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第16章 片手間にいろいろしながら生きていこう
幕間の物語143.没落令嬢は丹念に洗った
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ドラゴニア王国最南端の領地を治めるドラン公爵の領都ドランに、シズトが生活していた屋敷があった。
今はもうシズトが使う事はほとんどないが、誰かが管理しなければならないという事でモニカが指揮をしつつ管理をしていた。
黒い髪に黒い瞳の彼女は、元々は貴族令嬢だったが、両親の死をきっかけに没落し、奴隷にまで身を落とした。だが、奴隷として彼女を買ったのは、異世界からやってきたシズトという少年だった。その結果、モニカは短期間で奴隷から解放されるに至った。
けれど、これまで通りの生活を望んだ彼女は、奴隷から解放されてもやる事に変わりはなかった。
彼女の首元には、奴隷という事を示す黒い首輪はすでにないが、代わりに黒いチョーカーを着けている。ロングスカートタイプのメイド服を着ていて、今日も仕事に励んでいた。
奴隷たちに指示を出しながら来客の対応もして、報告すべき事項があればダンジョン産の紙に記録を残し、指示通りに奴隷たちが働いているかも監督する。
慣れた様子でテキパキとこなしているとあっという間に日が暮れ始めていた。
「門を閉めておいてください」
「分かりました」
この屋敷に住み込みで働いている奴隷たちを守るために購入された戦闘奴隷の一人が丁寧にお辞儀をして外に出て行く。
後の事は近くに残っていた眼鏡をかけ、首に奴隷の首輪を着けた初老の男性に任せてモニカは地下に降りる。
淡く光り輝いている転移陣に乗ると、瞬時に世界樹ファマリーの根元に置いてある転移陣の上に転移していた。
誰かが転移してきた事に気付いたのか、小さなドライアドたちが集まってきて彼女の周りを囲み、ジッと見上げてきたが、首につけられていたチョーカーを見ると「いじょーなーし!」と言って離れていく。
首につけられているチョーカーだけで判断するのは安全なのだろうか、と疑問に思いながらもモニカは屋敷に帰った。
モニカは夕食の際にシズトたちと一緒に食卓を囲んで食事をした。
普段であればシズトたちが食事を終えた後に食事をしていたのだが、今日は若干状況が異なるのでそうなった。
黙々と食事を終えて向かうのは二階にある自室だ。
一人で生活するには十分の広さの部屋には、少しずつ家具が増えてきていた。
クローゼットの中には仕事着であるメイド服がずらりと並んでいる。
窓際に置かれた引き出し付きの小さな机の上には何も置かれていない。
シングルベッドの上にはいくつかのぬいぐるみが整然と並べられていた。
モニカは引き出しを開けて大きめのバスタオルと、体を洗う用のタオル、それからバスローブを取り出して机の上に置いた。それから、いくつかの下着と一緒に寝間着も取り出してベッドの上に並べる。いずれもシズトから渡されていたお小遣いで買った品物だった。
「これは流石にシズト様が困ってしまうでしょうからやめときましょう」
そう判断してスケスケのネグリジェをもう一度しっかり畳んで脇に置いておく。それから布面積の少ない黒い下着も合わせて端に寄せておく。
少しの間悩んでいたモニカだったが、お世話係の初日という事も加味して、寝間着は生地が薄めだが露出が少ない可愛らしいネグリジェにして、下着はフリルがついた物にした。
最後に湯浴み着も用意しておいた物を手に取ると脱衣所へと向かった。
脱衣所にはまだ誰もいなかったので籠の中にあらかじめ自分の荷物を入れて、今度はシズトの部屋へと向かう。
三階まで階段を上り、長い廊下を歩いて一番奥の部屋の扉をノックすると、「どうぞー」と声が聞こえた。
扉を開けると、室内がパーテーションで区切られている。
通路を進んで一つ一つ個室を確認していくと、寝室として使われている場所で黒髪の少年シズトが机で何かをしていた。
「お待たせしました、シズト様。お風呂の準備が終わりましたが、いかがいたしますか?」
「んー、もうちょっとで書き終わるから待っててもらってもいい?」
「かしこまりました」
シズトが振り返ってモニカに向けてそういうと、モニカは了承した。
