上 下
222 / 642
第9章 加工をして生きていこう

幕間の物語71.侯爵令息は抗議した

しおりを挟む
 ユウト・フォン・ドラコは、ドラコ侯爵の長男としてこの世に生を受けた。
 両親とは異なる髪と目の色で驚かれたが、長い侯爵家の歴史の中で、勇者の血が混じっていたのでそういう事もあるだろう、と受け入れられた。
 ドラコ侯爵はたいそう喜び、元々つける予定だった名前をやめて、昔いた勇者の名前をそのまま彼につけた。
 加護も無事に授かっていて、幼少期は上手くコントロールできなかったそれも、周りのサポートもあり今では完璧に制御する事ができている。
 そんな彼が幼い頃、親に連れられてある可愛らしい女の子と会う機会があった。
 彼の住んでいる家よりもはるかに大きな城に住むその可愛らしい女の子は、ある時を境に親に連れられて出席するパーティー以外では部屋からでなくなってしまったらしい。それは加護が原因だと言われていた。
 それを聞いたユウトは、彼女に同情した。彼自身もその頃は上手く加護をコントロールできていなかったから。
 白亜の城の、大きな廊下を歩き続け、通された広い部屋の真ん中で、ちょこんと座っている小さな女の子。
 金色の髪はくるくると巻かれ、大きな目は落ち着きなく部屋を彷徨っている。肌は日に当たった事がないのかと疑うほど白く、綺麗だった。
 可愛い、とユウトが思うと、女の子は驚いた様子でユウトを見て、それから頬が一気に赤く染まった。
 その時のユウトは、目が合ったから恥ずかしがってるのだろう、と捉えていた。

「お初にお目にかかります、ユウト・フォン・ドラコです」

 女の子の前に立ったらすぐに跪いてそう言うように、と何度も繰り返し指導されていたおかげですらすらと名乗りを上げる事ができた。幼かった彼にしては上出来だ。
 その先の事はどうなるか分からないからといろんなパターンを練習させられたのだが、正直目の前の可愛い女の子の事で頭がいっぱいだったユウトは、何も考える事ができなかった。
 跪いたまま床を眺めるユウト。どれくらい時間が経ったのか分からないが、女の子が動く気配がして彼は固まった。

「レヴィア。レヴィア・フォン・ドラゴニア、ですわ」

 可愛らしい声だ、とユウトは彼女の声に全神経を傾けていた。だからレヴィアがさらに顔を赤くしたのに気づかなかった。

「お、お父様に言われてきたのですわ?」
「………は、はい! 父に言われてきました」

 レヴィアとしては彼女の父親である国王に言われて来たのか、と聞いたつもりだったが、彼の心の中に浮かんだのは彼の父親だけだった。思った事をそのままいう彼がなんだか面白くて、くすくすと笑うレヴィア。
 ただ、何かに気づいた彼女は、部屋の隅で静かに控えていた彼女よりも少し年上に見えるメイドを見て、それからユウトを見た。

「……あ、そうですわね。顔をお上げになってほしいのですわ」
「ハッ」
「セシリアがお茶の準備をしてくれたのですわ。一緒に飲むのですわ。美味しいお菓子もあるのですわ!」
「ハイ」

 裏返った声で緊張した様子のユウトを見て、またくすくすと笑うレヴィア。
 ユウトは、彼女の笑顔を見て、頬を赤く染めた。



 そんな初々しいやり取りを聞いて、早々に親同士が結婚の取り決めをしてしまった。
 ただ、その頃の何も知らなかったユウトは胸を躍らせた。
 あんな可愛い子と結婚できるなんて夢の様だ。それに、彼女の地位も将来の自分よりもはるかに上。加護を持って生まれた事を彼は神に感謝した。
 ただ、その夢の様な日々も長くは続かなかった。
 ある日のパーティーで、彼女の噂を耳にしたからだ。
 なんでも、心の中をすべて見透かす加護らしい。胸に秘めた淡い恋心も、内に秘めたどす黒い感情も、彼女の前では隠す事などできない。
 貴族ともなると疚しい所の一つや二つ、誰にでもある。その秘密を勝手に暴いて、彼女の父に告げ口などしているのではないか、等と貴族たちは噂し合っていた。
 レヴィアがパーティーに出ると、大人たちは彼女を避けた。その様子を見て、子どもたちも彼女を避ける。
 一人ぼっちで佇む彼女を見て、ユウトは一瞬迷った。気後れしただけだったかもしれないが、人ごみの中にいた彼のその思いは、はっきりと彼女に伝わってしまったのだろう。
 バッと彼を見たその時のレヴィアの表情を、ユウトは忘れる事は出来なかった。

