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第1章 冒険者になって生きていこう

13.事なかれ主義者の昇格試験③

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 魔物だとしても、傷つけるのには抵抗があった。
 殺すなんてとても無理。
 小説とかの異世界転移した主人公のように慣れる事はいつかできるのかもしれないけど、今はできそうにない。
 だから、僕にできる事は足止めくらい。
 階段を下ると、相変わらず女性たちは座り込んだまま動いていない。
 下の方では、ラオさんが階層の入り口付近までゴブリンを押し戻している様子だった。
 ちょっとお話をしたいので、タイミングを見計らって、【加工】を使う。
 たくさん抱えていた鉄のインゴットが液体のようになり、みんなの足元をサッと移動すると下の階層の入り口で鉄の壁となった。
 ラオさんは突然の事で一瞬硬直したが、振り返ってこっちを見た。

「ラオさん!」
「ドーラ、どういう事だ。なんで戻ってきた!」
「………」
「僕が相談して、ドーラさんはできる、って判断してくれたから戻ってもらったんだよ。ラオさんも聞いて。それから判断して!」
「………手短に話せ」

 チラリと背後の鉄の壁を確認してから、死んだゴブリンを脇にどかしつつ、ラオさんが階段を上ってくる。
 僕はアイテムバックからたくさんの鉄のインゴットや、木のブロックを取り出す。
 以前から露天商で売るために錆ついた武器を買い占めた結果作った鉄のインゴットや、木工の端材をひとまとめにしたブロックはたくさんある。
 【加工】を使えば今のように自由に変形させて壁にすることもできるし、『拘束具』にだってする事は可能なはずだ。

「捕まえたところを動ける奴が仕留めていく感じか。ていうか、お前がとどめを刺していけばいいんじゃねぇか? それこそ、鼻と口塞げば」
「……できる、とは思うけど」
「まあ、血を見て顔真っ青になる奴に魔物とはいえ、生き物を殺すのは厳しいわな」
「ごめん」
「気にすんな。そこはアタシらが頑張ればいい」

 ラオさんが僕の頭を優しく撫でながら、ゴブリンの足止めをしていた冒険者たちを見た。
 その冒険者たちは、ラオさんから貰ったのか、ポーションを飲んだり、傷を負った場所にかけたりしている。
 腕が明らかに折れていた人も、ポーションを飲んで治っていた。
 ドーラさんが持っていたポーションもそうだけど、すごい効き目。
 ただ、ボロボロな防具は相変わらず、持っていた武器も折れている人もいた。
 革の防具は【加工】できないみたいだけど、鉄の武器は新品同様に直せた。そしたらとても驚かれた。

「あんまり加護の安売りはすんなよな」
「これから僕の代わりに倒してもらうには必要でしょう?」
「だとしても、あんまり人様に加護の力を見せないようにするもんなんだよ!」

 撫でていた手によって乱暴に頭をわしゃわしゃされる。
 ひとしきりされるがままになっていたら、ラオさんがため息をついて冒険者の方を見て、あんまり言わないように口止めしていた。
 僕はぐしゃぐしゃにされた髪を整えながらラオさんに考えていた作戦について確認する。

「普通のゴブリンは木でも十分って、ドーラさんが言っていたけど、それでほんとに大丈夫?」
「まあ、物にはよるが一瞬の足止めにはなるだろ。それこそ、こけさせる事ができたら槍で刺せばいいし」

 冒険者の一人、槍を持った同年代くらいの男の子を顎で示してラオさんが話を続ける。

「さっき見た感じだといないとは思うが、もしいたら色違いは鉄のがいい。杖持ちは木でもいいが、口をふさがねぇと魔法打ってくるから口だけでも塞げ。色が違ってでかいやつは鉄でも厳しいだろうから、アタシが優先的につぶすから、周りの雑魚を止めてくれればいい。あとは色が同じでめちゃくちゃでかいやつがいたけど、そいつはアタシがやるから相手にしなくていい」
「えーっと、色違いは鉄で、杖持ちは口塞いで……?」
「でかいやつはほっといてちっこいやつを足止めしてくれればいい。他の奴らはこいつを守りつつ倒せそうなやつから倒せ」



