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第1章 冒険者になって生きていこう

幕間の物語2.訳アリ冒険者はお守りをする

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 ドラゴニア王国の南に位置するドランは、ダンジョン都市として有名だ。都市の近くに初心者向けのダンジョンと、中~高ランク冒険者向けのダンジョンがある。
 多くの冒険者がダンジョンを目的に訪れ、一獲千金を夢見て活動しているが、例外もいる。
 ドランのギルドマスターに呼び出されたラオという冒険者もその一人だった。 
 ギルドマスターのイザベラと以前、ラオの妹と共にパーティーを組んで活躍していた彼女だが、今は妹のために、ドランからあまり離れない仕事を選んで受けていた。
 そのラオは、ギルドマスター室でイザベラと向かい合って座っていた。
 短い髪は燃えるように赤く、髪の色と同色の目は気の強さを表すかのようにつり目だ。身長は二メートルほどあり、鍛え上げられた体躯を見せびらかすかのようにタンクトップをいつも着ている。
 長く逞しい足を組み、ソファーにドカッと座っているラオを気にする素振りもなく、イザベラは手に持っていた書類を見ていた。

「今度はどんな依頼だ?」
「ちょっと専属護衛としてしばらくついてほしい子がいるのよ」

 単刀直入にラオが聞くと、イザベラも端的に伝えた。
 細かい内容を気にしない性格である事は、以前から共に冒険していたイザベラは理解していたし、今の彼女の状況ではドランから長い期間離れるような仕事でなければ、だいたい受ける事も分かっていた。

「報酬は一日ごとに金貨一枚」
「それはまた、気前がいいじゃねぇか」
「それだけ、その護衛対象が金を生んでくれそうなのよ」
「加護持ちか」

 イザベラが頷くのを見て、ラオは露骨に顔をしかめた。
 子どもが見たら泣きそうなその表情を見ても、イザベラは顔色一つ変えない。

「大丈夫よ、見た感じ人畜無害な感じの子だし、戦闘系の加護ではないわ。魔道具を作る加護みたいよ」
「魔道具を作る加護? 聞いた事ねぇな」
「とにかく、危ない目にあいそうになったら守ってあげてほしいの。状況によっては護衛を増やすけど、とりあえず今の所はあなた一人でお願い」

 ラオはため息をつくと、しぶしぶとその依頼を受けた。
 妹のために金はいくらあっても足りないくらいだ。それに、護衛をしている間は、その護衛対象者が今泊っている宿の部屋の隣に泊まり、その代金はギルド持ち。
 加護持ちである、という事は懸念点ではあるものの、ある程度こちらが護衛対象の行くところを誘導すれば、ドラン内だったら南以外は危険はほぼないだろう。
 そんな思惑が彼女の中にあった。
 宿は『猫の目の宿』だった。二食付いて一泊銀貨一枚。
 魔道具を作れるのならもっといい所に泊まればいいのに、なんて事を考えつつ、依頼は翌日からだったので夕食まで一階でのんびり過ごす事にした。
 護衛対象は転移者の血を強く受け継いだのであろう少年、シズト。
 今月冒険者登録するまではどこで何をしていたのか不明。どこかで勇者が手を付けた女が産んだ子どもだろう、と情報を頭の中で思い出しつつラオは護衛対象が夕食を食べに来るのを待っていた。

「帰ってきていないのか?」

 夜遊びするようなタイプは面倒くせぇな、なんて事をラオは考えながら、暇つぶしに飲んでいた酒を飲みほし、自室に戻って寝る事にした。自室に入ると、隣の部屋の気配を探ると一人分の気配を感じた。

「部屋にはいるみてぇだな」

 とりあえず、軽く寝ておこうと、ラオは眠りについた。



 翌日、顔を合わせて、やっぱりこいつだったか、なんて事を考えながらシズトに挨拶をするラオ。

「おう、おはよう。今日からお前の護衛をする事になったラオだ。よろしくな」

 シズトは、にへらっとちょっと困ったような笑顔で笑って、挨拶を返してきた。

「おはようございます、ラオさん。僕はシズトです」
「あー、知ってる知ってる。ほら、とりあえず飯食いに行くぞ」
「あ、はい」

 朝食の席では昨日とは異なる獣人の女性、ルンが配膳していた。
 この宿は獣人が営んでいる事もあって、客は他の宿と比べて少ない。トラブルを回避するために人が少ない宿を紹介したクルスだったが、護衛をするには問題はなかった。
 シズトはちらちらと視線がルンの胸元に行ったり、ラオの胸元に来たり――あからさまではないが、ラオは気づいていた。

