487 / 1,094
第17章 結婚しながら生きていこう
幕間の物語160.魔女と門番とお喋りパペット
しおりを挟む
ドラゴニア王国の最南端にあるダンジョン都市ドランには、異世界転移者が営んでいる魔道具店がある。
ダンジョン産の物資を買い集めようと訪れた商人や、ダンジョン探索で一儲けした冒険者は、自分たちが欲する物を求めてやってくる。
店に陳列されていない特別な魔道具は高級品でおいそれと一般人が買える物ではないのだが、この店にやってくる者たちにとっては比較的手が届く価格帯だった。
また、大金を持っていなくとも利用する者たちもいる。
街の通りで以前まで生活していた子どもたちや、ドランに住んでいる住人たちだった。
子どもたちの目的は『なくならない飴』と呼ばれている魔道具だ。
街で手に入れた情報を話せば、その価値に応じて魔道具が貰えるから毎日のように子どもたちは通っていた。
様々な味が用意されている事もあり、それをコンプリートしようとしている世間話好きの女性たちもいる。
また、飴が目的ではない住人たちが求めるのは、異世界転移者が作り出した魔道具ではなく、その妻やその弟子たちが作った魔道具だ。
転移者ほどではないが、ある程度の効果は見込めるその魔道具は、店に乱雑に積まれていた。
この店の売れ筋の品物は『入浴魔石』と呼ばれている魔道具だ。
魔石タイプのそれの影響で、ドランでは空前の入浴ブームがやってきていた。
公衆浴場に行かずとも、入浴魔石と人が入れるくらいの大きさの何かがあればどこでも風呂に入る事ができるからと自宅で風呂に入る人が増えていた。
その他にも、主に女性に人気なのが沸騰魔石だ。
沸騰する程の効果はないが、水に入れるだけで人肌くらいのお湯が出来上がるという事で料理に使われたり、洗い物に使われたりしていた。
店の中は今日もそれらを求めてやってくる客たちでいっぱいだ。
その様子をカウンターの向こう側に座り、頬杖をついてボーッと見ているのがこの店を任されている女性――ユキだった。
とんがり帽子を目深に被り、短い白い髪の毛先を弄りながら黄色の瞳で気だるそうに来店者たちを見ていた。ドランではあまり見ない褐色の肌の彼女だったが、もう見慣れたのかじろじろと彼女の様子を見る者はいない。
「そろそろ、人を雇った方が良いかねぇ」
警備などは既に自身以外の者たちに任せているユキだったが、店は未だに一人で回していた。
一番忙しい午前中も十分対応できる範囲の状況だったからだ。
シズトに直接関わりのある事ではないためやる気がいまひとつでないユキは、頬杖を突きながら商品の会計などをして過ごしていた。
昼頃には客足はだんだんと遠のいていく。
飴を求めてやってきた子どもたちは浮遊台車を使った配達の仕事に向かい、住人たちもそれぞれ仕事があるため昼時は来ない事が多い。
やってくる客と言えば、貴族の関係者や、その日仕事をしていない冒険者や非番の軍人などだった。
日がだいぶ傾いた頃にやってきた男もそうだった。
大柄な彼は玄関の扉を頭を下げて中に入ってくると、背筋を伸ばした。
頭は天井すれすれで、今にもぶら下げている照明にぶつかりそうだ。
大男はキビキビと歩きながらカウンターに頬杖をついて様子を見ていたユキの元へと一直線に向かってきた。
カウンターの前で足を止めると、口を開く。が、言葉が発せられる事はない。
口を開いては閉じて、閉じては開いてを繰り返していた大男は、冷や汗をかいていた。先程までまっすぐユキを見ていた目も落ち着きなくさまよっている。
ユキはそんな大男の様子を見て、ため息を吐いた。
「口下手な門番さんが、こんな所にいったい何の用だい?」
「お、お、俺は………」
なかなか言葉が出て来ない彼の前に、ユキがスッと紙とペンを差し出すと、彼はそのペンを取って紙に字を書き始める。
「なるほどねぇ。人に対して思うように喋れないから、相手に意見を伝える魔道具が欲しい、と」
こくこくと頷く大男を見上げて、ユキはしばし考えた。
「まあ、色々あるけどねぇ。伝えたい相手は特定の人物なのかい? それとも、周囲の不特定多数かい? そうかい、不特定多数なのかい。で、あれば……アレが良いね」
ユキが机の上に置いていた木製の小さなワンドを振ると、彼女の後ろにあった大きな棚の引き出しの一つが勝手に開いた。
そこから出てきたのはハンドパペットと呼ばれる、手に嵌めて動かす人形だった。
可愛らしい黒猫をモチーフに作られたそれを興味深そうに見ている大男のために、ユキは黒猫のハンドパペットを右手に着ける。
「何か伝えたい事があれば、魔力を込めながら心の中で念じるのさ。すると」
『こんなふうに人形が喋るのさ』
ユキとは異なる声が黒猫から発せられた。
子どものような高くて可愛らしい声を発する黒猫のハンドパペットを手から外すと「試しに使ってごらんよ」と言って大男に差し出す。
ハンドパペットは大きめに作られていたが、大男が着けるとサイズがギリギリのようだ。
だが、魔道具としてしっかり使う事ができるようだ。
『これはいくらなんだ?』
「そうだねぇ、ざっとこのくらいだろうか」
通常の魔道具よりも割高な値段だったが、大男は空いていた右手で金貨が入った袋を取り出すと、カウンターの上に置く。
ユキはそこから十数枚金貨を取り出すと「確かに頂いたよ」と言って袋を大男に返した。
大男はハンドパペットが気に入ったのか、それを着けたまま店から出て行った。
