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第6章 亡者の巣窟を探索して生きていこう

幕間の物語41.エルフたちは理解した

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 不毛の大地に生えた世界樹周辺では、たくさんの人間が野営をしていた。
 楽しそうに笑い合っている者たちもいれば、周囲のアンデッドに魔道具から出る光を当てて燃え上がらせている者もいる。
 軍隊のように隊列を組んで統率の取れた動きをしているわけではないのだが、身に付けている物はだいたい同じような装備。その数も尋常ではないため、エルフが玉砕覚悟で突破を試みても数多くの道連れと共に死ぬだけだという事が分かっていた。
 活気ある人間たちとは対照的に、世界樹を囲む壁の上で彼らを見ているエルフたちは覇気がない。
 世界樹のためと世界樹の使徒に命じられて立て籠っている彼らだが、一カ月ほど経ったが状況に変化はない。
 いつまで経ってもやって来ない援軍。食事の時間になると漂ってくる良い香り。夜は一部の人間たちが宴会を開いてのどんちゃん騒ぎ。繰り返し伝えられるこの世界樹についての話。それらすべてが彼らに苛立ちを感じさせていたが、致命的な程ではなかった。
 食料も飲料も節約して使っているためまだ余裕はある。ただ、これ以上節約しすぎるといざという時に力が発揮でない可能性もあるため、彼らに焦燥感を与えていた。
 ただ、何より彼らの精神にダメージを与えたのは、世界樹ファマリーの異変である。
 最初は、世界樹周辺に生えていた草が枯れ始めた。少しすると、世界樹から感じる魔力がだんだん弱まっていって、その様子が彼らの国にある世界樹ユグドラシルの姿と重なった。

(このままだと使徒様がお越しになる前に枯れてしまうのではないか?)

 その場にいたエルフ全員が同じ事を思った。
 まだこの世界樹はユグドラシルほどの大きさではない若い木だ。
 ユグドラシルは世界樹の素材の効果が減ってきてから見た目でわかるほど変化が出るまでだいぶ時間があったが、この木はまだ若い。枯れてしまうのも早いのかもしれない。一刻も早く世界樹の使徒様に来ていただく必要が彼らにはあったが、援軍どころか連絡すらない。
 世界樹の葉が萎れ魔力も最初と比べるとほとんど感じられなくなるくらいになってしまった時に、エルフたちのリーダーは決断した。
 落ちてきていた世界樹の枝と、自分たちの衣類で作った白い旗を壁の上に掲げ、門を開け放つ。
 人間たちはそれを見ていたが、遠巻きにするだけで近寄って来ない。ただ、エルフのリーダーには一刻も早く世界樹を何とかしてほしかった。
 他の仲間たちも同じ思いだったようで、自ら門の外に出て、人間たちの方へと近づいていく。ある程度の距離まで近づくと、魔道具を使ってこちらに呼び掛けていた人間が彼らを出迎えた。
 白銀に輝く鎧を身に纏い、帯剣したまま彼らを出迎えた人間は、まっすぐにエルフたちを見据えている。鋭い眼光は彼らを視線だけで殺そうとでもしているかのようで、年相応に皺が刻まれた顔も険しい表情だった。

「我々に戦う意思はない」

 エルフたちが両手を挙げたまま膝を地面についたが、人間たちは警戒を解かない。
 エルフはそのほとんどが精霊魔法を使えるからだ。何も持っていなくとも、どのような状況だろうと精霊さえいれば使えるそれがある限り、当然の事だった。

「貴殿らもそうなのだろう? これだけの軍勢を率いているにも関わらず、行うのは周辺のアンデッド退治と我々への嫌がらせくらい。我々としては援軍がくるまであのまま籠城していてもよかったのだが、状況が変わってしまった」
「世界樹に異変でもあったか」

 今まで黙っていた人間が口を開いた。彼はちらりと視線を世界樹に向けた後、長く息を吐く。

「分かっているなら話が早い。貴殿らの言い分では、ここにいた黒髪の少年が世界樹を育てていたのだろう? 彼をここに呼んで治してもらえないだろうか」
「いくら何でも虫が良すぎるのではないか? 勝手に占拠して、世界樹に何かあったら出てきて治せだと? 自分たちの行いによる結果だ。自分たちでなんとかしたらどうだ?」
「それは貴様らが――」
「私だけが話すと決めたはずだ。黙ってろ。……貴殿の仰る通りだが、当初の予定とは異なりなぜか世界樹の使徒様が遅れていてな。ここまで遅れてしまうのは何かあったのだろうが……」
「皆目見当もつかんな。不慮の事故に遭っていないといいな」

 顎を撫でつつ空を見上げる人間を、後ろに控えたエルフたちがすごい形相で睨んでいたが、リーダーは特に反応はせず、話を続けた。

「だが、この世界樹の異変がユグドラシルのそれと重なる部分が多いのだ。今すぐにでも何とかしたいのが正直なところなんだが……我々には、治す方法がない。だから、本当に生育の加護を持つ少年が世界樹を育てていたのなら、ここに呼びよせて何とかしてほしいのだ。もしも世界樹が元気になるようであれば、それを見届けた後は、我々を好きに扱ってくれて構わん」
(それが今の私にできる唯一の事なのだから、覚悟を決めようではないか)



 その後、人間とエルフの間で細かな話し合いが済み、数日が経つ頃に白銀に輝くミスリル製の防具を身に纏ったドラゴニア王国の近衛兵と共に、繊細な装飾が施された馬車が世界樹ファマリーの所にやってきた。
 エルフたちは、人間たちの魔法使い部隊のローブを身に纏い、数多くいる人間たちの中に混ざって様子を見ていた。
 壁の外側からなので様子は窺う事はできなかったが、黒髪の少年が入ってから少し経つと、世界樹に変化があった。

「これは、……間違いなく、本物だな」

 エルフたちのリーダーだけが何とか言葉にできたが、他の者たちは驚いた様子で口を開け、世界樹を見上げていた。
 先程まで萎れていたのが嘘のように色鮮やかな緑色の葉っぱが風に揺らめいている。世界樹特有の魔力も、先程よりも大幅に増えていた。
 人間たちの言い分と彼らに命令を下していた世界樹の使徒の話のどちらが嘘なのか、流石に他のエルフたちにも分かったようだ。反抗的な態度を隠さなかった若いエルフも大人しくなった。
 次の日の早朝、黒髪の少年が何かをしているのを兵士たちが遠巻きに見ているのを見て、エルフたちもその中に混ざった。
 少年と話すタイミングをエルフたちは窺っていたが、周囲がそれを許さなかった。
 奥へと戻っていく少年を見送り、他の兵士と共にエルフのリーダーは作られた建物に近づく。
 世界樹を背景に、建物が立っていた。どうやら神様を祀る建物のようだ、と立て看板を見てエルフのリーダーは理解した。

(……世界樹を育てる力を持った神様は、こういう姿をされているのか)

 小さな、それこそ子どものような見た目の像を沈痛な表情で見ていると、周囲にいたエルフたちがその場に崩れ落ちた。
 どうして世界樹を育てる力を授ける神が他の有名な神々と異なり子どもの姿なのか。それは、信仰されてなかったからなのだろう。
 どうして信仰がされてなかったのか、それを察したリーダーも自然と地に膝を付け、神に許しを請うように額が地面に着くまで伏せていた。
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