「こんなに離れていても心が読めるなんて」

 ただ、その時のユウトは何も考えずに、そう言ってしまった。
 呆然としていた彼は、周りの大人たちが驚いた様子でユウトとレヴィアを見ている事に気づかなかった。
 それから、レヴィアがパーティーに出る事はさらに減っていった。
 たまに出てきても、腫物を触るように扱われ、彼女は暗い表情のままじっとしていた。見かねたメイドに引き連れられて、会場を後にするとヒソヒソと話し合う者たちの会話に、ユウトもいつしか混ざっていた。
 婚約者である彼は、最初の頃は頻繁にレヴィアの部屋に訪れていたのだが、その頃になると数カ月に一回親に連れられて会うくらいになってしまっていた。
 その時の様子を話してどれだけ彼が苦痛に耐えているのかを取り巻きの者たちに大げさに話していた。

「お前たちも知っての通り、どんどん見た目も悪くなっていっていて、ぶくぶく太っていってるんだよ。幼い頃の可愛らしさは今じゃもうなくなってんだ。昔だったら見た目だけでも自慢できたのに、今じゃ王女ってことくらいしか自慢できる事ないわ。お前らもそう思うだろ?」
「思います。親同士が決めた事だから仕方ないですが、あんな見た目じゃ世継ぎを作るのも大変そうですね」
「そこら辺はもう考えてあるから問題ない。側室は珍しい事じゃないし、いい子の目星はもうついてっから」
「さすが、侯爵令息様!」
「どんな人かお聞きしたいです!」
「俺と同じ先祖の血を色濃く引き継いだ女でな。俺と同じ黒い髪に黒い目で、なにより加護もあの女と違って戦いに有用だ。その事を話したら父上も側室くらい許してくれるだろ」



 そんな会話があってから数年経ち、彼に一つの報せが届いた。
 お互いのために婚約解消をしたい、という申し出だった。
 ユウトは大いに喜んだ。心の中で常に秘めていた悪態などが効いたのかもしれない、と思ったが手紙にはその件について触れられていない。

「これでようやく本当に愛してる人と結婚できる!」

 そう思い、意気込んで彼は父親に話をつけに行った。
 ただ、彼の予想とは違う反応が、ドラコ侯爵から返ってきた。

「この愚か者が! 貴様のせいで、王家の血筋を我が家に取り入れる事ができなくなってしまったではないか!」
「で、でも、優秀な加護を持つ者の血を入れる事ができます!」
「そんなもの、侯爵家の長い歴史の中で、はるか昔から取り入れ続けている! お前には散々言い聞かせてきたというのに……呆れてものも言えん。お前を王女殿下の婚約者にするために、どれだけ苦労したか、お前には理解できないんだろうな」

 はぁ、とため息をついたドラコ侯爵は自分の息子を冷めた目で見ていた。

「もうお前の好きにすればいい。お前が見つけた最愛の人とやらに慰めてもらえばいいし、結婚したければすればいい。どうせもう格上どころか、同格の貴族相手でも婚約者は見つからんだろうしな。ただし、我が侯爵家に迷惑をかけるような行動は禁ずる。また、この侯爵家の跡継ぎの候補からお前を外す」
「は!? 長男であり、加護も授かっていて、勇者の血を色濃く受け継いでいる俺以外に、次期侯爵に適任な人物がいると思っているのですか?」
「加護なんぞ持ってはいなくても、優秀な次男だけでなく領民たちに好かれている三男もおる。お前にこの家を任せたら碌な事が起きないのが目に浮かぶようだ。そんな者に、長い歴史を持つ我が侯爵家を任せる事なんぞできん! 話は終わりだ、さっさと出て行け!」

 出て行けと言われても、ユウトは出て行かず、諦めずにドラコ侯爵に話しかけ続けたが、取りつく島もない。
 自室で散々暴れた彼は、気分を紛らわそうと、彼の最愛の人の元へと馬車で向かったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

