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第2章 露天商をさせて生きていこう

幕間の物語10.ドラン公爵と噂の異世界転移者

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 ドラゴニア王国の南に位置するダンジョン都市ドランを治めるのは、王家とも血縁関係のドラン公爵だ。
 その広大な領地には複数のダンジョンを有しており、中でも領都のドランのすぐ近くにある二カ所のダンジョンは冒険者に人気で数多くの冒険者が夢を見てこの街にやってくる。
 先代のドラン公爵は女好きで市井の中にも先代の公爵の子を身ごもった人物が多くいた。
 ただ、当代のドラン公爵はその父を反面教師にしたのか、貴族には珍しく正妻しかいなかった。
 子どもも複数いたが、どの子もすでに婚約者を決め、厳しく躾をしている事もあり男女関係の悪い噂は出回っていなかった。
 子どもたちの状況に満足していたドラン公爵だったが、そんな彼に一つの報せが王家から届いた。

 ――異世界転移者がこの国に降り立った。

 その報せを受け、すぐさま公爵は情報をあらゆる手を使って集めた。
 どうやら厄介な事に領都ドランにやってきたらしい。
 ただ、その転移者は今までの転移者の中でも数少ない戦闘に関係のない加護を持っているようだ。
 最高神からのお告げでは、加護の内容までは知らされはしなかったが、言動や冒険者ギルドでの振る舞いを監視させていてその結論に至った。

「さて、どうしたものか」

 ドラン公爵は短く切りそろえられた金色の髪を撫でつけながら思案していた。
 報告では、すでに冒険者ギルドが囲い込みを始めているらしい。
 どこのトップも考える事は同じなようだ。
 女の冒険者を護衛として配置し、あわよくば男女の関係になる事を狙っているのだろう。

「俺もそうしたいところだが」

 ドラン公爵はため息をついた。
 自分の子どもたちは皆、婚約者がいる。
 一方的に婚約を破棄する理由もないし、何より当人たちの仲が良好だった。
 できれば親の都合で別れさせず、幸せになってほしい。
 そんな事を考えるドラン公爵は貴族の中では、やはり少数派だろう。
 ドラゴニア王国でも政略結婚はよくある話だ。
 ただ、公爵ともなると相手に困る事はない。それ相応の格はあればいいが、本人たちの気持ちさえちゃんとしていれば好きなようにすればいい、とドラン公爵は考えていた。

「……そういえば、丁度いいのがいたな」

 認知されていない者たちで組織した暗部の子の中に、ちょうど同年代のものがいたはずだ。
 その事を思い出したドラン公爵は早速動き始めた。



 眠たそうな目でドラン公爵を見ているのは、急遽呼び出された金色の髪の少女だった。
 落とし胤の中でも強く加護が顕れ、二つも持っている少女だ。ドラン公爵は、養子として迎え入れるのはどうかと考えていた人物だった。
 名をドーラ。守りに秀でた者だと聞いていた。

「今日からは暗部としてではなく、重要人物の護衛兼偵察として公爵家のために働け」
「分かった」
「魔道具を作るらしい。それに関する報告を忘れるな。以上だ」
「……それだけ?」

 ドーラが不思議そうに首を傾げた。
 その疑問に答えるようにドラン公爵が鼻から息を吐いた。

「お前の父に当たる人物について思う所はあるが、それ相応の働きをしてくれてこちらに損害を出さない限りは、認知されてなかろうが血縁者だ。男女の関係に無理やりなれとは言わん。まあ、なりたかったらなればいいがな」

 戦闘系の加護を持つ転移者であれば是が非でもほしい所だったが、戦闘系でないのならば、はるか昔に転移者の血を取り入れ、強力な加護が受け継がれてきたドラン公爵としては正直どっちでもよかった。
 むしろ機嫌を損ねられ、この街から離れるくらいは構わないが国の外に出られてしまっては困る。
 下手に刺激するよりは、自然の流れでそういう関係にならない限りは彼が作り出す魔道具さえ手に入りやすければそれでよかった。
 ドーラは納得してなさそうだったが、ドラン公爵はそれ以上話す事はない、と仕事に戻った。



 ドーラからもたらされる魔道具の定期報告はドラン公爵の立場をさらに盤石なものとした。
 特に『揺れるだけで痩せる腹巻』は王家にたいそう喜ばれた。

「まあ、年頃の娘が体重で悩んでいたらそうなるか」

 ドラン公爵としては『浮遊台車』の方が重宝している。重宝しすぎているため、社交界では話にも出していない。
 ただでさえ冒険者ギルドに抱え込まれているのに、これ以上こちらに流れてこなくなるのは避けたいのが彼の本音だった。
 領都ドランの南側には不毛の大地があり、すぐ近くにはダンジョンもある。万が一ダンジョンから魔物が溢れたり、不毛の大地からやってくる魔物の事を考えて、壁の中に領民を住まわせていた。ただ、少し手狭になりすぎていた。
 そこで壁のさらに外側に外壁を作る事にした。気長にやる予定だったが浮遊台車の影響もあり、当初の予定よりも進捗がいい。
 浮浪児たちがたくさんのレンガを運ぶ事が出来るようになった事もあり、貧民対策にはなっているようだった。
 他にもたくさんの魔道具が生み出されてはいたが、一番の恩恵を受けたのは浮遊台車だと言いきれた。
 ただ、その便利な魔道具を作れる魔道具師を攫おうと裏ギルドが動き出したらしい。
 ドラン公爵の目の前に座った、金色の髪に青い瞳の青年からの報告を受けて確証を得た。
 裏ギルドの中にも間者は潜ませていたが、どうやらその間者が手っ取り早く解決するためにドラン公爵の目の前の人物に依頼を出したようだった。

「それならそうと、事前に言っておいてほしいものです。公爵様も、報告を受けていたのなら知らせて欲しかったです」
「定期報告も、領都に来ても挨拶に来る事もなかった男がよく言う。裏ギルドの方は一度見せしめとして全力で叩いておく。お前も手引きしろ」
「はぁ……かしこまりました、公爵様」

 まだ何か言いたそうな青年だったが、部屋から出ていった。
 残されたドラン公爵もため息を一つついて席を立ち、窓から外を眺めた。
 憂鬱そうにお腹をさすりながら、誰にも聞こえないくらい小さな声で呟く。

「俺もそろそろ腹巻をするべきか」
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