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第16章 片手間にいろいろしながら生きていこう

幕間の物語146.若き女王は悩み続けた

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 シズトたちがいる大陸の南西部に海洋国家ガレオールはある。
 海沿いに主要な都市が集まっている交易が盛んな国だ。ガレオールの領土である周辺の島々や、近隣諸国との交易がメインだが、首都では別大陸との交易も行われていた。
 首都の港には別大陸へ向かう大型の帆船だけではなく、小さな漁船や島々を行き交う定期便の船など、大小さまざまな船が停泊していた。
 港のすぐ近くには朝市がよく開かれており、賑わっている。
 そんな交易の盛んな国の主であるランチェッタ・ディ・ガレオールは、いつも通り日の出よりも少し早く目を覚まして活動を開始していたが、今日は仕事をしていなかった。
 信頼できる者を選定してからは、任せられる仕事はその者たちに任せ、仕事量が減った事もあるが、単純に何もしなくていい日を数日作るために寝食を削って仕事に励んだのも理由の一つだった。
 先程まで寝ていたランチェッタはベッドの上に座っていた。
 下着姿のまま大きく伸びをすると、胸が反らされて規格外の二つの膨らみが強調されるのだが、生憎その光景を見る事ができるのは、部屋で控えていたディアーヌという侍女だけだった。
 ディアーヌに手伝われながらドレスを着て、身支度を整えた彼女はシズトから届いていた手紙を読み、すぐに返事を書いて速達箱という魔道具の中に入れた。
 その様子をディアーヌが不思議そうに見ていた。

「そんなに急がなくてもよろしいのでは?」
「向こうにだって準備が必要でしょう? 早いに越した事はないわ」
「そうでしょうか? 男性の準備は女性と比べたら大した量ではないと思いますが……まあ、もう送ってしまったので言ってもしょうがないですね。お食事にされますか?」
「そうね。ここで食べるから持ってきて頂戴」
「お時間があるのでしたら食堂で食べればよろしいのでは?」
「ここで食べるのに慣れてしまったから仕方ないじゃない。持ってきて」
「……かしこまりました」

 ディアーヌが一度部屋を出て行った。
 ランチェッタは椅子から立ち上がると大きな姿見の前に立った。
 ショートボブの灰色の髪の毛はしっかりと整えられていて寝癖一つない。
 丸眼鏡をかけているおかげでぱっちりと開いた灰色の大きな目と小柄な体格のせいで実年齢よりも若く見られ、侮られがちな自分に嫌気を感じていたのだが、シズトの隣を歩く事を想像して「これはこれでありなのかしら?」等と首を傾げる。
 そうしているとディアーヌが部屋に戻ってきた。

「もうしばらくすると給仕をしにメイドたちが入ってくるのですが……何をしていらっしゃるのですが?」
「考え事よ。緊急の用件は何かあったかしら?」
「特に話は出なかったので問題ないかと」
「そう。じゃあ、昨日言った通り、今日は一通り体のケアをしてもらおうかしら」

 ランチェッタはそういうと、踵を返して作業などをするために置いてある大きな机に向かった。
 丸眼鏡を外すと眉間に皺が寄ったがディアーヌは気にした様子もない。
 それから少しして軽食が運ばれてきた。
 いつも通り片手で食べる事ができるサンドウィッチである。
 給仕をし終えるとメイドたちは部屋から出て行く。
 ランチェッタは眉間に皺を寄せたままサンドウィッチを頬張り、難しい顔で考え事をしていた。
 ディアーヌは側に控えているだけで特に問いかけない。
 皿に乗った物を全て平らげて、紅茶を飲み干すとランチェッタは口を開いた。

「ねぇ、ディアーヌ。明日はいつもの靴じゃない方が良いかしら?」
「歩き回る事も想定するとその方がよろしいかと」
「そう……室内用の靴しかないから急ぎで取り寄せて頂戴」
「かしこまりました」
「あとは……ドレスも控えめな方が良いかしら? シズト様に作って頂いた『適温ドレス』くらいしかないのだけれど……」
「そうですね。シズト様の趣味嗜好について詳しく存じ上げませんが、ドラゴニアはガレオールと比べると気温が低いそうですし、その方がよろしいかもしれません。それにまだ婚約どころかお付き合いもしていないですし、露出は控えめの方がいいかと」
「そうよね。まあいいわ。……眼鏡は置いていこうかしら。でもそうなるとよく見えないのよね。何となくの輪郭は魔力探知で分かるけれど」
「名目としては視察ですので、最低限見えるようにしておく必要があるかと。それに加えて申し上げるとすれば、眼鏡をかけた女性は一部の勇者様に大層人気なんだとか。ダテメガネ、というものが作られるほどですし、もしかしたらシズト様もそういう趣味の方かもしれませんし、反応を見てみるのもよろしいかと」
「勇者には変人が多いと聞くけれど、そんな趣味が本当にあるのかしら?」

 疑問に思いながらもシズトの顔をしっかり見るためにも眼鏡は必要だろうと判断した彼女は翌日、眼鏡をかけていく事にした。
 その後、オイルマッサージやら髪の手入れやら色々されながらも明日の事をひたすら考えていたランチェッタだったが、どうしても答えが出ない問題に行き着いた。
 それは――。

「そろそろ寝る時間ですよ」
「まだ早いじゃない」
「同年代の方々はこのくらいの時間に寝るのが普通です。万全の状態を期すのであれば、寝るべきです」
「ちょっと待ちなさい。明日の下着がまだ決まってないのよ」
「どれでもよろしいのでは? 婚約をすぐにしようとしなかったシズト様が一足飛びにそのような事をするとは到底思えないのですが」
「もしかしたらあるかもしれないじゃない」

 これは何を言っても聞かないな、とディアーヌはため息をついた。
 いくつも並べられた扇情的な下着の前で、ランチェッタは夜遅くまで決まる事はなかったという。
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