上 下
259 / 971
第10章 婚約(仮)をして生きていこう

幕間の物語84.努力家奴隷は明日も手入れをする

しおりを挟む
 ドランにあるシズトの屋敷で狐人族のエミリーは、シズトの奴隷として毎日働いていた。
 奴隷として売られてしまった時は、自分の運命を悲観していた彼女だったが、シズトの奴隷になってからは毎日楽しく過ごしている。
 ただ、そんな彼女にも不満はあった。

「せっかく手入れしてるのに、全然触ってくれないし」

 はぁ、とため息をつきながらも、いつもの日課である尻尾と耳の手入れは欠かさない。
 シズトの視線を強く感じる部分がその二カ所だったので、いつ触られても良いように、シズトの奴隷になってからよりしっかりと手入れをするようになった部分だ。
 髪と同色の白い尻尾を、シズトが作ってくれたブラシでブラッシングをしていく。
 手入れが終わると、彼女は仕事着に着替えて、朝食の支度をする。
 まだ寝静まっている屋敷の中を歩くのはちょっと心細かったりするが、シズトが作った明かりの魔道具のおかげで、暗くて怖い、と思う事はなかった。
 調理場に着くと、獣人奴隷仲間のシンシーラがいた。
 狼人族の彼女もまた、仕事をこなしつつ栗色の尻尾の手入れをしていた。

「何か言伝はあった?」
「特にないじゃん」
「そう。じゃあ普段通りでいいわね」

 朝食のメニューはだいたい決まっていて、パンとスープ、それからサラダが殆どだった。
 サラダは最近家庭菜園で収穫できたものをメインで使うようにしている。過去の勇者が発明したマヨネーズを忘れない。
 シズトは好んで使っていたので少し多めに作っておくべきだろうか、とエミリーは在庫を確認した。
 魔道具化された冷蔵庫の中にはたくさんの食材が保管されていて、マヨネーズも十分な量があった。

「特に作る必要はないわね。スープは今日もコンソメでいいかしら?」
「何でもいいじゃん。シズト様、そこらへんこだわりないみたいじゃん」

 食事の時のシズトは分かりやすい。
 どんな物も残さずに食べるのだが、嫌いな物も好きな物も顔にすぐ出る。
 その情報をしっかり得るために、シズトの顔が見える位置に常にいるようにしていたエミリーも、それは知っていた。
 朝の準備が進むにつれて、シズトの奴隷たちが調理場に集まってくる。
 朝から元気な翼人族の少女パメラを、シャキッとしているエルフのジュリーンが窘める。
 また、うつらうつらしているダーリアをジュリーンは揺さぶり起こす。
 モニカはそれらには関わる事なく、綺麗な所作で行儀よくスープを飲んでいた。
 用意されていた奴隷用の朝食を済ませると、彼女たちは屋敷の外へと出て行った。

「そろそろ私は寝るじゃん」
「おやすみ、シーラ」

 スープの灰汁を取りながら調理場から出て行く彼女を見送るエミリー。
 一人残された彼女は、収穫物が来るまでひたすら灰汁を取り続けた。



 今日も一日、何事も問題がなく終わった。
 夕食の片づけをしながらエミリーは一息つく。

「結局、今日もお昼は触ってくれなかったか」

 あまりぐいぐい行き過ぎてもシズトの迷惑になるから、と配膳をする時に尻尾でわざとシズトの体に触れるくらいしかできなかった彼女は、もう一度ため息をついた。
 愛玩奴隷として売られたはずだったのだが、夜の相手も全くない。
 まあ、酷い扱いをされるよりかはましか、と彼女は気持ちを切り替えて食器をシズトが作った魔道具『魔動食洗器』に入れていく。
 一つ一つ手洗いをしていたのだが、それを見たシズトがササッと作った魔道具だ。
 鉄製の箱みたいな見た目のそれの中に食器や調理器具を入れると中で洗われて綺麗になる代物だった。

「細かい所は分かんないけど思い出せたら作り直すね」

 そんな事を言っていたシズトは、未だに思い出せていないようだ。
 エミリーとしては、十分今の魔道具で満足しているから特にいう事はないのだが。
 明日の食事のための仕込みをしていると、夜が更けて他の奴隷たちは眠ってしまったようだ。
 ピンと立った白くてふわふわの大きな耳で屋敷の中の音を聞いていると、三階の扉が開いた事に気づいた。

