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第20章 魔国を観光しながら生きていこう

幕間の物語199.若き女王は起動を見守った

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 シグニール大陸の西の海岸沿いに広がる国ガレオールは、海路と陸路を使った交易が盛んな国だった。
 南には都市国家トネリコがある。世界樹の素材の重要な交易ルートだった事もあり、トネリコからガレオールの首都ルズウィックまでの交易路は栄えていたが、北に広がる砂漠を避けて海岸沿いに進み、獣人の国アクスファースを目指す海路も魚人国アトランティアの協力のおかげで盛んだった。
 近年では異大陸との交易も有名になり、海洋国家として名が広がっていた。
 ただ、ガレオールの女王がアトランティアの王子との縁談を断り、異世界転移者であるシズトと結婚した事をきっかけに両国の関係は悪化していた。
 以前から魚人の態度は横柄だったが、船まで襲うようになったのだ。
 多くの商人が今後の事を考えてガレオールを去ろうとしていたのだが、今では大陸中から商人たちが集まるほどの賑わいを見せている。
 以前まで公爵派の所有していた建物が並んでいた区画を、壊し屋たちが魔法を使って更地にし、その場所にマーケットができて、ルズウィックで一番の賑わいを見せていた。
 国庫から出されたお金を使って突貫工事で建てられたたくさんの仮設店舗が並ぶそのマーケットで、商人たちが自分の商品を並べ、細い通りを行き交うお客さんを呼び込んでいる。
 行き交う人々も、彼らを捕まえようと呼び込みをしている者たちも、種族は多種多様だ。
 母数が多いため人間が多かったが、ガレオール人特有の褐色肌ではなく、日に焼けた事がないような真っ白な肌の者たちもいれば、過去の勇者様たちのような肌の色の者もいた。
 人間だけでもそれだけ多種多様なのだが、金色の髪に森を思わせる深い緑色の瞳のエルフたちもいれば、髭がもっさもさで筋肉モリモリのドワーフもいる。
 前者は周辺を警備しているらしく、キビキビと歩いては揉め事になりそうな様子を見かけるとどこからともなく集まってきて両成敗している。
 後者は自分の商品を売るついでに、珍しい酒が売られていないか探している様だった。
 この光景を作り出したのは、大きなマーケットをぐるりと囲む『転移門』と呼ばれる魔道具だ。
 決められた時間になるとその門の柱が光り輝き、しばらくすると柱と柱の間が別の空間と繋がる物だ。
 繋がると誘導されるがまま人が列を成して出入りしている。
 商人たちだけではなく、人をたくさん乗せた乗合馬車もやってきては人を下ろし、また人を乗せて向こう側へと向かって行く。
 その光景を、周囲を金色の鎧に身を包んだ兵士たちに守られた女性が、側に控えている侍女と一緒に見ていた。
 彼女の名前はランチェッタ・ディ・ガレオール。この国の女王だった。
 丸眼鏡をかけた彼女は、いつも眉間に寄っている皺がないせいか、それとも整った顔立ちだからかは分からないが、人の目を引き付けていた。
 普段は履いている踵が高い靴は今日は履いておらず、普段以上に小柄な印象を見る者に与える。
 だが、その印象とは裏腹に胸部だけは異常なほど大きく膨らんでおり、男たちの視線はまずその胸に向かっていた。
 露出の少ない服を着ていてもその大きさを隠しきる事は出来ないようだ。
 ただ、じろじろと見る輩は近衛兵が睨んで追い払っていた。

「……今の所、大きなトラブルには発展してなさそうね」
「そうですね。他国から精鋭を派遣してもらっている事も大きいかもしれません」
「ああ、合同部隊ね。元は敵だった者もいるだろうから上手くいかないかもとは思っていたけど、意外ね」
「おそらくそういう問題を起こしそうな者は選出されていないのでしょう。それか、誓約で縛られて問題を起こしにくくしているのか……」
「どちらにせよ、よかったわ。他国と繋げたら侵略戦争を仕掛けられました、じゃ話にならない者ね」
「まあ仮にそうなったらドラゴニアとエルフたちが黙っていなかったでしょうから、そういうバカな事を考えるのは流石にいなかった、という事かもしれません」
「そうね。……ただ、警戒は怠らないようにと伝えておいて」
「もちろんです。……そろそろお時間ですね」
「そうね。上手くつながるといいんだけど」

 ランチェッタは周囲の近衛兵たちの動きに合わせて歩き始める。
 歩く度に揺れてしまう胸部を一部の男性たちが不躾に見ていたがスルーし続けて向かった先には、他の転移門よりも一回り大きな物があった。
 ニホン連合の教会にあるような『鳥居』と呼ばれる物に似た形のそれは、他の転移門と異なり赤く塗られていた。

「向こうの準備は終わっているそうですから、後はこちらの魔道具に魔石をセットするだけですね」
「そうね。魔石を嵌め込みなさい」

 ランチェッタの合図とともに、用意されていたAランクの魔石が転移門の柱の窪みに何個も設置される。
 一回繋げるだけでも大量の魔石を消費する必要がある魔道具だったが、これまでアトランティアに払っていた長期間の護衛費用などを考えれば安く済む。
 向こうも命がけの航海だっただろうから値段に文句はなかったので、今後も良好な関係を築けて行けたらよかったのだけど、とランチェッタがため息を吐いたところで魔石の設置完了の報せが届いた。
 それから少しして、転移門に魔力が行き渡り、柱と柱の間に眩い光が生まれたかと思えば、次の瞬間にはその場所に別の景色が広がっていた。
 遠くには雲の上にまで続いていそうな巨大な木があった。視線を近くに向ければたくさんの人たちが行き交う大市場がある。
 それを背景にして、ニホン連合風の甲冑を身に纏った人物が立っていた。
 その人物はガチャガチャと音を立てながらランチェッタの方へと歩いて来る。
 腰にカタナと呼ばれる物を差している事に気付いていた護衛たちが警戒態勢を取った。
 そんな様子を気にした様子もなく転移陣をくぐったその人物は、数歩歩いただけで背後を振り返り、一度頷く。

「問題ないでござるな。拙者の役目は終わったので戻らせていただくでござるよ」
「わざわざありがとう。最初に通るのを誰にするかでもめていたから助かったわ、ムサシ」
「何のこれしき。主殿の命であればどんな事でもする所存でござるよ」

 フッと笑って去っていったムサシと呼ばれた人物を見送ると、ランチェッタは後ろを振り返った。

「クレストラ大陸の中央にある場所と繋がったわ。決められた順番に進んでいきなさい。次に通れるのは一か月後よ! 何があっても自己責任だから、その覚悟がある者だけ通りなさい!」

 ランチェッタは言いたい事だけを言うと、その場を後にしたが、転移門が起動する頃から集まっていた商人たちは、列を成して転移門をくぐっていった。

「これでアトランティアとの関係性を問題視する公爵派にとどめを刺せますね」
「……そうね。転移門を用いた交易に問題が出なければ、だけど」

 とりあえず海路での交易がなくなった事から浮いてしまった人員を街の巡回に回そう、と思うランチェッタだった。
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