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たくさんのサンドウィッチを食べ終え、バスケットの中を見てデザートを食べようか迷っていると、アーファ様が優しい声で話しかけてきた。
「ペレーネ。謝りたいことがあります」
「謝りたいことですか?」
夫を見上げると、真剣な瞳と目が合う。
「初夜のことです」
「それは……」
なにも覚悟をしていない状態で傷に触れられたような心地がして、胸がずきりと痛む。
自分勝手な行いを棚に上げ、あの夜から抱いていた感情を知られてしまったのかと恐れが湧いてきた。
「あの夜、僕は貴女を抱きたくなかった。心の中に別の女性への想いが残っているのに、妻となった貴女を性欲だけで抱くのが卑しく思えたのです」
「望まぬ婚姻なのですから、夫婦の営みはそうなるのではありませんか?」
嫌な行為だとしても、しなくてはならないのなら、結果それは性欲を晴らすだけのものになるだろう。
「そうだとしても……、僕は嫌だったのです」
あの夜、彼はひたすら困ったように拒んでいた。
初夜ということもあり、恥をかかされたような気になって、私は彼を煽った。
「貴女はとても魅力的です。僕は女性を抱くのは初めてだったので、必要以上に貴女を見て触れてしまったら、我を忘れる気がして怖かった。だから早く終わらせようと必死で、貴女の心や身体を思いやる余裕などありませんでした」
「強引な婚姻だったのですから、仕方のないことです」
他になんと答えればいいのか分からない。
すべては私の傲慢が招いたことなのに、どうして私は彼に謝らせているのだろう。
(私が散々八つ当たりのように怒りをぶつけたから、彼なりに理由を察してしまったのね……)
「僕は貴女との婚姻を受け入れた。あんな抱き方をしてはいけなかった」
「アーファ様……」
「ペレーネ、貴女を傷つけてしまい申し訳ありません。いつか……僕を許してください」
思っていたことをひと通り話し終えたのか、彼は深く息を吐いた。
「久しぶりに外で昼食をとったので、気持ちがいいです」
アーファ様は話題を逸らし、目尻を擦りながら、ごろりと敷布の上で寝転がる。
「お腹も膨れて、少し眠たくなってきました」
彼は眩しそうに目元を腕で覆い隠した。
「風邪をひきますよ?」
「昨夜から僕の体調を気にかけてくれますね」
「どれだけ私のことを冷たい女だと思っているのかしら」
わざとらしく嫌味な声で告げると、アーファ様は小さく笑う。
「僕のことを嫌いだと仰っていたので、嫌いな人間のことなど案じたりしないと思っていただけです」
彼の言うことはもっともだ。
それなのに、どうして私はアーファ様の体調を気にかけ、彼の言葉に対する言い訳を探しているのだろう。
「以前、僕が婚約していた女性のことですが」
アーファ様はそこで一旦言葉を止めた。
(別に名前を伏せなくてもいいのに、気を遣っているつもりなのかしら……)
まるで誰かから彼女を守るような言い方に思えて胸が疼く。
無言で言葉の続きを待っていると、彼は目元を覆ったまま口を開いた。
「貴女は僕たちのことを相思相愛だと仰っていましたが、彼女との関係は僕の片想いです」
「え……!?」
驚いて思わず素っ頓狂な声が出てしまい、慌てて手で口を覆った。
彼は口の端を小さく持ち上げたけれど、相変わらず目元を腕で覆い隠しているので、どのような表情をしているのか分からない。
「彼女は決められた婚約を、貴族令嬢として避けられないものだと割り切っていました。そして、僕の気持ちにも応えようとしてくれていました」
「……結婚後の生活を、より良いものにしたかったのでしょうね」
