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第19章 自衛しながら生きていこう
幕間の物語194.賢者は目立ちたくないが悩んだ
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シグニール大陸の西側の海岸沿いに無数に点在する島の一つは、今日も朝から賑やかだった。
島に設置されている転移門を通って、多くの首輪を着けた少年少女たちがやってくる。
その引率役として小グループにそれぞれ配置されている冒険者たちは、大陸から少し離れたところにあるこの島で寝泊まりしているため、少年少女たちはまず自分たちの引率役の冒険者の所へ行って朝の挨拶をするのが日課だった。
点呼を取りつつ体調の確認をしている冒険者たちを遠巻きに見ていたのは、シグニール大陸に転移してきた一人である今代の勇者黒川明だ。
適温ローブですっぽりと体を覆っている彼は、その中性的な顔立ちから女性と間違われる事も多かった。
眉間に皺を寄せていても可愛らしいと思われてしまうのが自身の嫌いな所だったが、それでも眉間に皺を寄せてしまう出来事に陥っていた。
「……どうやら姫花様は身支度に時間がかかっているようです。陽太様は隊長……いえ、ラックからの連絡がないため分かりかねます」
「そうですか。……ラックさんは時間にルーズな方だったんですか?」
「しっかりと守ろうとする方でした。ただ、いろいろと巻き込まれるタイプの方なので、もしかしたらラックのせいで遅れているのかもしれません。申し訳ございません」
「別に大丈夫ですよ。別行動を取ったらこうなると分かってましたから」
そう言って明が笑いかけたのは、最近明の監視役兼護衛役となったカレンという女性だった。身の丈ほどある巨大なミスリル製のハンマーを背負っている彼女は、その華奢な体格からは想像もできない程の怪力だ。
彼女は心の内で、ラックのせいだったらどうしようかと思いつつもこれ以上謝っても仕方ないと気持ちを切り替え、明と一緒に子どもたちの様子を見て待ち続けた。
しばらくしてやってきたのは大きな男を引き連れた茶木姫花だった。
茶色の髪を動きやすいように縛り、明と同じ適温コートを着ている彼女はきょろきょろとあたりを見渡して「陽太は?」と尋ねた。
「尋ねる前にまず謝罪したらどうなんですか?」
「女の子の準備には時間がかかる物なのよ」
「化粧とか髪型をしっかり整えてもどうせ冒険の間に崩れるじゃないですか。すっぴんでいいんじゃないですか?」
「そんな事できる訳ないでしょ! 明だって準備は入念にすべきだって言ってたじゃない。女の化粧も髪型を整えるのも必要な準備なの! 男の明には分からないでしょーけど、カレンさんだったら分かってくれるでしょ!?」
「……………え、わ、私ですか?」
「そうよ。女のカレンさんなら朝の身支度の重要性は分かってくれるでしょ?」
「そう、ですね」
そっと視線を逸らしながらそう答えたカレンは、ほとんど化粧っ気のない女だった。
それでも端正な顔立ちのせいか、それともきめ細やかな肌のおかげかは不明だが、美人だった。会って数日で何度も陽太がカレンにアタックするくらいには。
味方になりそうもないと悟った姫花は、ぐるんと振り向いて後ろに控えていた大男に視線を向けた。
「シルダーだったら分かってくれるでしょ? 女の子の朝の身支度が長いのは仕方ない事よね?」
「………ああ」
どこか遠い目をしながらそう答えるシルダーと呼ばれた大男に同情しつつもスルーして「陽太から何か連絡ありましたか?」と姫花に尋ねたが彼女は首を振った。
「どーせどこかで女の子のお尻を追っかけてるんでしょ。もう関係断っちゃった方が楽なんじゃない?」
「野放しにした方が面倒そうだから仕方ないんですよ。せめて常識を多少身に着けてから別行動にしたいです。……今回は、最初だから大目に見ましょう」
明がそう言ったのが聞こえたのか定かではないが、絶妙なタイミングで金髪の少年が転移陣を使って転移してきた。
背中に剣を背負った彼は金田陽太。その後ろを慌てて追ってきたのは彼の護衛兼お目付け役でもあるラックだった。
ラックが朝からとても疲れた表情だったので、元部下だったシルダーとカレンは察した。
「お前ら、準備できてるか? さっさと終わらせるぞ」
「陽太が言うなし」
「一応陣形の確認をしておきたいんですけど」
「そういうのはダンジョンで戦いながら適宜修正していけばいいだろ。最初の十階層ほどは一人で対処できるレベルの物しかいないって話だろ?」
「油断は禁物です。ほら陽太。冒険者ギルドの出張所で情報収集しますよ。それに依頼の受託もしなければいけません」
明が示した先にはたくさんの少年少女が集まっている場所があった。
冒険者ギルドが派遣した者が運営している出張所だった。
とあるホムンクルスの少女が常設依頼として出している魔石収集だけでなく、ドラン公爵やドラゴニア国王から出されている依頼もあった。
ただ、どれも初心者向けで明たちには縁遠い物だ。
「事前に指名依頼の確認は済ませておきたかったんですけど、パーティーリーダーがいなかったのでできなかったんですよ。今度遅刻したらリーダー交代してもらいますからね。ほら、ホムラさんからの依頼を受けてきてください」
