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第11章 旅の準備をしながら生きていこう
幕間の物語93.そばかすの少女は一番最初に受ける
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ドラゴニア王国の最南端に広がる不毛の大地に聳え立つ世界樹ファマリー。
それを取り囲むように拡張工事が行われている真っ最中のファマリアという町では、日に日に人が増えている。
国の依頼を受けて派遣された職人集団だけではなく、仕事があると噂を聞いた出稼ぎの職人たちもやってきていて、魔道具の明かりを頼りに夜遅くまで働いていた。
建築工事が行われている場所の騒音が問題になっていたが、少し前に異世界人が作った遮音結界のおかげで、誰も困る事なく工事がどんどん進んでいく。
新しい建物が作られるたびに、ドラゴニアに限らず周辺諸国からも選別されて買われた奴隷たちが運ばれてくる。
とにかく安くたくさん買っているため、怪我をして値が下がった者や、見栄えの悪い者たちが殆どだった。
「異世界人が主人だったら酷い事もされないだろうから、安心しなさい」
奴隷を連れてきた商人が、小さな子どもたちに言い聞かせている様子が、この町では時々見かける事がある。
その言い聞かせている奴隷商は、訳アリの者たちや飢饉や魔物の襲撃を受けた村から買い集めた奴隷たちを、少しでも待遇のマシな所に売ろうとしていたため、安堵した様子だ。
その表情を見て、奴隷たちも不安そうだったが、泣いている子は誰もいなかった。
細身の奴隷商は、自分の背後で成り行きを見守っていた二人の奴隷に視線を移した。
「それじゃあ、後の事はよろしく頼むよ」
「わかったわ。……商人がわざわざ運んでくるなんて珍しいわね」
「そうだね、リオ」
商人が馬車を操って離れていくのを見送りながら、二人の女奴隷が同じ事を思う。
商人の風貌を思い出し、ため息をついたのは赤いおさげの女奴隷リオノーラだ。
つり目がちな赤い目がより、真面目で厳しそうな雰囲気を見る者に与えている。
彼女は離れていく馬車を見送りながら、あの商人の無事を祈った。
あの商人は、善意で目の前にいる幼子や、値が付かないような者たちを引き受け、自分が連れてくる事で人件費を削り、食費も切り詰めてわざわざこの町に運んできたのだ。それ以外にも、自分の目で見て確かめるまで売れない、とも考えていたのかもしれない。
普段は国の兵士が連れてくるのが普通だが、彼の様な商人も時々いる。
いつまでも見送っていても仕方ないと、あの商人の安全を祈るのをやめて、不安そうに身を寄せ合っている新参者たちを見る。
「アンタたち、ぼさっとしてないでさっさとこっちに集まりなさい! ヘレン、アンタもいい加減言われる前に動きなさいよ!」
「あ、ごめん! ほらほら、こっちに集まってー。お風呂に行くよー」
新しくやってきた奴隷たちの中にいた数人の男の奴隷は、男性用の公衆浴場の前で待機していた火傷痕が治って人前で意欲的に働くようになった奴隷に任せ、ヘレンとリオノーラはぞろぞろと年代がばらばらな奴隷たちを連れて公衆浴場に入って行く。
「これは、本当にすごいわね」
「すごいでしょ! この施設も、ここにある物全てもシズト様の物だから好きに使っていいのよ」
新参者の中で唯一、白髪交じりの中年の女性が、脱衣所を見回しながら呟いたのを聞き逃さず、リオノーラは全くない胸を張って自慢した。
そばかすがトレードマークの少女ヘレンはそんな彼女を放っておいてボケーッとしている小さな子たちをまとめて脱衣スペースに案内して服を脱がしていく。
「みんなで一緒に行くから、勝手に動かないでね」
主人ではないため彼女の発言に拘束力はないが、聞き分けが良い小さな女の子たちを待たせて、ヘレンも服を脱いだ。