器用貧乏の意味を異世界人は知らないようで、家を追い出されちゃいました。

武雅
ファンタジー
この世界では8歳になると教会で女神からギフトを授かる。 人口約1000人程の田舎の村、そこでそこそこ裕福な家の3男として生まれたファインは8歳の誕生に教会でギフトを授かるも、授かったギフトは【器用貧乏】 前例の無いギフトに困惑する司祭や両親は貧乏と言う言葉が入っていることから、将来貧乏になったり、周りも貧乏にすると思い込み成人とみなされる15歳になったら家を、村を出て行くようファインに伝える。 そんな時、前世では本間勝彦と名乗り、上司と飲み入った帰り、駅の階段で足を滑らし転げ落ちて死亡した記憶がよみがえる。 そして15歳まであと7年、異世界で生きていくために冒険者となると決め、修行を続けやがて冒険者になる為村を出る。 様々な人と出会い、冒険し、転生した世界を器用貧乏なのに器用貧乏にならない様生きていく。 村を出て冒険者となったその先は…。 ※しばらくの間(2021年6月末頃まで)毎日投稿いたします。 よろしくお願いいたします。

異世界の約束:追放者の再興〜外れギフト【光】を授り侯爵家を追い出されたけど本当はチート持ちなので幸せに生きて見返してやります!〜

KeyBow
ファンタジー
 主人公の井野口 孝志は交通事故により死亡し、異世界へ転生した。  そこは剣と魔法の王道的なファンタジー世界。  転生した先は侯爵家の子息。  妾の子として家督相続とは無縁のはずだったが、兄の全てが事故により死亡し嫡男に。  女神により魔王討伐を受ける者は記憶を持ったまま転生させる事が出来ると言われ、主人公はゲームで遊んだ世界に転生した。  ゲームと言ってもその世界を模したゲームで、手を打たなければこうなる【if】の世界だった。  理不尽な死を迎えるモブ以下のヒロインを救いたく、転生した先で14歳の時にギフトを得られる信託の儀の後に追放されるが、その時に備えストーリーを変えてしまう。  メイヤと言うゲームでは犯され、絶望から自殺した少女をそのルートから外す事を幼少期より決めていた。  しかしそう簡単な話ではない。  女神の意図とは違う生き様と、ゲームで救えなかった少女を救う。  2人で逃げて何処かで畑でも耕しながら生きようとしていたが、計画が狂い何故か闘技場でハッスルする未来が待ち受けているとは物語がスタートした時はまだ知らない・・・  多くの者と出会い、誤解されたり頼られたり、理不尽な目に遭ったりと、平穏な生活を求める主人公の思いとは裏腹に波乱万丈な未来が待ち受けている。  しかし、主人公補正からかメインストリートから逃げられない予感。  信託の儀の後に侯爵家から追放されるところから物語はスタートする。  いつしか追放した侯爵家にザマアをし、経済的にも見返し謝罪させる事を当面の目標とする事へと、物語の早々に変化していく。  孤児達と出会い自活と脱却を手伝ったりお人好しだ。  また、貴族ではあるが、多くの貴族が好んでするが自分は奴隷を性的に抱かないとのポリシーが行動に規制を掛ける。  果たして幸せを掴む事が出来るのか?魔王討伐から逃げられるのか?・・・

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

このステータスプレート壊れてないですか?~壊れ数値の万能スキルで自由気ままな異世界生活~

夢幻の翼
ファンタジー
 典型的な社畜・ブラックバイトに翻弄される人生を送っていたラノベ好きの男が銀行強盗から女性行員を庇って撃たれた。  男は夢にまで見た異世界転生を果たしたが、ラノベのテンプレである神様からのお告げも貰えない状態に戸惑う。  それでも気を取り直して強く生きようと決めた矢先の事、国の方針により『ステータスプレート』を作成した際に数値異常となり改ざん容疑で捕縛され奴隷へ落とされる事になる。運の悪い男だったがチート能力により移送中に脱走し隣国へと逃れた。  一時は途方にくれた少年だったが神父に言われた『冒険者はステータスに関係なく出来る唯一の職業である』を胸に冒険者を目指す事にした。  持ち前の運の悪さもチート能力で回避し、自分の思う生き方を実現させる社畜転生者と自らも助けられ、少年に思いを寄せる美少女との恋愛、襲い来る盗賊の殲滅、新たな商売の開拓と現実では出来なかった夢を異世界で実現させる自由気ままな異世界生活が始まります。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第二章シャーカ王国編

異世界召喚された俺は余分な子でした

KeyBow
ファンタジー
異世界召喚を行うも本来の人数よりも1人多かった。召喚時にエラーが発生し余分な1人とは召喚に巻き込まれたおっさんだ。そして何故か若返った!また、理由が分からぬまま冤罪で捕らえられ、余分な異分子として処刑の為に危険な場所への放逐を実行される。果たしてその流刑された所から生きて出られるか?己の身に起こったエラーに苦しむ事になる。 サブタイトル 〜異世界召喚されたおっさんにはエラーがあり処刑の為放逐された!しかし真の勇者だった〜

処理中です...