翌日、子どもたちが「おっかない顔の門番が変な人形を手に着けて仕事してる」と伝えてきたが、ユキは既に知っている事だったから一日分の飴しか渡さなかった。
ダンジョン産の物資を買い集めようと訪れた商人や、ダンジョン探索で一儲けした冒険者は、自分たちが欲する物を求めてやってくる。
店に陳列されていない特別な魔道具は高級品でおいそれと一般人が買える物ではないのだが、この店にやってくる者たちにとっては比較的手が届く価格帯だった。
また、大金を持っていなくとも利用する者たちもいる。
街の通りで以前まで生活していた子どもたちや、ドランに住んでいる住人たちだった。
子どもたちの目的は『なくならない飴』と呼ばれている魔道具だ。
街で手に入れた情報を話せば、その価値に応じて魔道具が貰えるから毎日のように子どもたちは通っていた。
様々な味が用意されている事もあり、それをコンプリートしようとしている世間話好きの女性たちもいる。
また、飴が目的ではない住人たちが求めるのは、異世界転移者が作り出した魔道具ではなく、その妻やその弟子たちが作った魔道具だ。
転移者ほどではないが、ある程度の効果は見込めるその魔道具は、店に乱雑に積まれていた。
この店の売れ筋の品物は『入浴魔石』と呼ばれている魔道具だ。
魔石タイプのそれの影響で、ドランでは空前の入浴ブームがやってきていた。
公衆浴場に行かずとも、入浴魔石と人が入れるくらいの大きさの何かがあればどこでも風呂に入る事ができるからと自宅で風呂に入る人が増えていた。
その他にも、主に女性に人気なのが沸騰魔石だ。
沸騰する程の効果はないが、水に入れるだけで人肌くらいのお湯が出来上がるという事で料理に使われたり、洗い物に使われたりしていた。
店の中は今日もそれらを求めてやってくる客たちでいっぱいだ。
その様子をカウンターの向こう側に座り、頬杖をついてボーッと見ているのがこの店を任されている女性――ユキだった。
とんがり帽子を目深に被り、短い白い髪の毛先を弄りながら黄色の瞳で気だるそうに来店者たちを見ていた。ドランではあまり見ない褐色の肌の彼女だったが、もう見慣れたのかじろじろと彼女の様子を見る者はいない。
「そろそろ、人を雇った方が良いかねぇ」
警備などは既に自身以外の者たちに任せているユキだったが、店は未だに一人で回していた。
一番忙しい午前中も十分対応できる範囲の状況だったからだ。
シズトに直接関わりのある事ではないためやる気がいまひとつでないユキは、頬杖を突きながら商品の会計などをして過ごしていた。
昼頃には客足はだんだんと遠のいていく。
飴を求めてやってきた子どもたちは浮遊台車を使った配達の仕事に向かい、住人たちもそれぞれ仕事があるため昼時は来ない事が多い。
やってくる客と言えば、貴族の関係者や、その日仕事をしていない冒険者や非番の軍人などだった。
日がだいぶ傾いた頃にやってきた男もそうだった。
大柄な彼は玄関の扉を頭を下げて中に入ってくると、背筋を伸ばした。
頭は天井すれすれで、今にもぶら下げている照明にぶつかりそうだ。
大男はキビキビと歩きながらカウンターに頬杖をついて様子を見ていたユキの元へと一直線に向かってきた。
カウンターの前で足を止めると、口を開く。が、言葉が発せられる事はない。
口を開いては閉じて、閉じては開いてを繰り返していた大男は、冷や汗をかいていた。先程までまっすぐユキを見ていた目も落ち着きなくさまよっている。
ユキはそんな大男の様子を見て、ため息を吐いた。
「口下手な門番さんが、こんな所にいったい何の用だい?」
「お、お、俺は………」
なかなか言葉が出て来ない彼の前に、ユキがスッと紙とペンを差し出すと、彼はそのペンを取って紙に字を書き始める。
「なるほどねぇ。人に対して思うように喋れないから、相手に意見を伝える魔道具が欲しい、と」
こくこくと頷く大男を見上げて、ユキはしばし考えた。
「まあ、色々あるけどねぇ。伝えたい相手は特定の人物なのかい? それとも、周囲の不特定多数かい? そうかい、不特定多数なのかい。で、あれば……アレが良いね」
ユキが机の上に置いていた木製の小さなワンドを振ると、彼女の後ろにあった大きな棚の引き出しの一つが勝手に開いた。
そこから出てきたのはハンドパペットと呼ばれる、手に嵌めて動かす人形だった。
可愛らしい黒猫をモチーフに作られたそれを興味深そうに見ている大男のために、ユキは黒猫のハンドパペットを右手に着ける。
「何か伝えたい事があれば、魔力を込めながら心の中で念じるのさ。すると」
『こんなふうに人形が喋るのさ』
ユキとは異なる声が黒猫から発せられた。
子どものような高くて可愛らしい声を発する黒猫のハンドパペットを手から外すと「試しに使ってごらんよ」と言って大男に差し出す。
ハンドパペットは大きめに作られていたが、大男が着けるとサイズがギリギリのようだ。
だが、魔道具としてしっかり使う事ができるようだ。
『これはいくらなんだ?』
「そうだねぇ、ざっとこのくらいだろうか」
通常の魔道具よりも割高な値段だったが、大男は空いていた右手で金貨が入った袋を取り出すと、カウンターの上に置く。
ユキはそこから十数枚金貨を取り出すと「確かに頂いたよ」と言って袋を大男に返した。
大男はハンドパペットが気に入ったのか、それを着けたまま店から出て行った。
翌日、子どもたちが「おっかない顔の門番が変な人形を手に着けて仕事してる」と伝えてきたが、ユキは既に知っている事だったから一日分の飴しか渡さなかった。
78
お気に入りに追加
454
あなたにおすすめの小説

