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第10章 婚約(仮)をして生きていこう
幕間の物語84.努力家奴隷は明日も手入れをする
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ドランにあるシズトの屋敷で狐人族のエミリーは、シズトの奴隷として毎日働いていた。
奴隷として売られてしまった時は、自分の運命を悲観していた彼女だったが、シズトの奴隷になってからは毎日楽しく過ごしている。
ただ、そんな彼女にも不満はあった。
「せっかく手入れしてるのに、全然触ってくれないし」
はぁ、とため息をつきながらも、いつもの日課である尻尾と耳の手入れは欠かさない。
シズトの視線を強く感じる部分がその二カ所だったので、いつ触られても良いように、シズトの奴隷になってからよりしっかりと手入れをするようになった部分だ。
髪と同色の白い尻尾を、シズトが作ってくれたブラシでブラッシングをしていく。
手入れが終わると、彼女は仕事着に着替えて、朝食の支度をする。
まだ寝静まっている屋敷の中を歩くのはちょっと心細かったりするが、シズトが作った明かりの魔道具のおかげで、暗くて怖い、と思う事はなかった。
調理場に着くと、獣人奴隷仲間のシンシーラがいた。
狼人族の彼女もまた、仕事をこなしつつ栗色の尻尾の手入れをしていた。
「何か言伝はあった?」
「特にないじゃん」
「そう。じゃあ普段通りでいいわね」
朝食のメニューはだいたい決まっていて、パンとスープ、それからサラダが殆どだった。
サラダは最近家庭菜園で収穫できたものをメインで使うようにしている。過去の勇者が発明したマヨネーズを忘れない。
シズトは好んで使っていたので少し多めに作っておくべきだろうか、とエミリーは在庫を確認した。
魔道具化された冷蔵庫の中にはたくさんの食材が保管されていて、マヨネーズも十分な量があった。
「特に作る必要はないわね。スープは今日もコンソメでいいかしら?」
「何でもいいじゃん。シズト様、そこらへんこだわりないみたいじゃん」
食事の時のシズトは分かりやすい。
どんな物も残さずに食べるのだが、嫌いな物も好きな物も顔にすぐ出る。
その情報をしっかり得るために、シズトの顔が見える位置に常にいるようにしていたエミリーも、それは知っていた。
朝の準備が進むにつれて、シズトの奴隷たちが調理場に集まってくる。
朝から元気な翼人族の少女パメラを、シャキッとしているエルフのジュリーンが窘める。
また、うつらうつらしているダーリアをジュリーンは揺さぶり起こす。
モニカはそれらには関わる事なく、綺麗な所作で行儀よくスープを飲んでいた。
用意されていた奴隷用の朝食を済ませると、彼女たちは屋敷の外へと出て行った。
「そろそろ私は寝るじゃん」
「おやすみ、シーラ」
スープの灰汁を取りながら調理場から出て行く彼女を見送るエミリー。
一人残された彼女は、収穫物が来るまでひたすら灰汁を取り続けた。
今日も一日、何事も問題がなく終わった。
夕食の片づけをしながらエミリーは一息つく。
「結局、今日もお昼は触ってくれなかったか」
あまりぐいぐい行き過ぎてもシズトの迷惑になるから、と配膳をする時に尻尾でわざとシズトの体に触れるくらいしかできなかった彼女は、もう一度ため息をついた。
愛玩奴隷として売られたはずだったのだが、夜の相手も全くない。
まあ、酷い扱いをされるよりかはましか、と彼女は気持ちを切り替えて食器をシズトが作った魔道具『魔動食洗器』に入れていく。
一つ一つ手洗いをしていたのだが、それを見たシズトがササッと作った魔道具だ。
鉄製の箱みたいな見た目のそれの中に食器や調理器具を入れると中で洗われて綺麗になる代物だった。
「細かい所は分かんないけど思い出せたら作り直すね」
そんな事を言っていたシズトは、未だに思い出せていないようだ。
エミリーとしては、十分今の魔道具で満足しているから特にいう事はないのだが。
明日の食事のための仕込みをしていると、夜が更けて他の奴隷たちは眠ってしまったようだ。
ピンと立った白くてふわふわの大きな耳で屋敷の中の音を聞いていると、三階の扉が開いた事に気づいた。
「シズト様と……あ、ラオ様も部屋から出てきたわね。今日の当番はラオ様だったから、シズト様起きてるのね。……ジュリウスは足音も気配もないけど、きっといるわよね」
龍の巣の一件があって以来、ホムラとユキの時以外はシズトは好きな時間に就寝している。
そのおかげでエミリーとシーラは、シズトとの交流の時間が生まれやすくなって喜んでいた。
今日はシンシーラは非番の日なので寝ているだろう。
シズトを独り占めできるかもしれない、と期待しながらも、エミリーは耳を立たせて集中する。
シズトの気配が三階から一階へと移動しているのを感じると、エミリーは冷蔵庫の中身を見ながら首を傾げた。特にこれといったものはない。