「そうだと思います。でも、それが彼女に無理をさせているようで、正直つらかったです」
初夜の怒りを引きずり、ヒステリーを起こしている私とは大違いだ。
アーファ様はそんな彼女の姿を見ていたから、私との結婚生活を少しでも最善の形にしたくて必死なのかもしれない。
「だから、貴女に好意を寄せられていると聞いたときは、単純に嬉しかったです。ただ、あのときしか接点がないのに、それほど気に入られるような出来事だっただろうかと不思議でした」
「あのときは本当に助かりましたわ」
確かに、あのことが彼の存在を知り、目で追うきっかけだった。しかし、彼の言う『気に入る』とは何かが違うような気もする。
「僕も幼い頃から、貴族間の結婚は好き嫌いといった感情で決めるものではないと教えられてきました。だから、僕は無理に婚姻を結ばされたとは思っていません」
そう考えないと、やっていられないのではないだろうか。
前向きな発言をされると、どうしても穿った見方をしてしまう。
「ペレーネ。貴女に嫌われたのは僕のせいですが、そもそも貴女は――」
そよそよと心地いい風が頬を撫でた。
視界一面に広がる青空と大地の稜線を一瞥して、またアーファ様へ視線を戻す。
「いいな……、僕も誰かに愛されたい」
ぽつりと呟いた声は消え入りそうなくらいに小さかった。
彼は目元を隠し、表情を悟らせまいとする姿のまま動かない。
名を呼んでみようと思うのに、告げられた言葉が沁みてきて身が強ばる。
(同じ政略結婚だとしても、自分を初夜で嫌いだと罵ってくる女よりも、歩み寄ってくれる人のほうがいいわよね……)
そんな人だから、アーファ様は彼女に惹かれていたのだろう。
夫から顔を背け、私は膝を抱えて眼前の景色をただ眺めた。
葉擦れの音、鳥の囀り。遠くから町の鐘の音も聞こえてくる。
アーファ様が告げた言葉の数々は、私からは責める言葉しか伝えていないのに、彼が私を見ながら察してくれたものばかりだ。
(アーファ様は、本当に私との関係を改善したいと必死なのだわ……)
散々無視してきた言葉の数々が思い出され、心が締め付けられる。
貴族令嬢の婚姻を甘く考えていたわけではないのに、結果的に短絡的だった。
(他人の未来を奪っておいて、いまさら反省したって遅いのよ)
頭の中で己を罵っていると、小さな寝息が耳に届いた。
アーファ様のほうを振り返ると、瞼の上に置かれた腕はそのままに、彼は規則正しい寝息を立てている。
「ア、アーファ様?」
会話が途切れ静かになったせいで、眠ってしまったようだ。
さきほど眠たいと言っていたし、そもそも二日酔いの頭を抱えてここまで同行してきたのだから無理もない。
顔を覆う腕が重たそうに見えて、私はそっと彼の腕を持ち上げてずらした。
「また、眉間に皺を寄せているわ」
昨夜見た寝顔が思い出され、笑いが漏れる。
(端正なお顔をしているのに、目の下の隈が台無しね……)
これでは苦労をしていますと言っているようなものだ。
王都で出会う貴族たちは、見た目にだけは気合いを入れていた。彼のように普段から素朴な身なりをしている者は少なかったように思う。
子犬が熱心に囓っていた上着の裾の穴。犬の白い短毛がまだそこここに付いている。
胸の奥に何かがこみ上げてくる感じがして、ぎゅっと胸元を押さえた。
「……? なんだか落ち着かない……」
緊張して、鼓動が速い。
「アーファ様」
もう一度、顔を覗き込むようにして名を呼んでみる。
長いまつげに縁取られた瞳は閉じられたままで、起きる気配はない。
確認するように見つめてから、そっと顔を寄せてみた。
形のいい唇に触れて、すぐに離れる。
(私ったら、何をしているのかしら!)
心臓が早鐘を打っている。
なぜか口づけをしてみたくなった。それだけだ。
恥ずかしさを誤魔化すように、上着を脱いで彼の上にかける。
膝を抱え、熱を帯びた顔をその上に伏せて、悶えそうな感情を抑え込んだ。
◇
しばらくして、草を踏む音が聞こえた。
振り返ると、遠く離れた位置に待機していた護衛がこちらを見ている。
その視線の意図を察して、太陽が傾き始めた空を見上げた。
「そろそろ山を下りないと危険ね……」
山の天気は変わりやすいと聞いたことがあったが、今日はずっと穏やかなままで助かった。
隣でいまだ眠ったままの夫の身体を揺する。
「アーファ様、起きてください」
しばらく彼の身体を揺すると、昨夜とは違い、彼は飛び起きた。
その勢いに驚いて私は仰け反る。
「あ、あれ!?」
アーファ様は周囲を見回し、己にかかる上着に気付いて目を見開いた。
「どうして起こしてくれなかったのですか!」
「とても気持ちよさそうに眠っていらっしゃったので、気がひけました」
果実水を手渡すと、彼はくいっと一気に飲み干して、大きく息を吐く。
「上着をかけてくださったのですね。ありがとうございます。でも、寒くありませんでしたか?」
「私、体温が高いのでさほど気になりませんでした」
アーファ様は立ち上がり、敷布に付いた草を払いながら器用に折り畳んでいく。
そして、太陽の位置を確認し、渋い表情を浮かべた。
「急いで屋敷に戻りましょう」
「はい」
アーファ様は護衛たちと合流しようと歩き始め、私はその背を見つめながら、意を決して彼を呼び止めた。
「ペレーネ?」
彼は不思議そうな表情で振り返る。
「あ、あの、今夜は共に寝ませんか?」
声がうわずってしまった。
動揺を隠そうとして、真っ直ぐにアーファ様を見つめると、彼は驚いて目を丸くしている。
「一晩を、共に?」
「眠るだけです! だ、だって、アーファ様、しっかり睡眠をとられていないでしょう? 目の下の隈も酷いですし、それに飲酒してからの睡眠は質が悪いのですよ? 私、貴方が飲酒をせずに、きちんと眠ったか見張ろうと思います」
一気にまくし立てると、彼は言葉を詰まらせた。
アーファ様の灰色の瞳に映されて、恥ずかしくて落ち着かない。
「べ、べつに、お嫌でしたら……、無理には……」
「いいえ、嬉しいです。今夜は共に寝ましょう」
アーファ様はそう告げて、優しく微笑んだ。
「ペレーネ。謝りたいことがあります」
「謝りたいことですか?」
夫を見上げると、真剣な瞳と目が合う。
「初夜のことです」
「それは……」
なにも覚悟をしていない状態で傷に触れられたような心地がして、胸がずきりと痛む。
自分勝手な行いを棚に上げ、あの夜から抱いていた感情を知られてしまったのかと恐れが湧いてきた。
「あの夜、僕は貴女を抱きたくなかった。心の中に別の女性への想いが残っているのに、妻となった貴女を性欲だけで抱くのが卑しく思えたのです」
「望まぬ婚姻なのですから、夫婦の営みはそうなるのではありませんか?」
嫌な行為だとしても、しなくてはならないのなら、結果それは性欲を晴らすだけのものになるだろう。
「そうだとしても……、僕は嫌だったのです」
あの夜、彼はひたすら困ったように拒んでいた。
初夜ということもあり、恥をかかされたような気になって、私は彼を煽った。
「貴女はとても魅力的です。僕は女性を抱くのは初めてだったので、必要以上に貴女を見て触れてしまったら、我を忘れる気がして怖かった。だから早く終わらせようと必死で、貴女の心や身体を思いやる余裕などありませんでした」
「強引な婚姻だったのですから、仕方のないことです」
他になんと答えればいいのか分からない。
すべては私の傲慢が招いたことなのに、どうして私は彼に謝らせているのだろう。
(私が散々八つ当たりのように怒りをぶつけたから、彼なりに理由を察してしまったのね……)
「僕は貴女との婚姻を受け入れた。あんな抱き方をしてはいけなかった」
「アーファ様……」
