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第2章 露天商をさせて生きていこう

幕間の物語9.怪盗は失敗した

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 ドラゴニア王国の南に位置するダンジョン都市ドランは、深夜になると流石にいつもの喧騒がなくなる。
 中央通りよりも北に位置する宿屋が集まった一帯も、静寂に包まれていた。
 その通りを、一人の男が歩いていた。
 目深に被った漆黒のローブに、マスクをつけた人物の顔は窺えない。
 男の正面から、二人組の巡回兵が歩いてきたが、男は動じる様子も見せない。
 身につけた魔道具が自分を隠してくれることを理解しているからだ。
 堂々と二人組のすぐ近くを横切ったが、巡回兵は気づく事はなかった。
 男は当然の結果だとは思いつつも、少し胸騒ぎがしていた。
 明らかにここら一帯の警備がきつい。要人がお忍びで泊っているのかもしれない。
 自分にとっては迷惑な事この上ない現状だが、裏ギルドから手に入れた情報によると、対象は眠りが深いらしく、一度寝始めると一定の時間になるまで起きない事がわかっていた。
 魔道具を使えば問題ないだろう、と男は判断すると目的の宿へと向かって行く。



 目的の猫の目の宿は三階建てでわかりやすい。
 どの窓も閉められていて、中は窺えなかった。
 男は懐から杖を取り出して魔法を唱えると体が浮き上がり、三階の一番端の部屋の窓の目の前で止まった。
 カーテンがされていて中は窺えないが、対象が一人である事は魔力で男にはわかっていた。横になって眠っているようである事も。
 杖をもう一度振ると、音がして鍵が開いた。
 男が窓を開けようと杖を振ると――なぜか開かない。
 押戸でも引き戸でもない。
 男は室内から窓に何か差し込まれている事に気づいた。

「魔道具か」

 障壁を張るタイプのものだと判断すると、男は新しい魔道具を取り出して窓に差し込まれていた魔道具を壊した。
 壊れると同時に、甲高い音が街中に思いっきり鳴り響く。
 男が驚いてその場で状況を確認していると、一拍遅れて対象が寝ている室内の壁が粉々に砕けて大きな穴が開き、そこから入ってきた女性が対象をまたぐ形で周囲を警戒している。
 その間も鳴り響く差し込まれていた魔道具。
 少し遅れて部屋に入ってきた人物を見て、男は明らかに動揺した。
 金髪の短い髪に、青い瞳。何より端正な顔立ちは男の知り合いにそっくりだった。
 その少女は眠たそうな目だが、大きな盾を構えつつ、手に持っていた何かが書かれた紙を広げて部屋の周囲を見渡している。

「なるほど……あんのクソアマ」

 声に苛立ちを交え、つい小さな声で男が悪態をついたが、気づくものは誰もいなかった。
 さらに遅れてやってきたのは床にまで伸びる黒い艶やかな髪に紫色の瞳の女だった。
 周りを警戒している二人とは明らかに異なり、横になっている対象――黒髪の少年シズトを気にしていた。
 ただ、よほど眠りが深いのか彼が起きる気配はない。
 それを呆れた様子で見降ろす赤い髪の女――ラオが警戒をしたまま、ため息をついた。

「こんなうっせぇのに、よく寝てんな。安眠カバーもう使わせないほうがいいんじゃねぇのか」

 ラオが足でつんつんと体をつつくがシズトは身じろぎすらしなかった。
 ただ、呼吸をしているのは胸の動きを見ていれば分かったので、とりあえず気にする事をやめた彼女は見覚えのない人物を見る。

「……少なくとも室内にはいない、と思う」
「一応聞くが……お前、ドーラだよな?」

 こくり、と頷くドーラ。
 そんな二人を気にした様子もなく、長い黒髪の女――ホムラは魔道具に触れて音を止めた。
 それと同時に「何の騒ぎだ!」と階下から駆け上がってきた大きな獣人が室内に入ってきた。
 そこまで見届けると、窓の外で漂っていた男はため息をついてその場を後にして、領主の屋敷の方へと向かった。
 領主の屋敷までは先程よりも巡回兵が少なく、問題なく領主の屋敷の中に入る事ができた。
 ただ、屋敷に入ってしばらくすると、メイド服に身を包んだ女性が彼の前に現れた。彼女の近くにはランプが浮いている。

「お待ちしておりました」
「すべて把握している、ってところか」
「お話はご主人様からお聞きください」

 それだけ答えると、メイドは男に背中を見せて歩き始める。
 男はフードを取ると、宙に浮いているランプが、彼の金色の髪を照らした。
 男は黙ってメイドの後に続く。大きな扉をくぐり、長い廊下を歩き、階段を上り、また廊下を進んだ先に明かりがついた部屋があった。
 メイドが扉を開き、中に招き入れられると、メイドが扉を閉める。
 男は特に気にした様子もなく、部屋の中央に置かれた大きな机の傍にあった椅子の隣で直立して待つ。
 そこにゆったりとした寝間着を身につけた中年の男性が入ってきた。
 男性が席に着くと同時に「そこにかけろ」と言ったので男は椅子に腰を下ろした。
 男性の短く切られた金色の髪はナイトキャップにおさめられている。青いジト目は夜中の訪問者をまっすぐ見ていた。

「久しぶりだな。いつぶりだ?」
「三年ほどでしょうか」
「そんなになるか。最近は王都の方で何やら騒ぎを起こしたらしいではないか」
「反抗勢力が不当に集めていたものを、もとあるべき場所に戻しただけです」
「物は言いようだな」

 中年の男性が葉巻に火をつけ、煙を吐くと「さて」と、目の前の男を見据えた。

「今回お前を雇った裏ギルドの拠点を、教えてもらおうか」
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