240 / 1,094
第10章 婚約(仮)をして生きていこう
幕間の物語77.お母様が動くようです
しおりを挟む
ドラゴニア王国の中央にある王都には、荘厳な白亜の城がある。
その城に住んでいる一人の女性は、姿勢よく椅子に座って何やら作業をしていた。
顔の両サイドに赤色の縦ロールがある彼女は、ため息をついた。
「まったく、あの人はいつまでここを留守にするつもりなのかしら?」
この国の王が、王城を留守にしてからもう四ヵ月以上経ってしまっていた。他国へ訪問しているわけではないのに、長い間帰って来ない事に彼女は苛立ちを覚えていた。
王が不在だったとしても国が回っているのは、王から送られてきた魔道具で遠方からでも書類仕事を任せられる事と、憂鬱そうに再度ため息をついたパール・フォン・ドラゴニアが第一王子の補佐をしながらできる事をしていたからだった。
彼女の髪と同色の淡く赤い目は、気の強さを表すかのようにつり目がちで、きつい印象を人々に与える。今は眉間に皺が寄っていたためそれに拍車をかけていた。
王妃である彼女は、今日も夫の代わりに仕事をこなしていたが、その合間に彼女の息子であるガント・フォン・ドラゴニアに愚痴を言いがちになっていた。
愚痴の相手になっている息子のガントも気の強そうな見た目の青年だ。
母親譲りのつり目がちな淡く赤い目で、パールの方を見る。
長身の母親よりもさらに背が高く、鍛え上げられた体は引き締まっていた。
髪は短く刈り上げられていて、太い眉がさらに気の強そうな雰囲気を醸し出していた。
「一カ月ほどで戻るって言っていたのは誰だったかしら? 次会った時にはお灸を据えないとダメかもしれないわね」
「時期が悪かった、というのもあるかもしれないと思いますが……。レヴィアに会うためにドランに行ったかと思えば戦争ですから。ただ、ユグドラシルや周辺諸国との戦争状態も終わったのですが、未だに戻ってくる様子もありませんし、父上は何をなさっているのでしょうね。僕が北から戻ってくる頃にはいるだろうと思っていたのですが……」
「ラグナ公爵とくだらない話でもしながらのんびり過ごしているのかもしれないわ。まったく、あの人は止める人がいないとすぐだらけるのだから……」
「僕だけでドランに向かい、連れ戻してきましょうか? それなら数日とかからないかと思いますが」
「あの人を連れ出すのは、貴方には荷が重すぎるわ。もう少し様子を見ましょう。幸い、この魔道具のおかげで連絡を取るのは簡単ですもの。とりあえず、ここら辺の書類を送って目を通してもらわなきゃいけないわね」
パールがそう言った時には既に侍女は動いていて、机に置かれていた紙を手分けして運び始めた。
そして、速達箱の中に詰め込めるだけ詰め込んでいく。
「ガント、少し休憩にしましょう」
「分かりました。紅茶でよろしかったですか?」
「ええ、お願い」
ガントの指示で、壁に控えていた侍女の一人が部屋を出て行き、しばらくしてから戻ってきた。
いくつもの焼き菓子を二人が座っている席の前に並べていく。
その間に、他の侍女が紅茶を淹れていた。
その様子をパールが見ている。
「魔道具は便利だけど、やっぱりきちんと最初から最後まで誰かに淹れてもらうのもいいわね」
「そうですか? 僕としては飲めればどちらでもいいのですが……」
「まあ、そういう考え方をする人がいる事も知っているわ。そして、誰でも簡単に美味しい紅茶を淹れられたらいいのに、と思う人がいる事も。あの紅茶を簡単に淹れられる魔道具も、そういう風に考える人がいるからこそ作られたのでしょうし。ただ、私はこうやってのんびりと待つのも嫌いじゃないわ」
不思議そうに首を傾げるガントを気にした様子もなく、パールはのんびりと紅茶が用意されるのを待ち続けた。
ティータイムを終えた後、集中して書類仕事をしていたパールは、同じ部屋で仕事を続けていたガントから話しかけられた。
「母上、父上から手紙が届いたようです」
不思議な箱型の魔道具の速達箱から取り出され、メイドから渡された手紙をパールにそのまま渡すガント。
それを受け取って、封を開けて中を読んで固まる母、パール。
不思議そうにガントが彼女を見ていると、パールはわなわなと震えだした。
ガタッと椅子が倒れそうになるほど勢いよく立ち上がると、パールはガントに背を向けて歩き始める。
そうして足早に歩きながら、彼女は背後でポカンと彼女を見ていたガントに指示を出した。
「ガント……後の事は任せました」
「母上!? どこに行くのですか!」
「レヴィの所よ! 婚約をするって一大事を、手紙だけで済ますどこかの誰かにちょっと小言を言うついでに、相手を見てきます! 戻ってくる時は、国王陛下を引き摺ってでもここに戻るので安心して待ってなさい」
「戦争に加担した国の方たちがいらっしゃったらどうするのですか!」
「いい機会よ、次期国王である貴方が対応しなさい。どのような結果になろうと許すわ」
言いたい事だけ息子に伝えると、パールは部屋を飛び出して急ぎ身支度をするためにメイドを引き連れて私室へと戻っていった。
残されたガントは、少しの間、口をポカンと開けて、開け放たれた扉を見続けていた。
