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第1章 冒険者になって生きていこう

幕間の物語1.ギルドマスターとトラブルメイカー

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 ドラゴニア王国の南に位置するドランの冒険者ギルドは主にダンジョン探索を目的とする冒険者が集まってくる。
 血の気が多い者も多く、厄介な冒険者が多い事からギルドマスターにはそれ相応の実力が求められるため、冒険者の中でも数が少ないAランク冒険者であるイザベラがギルドマスターの役職を引き受けていた。
 【氷雪】の加護を持ち、若くしてAランク冒険者になった人物の一人で、ついた二つ名は『氷雪』である。
 銀色の長い髪を後ろで束ね、ツリ目がちな赤い瞳が特徴的な女性だ。女性的なふくらみは少なく、髪が短い時は少年と間違われた時もあった。
 それを弄ってきた幼馴染で同じパーティーを組んでいた者を何度か氷漬けにした事があり、それを見ていた無関係の冒険者が噂を広め、実際とは異なるイメージを持たれている。
 そんな彼女はいつも朝早くから受付に出て、睨みを利かせつつその場でできる仕事をこなしていた。
 たまに依頼を持ってくる物好きさえいなければ、受付関係の仕事はない。あるとすれば喧嘩の仲裁くらいだろうか。
 出入り口付近で冒険者同士が言い争いを始めた瞬間、ギルドホール全体の気温が下がる。
 それに反応したのか、争っていた冒険者たちが肩を組んで仲良く外に出ていった。
 午後からは副ギルドマスターのクルスが睨みを利かせるから、午後からの予定を確認しておこうか。
 そんな事をイザベラが考えていると、入り口から近づいてくる黒髪の少年がいた。
 勇者の血を強く受け継いだのか、黒い髪に黒い瞳。顔立ちもこのあたりでは見ない。
 成人したばかりなのか、最近冒険者登録をしたリストに入っている。
 加護持ちの可能性もあるため、要注意人物とクルスが記載した書類をイザベラが何となく眺めていると、黒髪の少年――シズトが彼女の目の前に立っていた。

「あの、依頼紹介してもらえる、ってきいたんですけど……」
「少々お待ちください」

 おっかなびっくり声をかけてきた少年を待たせてイザベラは席を外した。

「加護持ちにしては腰が低いわね」

 加護を持っているだけで強大な力を子どもの頃から持ち、周りに大事にされてきた者はトラブルメーカーになりやすい。
 ただ、少年を見ているとトラブルを起こしそうにない、というのがイザベラの第一印象だった。
 背伸びをしながら駆け出し用の棚からいくつかファイリングされた依頼書を取って戻る。
 ふと、イザベラと視線があったシズトは、にへらっと困ったような愛想笑いをした。

「ご希望はありますか」
「まだ街に来たばかりなので、仕事先はわかりやすい場所がいいです。あと、南の方は危ないって言われたんで、そこ以外がいいです」

 頬をかきながらそんな事をいうシズトを見て、少なくとも戦闘系の加護を持っているわけではないとイザベラは判断した。
 戦闘に関係する加護を持っていればダンジョン関係の依頼がないか聞いてくるのがほとんどだ。
 ダンジョンに入るためには最低でもFランクからと決められている事を説明して、(物理的に)納得させるまでがワンセットだ。
 その点、彼は南の方に行く事も避けるくらい慎重な様子で、好感が持てる。
 他の加護持ちもこのくらい慎重だったらいいのに、とイザベラは思いつつ、依頼書の束から条件に合う依頼票を探す。

「なるほど、なら失せ物探しは除外しますね。……とりあえず、荷物運びが何件かあるのでそちらからしてみてはいかがでしょう? 文字の読み書きはできる、と記録されてますが大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
「では、とりあえず三件お渡ししますね。期限が今週までなので気を付けてください」

 依頼票を受け取ると、シズトはイザベラに向かってぺこりとお辞儀をしてから外に出ていった。
 ちょっかいをかけようとしていた輩に睨みを利かせて大人しくさせるイザベラ。
 トラブルを起こしそうにない少年だが――。

「トラブルには巻き込まれそうね」

 イザベラは嘆息して、業務に戻った。



 その日から一週間ほど、毎日イザベラの受付にシズトはやってきた。
 視線の動きからして、空いている所を選んできているんだな、と思いつつその都度ちょっかいをかけようとしていた馬鹿どもに睨みを利かせるイザベラ。
 挨拶も丁寧で、去り際もその都度お辞儀をして出ていくシズトへの好感度は徐々に上がっていた。
 受付業務は面倒だが、おとなしくていい子だし、あの子くらいは対応してもまあいいわ、なんて事を考えていたイザベラがざわついている出入口の方を見ると、シズトが変な物を押して受付に向かってきていた。
 間違いなく魔道具で、浮いているそれを押しながらイザベラと視線が合うと、にへらっと困ったように笑って小走りで近づいていくシズト。

「おはようございます、シズトくん」
「おはようございます、イザベラさん」
「……なんか、変な物を持ってきましたね。魔道具ですか?」

 イザベラに尋ねられると、シズトは待ってましたとばかりにとてもいい笑顔で説明を始める。

「浮遊台車っていうんですよー。重たい荷物も運べるから、今日から使ってみようかな、って」
「……なるほど」
「とりあえず、午前中二件くらい依頼を受けたいんですけど、近場で重たい荷物の運搬がある仕事ってありますか?」
「………」
「イザベラさん?」

