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第8章 二つの世界樹を世話しながら生きていこう

幕間の物語55.聖女は気づかなかった

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 都市国家ユグドラシルは、世界樹を中心に円形上に広がる森の周囲に建物が建てられてできた街だ。
 街の中心に行けば行くほど、住人のエルフたちの家が増えていく。ツリーハウスや、精霊魔法によって作られた大きな木の中で生活をしている。
 世界樹を一目見ようとやってくる観光客や、世界樹や希少な植物を商うためにやってくる商人たちは、その居住区に入る事はほとんどない。
 都市の端の方に、観光客や商人相手の店が集まっていて、奥に行く理由がなかったし、一部の商人以外は街の中心に行く事は許されていなかった。
 余所者のための宿屋も、ほとんどが都市周辺部にあり、神聖エンジェリア帝国の特使が泊まっている宿屋もそうだった。

「あーあ。やっぱり、前の宿のが良かったじゃん。シズトが貸切なんかするから、私たち泊まれないし」

 姫花は、白いネグリジェを着たままベッドに大の字になっていた。
 まだ結っていない肩よりも少し長い茶色の髪を弄りつつ、ため息をつく。
 彼女が以前泊まった宿は、『ふるさと』というシズトが泊っている旅館の様な場所だった。
 過去の勇者たちの話を元に作り上げられたその宿は、少し残念な所はあったが、日本を感じられる場所だった。
 今回も呼ばれて来たのだからそこに泊まれるのだろう、と思っていた姫花だったが、案内されたのは普通の宿屋だった。
 個室だからまだいいが、隣の部屋から夜な夜なお盛んな声が漏れ聞こえてくるのは勘弁してほしい、と姫花は思う。

「いっその事、静人に一緒に泊めて、ってお願いしちゃおっかな? 姫花、頭いいー」

 そうは言うものの、彼女は寝転がったまま動こうとはしなかった。
 数日前、シズトと話をするために、宿屋で待ち伏せをしようとした彼女たちだったが、仮面をつけたエルフに追い返されたからだ。
 姫花はもう一度ため息をついて、いつもよりも硬いベッドの上を転がる。
 しばらくそうしていると、誰かが部屋の前で立ち止まり、扉をノックした。

「姫花、起きてますか?」
「……起きてるけど、なに? シズトから返事が来たとか?」
「いえ、来てないです。昨日の出来事について、報告をしなくちゃいけないので、あなたも起きて手伝ってください。僕以外の視点も欲しいので」
「めんどくさーい」
「次の鐘が鳴るまでに来なかったら、あなたの部屋でやる事にしますね」

 話はそれで終わりだ、と明の足音が遠ざかっていき、明の泊っている部屋の扉が閉まる気配がした。
 サボってしまおうか、なんて思いが頭を過った姫花だったが、後で面倒臭い事になる事が分かっていた。
 渋々起き上がり、カーテンを閉めてネグリジェを脱ぐ。
 少し焼けてしまった肌が露になるが、彼女は気にした様子もなく着替えていく。

「あ、そういえばここの下着、結構いい感じって話だったっけ」

 話し合いが終わったら気晴らしで買い物に行くのもいいかもしれない。
 部屋の中でじっとしていても、シズトとは会えないし。
 そう判断した彼女は、お出かけ用の服に着替え、部屋を出た。



 三人で確認をしつつ、報告のための手紙を書き終わったので、姫花は後の事は明に任せて宿屋を出た。
 大勢の人が通りを行き交っている。

「いつ見てもやっぱり現実的じゃないわねー」

 もう死んでしまったからか分からないが、前の世界に戻りたいとはあまり感じない彼女だったが、いつまで経ってもあり得ない程巨大な木や、街を行き交う人間ではない者たちに慣れる事はできなかった。
 彼女の仲間である陽太は、異種族だろうが気にする事無く「異世界に転生したんだから楽しまないと損だろ?」と言って手を出しまくっているが、姫花は違う。
 自分の周りを侍らすのは同じ人族のみ。それも、彼女の中での常識の範囲内の髪と瞳の色の者だけだ。
 やっぱりちょっとは前の世界が恋しいのかな、なんて事を思いつつ目的の店まで歩く。
 宿よりも中心部よりの場所まで歩き、立派な木造建築の建物の中に入る。
 店内にはマネキンが置かれていて、ユグドラシル産の衣類が展示されていた。
 女性物のそれらに目を向けていると、一人のエルフの女性が近づいてきて、姫花に声をかけた。

「いらっしゃいませ、エンジェリア帝国の特使様。今日は何をご所望でしょうか」
「ちょっと下着を見に来たの」
「かしこまりました。では、こちらへどうぞ」

 姫花は、エルフの案内について歩くと、二階に通された。
 木製のマネキンが下着を身に付けている。際どい物もあれば、そうでない物もあった。
 彼女はその下着の中でも無難な物を手に取って、手触りを確かめていると、奥の方から声が聞こえてくる。
 どうやら客は彼女だけではなかったようだ。

「クー、ほんとにそれにするの?」
「だって楽だもーん」
「他のにしない?」
「嫌。お兄ちゃんが毎日履かせてくれるなら考えてもいいけど」
「………」

 全然似てない兄妹だな、と姫花は二人を見た。
 一人はマントを羽織った筋骨隆々の黒髪の男。
 黒髪に親近感を覚えつつも、口元を覆う黒い布が怪しさを引き立たせていたので、離れたところで様子を見る。

(前の世界だったら誘拐犯と間違われそうな見た目よね)

 男の連れは人形かと思うほど端正な顔立ちの美少女だった。
 空の様な青い髪に、夕日に染まった空の様に橙色の瞳。手足は細く、起伏に乏しいその体を惜しげもなく周囲に晒している。
 下着姿のまま試着室から出てきてしまったその子を、男はどうしたらいいのか分からず戸惑っている様子だ。

「……あんな小さい子に紐パン履かせちゃダメでしょ」

 その声が聞こえたのか、男は姫花の方を見て、「ゲッ」と言って固まった。

(固まってないで、さっさと妹を何とかしなさいよね)

 そう思いつつ、いつまで見てても迷惑だろう、と自分の下着を選ぶ事に専念した姫花だった。
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