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第16章 片手間にいろいろしながら生きていこう

286.事なかれ主義者は初めて知った

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 本館で働いてくれていた奴隷たちを解放した後、ブライアンさんはホムラから謝礼を受け取るとそのまま帰る事になった。
 屋敷の外まで見送りに出ると、赤色のワイバーンが騎手と一緒に待っていた。ブライアンさんが来るまで大人しく丸まっていたようだ。

「……大きいね」
「まあ、成体のワイバーンみてぇだからな。そりゃでけぇだろ」
「一部のギルドは飼い慣らして、ああして移動に利用したり軍事的に活用したりしているのよ?」
「へー」

 ラオさんとルウさんの解説を聞きながら物珍しく赤いワイバーンを見ていると、ワイバーンはブライアンさんともう一人の男の人を乗せるとすぐに飛び立ってしまった。騎手の人が慌てた様子で手綱を操っているのが見える。

「何かいきなり飛び立ったけど大丈夫かなぁ」
「まあ、誰も落っこちてねぇから大丈夫なんじゃねぇか?」
「なんであんなに急いでたんだろうね。日が暮れて時間が経てば経つほど魔物がいっぱい出るからかな?」
「竜騎士としてはそうかもしれないけど、お姉ちゃんとしては別の理由があると思うわ」

 ルウさんがスッと視線を世界樹の方に向けた。
 釣られてそちらを見ても、夜の闇の中に世界樹が聳え立っている様子しか見えない。
 僕の近くで静かに控えていたホムラが口を開いた。

「おそらくフェンリルのテリトリーから少しでも早く離れたかったのかと思います、マスター」
「あー、なるほど」

 いつも木の根元で丸まって寝ているから全然意識してなかったけど、そういえばフェンリルも高ランクの魔物だったな。

「純粋に力比べとなったら半端なドラゴンよりはフェンリルのがつえぇからなぁ。当然と言えば当然だよな」
「普段はただの毛玉なのにね」

 そんなに強い魔物には見えないけど、一歩町の外に出ると魔物たちの血肉が飛び交うからやばいよね。
 面倒な事になるのは嫌だし、敵対する事がないように気を付けないと、と改めて思った。



 ブライアンさんを見送った後は食事、という事だったのだが、本館の奴隷たち全員が奴隷から解放されたという事で、お祝いの宴会をする事となった。
 レヴィさんがどこかからか連れてきた人たちが料理の準備や給仕をしてくれて、本館に住んでいた奴隷の皆も含めて、全員で食事をする。

「酒の匂いがするぞ!!」

 そんな声と共に大きく扉が開かれた。
 扉を開いたのはずんぐりむっくりな体型のドワーフ、ドフリックさんだ。
 我が物顔でドフリックさんも宴会に加わり、ドフリックさんだけ参加するのは不公平だから別館の人たちも一緒に楽しむ事となった。
 魔道具師のボルドは姿を見せないけど……まあ、彼はそういう人だから、と割り切って給仕の人に部屋まで持って行ってもらう。
 彼らを見送っていると、ぬっと図太い腕がワインボトルを差し出してきた。
 赤ら顔のドフリックさんが胡乱気な様子で僕を見ている。

「お主、全然飲んでないのか。ほら、もっと飲め!」
「僕はまだ大人じゃないからジュースで……」
「なんじゃ、儂の酒が飲めないのか」
「私が代わりに飲んでやるじゃん」

 ひょいっとドフリックさんからワインボトルを搔っ攫ったのは狼人族のシンシーラだった。
 彼女はボトルから直接ぐびぐびと飲んでいく。
 上を向いて一気飲みした彼女の首元には、魔法陣が刻まれた首輪があった。

「奴隷の首輪を外したのに、それがあるとやっぱり前と変わらない感じになっちゃうよね。やっぱり腕輪にしようか?」
「必要ないじゃん。これはもう貰ったものだから返すつもりもないじゃん!」

 ボワッと栗毛色の尻尾を逆立たせたシンシーラが大きな声でノーと告げる。
 どうしたものか、と視線を彷徨わせていると、同じ魔道具を首に嵌めたエミリーと目が合った。

「んー……エミリーはどう思う?」
「わ、私も返すつもりはないです! 腕に着けていると邪魔ですから!」
「ふーん……ペンダントタイプとかもできそうだよ? それなら邪魔にならないんじゃないの?」
「そ、そうですけど……」

 歯切れ悪くもにょもにょと口元を動かすエミリーは、狐人族の少女だ。
 お酒をだいぶ飲んでいるのか、顔が赤くなっている。
 シンシーラの方を見ると、彼女も頬が赤くなっていてそっぽを向いてしまった。
 ……魔道具がうまく機能してないのかな。
 うーん、と首を傾げているとドフリックさんが何やら思案気な様子で僕たちの様子を見ていたけど、そっと近づいてきて耳を貸せとジェスチャーで伝えられた。
 腰を屈ませてドフリックさんの顔の近くに耳を持っていく。……酒臭い。

「……シズト。お主、小娘共に首輪をプレゼントしたのか?」
「プレゼント……っていえばそうなるのか。したね」
「そうか。そう言えばお主、異世界から来たとか何とか言っておったのう。だったら知らなくても仕方ないと言えばそうなんじゃが……獣人の娘にな、男が首輪をプレゼントするという事はつまり、プロポーズのような物なんじゃ」
「……はい?」
「強者を尊ぶ者たちじゃからな。強い者が首輪を相手に送るという事は『俺の物になれ』という意味合いが強いとかそんな感じじゃった気がするのう。奴隷の首輪はそういう物じゃから、そうとは捉える者はいないがな。それとは別に首輪をプレゼントしたという事は、そういう事なんじゃ。お主がそういうつもりはなくとも、獣人の娘っ子共が勘違いしても仕方あるまい?」

 ドフリックさんは言いたい事を言い終わると、バンバンと強く僕の背中を叩く。

「してしまった事は仕方ない。しっかりとしでかした事の責任を果たすのが男というものじゃ」
「パパンが言っても説得力ない。酒のトラブル、解決するのいつも周りの人」
「そうだったかのう、覚えとらんわーい」
「……シズト、パパンに酔い覚ましの首輪作って」
「ちょっと、今それどころじゃないっす……」

 耳をピーンと立たせてこちらの話を聞いている様子の二人をどうするか、ちょっと考えないといけないので……。
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