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第14章 海洋国家を観光しながら生きていこう

幕間の物語119.用心棒はどうでもよかった

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 獣人の国の首都スプリングフィルドに魔道具店サイレンスができてから一カ月以上が過ぎた。
 一カ月の間に、店主であるライデンを捕えようと幾度も獣人たちが襲撃したが、ライデンがBランク冒険者を何度か撃退していると来なくなった。
 それ以上強い者をとなると、もしもライデンが勝ってしまった時、獣人たちにとって不都合な事になる可能性が高いからだったが、ライデンは「なんか暇になったな」くらいにしか感じておらず、理由に興味がなかった。
 彼は、シズトから任された店と教会さえ無事であれば、獣人が何をしようとどうでもよかった。
 今日もライデンは早朝になると小さな教会から出てくる。
 そのライデンを待っていた数人の男女がいた。
 二週間ほど前に国に雇われ、ライデンを捕えようとしたBランク冒険者たちだった。
 彼らはライデンに負けた翌日から暇があればライデンの周りをウロチョロしては手伝いをするようになっていた。

「親分! おはようございます!」

 大柄な熊人族の男ランショーが代表して挨拶をするが、ライデンは気にした様子もなくサイレンスに足を向ける。

「親分! 通りを綺麗にしておいたわよ!」

 そんなライデンに慣れた様子で、眼鏡をかけた猫人族の女アビゲイルがニコニコしながらライデンの隣を歩く。
 だが、ライデンは手入れが行き届いている細く長い尻尾が体に触れても興味がなさそうに大きく欠伸をするだけだ。

「親分、アタイは教会の像をピカピカに磨くぞ!」

 ぼろ布と水が入ったバケツを持ち、ライデンと同じくらいの背丈の狼人族の女コニーが宣言すると、教会に走っていく。
 ライデンにも聞こえているはずだったが、彼は反応せずサイレンスの扉を開けると店の中に入る。

「親分! 私は店内の掃除をしますね!」
「ずりぃぞテメェ! 何どさくさに紛れて親分の近くで仕事しようとしてんだ! ちょっと表出ろや!」
「うるさいわね、早い者勝ちよ!」

 兎人族の小柄な女性キャリーナとランショーが口喧嘩を始めたが、ライデンはロッキングチェアに腰かけるだけで特に何も言わない。
 ライデンの膝の上にアビゲイルがちょこんと座っても、眉をピクッと動かしただけだった。

「親分。傘下に入りたいと集まってきた冒険者とクランを作る予定です。リストをご覧になりますか?」
「興味ねぇよ」
「左様でございますか。では、私の方で対応しておきます」

 狐人族の男デイモンドは紙を鞄にしまうと、ぺこりと一礼して店から出て行く。
 冒険者たちの中で唯一返事を貰えた彼は、上機嫌で冒険者ギルドへと向かった。
 ライデンは目の前で口論しているキャリーナとランショーを小さなお客様が来るまで放っておこうと決めると、椅子に揺られながらのんびりと過ごすのだった。その膝の上ではアビゲイルがウトウトと微睡んでいた。



 午前中、サイレンスにお客は来なかった。
 ライデンが昼休憩にしようと思う頃には、何もなかった店内に長机と椅子が運び込まれ、その上にはたくさんの料理が並んでいた。
 どれもデイモンドが屋台で買ってきた物だ。

「ギルドに寄ったついでに買ってきました。親分はこちらにお座りください」
「何さりげなく自分の隣に誘導してんだよ! いつも通りですよね、親分!」

 ランショーがニコニコしながら椅子に座る。その隣は普段ライデンが座っている場所の近くだった。
 ライデンは考えるのが面倒だからと手近な場所に座る。

「オイラとしては食わなくても問題ないんだけどな」
「そんな事言わずに、私たちと一緒にお酒飲もうよ、親分!」
「昼から酒は良くないぞ!」
「だったらアンタは飲まなければいいんじゃないの?」
「飲まないとは言ってないだろー」

 アビゲイルとコニーの酒瓶の奪い合いが始まったが、気にした様子もなくライデンは手を合わせた。
 合わせられた際に鳴った音に好き勝手話をしていた全員がビクッと反応し、ぴたりと争うのをやめて椅子に座って手を合わせた。

「いただきます」

 ライデンの声の後に復唱すると、食事が始まった。
 ライデンは手近な物を口の中に運ぶ。
 その様子をデイモンドが観察していたが、どれを食べても彼の表情が変わる事はない。
 好物を探っていた彼だったが、表情からは読み取れそうもないため、自分で聞く事にしたようだ。

「親分はどの料理がお好みでしたか?」
「どれも変わんねぇな」
「左様でございますか……夜は別の物を買ってきます」

 座ったままぺこりと一礼したデイモンドを、ジロリとランショーが睨む。

「それよりデイモンド、クラン設立の申請通ったのかよ」
「問題なく通った。ギルド側も親分の力を認めているのだろう」

 冒険者ギルドは、冒険者たちがクランという組織をパーティの垣根を越えてお互いを助け合う事を認めていた。
 国によってその基準が若干異なるが、獣人の国アクスファースのように国自体が力を特に重視する場合、クランマスターには何よりも強さが求められた。
 その審査が通ったという事は、それだけライデンがギルドやこの国の者たちに一目置かれている事が分かる。
 酒の奪い合いに勝利して、上機嫌に飲んでいたアビゲイルがデイモンドを見る。

「それで、名前は結局どうしたのよ?」
「親分の名前を使いたいと思ったが断られ、親分がこの店と同じ名前をご所望だったからそうした」
「ふーん」

 ライデンの名前でないと聞いた段階で興味を失ったアビゲイルはまたちびちびと酒を飲み始めた。
 その隣では、酒を手に入れられなかったコニーがやけ食いをしていた。
 だが、一度手を止めてライデンを見る。

「……結局、親分はアタイたちのクランのクランマスターになってくれた、って事でいいのか?」
「別に、オイラは何もする気はねぇけど、それでいいなら構わんぞ。お前ら便利だしな」

 ライデンとしては「クランマスターになったとしてもやる事は何もない」とデイモンドに言われていたのでどうでもよかった。
 こうして、獣人の国アクスファースに、サイレンスというクランが出来上がったのだった。
 ライデンはこの事も主であるシズトに伝えるべきかと若干考えたが、結局いつも送っている手紙には書かなかった。
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