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第14章 海洋国家を観光しながら生きていこう

幕間の物語113.借金奴隷は去勢はさせたくない

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 ドラゴニア王国の最南端に広がる不毛の大地に聳え立っている世界樹ファマリーの根元には、その世界樹の世話をしている者の屋敷がある。
 三階建てのその大きな屋敷の三階で、今日もせっせと魔道具作りに勤しんでいるのはエルフと人間の間に生まれたハーフエルフのノエルだ。
 無造作に波打った金色の髪の毛は、寝癖を直していない事もありいつも以上に爆発していた。
 だが、そんな事を気にした様子もなく、朝ご飯を食べ終えた彼女は作業机に腰かけて、特殊なペンで魔法陣を描いていく。
 最近、ウェルズブラの女性たちに人気の『ぬくぬくコート』を生産している彼女は、ぶつぶつ文句を言いながら作業に取り組んでいた。

「シズト様、どんどんお店建てるから困るっすよ。せめて売り物が揃ってから作って欲しいっす。人手はいくらあっても足りないって言うのに、一から育てなきゃいけないのは面倒臭いっすー。いっその事、ドタウィッチにいる魔道具師を根こそぎ拾ってきてほしいっす~」

 ドタウィッチ王国は、ドラゴニアの南にあるエンジェリア帝国のさらに南にある国だ。
 魔法が盛んな国で、王立の魔法学園はとても有名な場所だ。大陸中から魔法を学ぶために留学する者たちが後を絶たない。ドラゴニア王国からも数名、留学している者たちがいる。
 そこであれば魔道具師の卵もいるかもしれない、と考えた彼女はそう言ってみたが、すぐに首を横に振ってため息をついた。

「……はぁ。シズト様の近くにいると毒されてダメっすね。魔道具師なんてなるくらいなら、冒険者の魔法使いになった方がよっぽど稼げるっすもん。研究者たちなら魔道具の解析をしたいからってお得意様になってはくれるかもしれないっすけど、研究設備が整っている向こうからこっちにわざわざ移動してくるわけないっす。っていうか、ここに入ったらひたすら働かされて、魔法陣の研究なんてこれまで通りできないっすもんね」

 実際、自分も研究をそれほどできていないし、と彼女は唇を尖らせる。
 シズトの奴隷になる前は、魔道具に関わる事ができれば奴隷のままでもいいかな、なんて事を思っていたが、人もエルフも欲深い生き物だ。その間に生まれたハーフエルフもそうだったとしても仕方のない事だろう。
 ノエルは最近、魔道具と関わる事ができても研究ができなければ意味がないと感じていた。

「真綿で首を絞められている気分っす」
「師匠っ! おはようっ!」
「うーっす」
「あーはいはい、おはようっす」

 ため息をついたノエルの部屋にやってきて、元気に挨拶をしたのは小柄な少女はエルヴィス。
 シズトに買われたドワーフで、その見た目といろいろな小物を作る事ができるため、結構な高値だった。
 赤い髪の毛と同色の目は、まだ地獄を知らないため爛々と輝いている。

「いやー、いつもいつも美味しい食事があるっていいなっ! 寝床はふかふかっ! 奴隷が増えるまでは一人部屋っ! 奴隷とは思えない好待遇だっ!」
「そうっすね、奴隷っぽい扱い方はされないのはすごくいいっすよね。ボクですらまだ夜のお相手をした事がないっすもん」
「そうなのか、師匠っ」
「じゃあ俺とやっちゃう? 俺、奴隷になる前は結構な女と遊んだからけっこー上手いと思うんだよねー」

 へらへらと笑いながらノエルの肩を気安く触るのは人族の男エイロンだ。
 にやにやとしながらノエルのわずかに膨らんだ胸に視線を向けていた。
 ノエルはちらりとエイロンを見上げ、それから彼の股間に視線を向けてから鼻で笑った。

「そんな事したらお前の粗末な物が潰されるっすよ。馬鹿な事言ってないで、さっさと朝の日課を済ませるっす。その後は廉価版の試作をどんどんするんすから。この前のコップの魔道具みたいに、多少の欠点があっても売れるんすから、少しでも師匠の負担を軽くするっす」

 ノエルに促されたエルヴィスは、エイロンの尻を一発蹴り上げると自分の所定の席に着く。
 エイロンは痛みからしばらく床を転がっていたが、ノエルもエルヴィスも気にも留めずに自分の作業をしていた。



 ノエルの弟子の朝の日課は、オートトレースを用いて魔法陣をなぞり書きする所から始まる。
 魔法陣を描く際に、ペンに魔力を込めながら作業をしていくのだが、一定量の魔力を維持する必要があり、均一な線を引くのが難しい。
 歪な線で描かれた魔法陣は無駄が多く、必要以上の魔力を消費してしまう原因になる。また、シズトが作る複数の魔法を【付与】した物を再現しようとすると、線の細かい部分がくっついてしまって発動しなくなってしまう事が多い。
 たとえ発動したとしても、元々のものとは異なる効果を発動する事もある。以前エルヴィスが作ってたまたま出来上がった『魔法のコップ』と名付けられた水を生み出すコップもそうだった。
 元々は魔力を流すと水が魔法陣から湧く物だったが、魔法のコップは一度発動すると水が既定の量に達するまで強制的に魔力を取り続ける代物だった。
 それはそれで罠としても使えそうだと思ったノエルだったが、魔法陣の線の歪みを意図的に生み出す事ができず、結局断念していた。

「師匠、お昼の時間だぞっ」
「そうっすか。エミリーが届けてくれるだろうし、それまで続けるっす」
「エミリーちゃんが俺のイデデデデデッ!」
「だから、シズト様の物に手を出そうとするんじゃねぇっ」

 エイロンが鼻の下を伸ばして妄想をしようとしたところで、すぐ隣に座って作業をしていたエルヴィスが、身体強化をフルに使ってエイロンの手首を握りしめている。
 その様子を眺めながらノエルはため息をつく。

「シズト様はお互いが望んでいればオッケー出しそうっすけどね」

 ただ、本館で仕事をしている者たちはシズトに好意を持っているから、手を出さないように釘を刺しとかないとホムラが去勢をしそうだ、なんて思いながらノエルはエミリーが昼食を運んで来るまでせっせと『ぬくぬくコート』作りに励んだ。
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