「それで? 今日はどういう予定なんだ?」
「とりあえず、これ納品して今日の宿代稼いだら街の配達の依頼を受けようかな、って」
「レンガは運ばないのか?」
「配達で魔力使っちゃうと魔力が足りなくてコレ作れないんですよ」
「ふーん」

 ラオは食べるのが早く、食べ方が雑な事もあり食べかすが胸元に乗りやすい。
 胸なんて大きくても面倒だよな、なんて事を考えながら胸元に乗った食べかすを手で払うとシズトの視線が明後日の方向を向いていた。
 からかうのは面白そうだな、なんて事思いつつダンジョンでポーターをするのを提案してみるも、シズトは両手で×印を作って断固拒否の構えだった。

「まあ、その方が守りやすいけどよ……」

 ダンジョン都市にわざわざ来て冒険者登録もしたのに、それはどうなんだと思うラオ。
 その後もシズトの食事を待っている間に、ちょくちょく視線が胸元に行く。
 ギルドの酒場に行けばもっとあからさまに見てきたりちょっかいを出してくる新人がいるので、慣れていたラオは特に相手はしなかった。



 日中、ラオはシズトの配達について回っていた。
 浮遊台車を納品した事により、宿代の銀貨一枚を手に入れている事は知っていたが、この調子だとあそこで暮らし続けるのは難しいだろう。他の魔道具を作っている様子もない。やっぱりそのうちダンジョンでポーターでもさせてある程度資金に余裕を持たせた方が無理な事しでかさないだろうし楽だな――。
 なんて事を考えつつ、間食をするラオ。
 ふと、シズトが高級店の前で立ち止まり、甘いお菓子を凝視していたのに気づいて一緒に眺めるラオ。

「あ、できそう」

 何事かを考えている様子で視線が上に向いた後に、ぽつりとシズトが呟いたのを聞いて、ラオはなんだか面倒くさそうな事が起きそうだ、とため息をついた。



 次の日、部屋から出てきたシズトは浮遊台車を押しておらず、口に変な鉄の棒をくわえていた。
 ラオはそれを不思議そうに見て、首を傾げる。

「おう、おはよう。……浮遊台車ねぇのか?」
「ちょっと昨日、魔力が足りなくて」
「ふーん……なに咥えてんだ、それ?」
「え、なにって……」

 ちょっと考える素振りをするシズト。
 何か言えないものなのだろうか、なんて事がラオの頭の片隅に浮かんだが、シズトはよくわからない事を言った。

「魔力マシマシ飴」
「はあ?」
「これ、魔力使う飴だから、舐めてたら魔力も増えるでしょ、きっと」
「ふーん?」

 見た感じ、ただの鉄の棒を咥えているだけのシズトを不思議そうに見ながらシズトの後を追って朝食を食べに行くラオ。
 朝食をいつものごとく、ペロリと平らげて胸に乗った食べかすを叩き落す。
 先程までちらちらと見比べていたシズトの視線が明後日の方に向いた隙に、机の上に置かれた魔力マシマシ飴とやらを眺める。
 小さな鉄球に鉄でできた棒が付いただけのそれは、ぱっと見では魔道具には見えなかった。
 とりあえず、舐めてみればわかるだろ、とサッと手に取り、口の中にふくむラオ。

「お! ほんとにあめぇな」

 ラオが口にふくむと、舐める時に魔力が勝手に持っていかれる感覚がしたかと思うと、甘みを感じた。
 これでもか、と砂糖などを使ったただ甘いだけの菓子と比べて、果物のような甘さだった。
 くどくなく、いつまでも舐めていられそうなそれを舐めていると、頬を赤くしてこちらを見ているシズトに気づく。

「返してもらえます?」
「お、何赤くなってんだ? 冒険者やるなら、酒の回し飲みとか普通にあるし、慣れといたほうがいいぞ」

 まあ、女冒険者がそんな事をするのは限られた相手くらいだけど、というのは胸の中にしまい込んで、年下の男の子をからかう。
 食後、ラオから魔力マシマシ飴を返されたシズトは唾液が付いたそれを何とも言えない表情で見ていたが、ラオが見ていない所でこっそりと袖で拭って舐めた。
 冒険者ギルドに着くと、シズトはいつものように空いている受付に向かう。当然、イザベラが受付をしている場所だ。

「おはようございます、シズトさん」
「おはようございます、イザベラさん」
「今日は浮遊台車、ないんですね」
「ちょっと作れなかったので、また今度持ってきます。それで、今日の依頼――」
「ちょっとわりぃな」

 新しい魔道具を作っているなら伝えた方がいい。ただ口で言うより口で味わった方が早いだろう。
 そう判断してラオはシズトがくわえていた魔力マシマシ飴を抜き取るとイザベラの口の中に無理やり突っ込んだ。