「ペレーネ、貴女を傷つけてしまい申し訳ありません。いつか……僕を許してください」
思っていたことをひと通り話し終えたのか、彼は深く息を吐いた。
「久しぶりに外で昼食をとったので、気持ちがいいです」
アーファ様は話題を逸らし、目尻を擦りながら、ごろりと敷布の上で寝転がる。
「お腹も膨れて、少し眠たくなってきました」
彼は眩しそうに目元を腕で覆い隠した。
「風邪をひきますよ?」
「昨夜から僕の体調を気にかけてくれますね」
「どれだけ私のことを冷たい女だと思っているのかしら」
わざとらしく嫌味な声で告げると、アーファ様は小さく笑う。
「僕のことを嫌いだと仰っていたので、嫌いな人間のことなど案じたりしないと思っていただけです」
彼の言うことはもっともだ。
それなのに、どうして私はアーファ様の体調を気にかけ、彼の言葉に対する言い訳を探しているのだろう。
「以前、僕が婚約していた女性のことですが」
アーファ様はそこで一旦言葉を止めた。
(別に名前を伏せなくてもいいのに、気を遣っているつもりなのかしら……)
まるで誰かから彼女を守るような言い方に思えて胸が疼く。
無言で言葉の続きを待っていると、彼は目元を覆ったまま口を開いた。
「貴女は僕たちのことを相思相愛だと仰っていましたが、彼女との関係は僕の片想いです」
「え……!?」
驚いて思わず素っ頓狂な声が出てしまい、慌てて手で口を覆った。
彼は口の端を小さく持ち上げたけれど、相変わらず目元を腕で覆い隠しているので、どのような表情をしているのか分からない。
「彼女は決められた婚約を、貴族令嬢として避けられないものだと割り切っていました。そして、僕の気持ちにも応えようとしてくれていました」
「……結婚後の生活を、より良いものにしたかったのでしょうね」
「そうだと思います。でも、それが彼女に無理をさせているようで、正直つらかったです」
初夜の怒りを引きずり、ヒステリーを起こしている私とは大違いだ。
アーファ様はそんな彼女の姿を見ていたから、私との結婚生活を少しでも最善の形にしたくて必死なのかもしれない。
「だから、貴女に好意を寄せられていると聞いたときは、単純に嬉しかったです。ただ、あのときしか接点がないのに、それほど気に入られるような出来事だっただろうかと不思議でした」
「あのときは本当に助かりましたわ」
確かに、あのことが彼の存在を知り、目で追うきっかけだった。しかし、彼の言う『気に入る』とは何かが違うような気もする。
「僕も幼い頃から、貴族間の結婚は好き嫌いといった感情で決めるものではないと教えられてきました。だから、僕は無理に婚姻を結ばされたとは思っていません」
そう考えないと、やっていられないのではないだろうか。
前向きな発言をされると、どうしても穿った見方をしてしまう。
「ペレーネ。貴女に嫌われたのは僕のせいですが、そもそも貴女は――」
そよそよと心地いい風が頬を撫でた。
視界一面に広がる青空と大地の稜線を一瞥して、またアーファ様へ視線を戻す。
「いいな……、僕も誰かに愛されたい」
ぽつりと呟いた声は消え入りそうなくらいに小さかった。
彼は目元を隠し、表情を悟らせまいとする姿のまま動かない。
名を呼んでみようと思うのに、告げられた言葉が沁みてきて身が強ばる。
(同じ政略結婚だとしても、自分を初夜で嫌いだと罵ってくる女よりも、歩み寄ってくれる人のほうがいいわよね……)
そんな人だから、アーファ様は彼女に惹かれていたのだろう。
夫から顔を背け、私は膝を抱えて眼前の景色をただ眺めた。
葉擦れの音、鳥の囀り。遠くから町の鐘の音も聞こえてくる。
アーファ様が告げた言葉の数々は、私からは責める言葉しか伝えていないのに、彼が私を見ながら察してくれたものばかりだ。
(アーファ様は、本当に私との関係を改善したいと必死なのだわ……)
散々無視してきた言葉の数々が思い出され、心が締め付けられる。
貴族令嬢の婚姻を甘く考えていたわけではないのに、結果的に短絡的だった。
