者でもドラゴニアで活動している冒険者であれば知らないものはいないかもしれない。だが、残念ながら商人の護衛をしながら北上し続け、ダンジョン都市を目指していた冒険者であるナンパ男はシズトの正体を知らなかった。

「なんだあいつ。あんな奴待ってたの? 俺にしとけよ。こんな若さでもうC級なんだぜ!」

 ユキの手首をつかんで無理矢理引き留めた男だったが、どこからともなく現れたエルフたちに囲まれるとどこかに運ばれて行ってしまった。

「あれ、どうしたの? なんか呼び止められてたみたいだけど……」

 一部始終を見ていたであろうシズトは、不思議そうにエルフたちに担ぎ上げられて連れていかれた男を見ていたが、ユキは「道に迷ったみたいだからエルフたちに道案内を頼んだだけよ、ご主人様」とにっこりと笑みを浮かべながら答えた。

「ユキ様が笑ってる」
「あれほんとにユキ様? いつももっとこう……だらけてない?」
「ユキ様じゃないかなぁ」

 そんな事を近くで成り行きを見守っていた奴隷の証である首輪を着けた女の子たちが話をしていたが、シズトには聞こえていないようだった。何やらユキに話しかけている。
 ユキはというと、ばっちりと女の子たちの声が聞こえていたのか、シズトの話に「そうね、近くよ、ご主人様」と答えつつ、じろりと三人組を睨みつけた。
 睨まれた女の子たちは慌てた様子で仕事に戻っていく。
 ユキはシズトに視線を戻すと「こっちよ、ご主人様」と言いながら腕を組んで歩き始めた。
 周りの目が気になるのか、それともユキの胸の膨らみを意識してしまっているのか、シズトは頬を赤らめつつも大人しくユキの歩調に合わせて歩く。
 二人が向かう先は、日々新しい建物が建てられている外縁区だ。
 外縁区は新しい奴隷たちの集合住宅もあるが、レンタル用の建物もある。主に商人たちが間借りして店を営むための物だ。
 開店準備のために真新しい建物に荷物を運びこんでいる奴隷たちもいれば、既に店を開いて、働いている奴隷たちや、外から来る冒険者に向けて商売をしている者もいた。
 二人の目的地も、既にオープンして営業している場所だった。

「ここが美味しい紅茶とタルトを出してくれる喫茶店よ、ご主人様」
「へー。喫茶店って聞くとコーヒーのイメージがあったけど、紅茶も出すんだね。ユキは来た事があるの?」
「ないわ、ご主人様。王都に本店があって、こっちは暖簾分けしたお店だから本当に美味しいかは分からないわ」
「そっかー、美味しいといいね。……まだ人が誰も入ってないし、やってないのかな?」
「そんな事はないわ、ご主人様。二人で過ごすために、貸し切りにしたの」
「………はい?」

 シズトは目を丸くしてユキを見たが、彼女は気にした様子もなく歩き始め、店のドアを開けた。
 二人を出迎えた店員は緊張した面持ちで深々とお辞儀をすると「お好きな席におかけください!」と言った。

「どこがいいかしら、ご主人様?」
「え、と……そうだね。のんびり過ごしたいし、奥の方かな?」
「分かったわ、ご主人様。一番奥の席に案内して頂戴。外から見えない所よ」

 シズトの視線が窓の外に向かったのを見逃さなかったユキは、先にシズトを席に案内するように頼むと、ギロリと窓を睨みつけた。
 ひょこっと覗いていた大小さまざまな女の子たちが慌てた様子で顔を引っ込めるが、頭の上にお花を咲かせた子だけは気にした様子もなく、ニパッと笑みを浮かべてフリフリと手を振っている。

「……仕方ないわね」

 ユキはため息を吐くと、シズトが案内されたテーブルへと向かった。
 シズトの評価によってはこの店の今後が決まると言っても過言ではない。
 店員と、店長は緊張した面持ちで紅茶やデザートを用意した。
 奥まったところにいるテーブルに座っているため様子は見え辛いが、二人とも全神経を耳に集中して、聞こえてくる会話を一言一句聞こうとしていた。

「タルト以外だとオススメあるの?」
「分からないわ、ご主人様。適当に頼んでみてもいいんじゃないかしら? 食べきれなかったら私が食べるわ」
「そうしてみようか。……紅茶にこだわっているみたいだし、ストレートしかないかな。レモンティーとかミルクティーの方が好きなんだけど」

 店主の顔にぶわっと汗が浮かび、慌てた様子で材料を確認するために魔動冷蔵庫に向かった。
 店員はというと、本日のメニューを書くために用意していた真っ白な紙と筆記具を取り出すと、『限定!』と文字を書き始めた。

「………どうやらメニューには載っていない様ね、ご主人様。ちょっと話を付けてくるわ」
「え、いいよいいよ。オススメの紅茶の飲み方なんでしょ。材料とかの兼ね合いもあるし……まあ、レモンはアイテムバッグに大量に入ってるけどさ。それよりのんびり過ごそうよ。一時間の約束だし」
「私としてはもっと長くてもいいのよ、ご主人様」
「こればっかりはずらせないかなぁ。次の人も待ってる事だし」
「それもそうね……お喋りを楽しみましょう、ご主人様」

 どうやらメニューにない品物への興味はなくなったようだ。
 店長と店員はほっと胸をなでおろしたが、追加注文の際に「他のメニューはないのかしら? 店によってはメニューに載っていない、裏メニューがあると聞いた事があるわ」とユキが言った時は再び冷や汗をかく事になった。
 シズトも裏メニューと聞いて興味が湧いたのか店員に視線が向かったが、店員は意を決してない事を伝えると「ですよね。聞いてくれてありがとね、ユキ」とすぐに興味を失っていた。
 一時間ほどのんびりと食事をしていた二人が席を立つと、店長は直立不動となり、店員は慌てた様子で店の扉を開けた。
 ユキに腕を組まれながら歩いているシズトはきょろきょろと挙動不審だった。

「お会計しなくていいの?」
「あとで請求が来るから問題ないわ、ご主人様」
「なるほど……? ごちそうさまでした」
「ありがとうございました、またお越しください」

 笑顔を張り付けて店員と店長が声を合わせてそう言った後深々とお辞儀をした。
 果たしてこの店の未来はどうなるのか。それは、明日にでもわかる事だろう。
 店のフルーツタルトや紅茶の話をしながら歩くシズトの様子を、多くの奴隷が見ていた。
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