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第5章 新しいお姉ちゃんと一緒に生きていく

幕間の物語32.勇者たちは判断を仰ぐために帰る

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 ある日、ユグドラシルに隣接している神聖エンジェリア帝国に異世界転移された高校生たちがいた。それぞれが強力な加護を有していた彼らは、皇帝から付けられた専属の執事やメイド、教育係等から転移させられた世界について情報を知り、どのように行動していく必要があるのかを話し合っていた。

「強くなって冒険者になれば自由ってわけでもねぇんだな」
「ランクの高い冒険者になると自由は増えますが、責任も増えますからね」
「姫花、そういうのめんどうくさーい」
「姫花は良いだろ、聖女として祀り上げられてるんだから」
「でも、はしたないとかいろいろ言われてそれはそれでめんどうなんだよねー」
「加護は強力ですけど、上には上がいる事ははっきりしましたし、あまり悪名を広めすぎると神様から剥奪される事もあり得るらしいですから、あまり調子に乗って変な事はしないようにしないといけませんね」
「今まで通り王様の言うとおりにしておけばいいんじゃね?」
「はぁ……王様じゃなくて皇帝陛下です。いい加減覚えてください」
「どっちでもいいだろ。んな事より明、メイドさんとはどうなんだ?」
「何もありませんよ。節操なしの陽太と一緒にしないでください」
「馬鹿だな、お前。手を出していいって王様に言われてんのに。据え膳食わねえのは男の恥とか言うだろ?」
「明らかにハニートラップの類でしょう、あれ。陽太はとっかえひっかえ手を出してるみたいですけど、そのうち刺されても知らないですよ」

 中性的な顔を嫌悪感で歪め、陽太を注意する明。姫花は、「また始まった」と辟易した様子で爪の手入れをする。話を変えないと延々と男女の事を話し続ける事を今までの事で分かっていた姫花は何となく話題を変えるつもりでもう一人の転移者について話を振った。

「そういえば、あいつって生きてんのかな?」
「あいつ?」
「静人の事ですか?」
「そうそう、後から慌ててついてくるって思ったけど全然現れないし、なんかの手違いで来れてないとか?」
「どうなんでしょうね。それとなく皇帝陛下にはお聞きしましたが、勇者がもう一人いるとは聞いてないという事でした。嘘をついてない事は常時発動するようにしている魔法で確認済みですし、知らないのは間違いないでしょう」
「ちょっと、今も使ってんの?」
「当たり前でしょう? 自分の身を守るために、ちょっとした嘘を見破っておくのは大事な事ですし。何より魔力を増やす練習にもなりますし。陽太は常に身体強化を使ってますし、姫花だって回復魔法を自分に常に使ってるでしょう?」
「それとこれとは別でしょ。魔法でお肌の状態をキープできるから使ってるだけだし。使うんだったら別のを使いなさいよね! 姫花嘘なんてつかないけど、気分悪いじゃん」
「ハッ。嘘をつかない事が嘘じゃないですか」

 二人の喧しいいがみ合いを見ながら陽太はため息をつきたくなったが、三人がいた部屋に人がやってきた事で状況が変わった。

「勇者様方、よろしいでしょうか? 皇帝陛下がお呼びです」



 呼び出された彼らは、皇帝陛下の指示で都市国家ユグドラシルの援軍として派遣された。
 ユグドラシルからの依頼は、世界樹の苗を盗んだ不届き物がいるから協力してほしいという物だった。その犯罪者を捕らえるために国境を越え、不毛の大地へと向かう三人。盗人は必ず生きて捕らえるように、と言われたため捕縛用の人員として、姿を隠したエルフが先行しているらしい。
 盗人である黒髪の人物の周りには常に雇われた冒険者がいるため、その排除、もしくは足止めが彼らの仕事だった。
 騎乗した状態で馬車を先導するように走りつつ、三人は話をしていた。

「黒髪って、もしかしてあいつかな?」
「静人の可能性は低いでしょう。大方、勇者を先祖に持つ加護持ちだと思います」
「ってか、なんでエルフの国の近くで育てるんだか。俺でもそんな馬鹿な事はしねぇよ」
「運んでいる途中で何かしらのアクシデントがあったのかもしれませんね。ドラゴニア王国内での出来事ですし、最悪ドラゴニア王国が今回の件で関係があるかもしれません。戦争もあり得るでしょう」
「えー、姫花戦争嫌なんですけどー」
「戦争いいじゃねぇか、活躍すれば貴族も夢じゃねぇし」
「厄介なのはドラゴニア王国の位置ですね。北は海で東西は魔物の領域。南は不毛の大地が続いているので王都まで攻め込むのは難しいでしょう。連合国として攻め込むなら南北からですね。そのための準備をし始めていると世界樹の使徒様も仰ってましたし。あ、またアンデッドが出てきましたね。姫花、お願いします」
「もう、めんどうくさーい」

 文句を言いつつも杖を向け、神聖魔法でサクッとゾンビを倒す姫花。【聖女】の加護は神聖魔法と回復魔法の二つが突出して優れている。魔力がある限り、アンデッド相手に苦戦をする事はなかった。
 都市国家ユグドラシルから休憩を挟みながら移動を続けて数日経つと、今まで代わり映えのない景色にも変化が出た。遠くからでも分かるくらい明らかに大きな木が生えていた。

「苗木って言ってたよな?」
「そのはずですが」
「明~、とりあえず魔法でチャチャッと様子確認してよ」

 そう言われるまでもなく、明は『遠見』の魔術を使って遠くを見据える。そして、目を疑った。

「……静人がいます」

 陽太が良くパシリにしていた少年がそこにいた。少年もこちらに気づいているようで、何か道具をのぞき込んでこちらを見ているようだった。こちらが視認されているのであれば警戒されるのも面倒だ、と陽太は速度を変えずに馬車を先導して馬を歩かせる。姫花もその後を続き、明は魔法を維持したままついて行った。

「世界樹の周囲の地面が鉄のようなもので覆われてますね。所々全身鎧が飾ってあるのは何の意味があるんでしょうか」
「俺が知るかよ」
「静人が盗みをするって信じられないんだけど。陽太がやれって言った時も結局やんなかったじゃん」
「王様からの命令でやらされてるとかかもしれませんが、事情はどうあれやる事は変わりません。エルフたちは僕たちが周りを片付けた後に捕縛するそうですが、手荒な事は避けたいですし、まずは話からしましょう」



 三人がそういう話を静人は聞いていなかったが、結局話し合いで解決はしなかった。
 静人と話をしたが以前のように陽太の言う事を聞く事はなくなっていた。
 ただ「身の安全を保障する」と言ったら一人だけで陽太たちに近づいてきた。

(最初っから言う事聞けよ)

 今まで犯罪以外であれば何でも言う事を聞いていた格下が、ちょっと加護を貰って自信がついたのか歯向かってきていた事に苛立ちを感じていた陽太は内心で毒づく。
 陽太の隣に立っていた姫花は、静人と一緒にいた女たちを順番に睨みつけながらイライラしている様子で静人が近くに来るのを待っていた。
 明は一人だけ油断をする事無く、魔法の詠唱をいつでも始める事ができるように準備をしつつ、静人の様子を注視していた。その結果、それで反応が遅れてしまった。

「もう、好きに生きるって決めたんだよね。だから、ごめんね?」

 にへらっと困ったように笑う静人が地面を覆う鉄を踏んだ瞬間、魔力の高まりを感じて明が杖を正面に構えて詠唱をしようとする。自分と同じ魔法系の加護を得たのだろう、と思い静人の唇の動きを注視していたため明は地面を覆っていた鉄が液体になった事に気づくのが遅れた。

「シズト! 黒髪が炎魔法を使おうとしているのですわ!」
「くらえ、膝カックン!」
「な!?」

 静人の掛け声とともに足の裏の感触が変わり、そのすぐ後には膝裏をしたたかに打ち付けられてバランスを崩す明。静人が【加工】を使って鉄の棒を生成し、膝カックンをする要領で膝裏を打ち据えただけだったが、明は動揺した。

(無詠唱魔法でこんな広範囲を一気に変えるなんて……!?)

