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第17章 結婚しながら生きていこう

327.事なかれ主義者は一言だけで精いっぱい

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 結婚式の話をしてから数日が経った。
 準備は淡々と進み、一番時間がかかった衣装の準備も、僕はどれでもよかったからサクッと終わった。
 タキシードがこの世界にもあるのはきっと過去の勇者たちが伝えたんだろう。
 ただ、普通の真っ白なタキシードではなく、ズボンの裾から胸にかけてまで蔦が伸びているような刺繍が金色の糸でされている。世界樹の使徒だからこれはマストなんだそうだ。
 結婚式の当日の朝、朝食を一人だけで食べる。
 今日の給仕をしてくれるのは新しく入った子たちだ。
 メイド服を着た若い女の子ばかりだけど、男の子は調理場で準備をしているんだろうか。
 どうやら調理場にいる「知らんけど」が口癖の男の子は、給仕をしている女の子のうち三人とは顔見知りで、好意を寄せられているようだ。
 職場内恋愛は禁止どころか推奨しているのでどんどんやってほしい。そして僕の婚約者になりうる子たちを減らしてほしい。
 僕たちが生活している屋敷は婚約者のみ暮らせる事にしたので、部屋が余っているけれど新しい子たちは別館の方で暮らしている。知らんけどくんには是非とも頑張ってハーレムを築いてほしい。知らんけど。

「いってらっしゃいませ」
「いってきます」

 食事を済ませた後は新しい子たちに見送られて屋敷を出る。
 屋敷のすぐ手前では真っ白な馬車が停まっていた。
 ユグドラシルの馬車を模して造られたその馬車は、ここ数日の落ち着かない気分を紛らわせるために新しく魔改造したものだ。
 その馬車の前でジュリウスが待っている。

「どうぞ」
「ありがと、ジュリウス」

 ジュリウスに開けられた馬車の中に乗り込む。
 自走も可能な馬車だったけど、今日はペガサスという人慣れした魔物に引かれてゆっくりと町を走る事になっていた。ペガサスはユグドラシルの所有物だったらしい。
 なんかフェンリルの様子をそわそわと窺っているようだけど、フェンリルは気にした素振りもなく真っ白な毛玉のままだ。
 ジュリウスが御者台に乗ると、馬車が動き始める。
 まず向かうのはファマ様の教会だ。
 南に下ってしばらく進んでいると馬車が停まった。
 扉が外から開かれたのを合図に僕はゆっくりと立ち上がって馬車から降りる。
 周囲には人の気配がほとんどない。普段はエルフたちがわらわらいる教会の敷地内も、教会の玄関に二人いるだけで、とても静かだった。
 まだ世界樹の影響はここまで広がっていないからか、植木鉢などに入れられて育てられている花々が、教会まで続く一本道の両脇に並べられている。
 その道を一人で歩く。ジュリウスは馬車の近くで待機する事になっている。
 教会の玄関前に着くと、扉のすぐそばで控えていたエルフ二人が扉を開いた。
 中からは「パーンパーパーパパーン」と音楽が流れ始めた。ただでさえ緊張しているのに、楽団など他人がいると絶対やばいと分かっていたから、魔道具でスピーカーもどきを作り、他の場所で演奏してもらっている。
 この音楽もきっと過去の勇者が広めたんだろうなぁ、なんてどうでもいい事を考えながら中へと進んでいく。
 普通は新婦側が入場するものだと思うんだけど、新婦たちは既に並んで待っていた。三人共こちらを見ている。
 ジューンさんはいつも着ているエルフたちの正装ではなく、他の2人と同様にウエディングドレスを着ていた。膝まで体にぴったりとフィットしたそのドレスは裾が人魚の尾ひれのように広がっている。本当の人魚もこんな感じなんだろうか。……いや、魚人と言っても人間に近いからこういう感じではないのかな……? 教えてもらったような気がするけど忘れた。
 胸元が大きく開いていて、見事な谷間ができているけど堂々とした立ち姿で僕を優しい眼差しで見守っている。瞳が潤んでいるけど……お母さん気分なのかな?
 口元に微笑を浮かべているセシリアさんはどちらかというとワンピースに近いデザインのドレスを着ていた。エンパイアラインというらしい。
 レヴィさんやジューンさんがメリハリのあるドレスを着ている分、シンプルなイメージが強い。
 豪華に着飾るイメージが少ない彼女らしいと言えば彼女らしいけど……セシリアさんのご両親と思われる方々が満足そうにしているから問題ないんだろう。
 二人に挟まれて真ん中でニコニコしながら立っているレヴィさんは、スカートが膝丈までしかないドレスを着ていた。理由は「動きやすいからですわ!」と言っていたけど、まさかその恰好で農作業をしないよね……?
 細かな刺繍が施されたレースが農作業には不向きだと思うんだけど、大丈夫だよね!?
 ちょっと心配になってくるけど、今聞くわけにはいかないし、この後も予定が立て込んでいるしセシリアさんに手綱を取ってもらうしかないだろう……なんかセシリアさんは首を横に振ってるけど。
 三人の元へと進むと、式を進める人として選ばれたエルフさんがファマ様へ祈りを捧げた後、僕の方を見て口を開いた。

「汝シズトは、レヴィア、ジューン、セシリアを妻とし、良き時も悪しき時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が分かつまで愛を誓い、妻たちを平等に愛する事を神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」
「誓います」

 僕が言うべき台詞はこの一言だけだ。
 手に汗が滲んでいてちょっとやばいけど、噛まずに言えた。

「汝らレヴィア、ジューン、セシリアは、シズトを夫とし、良き時も悪しき時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が分かつまで愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」
「「「誓います」」」

 僕の時と若干問いかけが違ったが、三人共迷わず同時に誓っていたので問題ないんだろう。
 一夫多妻だとこういう感じの文言になるんだなぁ、なんて思っている暇もなく、誓いのキスを三人と交わして式が終わった。
 次の予定があるので僕だけ退場したけれど、教会の外に出て、扉が閉まる様子を見ていると、参列していたリヴァイさんたちがレヴィさんとセシリアさんを祝っていて、ジューンさんがそれを嬉しそうにニコニコしながら見ていた。
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