【R18】初夜を迎えたら、夫のことを嫌いになりました

みっきー・るー

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 予定どおり昼食を終えた私たちは、馬車に乗り領地の中心街へ向かっていた。
 車輪が石畳を転がる音を聞きながら窓の外を見つめると、遠くに広がる山稜が明るく照らされて、空とのあわいを曖昧にしている。

(精霊の加護がなくても、魅力的な土地だわ……)

 精霊の加護を失った土地は、今まで受けていた加護を一気に失うかのように、たちまちに衰えてしまう。
 殺伐とした大地を踏むのは、精霊を認識できる身としてはつらい。
 私のように精霊を感じられなくても、この土地に暮らしている人々も、弱っていく自然を肌で感じているはずだ。
 ヒュドル邸の使用人たちは朴訥とした人のいい者ばかりだけれど、領地の住民たちもそんな感じなのだろうか。
 私自身は実家の領地にあまり赴いたことはなく領民と接する機会もなかった。
 アーファ様はこうやって祭りにも堂々と参加するのだから、領民と関わる機会が多いのかもしれない。

(あまり人見知りのしない性格でよかった)

 社交的ではないが、立場上、他人と接する機会は多かった。
 どうせ離縁できないのだ。長く暮らす土地ならば、悪評を立てずに上手くやっていきたい。

(鉱石の採掘で利益を得られるようになったら、王都に屋敷を建ててくれないかしら……)

 こんなことになるのなら、結婚前に父に頼むのだった。
 私はこめかみを押さえながら、この先のことを思いあぐねる。

「大丈夫ですか?」
「えっ」

 目の前に腰掛ける夫は、心配の色を宿す灰色の瞳に私を映した。

「体調が優れませんか?」
「いいえ、大丈夫です。どのような祭りなのだろうと考えていただけです」

 アーファ様は少しだけ私の様子を窺うように目を眇め、そして窓の外を見やった。

「町の中心に大きな広場があります。そこから四方に大通りが伸びていて、その一つが今僕たちが走っているこの道です。ここを除く三つの通り沿いに出店が並んでいて、食べ物や雑貨などが販売されています。きっと目でも楽しんでいただけると思います」

 しばらくして、馬車は広場の手前で止まった。
 祭りのため人の集まる場所までは馬車を乗り入れられないからだ。
 私は馬車を降りて辺りを見回す。

「たくさんの飾りつけが可愛いですね」

 街灯や通りに面した建物の窓には、色とりどりの花飾りが飾られ、町全体が華やかな雰囲気に包まれている。

「本来は生花を飾るのですが、今季も収穫量が低かったので、昨年から布を花に見立てています」

 アーファ様は私の視線の先を追いながら、手を差し出した。
 屋敷の使用人たちは、私たちの雰囲気を何となく察して、見て見ぬふりをしている。しかし、その他大勢の集まる場所ではそうもいかないだろう。
 無言で彼の手に自らの手を重ねると、優しく握り返された。
 大きな手に包まれて胸が小さく跳ねる。

(当たり前だけど男性なのよね……) 

 アーファ様の穏やかな気質のせいで、彼にあまり男性らしさを感じていなかった。
 二人並んで歩き始めると、その背の高さも否応なしに意識してしまう。

(おにいさまと同じくらいの背丈かしら)

 ちらりとアーファ様を見上げると、さらさらと濃茶色の髪が風になびいている。整った顔立ちと柔らかな眼差しが彼の優しい性格を物語っていた。
 彼が裕福な貴族ではなく社交界にもあまり顔を出さないから、令嬢たちの目に留まりにくかったのだろうが、その控えめな魅力に気付いた令嬢がいたとしてもおかしくない。
 魔窟のような貴族社会を思い出して、うんざりとした気持ちに襲われる。
 こうやって、のんびり過ごせるのは案外心地が良い。
 アーファ様の実直さに苛立つことも多いけれど、あそこに居続けるよりはましなのかもしれない。
 人通りが増えてくると、視線を感じるようになってきた。
 結婚したばかりの領主が妻を伴い現れているのだから無理もないだろう。
 広場に到着すると、ちょうど約束の時間になったのか、従兄が護衛を伴って姿を現した。

「ペレーネ」
「おにいさま!」
「体調が優れないと聞いていたが元気そうだな。道中、いくつかの出店を見てきたが、おまえの好きそうな店が多かったぞ」
「そうなのですね! 見るのが楽しみです!」

 つい意気込んで返事をすると、おにいさまは美しい顔をほころばせた。

「張り切りすぎだ。――それで、どこから回るんだ? 採掘が始まったら、加工や販売をする店なども構えるだろうから、想定している立地も気になる」
「はい。いくつか候補をご案内いたします」

 アーファ様は頷いて、案内する方角を指さしながら説明を始めた。おにいさまは笑みを消して、真剣な面持ちで説明に耳を傾けている。
 どうやら祭りを楽しむような動きをしながら、人混みに紛れて視察するのが目的だったようだ。こういう日のほうが、住民たちが身構えなくていいのかもしれない。

(でも逆に、おにいさま達は警戒を強めないといけないわね)

 アーファ様はよく分からないが、従兄は私設騎士団の精鋭を連れてきている。不特定多数に囲まれるリスクを想定しているようだ。
 私は自分の後方に立つ護衛を振り返った。彼は私の視線に気づいて首を傾げる。

「お嬢――お、奥様、どうなさいましたか」
「っ!」

 実家から連れてきた馴染みの深い護衛の言い直す姿がおかしくて、つい笑いを漏らしてしまう。

「すぐには慣れないわよね。私も同じよ」
「も、申し訳ありません……」
「いいのよ。好きに呼んでちょうだい。それよりも、アーファ様の護衛をしている方々が信頼できる方なのか知りたいの」

 少しだけ声をひそめると、彼はアーファ様とおにいさまを見やった。

「旦那様の護衛についているのは、公爵閣下が直々に選んだ騎士ですから心配いりません」
「えっ、直々に!?」
「旦那様は大きな利益を生むかもしれない土地を所有されていますから、警戒しすぎて困ることもないはずです」
「確かにそうね……」

 護衛の言葉に納得していると、アーファ様が私のもとに戻ってきた。

「ペレーネ。何かありましたか?」
「いいえ、何もありません。おにいさまとのお話は済みましたか?」
「はい。回る順序を決めましたので、行きましょう」

 アーファ様はそう言って、私の後方を守る護衛を一瞥してから視線を戻す。
 彼はまた私の手を包み込むように握ったけれど、少しだけ握りしめる力が強かった。
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