一言「ごめんね」と困った様に笑いながら言うシズトを、じっと見るモニカ。
黒い髪に黒い瞳と、御伽話でよく聞かされた勇者の特徴を持つ少年が目の前にいる。
社交界でよく見かけた端正な顔立ちの男たちと比べると見劣りはしてしまうが、優し気な印象を与える目元が特に好きだった。
シズトは再び机に向かって筆を執る。
ガレオールの女王へ手紙を書いているようだ。
モニカはシズトに配慮して、少し離れたところで様子を窺っていると、書き終わったシズトが振り返って「確認してくれる?」と数枚の便箋を差し出した。
それを受け取って内容を読んでいると、シズトが口を開く。
「ランチェッタ様が、時間が合えばこっちに来て祭りの様子を見てみたい、って言ってるんだけど、とりあえず保留で大丈夫かな?」
「そうですね。念のためレヴィア様経由で国王陛下に確認を取った方が無難でしょう。確認してから手紙を返してもよろしいかと思いますが……?」
手紙には自分では判断できない事なので少し時間が欲しい、という旨の言葉が書いてあった。
シズトはやっぱり困ったように眉を下げながら笑う。
「んー、手紙を楽しみにしている、って前に書かれていたからとりあえず返事だけは来た日に送っておきたいなって」
「なるほど。であれば、この内容のままでよろしいかと」
「そっか。確認してくれてありがと」
シズトは便箋を受け取ると、封筒の中にしまった。それからその封筒を速達箱の中に入れる。
「……それじゃ、お風呂に入ろうかなって思うんだけど……本当に一緒に入るの?」
「そういうお約束ですので」
モニカは既にベッドの上に用意されていた着替え一式と、お風呂に必要な物を持つと、出入り口の方に歩き始めた。
シズトは少しそわそわした様子でその後を追う。
脱衣所では「流石に一緒に着替えるのはちょっと……」と言われたので、少し離れた場所でモニカが先に湯浴み着に着替えた。
ワンピース型のその湯浴み着を見て、少しほっとした様子のシズトだったが、服を脱がされそうになって慌てて「先に浴室行ってて!」と抵抗した。
モニカは大人しく言われたとおりに浴室に向かう。普段だったら一緒に働く仲間たちが好き勝手入っている浴室だったが、今は誰もおらず静かだった。
「……少し緊張しますね」
改めて今から気になっている男の子と一緒にお風呂に入るのだと自覚したモニカはそう呟くが、表情から緊張を読み解く事はできそうにない。
口元を少し綻ばせて綺麗な姿勢で立って待っていると、しばらくしてタオルを腰に巻いたシズトがそろ~っと扉を開けて中の様子を窺ってきた。
モニカと視線が合うとビクッと反応した彼だったが、差し出されたモニカの手に観念したのか浴室に足を踏み入れる。
「それではまず、髪と体を洗いましょう」
「背中だけだからね?」
「存じております」
シズトを風呂椅子に座らせてその後ろで準備をしつつ、モニカはシズトの体をそれとなく見た。
人族の中では平均的な背丈だが、筋肉があまりついておらず、柔らかそうな体だった。
シズトの髪の毛を洗うためにシャンプーを手に取り、揉み込むように彼の頭を洗っていく。
「……上手だね」
「お褒め頂きありがとうございます。奴隷になる前に、侍女として働きに出ていた所で学びました」
「貴族に生まれても働くんだ?」
「そうですよ。地位が低い家の娘でしたから。シズト様の元の世界ではどうだったかは分かりませんが、地位の高い者の家に勤めに出て経験を積み、最終的には王城で働く事を目指すのが一般的ですね」
髪の毛に付いた泡をシャワーで洗い流し、今度は魔道具を使って体を洗う用の泡を量産すると、モニカはその泡を手で掬ってシズトの背中に塗り付けた。
「……タオルで洗わないの?」
「はい、そういう風に習いましたから。……何か問題でもありましたか?」
「問題は今の所ないけど……」
シズトが若干内股気味になったがそれを指摘せずにモニカは背中に泡を塗りつけ、手のひらで擦っていく。
ゆっくりと丁寧に揉み込みながら背中を洗い終えると、体に着いた泡を洗い流す。
「疲れを癒すのであれば手足も揉み込みながら洗いますが……」
「いや、背中以外は自分で洗うからモニカはちょっと離れてて」
「かしこまりました」
その後、パパッと体を洗い終わったシズトだったが「もう少ししっかり洗ってはいかがでしょうか」とモニカに言われ、結局腕だけ追加でモニカに洗われるのだった。
モニカはその事を言わないようにと言われなかったので後日他の世話係に共有し、なし崩し的に洗う部分が増える事になるのはまた別のお話。
今はもうシズトが使う事はほとんどないが、誰かが管理しなければならないという事でモニカが指揮をしつつ管理をしていた。
黒い髪に黒い瞳の彼女は、元々は貴族令嬢だったが、両親の死をきっかけに没落し、奴隷にまで身を落とした。だが、奴隷として彼女を買ったのは、異世界からやってきたシズトという少年だった。その結果、モニカは短期間で奴隷から解放されるに至った。
けれど、これまで通りの生活を望んだ彼女は、奴隷から解放されてもやる事に変わりはなかった。
彼女の首元には、奴隷という事を示す黒い首輪はすでにないが、代わりに黒いチョーカーを着けている。ロングスカートタイプのメイド服を着ていて、今日も仕事に励んでいた。
奴隷たちに指示を出しながら来客の対応もして、報告すべき事項があればダンジョン産の紙に記録を残し、指示通りに奴隷たちが働いているかも監督する。
慣れた様子でテキパキとこなしているとあっという間に日が暮れ始めていた。
「門を閉めておいてください」
「分かりました」
この屋敷に住み込みで働いている奴隷たちを守るために購入された戦闘奴隷の一人が丁寧にお辞儀をして外に出て行く。
後の事は近くに残っていた眼鏡をかけ、首に奴隷の首輪を着けた初老の男性に任せてモニカは地下に降りる。
淡く光り輝いている転移陣に乗ると、瞬時に世界樹ファマリーの根元に置いてある転移陣の上に転移していた。
誰かが転移してきた事に気付いたのか、小さなドライアドたちが集まってきて彼女の周りを囲み、ジッと見上げてきたが、首につけられていたチョーカーを見ると「いじょーなーし!」と言って離れていく。
首につけられているチョーカーだけで判断するのは安全なのだろうか、と疑問に思いながらもモニカは屋敷に帰った。
モニカは夕食の際にシズトたちと一緒に食卓を囲んで食事をした。
普段であればシズトたちが食事を終えた後に食事をしていたのだが、今日は若干状況が異なるのでそうなった。
黙々と食事を終えて向かうのは二階にある自室だ。
一人で生活するには十分の広さの部屋には、少しずつ家具が増えてきていた。
クローゼットの中には仕事着であるメイド服がずらりと並んでいる。
窓際に置かれた引き出し付きの小さな机の上には何も置かれていない。
シングルベッドの上にはいくつかのぬいぐるみが整然と並べられていた。
モニカは引き出しを開けて大きめのバスタオルと、体を洗う用のタオル、それからバスローブを取り出して机の上に置いた。それから、いくつかの下着と一緒に寝間着も取り出してベッドの上に並べる。いずれもシズトから渡されていたお小遣いで買った品物だった。
「これは流石にシズト様が困ってしまうでしょうからやめときましょう」
そう判断してスケスケのネグリジェをもう一度しっかり畳んで脇に置いておく。それから布面積の少ない黒い下着も合わせて端に寄せておく。
少しの間悩んでいたモニカだったが、お世話係の初日という事も加味して、寝間着は生地が薄めだが露出が少ない可愛らしいネグリジェにして、下着はフリルがついた物にした。
最後に湯浴み着も用意しておいた物を手に取ると脱衣所へと向かった。
脱衣所にはまだ誰もいなかったので籠の中にあらかじめ自分の荷物を入れて、今度はシズトの部屋へと向かう。
三階まで階段を上り、長い廊下を歩いて一番奥の部屋の扉をノックすると、「どうぞー」と声が聞こえた。
扉を開けると、室内がパーテーションで区切られている。
通路を進んで一つ一つ個室を確認していくと、寝室として使われている場所で黒髪の少年シズトが机で何かをしていた。
「お待たせしました、シズト様。お風呂の準備が終わりましたが、いかがいたしますか?」
「んー、もうちょっとで書き終わるから待っててもらってもいい?」
「かしこまりました」
シズトが振り返ってモニカに向けてそういうと、モニカは了承した。
一言「ごめんね」と困った様に笑いながら言うシズトを、じっと見るモニカ。
黒い髪に黒い瞳と、御伽話でよく聞かされた勇者の特徴を持つ少年が目の前にいる。
社交界でよく見かけた端正な顔立ちの男たちと比べると見劣りはしてしまうが、優し気な印象を与える目元が特に好きだった。
シズトは再び机に向かって筆を執る。
ガレオールの女王へ手紙を書いているようだ。
モニカはシズトに配慮して、少し離れたところで様子を窺っていると、書き終わったシズトが振り返って「確認してくれる?」と数枚の便箋を差し出した。
それを受け取って内容を読んでいると、シズトが口を開く。
「ランチェッタ様が、時間が合えばこっちに来て祭りの様子を見てみたい、って言ってるんだけど、とりあえず保留で大丈夫かな?」
「そうですね。念のためレヴィア様経由で国王陛下に確認を取った方が無難でしょう。確認してから手紙を返してもよろしいかと思いますが……?」
手紙には自分では判断できない事なので少し時間が欲しい、という旨の言葉が書いてあった。
シズトはやっぱり困ったように眉を下げながら笑う。
「んー、手紙を楽しみにしている、って前に書かれていたからとりあえず返事だけは来た日に送っておきたいなって」
「なるほど。であれば、この内容のままでよろしいかと」
「そっか。確認してくれてありがと」
シズトは便箋を受け取ると、封筒の中にしまった。それからその封筒を速達箱の中に入れる。
「……それじゃ、お風呂に入ろうかなって思うんだけど……本当に一緒に入るの?」
「そういうお約束ですので」
モニカは既にベッドの上に用意されていた着替え一式と、お風呂に必要な物を持つと、出入り口の方に歩き始めた。
シズトは少しそわそわした様子でその後を追う。
脱衣所では「流石に一緒に着替えるのはちょっと……」と言われたので、少し離れた場所でモニカが先に湯浴み着に着替えた。
ワンピース型のその湯浴み着を見て、少しほっとした様子のシズトだったが、服を脱がされそうになって慌てて「先に浴室行ってて!」と抵抗した。
モニカは大人しく言われたとおりに浴室に向かう。普段だったら一緒に働く仲間たちが好き勝手入っている浴室だったが、今は誰もおらず静かだった。
「……少し緊張しますね」
改めて今から気になっている男の子と一緒にお風呂に入るのだと自覚したモニカはそう呟くが、表情から緊張を読み解く事はできそうにない。
口元を少し綻ばせて綺麗な姿勢で立って待っていると、しばらくしてタオルを腰に巻いたシズトがそろ~っと扉を開けて中の様子を窺ってきた。
モニカと視線が合うとビクッと反応した彼だったが、差し出されたモニカの手に観念したのか浴室に足を踏み入れる。
「それではまず、髪と体を洗いましょう」
「背中だけだからね?」
「存じております」
シズトを風呂椅子に座らせてその後ろで準備をしつつ、モニカはシズトの体をそれとなく見た。
人族の中では平均的な背丈だが、筋肉があまりついておらず、柔らかそうな体だった。
シズトの髪の毛を洗うためにシャンプーを手に取り、揉み込むように彼の頭を洗っていく。
「……上手だね」
「お褒め頂きありがとうございます。奴隷になる前に、侍女として働きに出ていた所で学びました」
「貴族に生まれても働くんだ?」
「そうですよ。地位が低い家の娘でしたから。シズト様の元の世界ではどうだったかは分かりませんが、地位の高い者の家に勤めに出て経験を積み、最終的には王城で働く事を目指すのが一般的ですね」
髪の毛に付いた泡をシャワーで洗い流し、今度は魔道具を使って体を洗う用の泡を量産すると、モニカはその泡を手で掬ってシズトの背中に塗り付けた。
「……タオルで洗わないの?」
「はい、そういう風に習いましたから。……何か問題でもありましたか?」
「問題は今の所ないけど……」
シズトが若干内股気味になったがそれを指摘せずにモニカは背中に泡を塗りつけ、手のひらで擦っていく。
ゆっくりと丁寧に揉み込みながら背中を洗い終えると、体に着いた泡を洗い流す。
「疲れを癒すのであれば手足も揉み込みながら洗いますが……」
「いや、背中以外は自分で洗うからモニカはちょっと離れてて」
「かしこまりました」
その後、パパッと体を洗い終わったシズトだったが「もう少ししっかり洗ってはいかがでしょうか」とモニカに言われ、結局腕だけ追加でモニカに洗われるのだった。
モニカはその事を言わないようにと言われなかったので後日他の世話係に共有し、なし崩し的に洗う部分が増える事になるのはまた別のお話。
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