だが、そうしていても仕方ない、と諦めてため息をつくと、仕事を続けるのだった。
その城に住んでいる一人の女性は、姿勢よく椅子に座って何やら作業をしていた。
顔の両サイドに赤色の縦ロールがある彼女は、ため息をついた。
「まったく、あの人はいつまでここを留守にするつもりなのかしら?」
この国の王が、王城を留守にしてからもう四ヵ月以上経ってしまっていた。他国へ訪問しているわけではないのに、長い間帰って来ない事に彼女は苛立ちを覚えていた。
王が不在だったとしても国が回っているのは、王から送られてきた魔道具で遠方からでも書類仕事を任せられる事と、憂鬱そうに再度ため息をついたパール・フォン・ドラゴニアが第一王子の補佐をしながらできる事をしていたからだった。
彼女の髪と同色の淡く赤い目は、気の強さを表すかのようにつり目がちで、きつい印象を人々に与える。今は眉間に皺が寄っていたためそれに拍車をかけていた。
王妃である彼女は、今日も夫の代わりに仕事をこなしていたが、その合間に彼女の息子であるガント・フォン・ドラゴニアに愚痴を言いがちになっていた。
愚痴の相手になっている息子のガントも気の強そうな見た目の青年だ。
母親譲りのつり目がちな淡く赤い目で、パールの方を見る。
長身の母親よりもさらに背が高く、鍛え上げられた体は引き締まっていた。
髪は短く刈り上げられていて、太い眉がさらに気の強そうな雰囲気を醸し出していた。
「一カ月ほどで戻るって言っていたのは誰だったかしら? 次会った時にはお灸を据えないとダメかもしれないわね」
「時期が悪かった、というのもあるかもしれないと思いますが……。レヴィアに会うためにドランに行ったかと思えば戦争ですから。ただ、ユグドラシルや周辺諸国との戦争状態も終わったのですが、未だに戻ってくる様子もありませんし、父上は何をなさっているのでしょうね。僕が北から戻ってくる頃にはいるだろうと思っていたのですが……」
「ラグナ公爵とくだらない話でもしながらのんびり過ごしているのかもしれないわ。まったく、あの人は止める人がいないとすぐだらけるのだから……」
「僕だけでドランに向かい、連れ戻してきましょうか? それなら数日とかからないかと思いますが」
「あの人を連れ出すのは、貴方には荷が重すぎるわ。もう少し様子を見ましょう。幸い、この魔道具のおかげで連絡を取るのは簡単ですもの。とりあえず、ここら辺の書類を送って目を通してもらわなきゃいけないわね」
パールがそう言った時には既に侍女は動いていて、机に置かれていた紙を手分けして運び始めた。
そして、速達箱の中に詰め込めるだけ詰め込んでいく。
「ガント、少し休憩にしましょう」
「分かりました。紅茶でよろしかったですか?」
「ええ、お願い」
ガントの指示で、壁に控えていた侍女の一人が部屋を出て行き、しばらくしてから戻ってきた。
いくつもの焼き菓子を二人が座っている席の前に並べていく。
その間に、他の侍女が紅茶を淹れていた。
その様子をパールが見ている。
「魔道具は便利だけど、やっぱりきちんと最初から最後まで誰かに淹れてもらうのもいいわね」
「そうですか? 僕としては飲めればどちらでもいいのですが……」
「まあ、そういう考え方をする人がいる事も知っているわ。そして、誰でも簡単に美味しい紅茶を淹れられたらいいのに、と思う人がいる事も。あの紅茶を簡単に淹れられる魔道具も、そういう風に考える人がいるからこそ作られたのでしょうし。ただ、私はこうやってのんびりと待つのも嫌いじゃないわ」
不思議そうに首を傾げるガントを気にした様子もなく、パールはのんびりと紅茶が用意されるのを待ち続けた。
ティータイムを終えた後、集中して書類仕事をしていたパールは、同じ部屋で仕事を続けていたガントから話しかけられた。
「母上、父上から手紙が届いたようです」
不思議な箱型の魔道具の速達箱から取り出され、メイドから渡された手紙をパールにそのまま渡すガント。
それを受け取って、封を開けて中を読んで固まる母、パール。
不思議そうにガントが彼女を見ていると、パールはわなわなと震えだした。
ガタッと椅子が倒れそうになるほど勢いよく立ち上がると、パールはガントに背を向けて歩き始める。
そうして足早に歩きながら、彼女は背後でポカンと彼女を見ていたガントに指示を出した。
「ガント……後の事は任せました」
「母上!? どこに行くのですか!」
「レヴィの所よ! 婚約をするって一大事を、手紙だけで済ますどこかの誰かにちょっと小言を言うついでに、相手を見てきます! 戻ってくる時は、国王陛下を引き摺ってでもここに戻るので安心して待ってなさい」
「戦争に加担した国の方たちがいらっしゃったらどうするのですか!」
「いい機会よ、次期国王である貴方が対応しなさい。どのような結果になろうと許すわ」
言いたい事だけ息子に伝えると、パールは部屋を飛び出して急ぎ身支度をするためにメイドを引き連れて私室へと戻っていった。
残されたガントは、少しの間、口をポカンと開けて、開け放たれた扉を見続けていた。
だが、そうしていても仕方ない、と諦めてため息をつくと、仕事を続けるのだった。
100
お気に入りに追加
454
あなたにおすすめの小説