(他人の未来を奪っておいて、いまさら反省したって遅いのよ)
頭の中で己を罵っていると、小さな寝息が耳に届いた。
アーファ様のほうを振り返ると、瞼の上に置かれた腕はそのままに、彼は規則正しい寝息を立てている。
「ア、アーファ様?」
会話が途切れ静かになったせいで、眠ってしまったようだ。
さきほど眠たいと言っていたし、そもそも二日酔いの頭を抱えてここまで同行してきたのだから無理もない。
顔を覆う腕が重たそうに見えて、私はそっと彼の腕を持ち上げてずらした。
「また、眉間に皺を寄せているわ」
昨夜見た寝顔が思い出され、笑いが漏れる。
(端正なお顔をしているのに、目の下の隈が台無しね……)
これでは苦労をしていますと言っているようなものだ。
王都で出会う貴族たちは、見た目にだけは気合いを入れていた。彼のように普段から素朴な身なりをしている者は少なかったように思う。
子犬が熱心に囓っていた上着の裾の穴。犬の白い短毛がまだそこここに付いている。
胸の奥に何かがこみ上げてくる感じがして、ぎゅっと胸元を押さえた。
「……? なんだか落ち着かない……」
緊張して、鼓動が速い。
「アーファ様」
もう一度、顔を覗き込むようにして名を呼んでみる。
長いまつげに縁取られた瞳は閉じられたままで、起きる気配はない。
確認するように見つめてから、そっと顔を寄せてみた。
形のいい唇に触れて、すぐに離れる。
(私ったら、何をしているのかしら!)
心臓が早鐘を打っている。
なぜか口づけをしてみたくなった。それだけだ。
恥ずかしさを誤魔化すように、上着を脱いで彼の上にかける。
膝を抱え、熱を帯びた顔をその上に伏せて、悶えそうな感情を抑え込んだ。
◇
しばらくして、草を踏む音が聞こえた。
振り返ると、遠く離れた位置に待機していた護衛がこちらを見ている。
その視線の意図を察して、太陽が傾き始めた空を見上げた。
「そろそろ山を下りないと危険ね……」
山の天気は変わりやすいと聞いたことがあったが、今日はずっと穏やかなままで助かった。
隣でいまだ眠ったままの夫の身体を揺する。
「アーファ様、起きてください」
しばらく彼の身体を揺すると、昨夜とは違い、彼は飛び起きた。
その勢いに驚いて私は仰け反る。
「あ、あれ!?」
アーファ様は周囲を見回し、己にかかる上着に気付いて目を見開いた。
「どうして起こしてくれなかったのですか!」
「とても気持ちよさそうに眠っていらっしゃったので、気がひけました」
果実水を手渡すと、彼はくいっと一気に飲み干して、大きく息を吐く。
「上着をかけてくださったのですね。ありがとうございます。でも、寒くありませんでしたか?」
「私、体温が高いのでさほど気になりませんでした」
アーファ様は立ち上がり、敷布に付いた草を払いながら器用に折り畳んでいく。
そして、太陽の位置を確認し、渋い表情を浮かべた。
「急いで屋敷に戻りましょう」
「はい」
アーファ様は護衛たちと合流しようと歩き始め、私はその背を見つめながら、意を決して彼を呼び止めた。
「ペレーネ?」
彼は不思議そうな表情で振り返る。
「あ、あの、今夜は共に寝ませんか?」
声がうわずってしまった。
動揺を隠そうとして、真っ直ぐにアーファ様を見つめると、彼は驚いて目を丸くしている。
「一晩を、共に?」
「眠るだけです! だ、だって、アーファ様、しっかり睡眠をとられていないでしょう? 目の下の隈も酷いですし、それに飲酒してからの睡眠は質が悪いのですよ? 私、貴方が飲酒をせずに、きちんと眠ったか見張ろうと思います」
一気にまくし立てると、彼は言葉を詰まらせた。
アーファ様の灰色の瞳に映されて、恥ずかしくて落ち着かない。
「べ、べつに、お嫌でしたら……、無理には……」
「いいえ、嬉しいです。今夜は共に寝ましょう」
アーファ様はそう告げて、優しく微笑んだ。
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