あの商人はしっかりと教育もしていたようだと、ヘレンは心配そうに何度も御者台に乗るまで振り返っていた細身の商人を思い出した。
「シズト様にあの商人さんの事お伝えしてみようかな……」
そうしたら何かしら便宜を図ってくれるかもしれない。
文字が書けるようになったら目安箱に入れる意見候補の一つとして、覚えておこうと思うヘレンだった。
お風呂で自分の体をしっかり洗えない奴隷たちを、丸洗いするのにも慣れたヘレンは、昨夜寝る前に、しっかりと起きてからする事を考えていた事もあり、時間通りに部屋から出発する事ができた。
彼女が向かうのは、新しくできた研修所と呼ばれる施設だった。
木造建築のその建物は周りの建物よりも大きく、運動ができるようにと敷地も十分確保されている。
その研修所は、奴隷たちを教育するためだけに使われる事が決まっており、今日から稼働し始める事になっていた。
ファマリアに住む奴隷たちは五日間ローテーションで仕事をこなし、一日は自由に過ごす事を許され、一日はこの研修所で知識を深める事を、彼女たちの主によって新しく義務付けられた。
だからヘレンはこの研修所にやってきた。
彼女のように、今日勉強をする予定の奴隷たちも集まっている。
午前の部と午後の部に分けられているはずだったが、今日休みの奴隷と午後の部の奴隷もいたため、研修所の周りは混み合っていた。
小さな子どもたちが溢れかえる研修所の入り口の引き戸をガラッと開けて、足を引きずりながらモジャモジャの髭の男が出てきて、声を張り上げる。
「関係ねぇチビ共はさっさと散れ!!」
「おい、ダンカール。怒鳴ると泣いて面倒だろうが。関係ない奴らは建物には入るんじゃねぇぞ。分かったな!!」
「はーい!」
「ったく、返事だけは良いんだよなぁ。ほんとに分かってるんだか」
「エドワードだって声でけぇじゃねぇか」
眼帯をした男エドワードに文句を言いながら、建物の奥に進んでいくダンカールを追い越して、今日ここで学ぶ予定の小さな奴隷たちが建物の中を走り回る。
ヘレンも取り残されないように、人ごみをかき分けて研修所に入って行くのだった。
それを取り囲むように拡張工事が行われている真っ最中のファマリアという町では、日に日に人が増えている。
国の依頼を受けて派遣された職人集団だけではなく、仕事があると噂を聞いた出稼ぎの職人たちもやってきていて、魔道具の明かりを頼りに夜遅くまで働いていた。
建築工事が行われている場所の騒音が問題になっていたが、少し前に異世界人が作った遮音結界のおかげで、誰も困る事なく工事がどんどん進んでいく。
新しい建物が作られるたびに、ドラゴニアに限らず周辺諸国からも選別されて買われた奴隷たちが運ばれてくる。
とにかく安くたくさん買っているため、怪我をして値が下がった者や、見栄えの悪い者たちが殆どだった。
「異世界人が主人だったら酷い事もされないだろうから、安心しなさい」
奴隷を連れてきた商人が、小さな子どもたちに言い聞かせている様子が、この町では時々見かける事がある。
その言い聞かせている奴隷商は、訳アリの者たちや飢饉や魔物の襲撃を受けた村から買い集めた奴隷たちを、少しでも待遇のマシな所に売ろうとしていたため、安堵した様子だ。
その表情を見て、奴隷たちも不安そうだったが、泣いている子は誰もいなかった。
細身の奴隷商は、自分の背後で成り行きを見守っていた二人の奴隷に視線を移した。
「それじゃあ、後の事はよろしく頼むよ」
「わかったわ。……商人がわざわざ運んでくるなんて珍しいわね」
「そうだね、リオ」
商人が馬車を操って離れていくのを見送りながら、二人の女奴隷が同じ事を思う。
商人の風貌を思い出し、ため息をついたのは赤いおさげの女奴隷リオノーラだ。
つり目がちな赤い目がより、真面目で厳しそうな雰囲気を見る者に与えている。
彼女は離れていく馬車を見送りながら、あの商人の無事を祈った。