どうしたものか、と悩みながらもシズトの気配を探っていると、シズトは想定していた通り、ここに向かっているようだ。
今までやっていた明日の支度をすべて中断して、さも今は休憩中でした、という雰囲気を作った。
調理場の扉がゆっくりと開かれて、ひょこっとシズトが顔を出した。
エミリーを見ると、きょとんとした様子で首を傾げながら調理場に入ってくる。
「あれ、エミリーまだ起きてたの?」
「はい。眠る前に温かい物を飲んでおこうかと思いまして。シズト様はいかがなさいましたか?」
「ちょっと小腹が空いたので……」
つまみ食いをしに来た、と恥ずかしそうにはにかむシズトに、エミリーは微笑を返して、棚に隠していたクッキーを取り出す。
それから魔道具を使って紅茶をすぐに準備すると、奴隷たちが朝食を食べるために使っていたテーブルの上に並べた。
「よろしければご一緒してもよろしいですか?」
「いいよいいよー。二人だけでこっそり食べよー」
シズトはニコニコしながらそんな事を言う。
エミリーはチラッと廊下の方に視線を向けたが、ラオが入ってくる様子はなかった。
シズトに気づかれないように護衛をしているのだろう。
エミリーは、ラオには申し訳ないと思いつつ、今はシズトと二人っきりを楽しもう、と思ってシズトが腰かけたすぐ隣に座った。
肩が触れ合うほどの距離だったが、シズトはもう慣れてしまった様子で、気にした様子もなくクッキーを齧っていた。
エミリーも紅茶を素知らぬ顔で飲む。
エミリーの白いふわふわの尻尾が規則的に揺らめき、シズトの背中をぺしぺしと叩く。
「………」
シズトがジッと見ていようが気にせずに規則的に動いては背中を叩く。
エミリーの横顔と、尻尾を見比べて、首をひねるシズト。
「尻尾、当たってるんだけどわざと……?」
「すみません、勝手に動くのでわざとではないです。わざとするなら……私だったらこうします」
エミリーは、体の向きを変えてシズトに背を向けるように座ると、シズトの太ももの上にモフッと白くてふわふわの尻尾を置いた。規則的に上下にパタパタと動いて太ももを叩く。
「食べにくいからパタパタしないで」
「それなら尻尾を抑えていただけるとよろしいかと」
振り返ってシズトの方を見て、エミリーはクスッと笑った。
シズトは頬を赤く染めながら、困ったなぁ、と言いつつもそっと片手で尻尾を抑える。
尻尾に触れるシズトの感触を楽しみつつ、しっかりと手入れをしておいてよかった! とエミリーは内心、喜んだ。
ニヤニヤしてしまう顔を見られないように前を向いて紅茶を飲みながら、明日からも手入れを万全にしなければ、と意気込むのだった。
奴隷として売られてしまった時は、自分の運命を悲観していた彼女だったが、シズトの奴隷になってからは毎日楽しく過ごしている。
ただ、そんな彼女にも不満はあった。
「せっかく手入れしてるのに、全然触ってくれないし」
はぁ、とため息をつきながらも、いつもの日課である尻尾と耳の手入れは欠かさない。
シズトの視線を強く感じる部分がその二カ所だったので、いつ触られても良いように、シズトの奴隷になってからよりしっかりと手入れをするようになった部分だ。
髪と同色の白い尻尾を、シズトが作ってくれたブラシでブラッシングをしていく。
手入れが終わると、彼女は仕事着に着替えて、朝食の支度をする。
まだ寝静まっている屋敷の中を歩くのはちょっと心細かったりするが、シズトが作った明かりの魔道具のおかげで、暗くて怖い、と思う事はなかった。
調理場に着くと、獣人奴隷仲間のシンシーラがいた。
狼人族の彼女もまた、仕事をこなしつつ栗色の尻尾の手入れをしていた。
「何か言伝はあった?」
「特にないじゃん」
「そう。じゃあ普段通りでいいわね」
朝食のメニューはだいたい決まっていて、パンとスープ、それからサラダが殆どだった。
サラダは最近家庭菜園で収穫できたものをメインで使うようにしている。過去の勇者が発明したマヨネーズを忘れない。
シズトは好んで使っていたので少し多めに作っておくべきだろうか、とエミリーは在庫を確認した。
魔道具化された冷蔵庫の中にはたくさんの食材が保管されていて、マヨネーズも十分な量があった。
「特に作る必要はないわね。スープは今日もコンソメでいいかしら?」
「何でもいいじゃん。シズト様、そこらへんこだわりないみたいじゃん」
食事の時のシズトは分かりやすい。
どんな物も残さずに食べるのだが、嫌いな物も好きな物も顔にすぐ出る。
その情報をしっかり得るために、シズトの顔が見える位置に常にいるようにしていたエミリーも、それは知っていた。
朝の準備が進むにつれて、シズトの奴隷たちが調理場に集まってくる。
朝から元気な翼人族の少女パメラを、シャキッとしているエルフのジュリーンが窘める。
また、うつらうつらしているダーリアをジュリーンは揺さぶり起こす。
モニカはそれらには関わる事なく、綺麗な所作で行儀よくスープを飲んでいた。
用意されていた奴隷用の朝食を済ませると、彼女たちは屋敷の外へと出て行った。
「そろそろ私は寝るじゃん」
「おやすみ、シーラ」
スープの灰汁を取りながら調理場から出て行く彼女を見送るエミリー。
一人残された彼女は、収穫物が来るまでひたすら灰汁を取り続けた。
今日も一日、何事も問題がなく終わった。
夕食の片づけをしながらエミリーは一息つく。
「結局、今日もお昼は触ってくれなかったか」
あまりぐいぐい行き過ぎてもシズトの迷惑になるから、と配膳をする時に尻尾でわざとシズトの体に触れるくらいしかできなかった彼女は、もう一度ため息をついた。
愛玩奴隷として売られたはずだったのだが、夜の相手も全くない。
まあ、酷い扱いをされるよりかはましか、と彼女は気持ちを切り替えて食器をシズトが作った魔道具『魔動食洗器』に入れていく。
一つ一つ手洗いをしていたのだが、それを見たシズトがササッと作った魔道具だ。
鉄製の箱みたいな見た目のそれの中に食器や調理器具を入れると中で洗われて綺麗になる代物だった。
「細かい所は分かんないけど思い出せたら作り直すね」
そんな事を言っていたシズトは、未だに思い出せていないようだ。
エミリーとしては、十分今の魔道具で満足しているから特にいう事はないのだが。
明日の食事のための仕込みをしていると、夜が更けて他の奴隷たちは眠ってしまったようだ。
ピンと立った白くてふわふわの大きな耳で屋敷の中の音を聞いていると、三階の扉が開いた事に気づいた。
「シズト様と……あ、ラオ様も部屋から出てきたわね。今日の当番はラオ様だったから、シズト様起きてるのね。……ジュリウスは足音も気配もないけど、きっといるわよね」
龍の巣の一件があって以来、ホムラとユキの時以外はシズトは好きな時間に就寝している。
そのおかげでエミリーとシーラは、シズトとの交流の時間が生まれやすくなって喜んでいた。
今日はシンシーラは非番の日なので寝ているだろう。
シズトを独り占めできるかもしれない、と期待しながらも、エミリーは耳を立たせて集中する。
シズトの気配が三階から一階へと移動しているのを感じると、エミリーは冷蔵庫の中身を見ながら首を傾げた。特にこれといったものはない。
どうしたものか、と悩みながらもシズトの気配を探っていると、シズトは想定していた通り、ここに向かっているようだ。
今までやっていた明日の支度をすべて中断して、さも今は休憩中でした、という雰囲気を作った。
調理場の扉がゆっくりと開かれて、ひょこっとシズトが顔を出した。
エミリーを見ると、きょとんとした様子で首を傾げながら調理場に入ってくる。
「あれ、エミリーまだ起きてたの?」
「はい。眠る前に温かい物を飲んでおこうかと思いまして。シズト様はいかがなさいましたか?」
「ちょっと小腹が空いたので……」
つまみ食いをしに来た、と恥ずかしそうにはにかむシズトに、エミリーは微笑を返して、棚に隠していたクッキーを取り出す。
それから魔道具を使って紅茶をすぐに準備すると、奴隷たちが朝食を食べるために使っていたテーブルの上に並べた。
「よろしければご一緒してもよろしいですか?」
「いいよいいよー。二人だけでこっそり食べよー」
シズトはニコニコしながらそんな事を言う。
エミリーはチラッと廊下の方に視線を向けたが、ラオが入ってくる様子はなかった。
シズトに気づかれないように護衛をしているのだろう。
エミリーは、ラオには申し訳ないと思いつつ、今はシズトと二人っきりを楽しもう、と思ってシズトが腰かけたすぐ隣に座った。
肩が触れ合うほどの距離だったが、シズトはもう慣れてしまった様子で、気にした様子もなくクッキーを齧っていた。
エミリーも紅茶を素知らぬ顔で飲む。
エミリーの白いふわふわの尻尾が規則的に揺らめき、シズトの背中をぺしぺしと叩く。
「………」
シズトがジッと見ていようが気にせずに規則的に動いては背中を叩く。
エミリーの横顔と、尻尾を見比べて、首をひねるシズト。
「尻尾、当たってるんだけどわざと……?」
「すみません、勝手に動くのでわざとではないです。わざとするなら……私だったらこうします」
エミリーは、体の向きを変えてシズトに背を向けるように座ると、シズトの太ももの上にモフッと白くてふわふわの尻尾を置いた。規則的に上下にパタパタと動いて太ももを叩く。
「食べにくいからパタパタしないで」
「それなら尻尾を抑えていただけるとよろしいかと」
振り返ってシズトの方を見て、エミリーはクスッと笑った。
シズトは頬を赤く染めながら、困ったなぁ、と言いつつもそっと片手で尻尾を抑える。
尻尾に触れるシズトの感触を楽しみつつ、しっかりと手入れをしておいてよかった! とエミリーは内心、喜んだ。
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