 考え事をしながら体を起こそうと手をついたら、先程まで地面を覆っていた鉄が彼の体に纏わりつき、さらには口すら塞いできた。

(これじゃ詠唱が!)

 慌てたのは明だけではない。明の側で支援系の魔法を使おうとしていた姫花も、地面を覆っていた鉄がなくなったとたん地面から無数のアンデッドが現れた事に驚き、そちらに意識が行き過ぎていた。詠唱を唱えるには時間が必要だったが、気づいた時には側にいた明が鉄で拘束されていた。陽太に視線を向けると、陽太も姫花を見ていて、とても焦った表情で反転し、姫花たちの元へ戻って周囲のアンデッドを斬撃と共に放った魔力の刃でアンデッドたちを両断する。

「ゾンビ系ばかりだ! 俺が時間を稼ぐ。姫花は魔法を使って一掃しろ!」
「分かったわ。その御名の下、輪廻の輪から外れし者たちをあるべき場所へと返す光をここに。『ホーリーライト』!」

 陽太が身体強化を駆使してゾンビを片っ端から移動不能にしている間に姫花が詠唱をした。詠唱が終わるとともに、姫花が頭上に掲げた杖の先から、全方位に白い光が放たれて周囲のゾンビを一掃する。
 周囲を警戒しながら陽太が怪我がないか二人に視線を向けた時には、無詠唱で『テレポート』を発動した明が震える手を抑えつつ、立っていた。
 その視線の先には、数秒の間に出来上がっていた高さ五メートル以上の鉄壁がそこにあった。

「静人は……壁の奥か?」
「魔力反応がありません。何かしらの方法でどこかへ行ったか、姿を隠したと考えるのが妥当かと。いずれにせよ、おそらくドラゴニア方面に逃げたんでしょうが、確証はありませんし今できる事はないかと」
「静人があんな事するなんて、やっぱり加護持ったから? ちょっと調子に乗ってんじゃない? 次会った時はどっちが上か思い知らせてよ」
「それは少し待った方がいいかもしれません。あの壁に書かれている文字が読めますよね?」

 明に促される形で、二人が壁に目を凝らすと、世界樹の秘密について書かれていた。
 慌てて確保しようと動いたが、アンデッドに襲われていたのであろうエルフたちも、姿が見えている事も気にした様子もなく鉄の壁に書かれた文字を見上げて困惑している様子だった。

「少なくとも、あの鉄の壁に刻まれている事が本当だった場合は濡れ衣を着せた事になってしまいますね。すでに事が起こってしまった後ではありますが、一度戻って判断を仰いだ方がいいでしょう」
「ちっ。仕方ねぇな。でも誰が行くんだよ。俺のメイドたちだけで行かせるわけにはいかねぇだろ? 騎士たちにでも行かせるか?」
「おそらく僕たちの監視という意味もあるから騎士たちだけで行かせるのは難しいでしょう。この場所を確保するようにとは言われてませんし、とりあえずユグドラシルへ戻りましょう」
「えー、めんどうくさーい。明の魔法で戻ればいいじゃん」
「ユグドラシルで穏便に話が済むとは思えませんし、温存しておいた方がいいでしょう。それに、監視の騎士やメイドを連れていく事もできませんし」
「そうと決まればさっさと戻ろうぜ。アンデッドがまたわいてきてるみたいだしな」

 陽太が少し離れたところにとまっていた馬車の方に向かって行き、中で隠れていたメイドに話しかけていた。その周囲を守るように控えていた護衛騎士たちも陽太の話を聞いて、御者に馬車の方向転換をさせて、来た道を来た時よりも速いペースで走っていく。
 その後ろを姫花と追いかけながら明は手が震えるのを止めようとしながら考える。

(静人が僕を殺す気だったら今頃死んでた。やっぱり固定砲台みたいな戦い方はダメだな。少しでも動きながら戦えるようにならないと――)

 明は今回の反省点を脳内で反芻しながら馬を操る。幸い、ユグドラシルまで戻るだけでも時間がだいぶかかる。だから明が考える時間はたくさんあった。次戦う機会があるなら、その時は自分が勝つ、と震える手を必死に抑えながら明は決意した。
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