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第20章 魔国を観光しながら生きていこう

幕間の物語200.指揮官たちは心が折れている

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 クレストラ大陸の中央から南に下ったところに世界樹フソーが天を貫くかのように聳え立っている。その木を取り囲むかのように広がっているのは元都市国家フソーの街だ。
 旧市街地と便宜上呼ばれている場所は、さらに北区と南区に分けられている。
 北区は居住スペースが設けられており、少しずつ増えつつある奴隷の首輪を着けたエルフたちが身を寄せ合って生活をしていた。
 心の傷が深い者は療養して過ごしているが、働く事ができる者は朝食を食べ終えると働くために出かける。
 彼らが任されている仕事は主に街の清掃と、宿屋の運営だった。宿屋の客は主に商人たちだ。
 彼らは他国からやってきてしばらくの間、路上で野宿をしていた。
 それを今の統治者が良しとせず、エルフに仕事を与えてそこで寝泊まりするように伝えていたのだ。
 傲慢なエルフ、というイメージが先行し、嫌がる商人たちもいたが泊まってみると思った以上に快適に過ごせたため、文句を言う事は無くなった。
 宿屋には入浴魔石が常備されており、急遽設けられた風呂場で毎日汗を流す事ができる事が何より喜ばれている。その噂を聞きつけた買い物客が宿泊を希望するほどだ。
 宿屋が足りていないため、現在、エルフだけではなく暇を持て余している兵士が小遣い稼ぎに労働に勤しみ、使われていない建物を宿屋に改築中だ。
 北区にそれだけ多くの人間が集まっているのは、最近作られた大市場の影響だ。
 四方を『転移門』と呼ばれる大きな魔道具が囲んでいるその大きな広場には、連日たくさんの商人がそれを通ってやってきて、露店を構えていた。
 転移門で繋がっているのはラグナクア、ファルニル、エクツァー、サンペリエの四ヵ国だ。いずれも人間が統治している国だったため、商人も街からやってくる観光客もほとんどが人間だった。
 一日に朝と夕方の二回、転移門が起動してたくさんの人が出入りし、日帰りで楽しむ観光客が殆どだったが、最近状況が変わってきていた。

「どうやら南の方にも大市場ができたらしい」
「そこではまた別の国の物が大量に手に入るんだとか」
「ダンジョン産の魔道具とか、ドワーフが作った物とかもあるらしいぞ」

 そんな話が広まれば、南の方にも足が向かうのは必然だった。
 ただ、南へと向かうと異様な光景が広がっている。地面が全て金属で覆われているのだ。
 何があったのかと不安がる観光客を安心させるように巡回していた兵士たちが同じ説明を繰り返す。

「世界樹の根元で暮らしているシズト様の御業だ。この地面に広がる鉄を使って、居座っていたヤマトの連中をたくさん捕らえたんだ」
「ヤマトも諦めずに奪還しようとしてたんだけど、その悉くを捕えちまったからすげえよな!」
「今は万が一ヤマトが攻めてきても良いように広げてんだ。何も悪さをしなければ害はないから安心しな」
「………ただ、悪さをしたらどうなるかは保障できねぇけどな」

 ヤマトの兵士が大量に捕虜になった事は大市場を利用している者の多くが知っている事だったし、数日前から捕虜が大市場を連れ回されているのを見ているので、その人数の多さも知ってもいた。
 一部の捕虜は、世界樹の方に怯えた表情を向けているのも知っていたので、注意喚起された者たちはやらかさないように気を付けようと気を引き締めた。
 その甲斐もあってか、南区の大市場では揉め事がほとんどない。北区では他国からやってきた商人同士や観光客同士の争いも多少あったが、南区は平和そのものだった。
 南区の大市場は、四つの『転移門』で囲まれていた。
 それぞれクロトーネ、ハイランズ、アルソット、ルツハイムの首都に繋がっていると立て看板が近くに建てられている。
 行き交う人々は一気に多種多様になり、ずんぐりむっくりとしたドワーフもいれば、魔法使い然とした格好のエルフもいる。街の奴隷たちと異なり、こちらは首輪を着けていない。他にも猫耳族や翼人族の姿も見受けられる。
 ただ、これだけ多種多様な種族がいても揉め事が起きていないのは、多かれ少なかれ金属の地面を気にしているからだろう。
 こちらの転移門も一日に二回繋がるという事で、たくさんの人が訪れて交易を楽しんでいる様だった。
 元都市国家フソーは観光地として有名だったが、今では交易地として有名になりつつあるようだ。



 人々が楽しそうに買い物をしているのとは対照的に、暗い雰囲気の一団がいる。
 彼らは一様に地面を覆う鉄を凝視していた。

「ほら、前を見て歩け!」
「さっさと歩けよ。めんどくせー」

 彼らを囲む兵士たちが声をかけてやっと歩き始める彼らは、大国ヤマトの兵士だった者たちだ。
 シズトによって捕えられた彼らは、同盟国軍に引き渡されていた。
 拷問が待っていると覚悟していた彼らだったが、実際は軽い聴取を受けただけだった。
 拍子抜けしていた彼らだったが、拷問の方がまだマシだったと思うのはすぐ後の事だ。
 彼らが収容された場所は南区に急遽建てられた建物だったからだ。
 それは出入口以外は鉄で覆われていて、彼らは少し前の出来事から気が休まる事はなかった。
 末端の兵士はある程度の人数でまとめられて収容されていたからまだマシだったが、指揮官クラスになると独居房に入れられていたため、その心労は計り知れなかった。
 そんな彼らだったが、ヤマトと同盟国軍で話し合いが終わったのか、本日、旧市街地を出てしばらく南下したところで解放される手はずになっていた。
 大市場の者たちにじろじろと見られながら進む彼らの中心で、指揮官たちは小声で話をしていた。
 その中心にいるのは黒い髪を長く伸ばした女性だった。

「やはりこのままではヤマトが危ういか」
「はい。我々に大市場と呼ばれる場所の様子を見せていたのはなぜか疑問でしたが、転移門の存在と、北の同盟国が倍になった事を知らしめるためかと。ルツハイムのミスリル兵団や、クロトーネの魔法師団の姿もありました」
「単純に考えると軍事力が倍か。ヤマトに攻め入ってきたら大変な事になるな」
「四ヵ国同盟を相手に長年国境を守る事ができたのが我らの誇りでしたが、その均衡が破られる可能性は高いですからね」
「それに加え、この連日の大盛況。……この波に乗り遅れる事も痛手でしょう」
「少しでも早く戦を終わらせるべきかと愚考します」
「それは私も同感だ。仮に八ヵ国相手に立ち回る事ができても、あの金色の籠の中に入っている者を何とかできない限り、我々に勝ち目はない。我々が手段を選ばずに行動すれば、向こうもそうなるだろうから有効だと確信できない限り、軽はずみな行動もできん」
「であれば戦を終わらせる方法は……」
「……お父様をどうにかするしかないだろうな。不幸中の幸いか、あの悪夢を味わったのは私だけではない。愚弟たちも賛同してくれるだろう」
「そうだといいのですが……。ひとまず、解放されたら話し合いの場を設けましょう」
「頼む」

 端的にそう言うと女性は小さくため息を吐いた。
 元々この戦に乗り気ではなく、王命という事で仕方なく参戦したのだが、捕虜たちが一様に味わった悪夢のせいで、もう戦う気は全くなくなってしまっていた。

(どんな事をしてでもこの戦を終わらせなければ……)

 表情には出さず心の中で呟くと、彼女らは旧市街地を出るまで足元を気にしながら歩き続けた。
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