 階段を上って移動できるのは、ダンジョンが産んだ魔物以外だそうだ。
 ただ、念のため女性の前後の階段は鉄の壁で塞いだ。息が出来るようにちょっと穴は空けたけど。真っ暗になると心細いだろうから、浮遊ランプをそばに浮かせておいた。
 第五階層の入り口の鉄壁は叩かれているのか、音がするのでどうしよう?
 とりあえず、鉄のインゴットを【加工】して、長い鎖のようなものを遠く離れたところから鉄壁にくっつける。
 それからもう一度【加工】して、鉄の壁を液体に戻し、出入り口付近にいたゴブリンたちの足元に広げ、ゴブリンの足もろとも、固めてやった。

「器用なもんだな」

 ラオさんが先陣を切って、第五階層に降りた。
 その後を四人の冒険者が続く。
 ドーラさんは僕の前に陣取り、僕はいそいそと浮遊台車を取り出して、その上に座る。

「ホムラ、お願い」
「かしこまりました、マスター」

 ホムラは無表情で取っ手を持って起動すると、僕を乗せたまま浮遊台車が浮かび上がる。
 ホムラは、僕をロープで浮遊台車に縛り付けると、浮遊台車に足をのっけて階段を蹴った。
 浮遊台車はドーラさんを置き去りにして滑り台のようにスーッと滑っていく。
 ゴブリンたちの足は鉄とくっついて身動きができないようだった。バランスを崩して手をついているゴブリンもいて、手も鉄とくっついているゴブリンもいる。
 それにとどめを刺していく冒険者たちを極力見ないようにするけど、力が抜ける。
 ただ、今の僕には力なんて必要ない。
 アイテムバックから木のブロックをたくさん取り出して辺りを見渡すと、部屋の中央付近にゴブリンが隊列を組んでこちらを見ていた。
 防衛班みたいなものなんだろうか。奥には、ゴブリンたちの数倍はあるように見える緑色のでかいゴブリンがいた。

「ゴブリンキングだな。ゴブリン系の魔物の中でも上位種だ。あいつがいたら、そりゃ駆け出し冒険者はきついだろうよ。他に変異種はいねぇみてぇだが、あいつがいるだけで知恵をつけるからなぁ」

 ラオさんがゴブリンキングを睨みつけながら呟いた。
 僕はゴブリンどんだけいるんだろう、とか思いつつせっせと木のブロックをひとまとめにして大きな球体を作る。それに鉄の鎖を細く長くつなげていると、ドーラさんが追いついた。

「ドーラさん、こんなおっきいけど、ほんとに大丈夫?」
「問題ない」

 そう言ってドーラさんが自分の身の丈よりも大きな木の球体を持ちあげると、軽々とゴブリンめがけて投げ飛ばした。
 ゴブリンキングがそれを見て、ゴブリンたちに指示のようなものを出すと、それを避けるような動きを見せたので、すかさず【加工】をした。
 木の球体が液体のようになり、ゴブリンを追いかけ、包み込んでいく。
 恰好が同じゴブリンしかいないので、とりあえず、身動きが取れないように足と腕を拘束して、次の木の球体をせっせと作る。

「……やっぱお前ひとりでもなんとかなるんじゃねぇか、これ」

 なんかラオさんが言ってるけど、僕は気にせずせっせと球体を作って、ドーラさんが投げる事を繰り返した。
 ゴブリンたちもやられるばかりではなく、途中で近づいてきたがそこめがけてドーラさんが投げ込む。
 四人の冒険者は拘束されたゴブリンたちにとどめを刺していき、ラオさんは僕の周りで警戒している。
 ゴブリンキングの合図と同時にたくさんのガラクタや、犠牲になった人たちのだと思われる骨を投げつけてくるが、ホムラが時々キックボードのように浮遊台車を動かし、それを避けたので問題なかった。
 途中で木が足りなくなったので、鉄の球体に代わったが、問題なくドーラさんはポンポンとなげる。
 その力はどこから来るの? とかちょっと他の事を考えて、ゴブリンの断末魔を意識から頑張って追い出して拘束具に【加工】していく。
 どれだけの時間が経ったかわからないが、ゴブリンキングがラオさんと戦い始めたので、邪魔をしないように取り巻きのゴブリンを拘束した。
 ゴブリンキングが持っていた大きな棍棒をラオさんが避け、一気に距離を詰める。棍棒をまた振り上げようとしていたので、床と棍棒をたくさんの鉄でくっつけて動かせないようにした。
 図体は大きいけど、さすがに棍棒を包み込むレベルの鉄の量だと引き抜けないみたい。

「爆砕拳!!」

 その隙を見逃さず、ラオさんの叫び声と共に、ゴブリンキングが見えない何かに何か所も殴られたかのように浮かび上がった後、爆散した。
 ……ラオさん、怖い。
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