 イザベラは浮遊台車を凝視していた。
 魔石を使わないタイプの魔道具らしく、今は魔力を流していないからか浮いてはいないが、確かに木製の台車と比べると車輪がない分安定するし、摩耗もないだろう。
 問題は魔力がないと扱えないという所だが、駆け出しの冒険者でも大なり小なり魔力は持っている。これがあればこのギルドで後回しにされがちな街の依頼が選ばれることも多くなりそうだ。
 小さな子どもにレンタルで使わせて小遣い稼ぎをさせるのも貧民対策になるだろう。魔力を幼い頃から使わせればそれだけ魔力容量が増えるし――。
 使い道を色々と考えていたイザベラに、シズトは不思議そうに首を傾げて声をかけてきた。
 イザベラは、はっとして依頼を見繕い、シズトに渡すと彼は今日も丁寧にお辞儀をして、浮遊台車を押して出ていった。
 イザベラはちょっかいをかけようとしていた冒険者に睨みを利かせて大人しくさせた後、低血圧で休憩室でごろごろしていた副ギルドマスターのクルスを叩き起こし、受付に代わりに座らせた。

「なんですか、いきなり」
「ちょっと出てくるわ。例の子が気になる物を持ってきたから」
「ちょっと、ギルドマスター!」

 クルスの抗議の声を聞き流し、銀色の髪をたなびかせながら冒険者ギルドから走り去ったイザベラ。
 少し走ったところで暢気に目的地まで歩いて移動しているシズトを視界に収めた。
 周りの通行人が物珍しそうにシズトを見ている。

「やっぱりトラブルに巻き込まれそうよね」

 一定の距離を保って通行人の振りをしてシズトを追うイザベラ。
 ただ、彼女が懸念していたトラブルに巻き込まれる事もなく、無事依頼の場所にたどり着いた。
 そこでもやはり注目を浴びていたが、シズトは気づいていないようだった。
 レンガを浮遊台車の上に乗せてもらった後、作動させて浮くか確認したが問題なく浮いていた。

「あれだけの量のレンガを乗せても浮くなら、荷物運びに使えそうね。どこから手に入れたのかしら? 調べる必要がありそうね」

 魔道具を取り扱っている店は多いが、ダンジョン産の魔道具ばかりで性能がいい分、大金が必要だ。魔道具師が街に入った、という情報は上がってきていないし、何よりあんな魔道具がダンジョンから出たとも聞いていない。シズトが持ち込んでいたものだったら、この一週間なぜ使わなかったのだろうか。
 疑問に思いつつ、イザベラが様子を見ていたら、何を思ったのかシズトは立ち止った。
 そして、魔力を流したまま浮遊台車に乗る。少し沈んだが、すぐに元の高さに戻った。
 周りの視線を気にせずにシズトが、浮遊台車に乗ったまま、片足で地を軽くけると、スーッとまっすぐ進んでいった。

「……楽しそうね」

 ゆっくりと移動するシズトの後を追いながらイザベラは利用方法を考える。
 台車、というのだから荷物運びだけを考えていたが、ああやって移動手段にもなりそうだ。
 とか、思っていたら思いっきり地を何度も蹴って、スピードを上げて移動し始めたので慌てて追い始めるイザベラ。
 周りの驚く視線を浴びても視線なんて気にしてないのか、気づいていないのか、シズトは楽しそうだ。
 その後も様子を見ていたが、一度人にぶつかりそうになった時は浮遊台車から飛び降りて、体全体で止めていた。

「あれを見ると、移動手段として使うのは危険ね」

 レンガを拾ってぺこぺことぶつかりそうになった人に対して謝っているシズトを眺めながら、イザベラはとりあえず入手経路を聞き出そうと決めた。



 翌日、クルスと共にイザベラはシズトに浮遊台車の入手経路を聞き出した。
 入手経路は可能性が低かった自作だった。
 クルスに交渉を任せて成り行きを見守っていたら、想定よりもはるかに少ない値段で契約をしてしまった。

「ちょっと、こちらに有利すぎる条件にしてどうするのよ!」
「申し訳ありません。まさか最初の提案で快諾されるとは思わなくて…」

 後から交わした条件に不満を持たれると困るため、イザベラとクルスは自作だった場合、金貨一枚が落とし所だと考えていた。
 魔道具の使いやすさや需要によってだいぶ異なるが、少なくとも魔石不要の魔道具は金貨数枚からが多い。
 訳アリではあるが、高ランク冒険者を付けて護衛にするため、あまり多く出すつもりはなかったが、イザベラから魔道具を使っていた時の様子を聞いたクルスも納得した値段だったはず。
 ただ、クルスが良く相手をしていた商人とは異なり、交渉を全く知らないシズトが「宿代くらいもらえたらいいか」とか魔道具の相場を知らないとか、予想していなかった事で起きた想定外の事だった。

「まあ、いいわ。今の所は損があるわけではないし。ランクを上げやすくしておきましょう。あとは商人ギルドの方にも話を通しておいて。おそらくこれからも魔道具を作ってくるでしょうし、あっちで売った方がいい物も出てくるわ。その時に、商人ギルドの業突張りどもが雑に扱って別の街に行かれるならまだいいけど、国まで超えられたらドラゴニアから何を言われるか分かったものじゃないわ」
「かしこまりました」

 クルスがギルドマスター室を出ていった後、イザベラはこれから起こりうる事を想像して、ため息をついた。

「やっぱり、加護持ちはトラブルメイカーね」
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