異世界に飛ばされたら守護霊として八百万の神々も何故か付いてきた。
いけお
ファンタジー
仕事からの帰宅途中に突如足元に出来た穴に落ちて目が覚めるとそこは異世界でした。
元の世界に戻れないと言うので諦めて細々と身の丈に合った生活をして過ごそうと思っていたのに心配性な方々が守護霊として付いてきた所為で静かな暮らしになりそうもありません。
登場してくる神の性格などでツッコミや苦情等出るかと思いますが、こんな神様達が居たっていいじゃないかと大目に見てください。
追記 小説家になろう ツギクル でも投稿しております。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。

こちらの異世界で頑張ります
kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で
魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。
様々の事が起こり解決していく

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

『転生したら「村」だった件 〜最強の移動要塞で世界を救います〜』
ソコニ
ファンタジー
29歳の過労死サラリーマン・御影要が目覚めたのは、なんと「村」として転生した姿だった。
誰もいない村の守護者となった要は、偶然迷い込んできた少年リオを最初の住民として迎え入れ、徐々に「村」としての力を開花させていく。【村レベル:1】【住民数:0】【スキル:基本生活機能】から始まった異世界生活。

ダンジョンで有名モデルを助けたら公式配信に映っていたようでバズってしまいました。
夜兎ましろ
ファンタジー
高校を卒業したばかりの少年――夜見ユウは今まで鍛えてきた自分がダンジョンでも通用するのかを知るために、はじめてのダンジョンへと向かう。もし、上手くいけば冒険者にもなれるかもしれないと考えたからだ。
ダンジョンに足を踏み入れたユウはとある女性が魔物に襲われそうになっているところに遭遇し、魔法などを使って女性を助けたのだが、偶然にもその瞬間がダンジョンの公式配信に映ってしまっており、ユウはバズってしまうことになる。
バズってしまったならしょうがないと思い、ユウは配信活動をはじめることにするのだが、何故か助けた女性と共に配信を始めることになるのだった。

異世界転生~目指せ!内乱を防いで、みんな幸せ♪
紅子
ファンタジー
いつの間にかこの国の王子に転生していた俺。物語の世界にいるなんて、想定外だ。このままでは、この国は近い未来に内乱の末、乗っ取られてしまう。俺、まだ4歳。誰がこんな途方もない話を信じてくれるだろうか?既に物語と差異が発生しちゃってるし。俺自身もバグり始めてる。
4歳から始まる俺の奮闘記?物語に逆らって、みんな幸せを目指してみよう♪
毎日00:00に更新します。
完結済み
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる