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第16章 片手間にいろいろしながら生きていこう
幕間の物語142.若き女王は夜遅くまで考えた
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両親が亡くなり、若くして海洋国家ガレオールの女王となったランチェッタ・ディ・ガレオールは、即位してからずっと仕事ばかりしていた。
両親が健在だった頃から熱心に国を統治するために必要な事を学んできたのも理由の一つだったが、なによりも自分自身を他の者たちに利用されないようにしたかったからだ。
幼い頃からの友人であり、ランチェッタ付きの侍女でもあるディアーヌは、そんなランチェッタの様子を心配していたが、状況が状況だけに止める事ができなかった。気が付けば行き遅れと陰でささやかれるくらいの歳になってしまったと思いつつも、ディアーヌは言われた通りにランチェッタが望む事をしていた。
ただ、ユグドラシルからシズトという異世界転移者が来てから、ランチェッタは少しずつ変わりつつある。
シズトが王家直轄地の七つの島に転移陣を設置してからはさらに仕事の量が増えたが、仕事終わりにシズトから届いた手紙を読み、返事を書く事が習慣になっていた。
最近は手紙を自室で書いている事もあり、この事をしっているのはごく少数の者だけ。
その事を知らない者たちからは、魔道具の明かりを手に入れてから夜遅くまで仕事をしている、と思われていた。
暑がりの彼女は寝る時、下着しか身に着けていないが、まだやる事があったので白いガウンを羽織っている。ガウンの隙間からは規格外の大きさの胸の谷間が見えていた。
協力的だと思っていた貴族の中の一部の者は、彼女の体を見ては「いつの日か自分の物にして好き放題してやろう」と妄想していた事を、ドラゴニア王国第一王女のレヴィア・フォン・ドラゴニア経由でレンタルした心を読む魔道具で知り、憂鬱な気分になったのは少し前の事だ。
ただ、信頼できると思っていた者たちの中からさらに選別することができ、その者たちに仕事を任せるようになってからは気持ちを切り替えていた。
ショートボブの灰色の髪の上には既に王冠はなく、少しでも小柄な体格を誤魔化すために履いていたハイヒールも脱ぎ捨てている。
自室の外ではあまりかけないようにしている丸眼鏡をかけていた。
彼女は椅子に座り、机の上に置かれている便箋を見て眉を顰めている。
腕を組めば規格外の胸がさらに強調され、今にも零れ落ちそうだ。
だがその光景を見る者はこの部屋には一人しかいない。
ランチェッタの幼馴染であり身の回りの世話をする侍女でもあるディアーヌだ。
メイド服を着た褐色肌の彼女に、ランチェッタは視線を向けた。
「……書く事がなくなってきたわ。ディアーヌ、何を書けばいいと思う?」
「そうですね、幼少時代の事を書いてみてはいかがでしょうか?」
「幼少時代の事と言われても……勉学に励んでいた記憶しかないわね」
「その勉学に飽きたら抜け出して怒られた事があるじゃないですか」
「そんな事あったかしら?」
「度々ありました。あと、よくおやつをつまみ食いするために厨房にお邪魔していました。晩御飯をいつも食べ切る事ができなくて、心配されていましたね」
「そうだったかしら? 全然覚えてないわ」
「では、退屈なパーティーに参加させられて不機嫌な時に、執拗に言い寄ってきた不敬者を身体強化を全力で使って殴り飛ばした事は?」
「私がそんな事をする訳ないでしょう。ディアーヌ、話題がないからと言って話を作ってはいけないわよ?」
「作ってなんていませんよ」
「………」
「………」
しばし黙って見つめ合った二人だったが、結局ランチェッタが幼少の頃の事を手紙に書く事はなかった。
ディアーヌは「それなら心を読む魔道具を貸していただいたお礼をもう一度書いて、そのおかげで時間に余裕ができたから今度の料理大会の時にファマリアを訪れたいと申し出てみては?」と提案し、ランチェッタはそれならありだ、と思って手紙を書き始める。
「シズト殿は料理大会の審査員ではないのよね?」
「そうですね。奴隷たちが緊張する可能性が高いからだとレヴィア王女殿下が仰っていましたね」
「そうだったわね。……見学の時にシズト殿にファマリアの案内をお願いするのは迷惑かしら?」
「どうでしょう? 書くだけ書いても良いと思いますが……」
「そうね。シズト殿だったら嫌だったら断るでしょうし」
「できればシズト殿と二人で町を回る事ができたらいいですね」
「そうね。まあ、断られてしまったとしても、手紙で教えてくれたシズト殿が信仰している三柱の教会を見てみたいわね。あと、魔動独楽も見てみたいわ。実際どれくらい回転しているかによっては、何かに利用できるでしょうし」
「浮遊台車の方が重要度は高くないですか?」
「手紙だけでも利用価値が分かっているから実際に見るのは後回しでもいいわ。ボウリングもできたらいいんだけれど、今はシズト殿かドラゴニアの国王しか所有していないそうだし、難しいかしら」
うーん、と首を傾げて考えるランチェッタを、ディアーヌは温かい眼差しで見守っている。
結局、夜遅くまで手紙を書いては書き直してを繰り返していたため寝る時間が遅くなってしまったが、ランチェッタは次の日の仕事に支障は出さなかった。
両親が健在だった頃から熱心に国を統治するために必要な事を学んできたのも理由の一つだったが、なによりも自分自身を他の者たちに利用されないようにしたかったからだ。
幼い頃からの友人であり、ランチェッタ付きの侍女でもあるディアーヌは、そんなランチェッタの様子を心配していたが、状況が状況だけに止める事ができなかった。気が付けば行き遅れと陰でささやかれるくらいの歳になってしまったと思いつつも、ディアーヌは言われた通りにランチェッタが望む事をしていた。
ただ、ユグドラシルからシズトという異世界転移者が来てから、ランチェッタは少しずつ変わりつつある。
シズトが王家直轄地の七つの島に転移陣を設置してからはさらに仕事の量が増えたが、仕事終わりにシズトから届いた手紙を読み、返事を書く事が習慣になっていた。
最近は手紙を自室で書いている事もあり、この事をしっているのはごく少数の者だけ。
その事を知らない者たちからは、魔道具の明かりを手に入れてから夜遅くまで仕事をしている、と思われていた。
暑がりの彼女は寝る時、下着しか身に着けていないが、まだやる事があったので白いガウンを羽織っている。ガウンの隙間からは規格外の大きさの胸の谷間が見えていた。
協力的だと思っていた貴族の中の一部の者は、彼女の体を見ては「いつの日か自分の物にして好き放題してやろう」と妄想していた事を、ドラゴニア王国第一王女のレヴィア・フォン・ドラゴニア経由でレンタルした心を読む魔道具で知り、憂鬱な気分になったのは少し前の事だ。
ただ、信頼できると思っていた者たちの中からさらに選別することができ、その者たちに仕事を任せるようになってからは気持ちを切り替えていた。
ショートボブの灰色の髪の上には既に王冠はなく、少しでも小柄な体格を誤魔化すために履いていたハイヒールも脱ぎ捨てている。
自室の外ではあまりかけないようにしている丸眼鏡をかけていた。
彼女は椅子に座り、机の上に置かれている便箋を見て眉を顰めている。
腕を組めば規格外の胸がさらに強調され、今にも零れ落ちそうだ。
だがその光景を見る者はこの部屋には一人しかいない。
ランチェッタの幼馴染であり身の回りの世話をする侍女でもあるディアーヌだ。
メイド服を着た褐色肌の彼女に、ランチェッタは視線を向けた。
「……書く事がなくなってきたわ。ディアーヌ、何を書けばいいと思う?」
「そうですね、幼少時代の事を書いてみてはいかがでしょうか?」
「幼少時代の事と言われても……勉学に励んでいた記憶しかないわね」
「その勉学に飽きたら抜け出して怒られた事があるじゃないですか」
「そんな事あったかしら?」
「度々ありました。あと、よくおやつをつまみ食いするために厨房にお邪魔していました。晩御飯をいつも食べ切る事ができなくて、心配されていましたね」
「そうだったかしら? 全然覚えてないわ」
「では、退屈なパーティーに参加させられて不機嫌な時に、執拗に言い寄ってきた不敬者を身体強化を全力で使って殴り飛ばした事は?」
「私がそんな事をする訳ないでしょう。ディアーヌ、話題がないからと言って話を作ってはいけないわよ?」
「作ってなんていませんよ」
「………」
「………」
しばし黙って見つめ合った二人だったが、結局ランチェッタが幼少の頃の事を手紙に書く事はなかった。
ディアーヌは「それなら心を読む魔道具を貸していただいたお礼をもう一度書いて、そのおかげで時間に余裕ができたから今度の料理大会の時にファマリアを訪れたいと申し出てみては?」と提案し、ランチェッタはそれならありだ、と思って手紙を書き始める。
「シズト殿は料理大会の審査員ではないのよね?」
「そうですね。奴隷たちが緊張する可能性が高いからだとレヴィア王女殿下が仰っていましたね」
「そうだったわね。……見学の時にシズト殿にファマリアの案内をお願いするのは迷惑かしら?」
「どうでしょう? 書くだけ書いても良いと思いますが……」
「そうね。シズト殿だったら嫌だったら断るでしょうし」
「できればシズト殿と二人で町を回る事ができたらいいですね」
「そうね。まあ、断られてしまったとしても、手紙で教えてくれたシズト殿が信仰している三柱の教会を見てみたいわね。あと、魔動独楽も見てみたいわ。実際どれくらい回転しているかによっては、何かに利用できるでしょうし」
「浮遊台車の方が重要度は高くないですか?」
「手紙だけでも利用価値が分かっているから実際に見るのは後回しでもいいわ。ボウリングもできたらいいんだけれど、今はシズト殿かドラゴニアの国王しか所有していないそうだし、難しいかしら」
うーん、と首を傾げて考えるランチェッタを、ディアーヌは温かい眼差しで見守っている。
結局、夜遅くまで手紙を書いては書き直してを繰り返していたため寝る時間が遅くなってしまったが、ランチェッタは次の日の仕事に支障は出さなかった。
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