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第20章 魔国を観光しながら生きていこう

幕間の物語197.悪戯好きの侍女は伝え忘れていた

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 シグニール大陸の西の海岸沿いに広がる国ガレオールは、海路を活用した交易で盛んな国だった。
 その国を統べるのは、ランチェッタ・ディ・ガレオールだ。
 彼女の美貌は前国王が亡くなる前から有名だった。
 可愛らしい顔立ちだったため、幼少期から注目を集めていたが、成長するにつれて胸が大きくなっていき、今では小柄な体格に不釣り合いなほどになった。
 すれ違う男性のみならず、女性の視線も集める胸の事を、思春期の頃は嫌だと感じていた彼女だったが、これはこれで悪くなかったかもしれない、と最近は思うようになっていた。
 舐めまわすかのような男たちの視線は気持ち悪いと感じていたが、自分が好きな相手だったらむしろ見て欲しいと思うのは意外だった。

「この胸が役に立つ日が来るとは思わなかったわ。肩が凝ったり勘違いした男や馬鹿な男どもが寄ってきたりするだけで良い事なんてほとんどなかったのに」
「そうですか? 私はいつか役立つ日が来ると思っておりましたよ。いずれは誰かと添い遂げるだろうと思っていましたから」

 昨夜の出来事を思い出して呟かれた言葉に反応したのは、魔道具を使って紅茶を淹れていたディアーヌだった。
 顔立ちは整っているが、ランチェッタとは異なるタイプで可愛らしいというよりも美しい女性だ。
 ランチェッタと同じ色の灰色の髪は、いつも動きやすいように結われている。
 ツリ目がちで真面目そうな雰囲気を漂わせている彼女だったが、悪戯好きだという事をランチェッタは知っている。
 ディアーヌは淹れたての紅茶が入ったカップをランチェッタの前に置いた。
 それから口元をニヤッと歪ませて、目元も細めたディアーヌが小さな声で囁いた。

「先程から心ここにあらず、と言った感じですね。何を思い出しては赤面しているのですか?」
「赤面なんてしてないわよ」
「あら、思い出している事は否定しないんですね?」
「うるさいわね。ほら、書類が減って来たわよ。次のを持ってきなさい」
「かしこまりました。そろそろ気を引き締めていただかないと、今日の分が夕食の時間までに終わらないですよ。急いでくださいね」
「分かってるわよ!」

 指摘されるまでもなく、ランチェッタはいつもよりも進みが遅い事は自覚していた。
 それでも昨夜の事を思い出すとついつい手が止まってしまっていたのだが、このままではディアーヌが言うように夕食に間に合わなくなってしまう。
 夕食後に戻ってきて再開すればいいだけの事だが、それをすると少々問題が出てくるので、彼女は雑念を振り払い職務に励んだ。
 その甲斐あって予定時刻よりも若干遅れてしまったが今日の分の政務などを終わらせる事ができた。
 後の事は信頼できる者に任せる事にして、彼女は久しぶりに使われた執務室を出ると自室へと向かった。
 以前までは自室を執務室代わりに使っていたのだが、最近状況が変わり、他の者の出入りを最小限にしたかった事もあってわざわざ執務室に移動して仕事をしていたのだ。

「……やっぱりこの歩く時間がもったいないわね」
「これが普通ですからね。今までが普通じゃなかっただけですよ」
「自室でやった方が効率的だったのよ。執務室で仮眠を取ってたら怒るじゃない。わざわざ自室に戻って仮眠をとるのが面倒だったのよ」

 ランチェッタが唇を尖らせてそう言うと、ディアーヌは目を丸くしたが、少ししてから噴き出した。

「何笑ってんのよ」
「いえ、別に。シズト様と結婚してよかったな、と思っただけです」

 ランチェッタはムスッとしながらも、ディアーヌが開けた扉から自室に入った。
 以前まで執務室と化していた自室は、仕事に必要な物を執務室に移動させたので物がほとんどなかった。
 必要最小限の物だけが置かれている中で、唯一見慣れぬ物が部屋の隅にある。
 厚みがある金属の塊のようなそれは、ランチェッタとディアーヌの夫であるシズトが二人にプレゼントした『転移陣』と呼ばれる魔道具だった。
 表面には魔法陣が刻まれているが、二カ所、かけている部分があった。
 ランチェッタとディアーヌはそれぞれ肌身離さず持ち歩いていた物を取り出してそれを嵌め込み、それから魔石を窪みに設置すると魔法陣が淡く輝き始める。

「やっぱりこんな目立つ場所に置いておくのはちょっと心配ね」
「転移先にはフェンリルが待ち構えていますから、こちらから向こうへの侵入者の心配はそれほどしなくてもいいのですが、盗難される可能性は捨てきれないですね。部屋の入口や周辺の護衛を増やしますか?」
「……やめときましょう。かえって怪しまれる可能性があるわ。それよりも、室内用の警備をどうするか相談した方がいいんじゃないかしら」

 ランチェッタが腕を組むとただでさえ大きな胸が強調されるが、それに視線を向けるような者はこの部屋にはいなかった。
 二人がどうしたものか、と思案していると魔法陣の光が強くなった。乗ってもいないのに魔法陣が光り輝くという事は、向こうから誰かがこちらに来ようとしているという事だった。
 ディアーヌがランチェッタと魔法陣の間に割って入って警戒していると、魔法陣がひときわ強く輝き、小さな人影が姿を現した。

「人間さん、こんにちは~」
「ちは~~」
「こんばんはじゃない?」
「ばんは~~~」

 きょとんとしている二人に元気よく挨拶をしたのは頭の上に綺麗な花を咲かせたドライアドたちだった。
 ランチェッタが現われたドライアドたちにどうしたのかと尋ねると、それぞれが話し始めた。

「人間さんに頼まれたの~」
「バイト!」
「夜だから寝てていいって~」
「お昼はひなたぼっこしてていいって~」
「でも人間さんの部屋だから、人間さんがいいよって言ったらバイトする事になってるの」
「がんばる!」
「……なるほど。つまりレヴィが気を利かせて転移陣の管理役を派遣してくれた、という事ね」
「そういえばこれを受け取る時に設置したら警備を送るとか言われてましたね」
「そういう事はすぐに言いなさいよ……」
「過ぎた事は仕方ない事です。ドライアドたちに任せて食事をしに行きましょう!」
「…………そうね。これ以上シズトを待たせても仕方ないし、話は後にしましょう」

 話しを切り上げた二人はドライアドたちに見送られながら自室からファマリーの根元へと転移するのだった。
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