「なにすんのよ!」
「まあまあ、どうだったよ」
「どうって……?」

 いきなりの事に、人の目を気にせず敬語が抜けたイザベラを落ち着かせて感想を聞くラオ。
 イザベラは眉根を寄せてぼそりと一言。

「これは、ここでは扱えないわ」
「まあ、だよな」

 甘味の取り扱いは貴族が関わってくる事がほとんどだ。
 そのため、冒険者ギルドより商人ギルドを間に通した方がトラブルを回避しやすいだろう、というのが二人の共通認識だった。
 その後はシズトに商人ギルドでの取り扱いを進めつつ、浮遊台車を優先して作るように契約書を書き換えたものをイザベラが渡すと、シズトは特に細かい所を確認する事なくサインしていた。
 それを見てラオは大きくため息をついて、イザベラはちょっと心配そうにシズトを見ていた。
 その後は宿にまっすぐ戻り、夕食まで宿の一階で猫耳の少女と雑談をしていたシズトにラオは釘を刺す。

「お前、字が読めるなら契約書はしっかり読んだ方がいいぞ」

 シズトはわかっているのいないのか、というか聞いているのかわからない様子だったが「はい」と言った。
 ただ、猫耳少女の動く尻尾に視線が釘付けだったのでだいぶ不安に感じるラオだった。



 その後の三週間は特に変なものを作る事もなく、平和な日々だった。
 ラオはシズトと一緒に観光をしながら街の事を教えていく。
 時々入ったお店にいた押し売りをしてくる店員の提案を断り切れずにいろいろ買わされるシズトに「いい加減断れるようになれよ」とラオが何度注意したか。
 本に興味を示したシズトを王立図書館に案内し、この中は警備が厳重なので特にする事もねぇか、と昼寝をする護衛がいたが、特に問題は起きなかった。
 いつもよりシズトがラオの胸を見る時間が多かったくらいだろうか。

「あ、作れそう」

 そんな事を本を読みながら呟いた声に反応してラオが起きた。
 なんだか嫌な予感を感じつつも、魔石についていろいろ聞かれた事をシズトに素直に答える。
 高い魔石なんて買う金があるのかと思っていたが、普通にCランクの魔石を買っているのを見てラオは驚いた。
 国が後ろにいる様子もないのに、どこからその金を手に入れたのか。いくらダンジョン都市で今回買った魔石が比較的出回っているCランクの魔物のものだったとしても、安くはない。
 シズトに対する謎が増えていく。
 魔石を買った翌日、シズトが起きると同時に人の気配を感じてラオは愛用のグローブを身につけ、気配を殺して廊下に出る。
 ラオが外から気配を窺っていると特に争っている様子はないが、シズトの気配が慌ただしく動いた後はにらみ合いでもしているのか、どちらも動きが止まっている。
 声をかけて無理やり部屋に押し入ると、慌てた様子のシズトと、とんがり帽子をかぶった女性がいた。
 無表情でシズトの方をじっとみている彼女の肌は雪のように白く、瞳は珍しい紫色の瞳だった。床まで伸びている長い黒髪。

「……だれだ、そいつ」

 いきなり気配を感じた事から警戒を緩める事なく、ラオはシズトにたずねた。
 そこからシズトに話された内容を聞いて脱力するとともに、呆れた。

「なるほどねぇ。お前、わりと馬鹿だろ。もう十分目立ってるし、変な魔道具使ってるの見られてるんだから、魔道具が出回ったら真っ先に怪しまれるのお前だから。身代わりとか意味ねぇよ。やるなら街に入る前からやれよ」
「はい」
「まあ、お前が作ったのをそいつに売らせるのはいいんじゃねぇか? 売る時間あるくらいなら作った方がいいだろうし」

 なぜか途中から正座をしてしょんぼりしているシズトを放っておいて、ラオはホムラと呼ばれた魔法生物を観察した。
 魔法生物を戦争で使った事は聞いた事があるが、人の代わりとして働かせるために作った事は聞いた事がなかった。
 ラオは少し考えこんだが、特にシズトに害があるわけでもないし、と気持ちを切り替えてシズトの襟首をつかんで商人ギルドに向かった。
 商人ギルドではホムラは完全に置物状態だったのでラオが適宜フォローを入れたが、ラオはシズトに念のため釘をさす事にした。

「あんまり変なの作んじゃねぇぞ」
「失敬な、変なのなんてまだ作ってないですよ!」

 自覚がないのは厄介だな、とラオは感じたが頭を悩ませるのはイザベラに任せよう、とシズトが舐めていた魔力マシマシ飴を奪って舐める。

「今度これ作ってもらおうかな」

 ラオはそんな事を呟きつつ、ぷりぷりと怒っているシズトの後を、ホムラと一緒にのんびりとついて歩いて行った。
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