「シズト様と……あ、ラオ様も部屋から出てきたわね。今日の当番はラオ様だったから、シズト様起きてるのね。……ジュリウスは足音も気配もないけど、きっといるわよね」

 龍の巣の一件があって以来、ホムラとユキの時以外はシズトは好きな時間に就寝している。
 そのおかげでエミリーとシーラは、シズトとの交流の時間が生まれやすくなって喜んでいた。
 今日はシンシーラは非番の日なので寝ているだろう。
 シズトを独り占めできるかもしれない、と期待しながらも、エミリーは耳を立たせて集中する。
 シズトの気配が三階から一階へと移動しているのを感じると、エミリーは冷蔵庫の中身を見ながら首を傾げた。特にこれといったものはない。
 どうしたものか、と悩みながらもシズトの気配を探っていると、シズトは想定していた通り、ここに向かっているようだ。
 今までやっていた明日の支度をすべて中断して、さも今は休憩中でした、という雰囲気を作った。
 調理場の扉がゆっくりと開かれて、ひょこっとシズトが顔を出した。
 エミリーを見ると、きょとんとした様子で首を傾げながら調理場に入ってくる。

「あれ、エミリーまだ起きてたの?」
「はい。眠る前に温かい物を飲んでおこうかと思いまして。シズト様はいかがなさいましたか?」
「ちょっと小腹が空いたので……」

 つまみ食いをしに来た、と恥ずかしそうにはにかむシズトに、エミリーは微笑を返して、棚に隠していたクッキーを取り出す。
 それから魔道具を使って紅茶をすぐに準備すると、奴隷たちが朝食を食べるために使っていたテーブルの上に並べた。

「よろしければご一緒してもよろしいですか?」
「いいよいいよー。二人だけでこっそり食べよー」

 シズトはニコニコしながらそんな事を言う。
 エミリーはチラッと廊下の方に視線を向けたが、ラオが入ってくる様子はなかった。
 シズトに気づかれないように護衛をしているのだろう。
 エミリーは、ラオには申し訳ないと思いつつ、今はシズトと二人っきりを楽しもう、と思ってシズトが腰かけたすぐ隣に座った。
 肩が触れ合うほどの距離だったが、シズトはもう慣れてしまった様子で、気にした様子もなくクッキーを齧っていた。
 エミリーも紅茶を素知らぬ顔で飲む。
 エミリーの白いふわふわの尻尾が規則的に揺らめき、シズトの背中をぺしぺしと叩く。

「………」

 シズトがジッと見ていようが気にせずに規則的に動いては背中を叩く。
 エミリーの横顔と、尻尾を見比べて、首をひねるシズト。

「尻尾、当たってるんだけどわざと……?」
「すみません、勝手に動くのでわざとではないです。わざとするなら……私だったらこうします」

 エミリーは、体の向きを変えてシズトに背を向けるように座ると、シズトの太ももの上にモフッと白くてふわふわの尻尾を置いた。規則的に上下にパタパタと動いて太ももを叩く。

「食べにくいからパタパタしないで」
「それなら尻尾を抑えていただけるとよろしいかと」

 振り返ってシズトの方を見て、エミリーはクスッと笑った。
 シズトは頬を赤く染めながら、困ったなぁ、と言いつつもそっと片手で尻尾を抑える。
 尻尾に触れるシズトの感触を楽しみつつ、しっかりと手入れをしておいてよかった! とエミリーは内心、喜んだ。
 ニヤニヤしてしまう顔を見られないように前を向いて紅茶を飲みながら、明日からも手入れを万全にしなければ、と意気込むのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

スキル運で、運がいい俺を追放したギルドは倒産したけど、俺の庭にダンジョン出来て億稼いでます。~ラッキー~

暁 とと
ファンタジー
スキル運のおかげでドロップ率や宝箱のアイテムに対する運が良く、確率の低いアイテムをドロップしたり、激レアな武器を宝箱から出したりすることが出来る佐藤はギルドを辞めさられた。  しかし、佐藤の庭にダンジョンが出来たので億を稼ぐことが出来ます。 もう、戻ってきてと言われても無駄です。こっちは、億稼いでいるので。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

ごめんみんな先に異世界行ってるよ1年後また会おう

味噌汁食べれる
ファンタジー
主人公佐藤 翔太はクラスみんなより1年も早く異世界に、行ってしまう。みんなよりも1年早く異世界に行ってしまうそして転移場所は、世界樹で最強スキルを実でゲット?スキルを奪いながら最強へ、そして勇者召喚、それは、クラスのみんなだった。クラスのみんなが頑張っているときに、主人公は、自由気ままに生きていく

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

番だからと攫っておいて、番だと認めないと言われても。

七辻ゆゆ
ファンタジー
特に同情できないので、ルナは手段を選ばず帰国をめざすことにした。

全校転移!異能で異世界を巡る!?

小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。 目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。 周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。 取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。 「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」 取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。 そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

処理中です...