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第17章 結婚しながら生きていこう

幕間の物語161.賢者は爆買いした

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 海洋国家ガレオールは常夏の国だ。
 日差しも強く、この国で暮らす庶民の多くが日に焼けている。
 だからこそ余所者はとても目立つのだが、黒川明は黒い髪に黒い瞳という事でより目立っていた。
 注目を集めるとそれだけトラブルに巻き込まれる可能性が高くなるのだが、変な誤解をされる方が厄介だと判断した明は、変装用の魔道具は極力使わないようにしていた。
 明は、一緒にこの世界に転移させられた茶木姫花と金田陽太を連れてガレオールの首都ルズウィックを歩いている。
 目指す場所は大通りの一番目立つ場所に建てられた店だ。
 その店はとても繁盛しているようで、多くの人が出入りしている。
 近くには強面の男たちが周囲を監視していた。トラブルを起こしたらそのまま兵士に突き出されるだろう。
 明は後ろからついて来ていた二人に視線を向ける。
 金色の髪の男の子は通りを行き交う薄着の女性をじろじろと無遠慮に見ていた。そのうち問題を起こしそうだな、と思った彼は念のために釘を刺しておく。

「大人しくしていてくださいね、陽太」
「わーってるよ」

 全然分かっていないような気がするが、一度忠告したという事実さえあればそれでよかったので、明はその隣を歩いていた茶色の髪の女の子に視線を向ける。
 彼女は通り沿いに並んでいるお店に並べられていた商品を何となく眺めている様子だった。

「姫花も、散財しすぎないように気を付けてください」
「別にいーじゃん、姫花のお金で買うんだから!」
「共有資金は宿代や冒険に必要な物を揃えるためにしか使いませんからね。覚えていますよね」
「覚えてるわよ!」
「それならいいです」

 あまりにも金遣いが荒い二人を連れて旅をするのは難しいと判断した明は、依頼を達成したら四分の一の金額を共有資金として貯める事にしていた。
 都市国家トネリコを出てから様々な依頼を受けながら北上を続けていたのだが、今の所問題なく運用する事ができている。
 時折金に困った馬鹿な男が借りに来る事もあったが、しっかりと次の依頼を達成した時に報酬から天引きしている。
 明は自分の分の報酬は何かあった時のためにコツコツとためていたのだが、その金額は結構な額になっていた。だから、ルズウィックに新しくできた魔道具店に行く事にした。
 魔道具店の名前はサイレンス。彼らと同じく異世界に転移させられた者が経営している店として有名だ。
 その店にはダンジョン産の魔道具以外にもたくさんの魔道具があると言われていた。
 明たちが扉をくぐると、まず最初にその涼しさに驚く。
 明は自身の魔法でいつもの格好でも快適に過ごしていたのだが、汗をかいていた姫花と陽太は大層喜んだ。

「何度も言いますけど、問題は起こさないでくださいね。特にここでは、絶対に」
「分かってるって言ってんだろ?」
「信用ないなー。姫花悲しい」
「日頃の行いを改善してください。僕はしばらく魔道具を見て回りますけど、二人はどうするんですか?」
「姫花も欲しい物がないか見ようかなー。そのためにお金貯めてたし。陽太はどうすんの? お金ないでしょ?」
「やる事ねーから涼んどくわ」

 陽太は既に壁にもたれて店員の女の子や、来店している女性たちに視線を向けていた。
 トラブルが起きても他人のフリをしよう、と心に決めて明はその場を離れた。姫花も明についてきている。

「どうしてついてくるんですか」
「一人で行動したら面倒事に巻き込まれるでしょ。姫花も、明も」
「……まあ、そうですね」
「そんな事より、あそこに積まれてる魔道具良くない? どこでもお風呂準備できるんだって! 野営中でもお風呂に入れるんじゃない?」
「そこまでして入りたいとは思わないですね。浄化の魔法で十分です」
「私は思うの!」
「じゃあ姫花が買えばいいんじゃないですか? 魔道具にしては安いですよ」
「私だけ買ってもどうせ陽太も使わせろって言うに決まってるじゃん。それだったら共有資金で買うべきじゃない?」
「………まあ、そうかもしれませんね」