あの商人は、善意で目の前にいる幼子や、値が付かないような者たちを引き受け、自分が連れてくる事で人件費を削り、食費も切り詰めてわざわざこの町に運んできたのだ。それ以外にも、自分の目で見て確かめるまで売れない、とも考えていたのかもしれない。
普段は国の兵士が連れてくるのが普通だが、彼の様な商人も時々いる。
いつまでも見送っていても仕方ないと、あの商人の安全を祈るのをやめて、不安そうに身を寄せ合っている新参者たちを見る。
「アンタたち、ぼさっとしてないでさっさとこっちに集まりなさい! ヘレン、アンタもいい加減言われる前に動きなさいよ!」
「あ、ごめん! ほらほら、こっちに集まってー。お風呂に行くよー」
新しくやってきた奴隷たちの中にいた数人の男の奴隷は、男性用の公衆浴場の前で待機していた火傷痕が治って人前で意欲的に働くようになった奴隷に任せ、ヘレンとリオノーラはぞろぞろと年代がばらばらな奴隷たちを連れて公衆浴場に入って行く。
「これは、本当にすごいわね」
「すごいでしょ! この施設も、ここにある物全てもシズト様の物だから好きに使っていいのよ」
新参者の中で唯一、白髪交じりの中年の女性が、脱衣所を見回しながら呟いたのを聞き逃さず、リオノーラは全くない胸を張って自慢した。
そばかすがトレードマークの少女ヘレンはそんな彼女を放っておいてボケーッとしている小さな子たちをまとめて脱衣スペースに案内して服を脱がしていく。
「みんなで一緒に行くから、勝手に動かないでね」
主人ではないため彼女の発言に拘束力はないが、聞き分けが良い小さな女の子たちを待たせて、ヘレンも服を脱いだ。
あの商人はしっかりと教育もしていたようだと、ヘレンは心配そうに何度も御者台に乗るまで振り返っていた細身の商人を思い出した。
「シズト様にあの商人さんの事お伝えしてみようかな……」
そうしたら何かしら便宜を図ってくれるかもしれない。
文字が書けるようになったら目安箱に入れる意見候補の一つとして、覚えておこうと思うヘレンだった。
お風呂で自分の体をしっかり洗えない奴隷たちを、丸洗いするのにも慣れたヘレンは、昨夜寝る前に、しっかりと起きてからする事を考えていた事もあり、時間通りに部屋から出発する事ができた。
彼女が向かうのは、新しくできた研修所と呼ばれる施設だった。
木造建築のその建物は周りの建物よりも大きく、運動ができるようにと敷地も十分確保されている。
その研修所は、奴隷たちを教育するためだけに使われる事が決まっており、今日から稼働し始める事になっていた。
ファマリアに住む奴隷たちは五日間ローテーションで仕事をこなし、一日は自由に過ごす事を許され、一日はこの研修所で知識を深める事を、彼女たちの主によって新しく義務付けられた。
だからヘレンはこの研修所にやってきた。
彼女のように、今日勉強をする予定の奴隷たちも集まっている。
午前の部と午後の部に分けられているはずだったが、今日休みの奴隷と午後の部の奴隷もいたため、研修所の周りは混み合っていた。
小さな子どもたちが溢れかえる研修所の入り口の引き戸をガラッと開けて、足を引きずりながらモジャモジャの髭の男が出てきて、声を張り上げる。
「関係ねぇチビ共はさっさと散れ!!」
「おい、ダンカール。怒鳴ると泣いて面倒だろうが。関係ない奴らは建物には入るんじゃねぇぞ。分かったな!!」
「はーい!」
「ったく、返事だけは良いんだよなぁ。ほんとに分かってるんだか」
「エドワードだって声でけぇじゃねぇか」
眼帯をした男エドワードに文句を言いながら、建物の奥に進んでいくダンカールを追い越して、今日ここで学ぶ予定の小さな奴隷たちが建物の中を走り回る。
ヘレンも取り残されないように、人ごみをかき分けて研修所に入って行くのだった。
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