「へいへい」
面倒臭そうに出張所へと向かう陽太を、本当にリーダーを交代した方が良いんじゃないか、等と姫花と話しながら明はついて行くのだった。
島に設置されている転移門を通って、多くの首輪を着けた少年少女たちがやってくる。
その引率役として小グループにそれぞれ配置されている冒険者たちは、大陸から少し離れたところにあるこの島で寝泊まりしているため、少年少女たちはまず自分たちの引率役の冒険者の所へ行って朝の挨拶をするのが日課だった。
点呼を取りつつ体調の確認をしている冒険者たちを遠巻きに見ていたのは、シグニール大陸に転移してきた一人である今代の勇者黒川明だ。
適温ローブですっぽりと体を覆っている彼は、その中性的な顔立ちから女性と間違われる事も多かった。
眉間に皺を寄せていても可愛らしいと思われてしまうのが自身の嫌いな所だったが、それでも眉間に皺を寄せてしまう出来事に陥っていた。
「……どうやら姫花様は身支度に時間がかかっているようです。陽太様は隊長……いえ、ラックからの連絡がないため分かりかねます」
「そうですか。……ラックさんは時間にルーズな方だったんですか?」
「しっかりと守ろうとする方でした。ただ、いろいろと巻き込まれるタイプの方なので、もしかしたらラックのせいで遅れているのかもしれません。申し訳ございません」
「別に大丈夫ですよ。別行動を取ったらこうなると分かってましたから」
そう言って明が笑いかけたのは、最近明の監視役兼護衛役となったカレンという女性だった。身の丈ほどある巨大なミスリル製のハンマーを背負っている彼女は、その華奢な体格からは想像もできない程の怪力だ。
彼女は心の内で、ラックのせいだったらどうしようかと思いつつもこれ以上謝っても仕方ないと気持ちを切り替え、明と一緒に子どもたちの様子を見て待ち続けた。
しばらくしてやってきたのは大きな男を引き連れた茶木姫花だった。
茶色の髪を動きやすいように縛り、明と同じ適温コートを着ている彼女はきょろきょろとあたりを見渡して「陽太は?」と尋ねた。
「尋ねる前にまず謝罪したらどうなんですか?」
「女の子の準備には時間がかかる物なのよ」
「化粧とか髪型をしっかり整えてもどうせ冒険の間に崩れるじゃないですか。すっぴんでいいんじゃないですか?」
「そんな事できる訳ないでしょ! 明だって準備は入念にすべきだって言ってたじゃない。女の化粧も髪型を整えるのも必要な準備なの! 男の明には分からないでしょーけど、カレンさんだったら分かってくれるでしょ!?」
「……………え、わ、私ですか?」
「そうよ。女のカレンさんなら朝の身支度の重要性は分かってくれるでしょ?」
「そう、ですね」
そっと視線を逸らしながらそう答えたカレンは、ほとんど化粧っ気のない女だった。
それでも端正な顔立ちのせいか、それともきめ細やかな肌のおかげかは不明だが、美人だった。会って数日で何度も陽太がカレンにアタックするくらいには。
味方になりそうもないと悟った姫花は、ぐるんと振り向いて後ろに控えていた大男に視線を向けた。
「シルダーだったら分かってくれるでしょ? 女の子の朝の身支度が長いのは仕方ない事よね?」
「………ああ」
どこか遠い目をしながらそう答えるシルダーと呼ばれた大男に同情しつつもスルーして「陽太から何か連絡ありましたか?」と姫花に尋ねたが彼女は首を振った。
「どーせどこかで女の子のお尻を追っかけてるんでしょ。もう関係断っちゃった方が楽なんじゃない?」
「野放しにした方が面倒そうだから仕方ないんですよ。せめて常識を多少身に着けてから別行動にしたいです。……今回は、最初だから大目に見ましょう」
明がそう言ったのが聞こえたのか定かではないが、絶妙なタイミングで金髪の少年が転移陣を使って転移してきた。
背中に剣を背負った彼は金田陽太。その後ろを慌てて追ってきたのは彼の護衛兼お目付け役でもあるラックだった。
ラックが朝からとても疲れた表情だったので、元部下だったシルダーとカレンは察した。
「お前ら、準備できてるか? さっさと終わらせるぞ」
「陽太が言うなし」
「一応陣形の確認をしておきたいんですけど」
「そういうのはダンジョンで戦いながら適宜修正していけばいいだろ。最初の十階層ほどは一人で対処できるレベルの物しかいないって話だろ?」
「油断は禁物です。ほら陽太。冒険者ギルドの出張所で情報収集しますよ。それに依頼の受託もしなければいけません」
明が示した先にはたくさんの少年少女が集まっている場所があった。
冒険者ギルドが派遣した者が運営している出張所だった。
とあるホムンクルスの少女が常設依頼として出している魔石収集だけでなく、ドラン公爵やドラゴニア国王から出されている依頼もあった。
ただ、どれも初心者向けで明たちには縁遠い物だ。
「事前に指名依頼の確認は済ませておきたかったんですけど、パーティーリーダーがいなかったのでできなかったんですよ。今度遅刻したらリーダー交代してもらいますからね。ほら、ホムラさんからの依頼を受けてきてください」
「へいへい」
面倒臭そうに出張所へと向かう陽太を、本当にリーダーを交代した方が良いんじゃないか、等と姫花と話しながら明はついて行くのだった。
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