 その様子がありありと想像できてしまった明は、姫花に入り口付近に積んであった籠を持ってこさせると、数個魔石を籠の中に入れた。

「これだけじゃ足らないんじゃない?」
「十分じゃないですか? 何回も繰り返し使えるみたいですし」
「いろんな種類があるからそれも買った方が良いと思うんだけど」
「一種類で十分です」
「だったらせめて柚子の香りのものがいい!」
「……それは好きにすればいいんじゃないですか」
「やった!」

 姫花は乱雑に淹れていた入浴魔石を元の場所に戻すと、柚子の香りがするタイプを籠に入れた。
 明は籠の中身を確認してから他に欲しい物がないか店内を見て回る。
 一階に陳列されているのはどれもシズトが作っていない廉価版ばかりだった。
 あれでもない、これでもないとウロウロと見て回っていると、姫花が明に話しかける。
 その手には沸騰魔石と呼ばれる魔道具があった。

「明は何を探しているの?」
「砂漠越えに必要そうなものです」

 ガレオールの北には砂漠が広がっている。
 その砂漠を突っ切って北上する予定の明にとっては砂漠対策は必須だった。

「ふーん。……ねえ、この魔道具があったらスープ作る時に楽になると思うんだけどどう思う?」
「……まあ、魔力温存にはなりますね」
「そうでしょ? 明の転移魔法でここまで急いで来たわけだし、今後もそうするならちょっとでも温存できた方が良いでしょ?」
「……確かにそうですね」
「でしょでしょ? だったらこれも買っちゃおー」

 数個同じ商品を入れるとまた姫花は明の近くで魔道具を見て回る。
 自分の懐から出すわけじゃないが、確かにどちらもあったら便利な代物だと思っていたので明は文句を言わない。
 その後もあれもこれもと何かと廉価版の魔道具を持ってきた姫花だったが、明が許可する事はなかった。
 その様子を見ていた店の者が「何かお探しですか?」と尋ねてきた。

「砂漠越えに必要な魔道具を探しています。水の魔道具などはありませんか?」
「なるほど。では、上の階にご案内します」

 一階はあくまでも日常生活にあると便利程度の物が殆どだそうだ。
 二階に行くとダンジョン産の魔道具が一つずつ並べられていた。
 そして、部屋の奥には見覚えのある人物が座っている。
 とんがり帽子にすっぽりと体を覆い隠すローブを身に纏った女の子がそこに座っていた。
 黒い髪はとても長く、紫色の瞳は上の階に上がってきた明を真っすぐに見ていた。
 口元は綻んでいたが、目は笑っていない。
 明はまっすぐにその女の子の元へと歩いて行く。

「お久しぶりです、ホムラさん。シズトは元気にしていますか?」
「はい、元気です」
「そうですか、それならよかった」
「………」
「実は僕たちドラゴニアを目指しているんです。ドラゴニア王国の国王陛下からお手紙をもらいまして、急いでいる所なんです」
「そうですか」

 営業スマイルを浮かべているけれどさほど興味のなさそうな声音でホムラが相槌を打つ。
 明はそれでもめげずに話を続ける。

「できれば一瞬でドラゴニアまで行く方法があればいいんですけど、そういう魔道具はありますか?」
「あります」
「……あるんですか?」
「はい、あります」

 何でもないように頷くホムラに明は「値段はいくらなんですか?」と尋ねた。
 だが、ホムラは首をゆっくりと振った。

「売り物ではありません」
「……そうですか。では、大人しく砂漠とドワーフの国を行くしかないですね」
「そうですね」

 明は何とも言えない気持ちになりつつも、めげる事もなく、その後も気候や長距離移動に使えそうな魔道具について聞いていく。
 そのおかげもあって、浮遊台車や適温コートなど、様々な魔道具を手に入れる事ができた。
 明の懐も共有の財布の中身もだいぶさみしくなってしまったが、必要経費という事で割り切ると店を後にする。

「散財するなって姫花に言ってたくせにお前はするのかよ」
「文句を言うなら魔道具を使わなくてもいいんですよ」

 陽太はムッとしたが、言い返さずに黙って明の後ろを歩く。
 その後、宿代が数日分しか残っていなかったため、彼らはしばらくガレオールで冒険者や癒しの聖女として活動する事になるのだが、それはまた別のお話。
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