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。

異世界転生~目指せ!内乱を防いで、みんな幸せ♪
紅子
ファンタジー
いつの間にかこの国の王子に転生していた俺。物語の世界にいるなんて、想定外だ。このままでは、この国は近い未来に内乱の末、乗っ取られてしまう。俺、まだ4歳。誰がこんな途方もない話を信じてくれるだろうか?既に物語と差異が発生しちゃってるし。俺自身もバグり始めてる。
4歳から始まる俺の奮闘記?物語に逆らって、みんな幸せを目指してみよう♪
毎日00:00に更新します。
完結済み
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

こちらの異世界で頑張ります
kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で
魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。
様々の事が起こり解決していく
異世界で俺だけレベルが上がらない! だけど努力したら最強になれるらしいです?
澤檸檬
ファンタジー
旧題 努力=結果
異世界の神の勝手によって異世界に転移することになった倉野。
実際に異世界で確認した常識と自分に与えられた能力が全く違うことに少しずつ気付く。
異世界の住人はレベルアップによってステータスが上がっていくようだったが、倉野にだけレベルが存在せず、行動を繰り返すことによってスキルを習得するシステムが採用されていた。
そのスキル習得システムと異世界の常識の差が倉野を最強の人間へと押し上げていく。
だが、倉野はその能力を活かして英雄になろうだとか、悪用しようだとかそういった上昇志向を見せるわけでもなく、第二の人生と割り切ってファンタジーな世界を旅することにした。
最強を隠して異世界を巡る倉野。各地での出会いと別れ、冒険と楽しみ。元居た世界にはない刺激が倉野の第二の人生を彩っていく。

【完結】異世界転移で、俺だけ魔法が使えない!
林檎茶
ファンタジー
俺だけ魔法が使えないとか、なんの冗談だ?
俺、相沢ワタルは平凡で一般的な高校二年生である。
成績は中の下。友達も少なく、誇れるような特技も趣味もこれといってない。
そんなつまらない日常は突如として幕を閉じた。
ようやく終わった担任の長話。喧騒に満ちた教室、いつもより浮き足立った放課後。
明日から待ちに待った春休みだというのに突然教室内が不気味な紅色の魔法陣で満ちたかと思えば、俺は十人のクラスメイトたちと共に異世界に転移してしまったのだ。
俺たちを召喚したのはリオーネと名乗る怪しい男。
そいつから魔法の存在を知らされたクラスメイトたちは次々に魔法の根源となる『紋章』を顕現させるが、俺の紋章だけは何故か魔法を使えない紋章、通称『死人の紋章』だった。
魔法という超常的な力に歓喜し興奮するクラスメイトたち。そいつらを見て嫉妬の感情をひた隠す俺。
そんな中クラスメイトの一人が使える魔法が『転移魔法』だと知るや否やリオーネの態度は急変した。
リオーネから危険を感じた俺たちは転移魔法を使っての逃亡を試みたが、不運にも俺はただ一人迷宮の最下層へと転移してしまう。
その先で邂逅した存在に、俺がこの異世界でやらなければならないことを突きつけられる。
挫折し、絶望し、苦悩した挙句、俺はなんとしてでも──『魔王』を倒すと決意する。

やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる