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第10章 婚約(仮)をして生きていこう

幕間の物語81.自称お姉ちゃんは我慢するためにした

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 シズトが風呂上りにガントの相手をするために卓球をしていた頃、入れ替わるようにラオとルウの姉妹が風呂に入っていた。
 普段、当番じゃない面々はシズトがのんびりと入浴した後に、風呂に入っている。
 彼女たちは一緒に入る場合もあれば、一人で入る場合もあったが、この姉妹はだいたい二人で入浴する事が多い。
 シズトの護衛をメインでしているという事もあり、生活リズムがだいたい同じになるからだ。
 長い手で肉付きの良い足をマッサージしながら洗っているルウは、しょんぼりとしていた。
 その隣に座って短い髪を洗っているラオが、そんな彼女の様子を横目で見てため息をつく。

「アレは仕方ねぇだろ。まさか王族と一緒に入浴するわけにも行かねぇだろ?」
「分かってるわ。でも私の番だったのよ? せっかくシズトくんのお世話ができる日だったのに……」
「あんまり構いすぎるとシズトが恥ずかしがってまた逃げるぞ」
「………はぁ。お姉ちゃんになるのは難しいのね~」
「いや、そうでもねぇけどな」

 自分の髪についた泡を洗い流し、シズトから実験と言われて渡されたボディーソープを魔道具で泡立てるラオ。
 世界樹の葉を混ぜたそのボディーソープを使ったらどうなるのか、というシズトの素朴な疑問に呆れたが、ラオも女性なので、特に何も指摘せずに使っている。

「時には見守る事だって必要だろ。四六時中ずっと構われたら嫌われるかもしれねぇぞ」
「それは嫌~」
「だったら構うのはほどほどにしとけよ」
「無理よ、だって命の恩人が目の前にいるのよ! そうじゃなくてもシズトくん、可愛いじゃない」
「恩人ってのは確かにそうだけどよ、ルウの言う可愛いの基準がよく分かんねぇわ」
「ちっちゃくて可愛いじゃない」
「まあ、アタシらからしたらシズトはちいせぇけどよ」

 念入りに体の隅々まで世界樹の素材入りボディソープの泡を体につけていくラオの隣で、ルウはひたすら足をマッサージしながら、ラオにシズトの可愛さを伝えていく。

「あと、反応が可愛いわ」
「まあ、初心だぁな。チラチラ見てねぇで、がっつり見ればいいのにな」
「奴隷相手にもそうよね。獣人を羨ましいと思う日が来るとは思わなかったわ。最初は奴隷になればシズトくんの好きにしてもらえるかしら、と思ったけどならなくてよかったわ」
「世話係になるのは難しかっただろうからな」

 シズトは奴隷が奴隷として主人の身の回りの世話をするのを本気で嫌がる。
 夜の相手をさせる可能性があるからと、夜の見回りをする奴隷を二人も受け入れたが、その奴隷にすら手を出さずに、自由恋愛を声高に主張していた。
 未だにシズトは獣人たちが尻尾を触らせてくれるのは、自分が主人だからだと思い続けているから、それ以上の事は全くしようとしない。
 奴隷たちはシズトの寝込みを襲う事はできないから、何も進展はなかった。
 そう考えると、今の立場に収まっているのは良い事だとラオとルウは思った。

「でもこっちから行かないと、シズトくんはいつまでも手を出さないと思うの」
「まあ、それは否定はしねぇけどな。少しずつ気長にやってくしかねぇだろ」

 ラオは体全体に塗りたくった泡をお湯で洗い流すと、立ち上がった。
 引き締まった体を惜しげもなく晒していたが、生憎今はルウ以外に誰もいなかった。
 ノッシノッシと水風呂に入ろうと歩を進めた彼女だったが、何やら見覚えのない浴槽に気が付く。
 他の浴槽とは離れた場所に作られたそれは、一見普通のお湯だった。
 今度はどんな風呂を作ったんだ、と思いながら試しに手を入れてみると痺れを感じてすぐに手を引っ込める。

「……またよく分かんねぇもんを作りやがって」
「ラオちゃん、どうしたの~?」
「なんでもねぇよ。……まあ、ジュリウスがいた時に作ってんなら、危ねぇもんじゃねぇだろ」

 小さく独白すると、彼女は新しい風呂に入る事はなく、いつものように水風呂に入っては出て、お湯に入っては出てを繰り返した。



 翌日、ルウはラオのアドバイス通り、シズトに構うのを極力我慢しようと決めて、朝早くにシズトの部屋を訪れた。
 まだ安眠カバーの効果で眠り続けている彼が横たわっているベッドの端に座り、その安らかな寝顔を見つめる。
 黒い髪は最初に会った時よりも長くなってしまっていて、前髪は目にかかっている。
 手を伸ばしてそっと前髪をよけるが、彼は反応を示さずにすやすやと眠っていた。
 あともう少しで起きる時間だった。
 まだ大丈夫、と判断してルウは体を彼に近づけて、幼さの残る顔立ちのその少年の額にそっと口づけする。
 ずっとそうしていたかった彼女だったが、安眠カバーの魔法陣の光が徐々に弱くなっている事に気づくと、彼の前髪をササッと元に戻して自身の体を起こし、座り直す。
 ついつい口元が緩んでしまうのは仕方ないが、いつもの事だから彼は気づかないだろう。
 案の定、彼はにこにこしているルウよりも、二日連続彼女が起こしに来ている事に疑問を持ったようだった。

「今日も当番はルウさんなの?」
「昨日は全然お世話ができなかったから皆が許してくれたの」
「お風呂以外は普通にお世話をされた気がするんですけど……」
「お風呂のお世話ができなかったから許してくれたの」

 何事もなかったかのように問答をして、いつものように追い出されるルウ。
 今日一日出来るだけ構うのは我慢しよう、と指で唇をなぞりながら決意するのだった。
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